↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/50

12

 左奥の扉を開け、神様の庭に飛び出す。

 ——月明かりの下。

 小さな影が、縄の下に立って、なにやら手を振っていた。

 何度か振るうちに、影の手元で、ぶちっとにぶい音がする。

 いま、ぴんと張っていた縄の一本が、はじけるようにちぎれた。

「やめろ!」

 神父の声に、影——スゥが振り向いた。

 半そでのジャケットに、ハーフパンツに、トレッキングブーツ。

 そこにいるのは、新人のシスターではなかった。

 スゥは、右手のサバイバルナイフを下ろして、おじぎした。

「こんばんは、神父さん」

「貴様……」

 神父が頬を吊り上げる。

「ここでなにをしている?」

「ご覧のとおり、縄を切っています」

 スゥは、自分の手柄を披露するように、両手を広げてみせる。

 八本あった縄のうち、すでに二本がちぎれている。ちぎれた縄の切れ端は、巨大な足のくるぶしあたりに、だらんと垂れさがっていた。

 館の方から、大柄な男たちが走ってくる。

 眠っていたシスターたちも、新人がなにかやらかしたと聞いて、すっかり眠気の消えた顔で、庭の出入り口にかたまっていた。

 神父が言った。

「それは神の縄だぞ。それを切るなど、罰当たりにもほどがある」

「罰なんて当たらないよ。だって、」

 スゥはくだけた調子で言った。

「この世界に神様なんていないもの。これはただの足。あなたが勝手に、神様に仕立て上げただけ。自分の、欲望のお腹を満たすために」

「なんのことだ」

 神父は憮然と言う。

「私は、神の代行者だぞ? その私に、そのような口の利き方をするとは、神への冒涜と変わりないと、わかっているのか?」

 スゥは、神父が言うのも構わず、足元を見た——そこには、さっきまで張られていた太い縄の残骸が転がっている。 

「神父さん。あなたも、ほんとは、この足が怖いんでしょ」

「なに?」

 スゥは、背後の足を、振りあおいだ。

「足は、ただそこにあるだけ。動く足もあるけれど、なにもせずじっと立っているだけの足もある。この足がどちらなのかはわからないけれど、足が自分で縄を巻いたなんて、ありえないもの」

「なにがありえないというのだ? それは神が、自らの意思で巻いたもので——」

「よく見てよ。足は手じゃない。自分で縄を巻けるわけがない」

 神父は、冗談かなにかと思ったらしい。

 ひとしきり声を上げて笑って、

「神を侮辱する似非信徒め!」

 神父が大きく右手を上げた。

「捕まえろ! 神の怒りを、その身に刻んでやる!」

 行け! と、神父が右手を振り下ろす。

 神父の後ろに控えていた男たちが、駆けだした。六人の男たちは、みな片手に細長い剣を持っていた。

 駆ける勢いをそのままに、男たちが一斉に、スゥをめがけて、剣を振り下ろした。

「きゃあああ!」

 成り行きを見守っていたシスターたちが、目をおおう。

 あれほど親身に、神に仕えようとしていた、かわいらしい新人が、恐ろしい男たちの手で殺されるところを、見ていられなかったのだ。

 しかし——


「……なん、だと」


 神父は目を疑った。

 男たちが剣を振り下ろした先。

 そこに、スゥはいなかった。

 スゥは、男たちの剣を、たった一度の跳躍で、躱してしまった。月明かりを背に、踊り子のような身軽やかさで、ひらりと宙返りしてみせる。着地の足もしなやかで、わずかにひざを曲げた姿勢で、身を低くした。

 ——怒涛の反撃。

 身を低くしたスゥは、地面を蹴り出す勢いで、男たちに肉薄する。

 手近な男がスゥに向くより先に、スゥは男を転がして、みぞおちにかかとを蹴り落とした。

 新たにふたりが斬りかかってくる。

 それをまた跳んで躱す。

 躱し際に、今度は真横に回転して、ふたりの男の喉元を蹴り上げた。

「クソが!」

 残るは三人。

 そのうちのひとりが、スゥを後ろから羽交い絞めにした。

 スゥはその腕を軸にして、下半身を持ち上げて——振り下ろす勢いで、ブーツのかかとを、男の股間に突き立てた。

 男の力がゆるむ。

 スゥは、男の腕を抱え、ころんと前回りするように、男の体を投げ飛ばした。

 残る二人は、男の巨体に押しつぶされて、見事に後ろ頭を打った。

「…………」

 神父は、あぜんと、言葉が出なかった。

 六人とも、神父の側近だった。

 それがいま、たったひとりの少女に、倒されてしまった。

 人間業とは思えない。

 スゥが、神父に振り向いた。

「あなたは、あの足を利用した。巨大な足を、神様の足だと言って、訳も分からない民間人を、足神教なんてもので統率した。お金集めの道具として」

「ち、ちがう!」

 神父が唾を散らして叫んだ。

「これは神の足だ。私たちの足とは、くらべものもないほど、巨大で、未知の存在だ! これが神の足でなく、いったい何だと言うんだ!」

「なんども言わせないで。これは、ただの足。私たちに生えてるのと同じ足でしかない」

「それなら、どこかに体があるはずだ! しかしこの足は、頭も、体もなく、ただ足だけが鎮座している。空を見上げても、大腿より上は透明になっている。まるで、神がその体をお隠しになっているようではないか!」

「こじつけだよ。自分たちのわからないことを、神様なんてもののせいにしてるだけ」

 スゥは、足元に落ちた長剣を拾った。

「よく切れそう」

 スゥはサバイバルナイフをしまって、長剣を構えた。

「待て、何をする気だ?」

「作業の続き」

 神父の顔が青ざめた。

「や、やめろ、やめてくれ! あの縄を切ったら、また、あの足が!」

 スゥが軽やかに走り出す。

 太い縄は、ところどころほつれていて、明らかに脆いところがある。

 スゥは、脆い部分に狙いを定めて、剣を振り下ろした。

 すぱっ、すぱっ、と、次々に縄が切れていく。

「ああ……ああ……!」

 神父が両目をふるわせて見つめる先で。

 スゥが、最後の縄を、切り落とした。


 ——ゴゴゴゴゴゴゴ……

 低く、うなるような地鳴りが響く。

 いま、巨大な足が、ひとりでに持ち上がった。


 ——ズンッ

 巨大な足が、その場で足踏みをする。

 そのたびに、足首に巻かれていた縄の残りが、徐々に剥がれ落ちていく。

 巨大な足が、足首を返す。

 巨大な足が、つま先を振るう。

 巨大な足の爪先は、神父の館まで及び、またたくまに、瓦礫に変えていく。

 神父もシスターも、気絶から覚めた男たちも、巨大な足から逃げ惑う。

 スゥもまた、巨大な足から逃げていた——ほかの者たちより、軽やかな足取りで。


 ——ズズンッ

 ついに、巨大な足が動きを止めた。

 神の庭は、平らにならされて。

 館があった場所は、荒地と変わらぬ、瓦礫と砂の山になって。

 朝日がのぼる。

 スゥは朝日と、白む青空に両腕を伸ばして、一仕事終えたように、大きく息を吸い込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。