11
——夜。
神父は、書斎で、屈強な男たちを前にしていた。
ランプの明かりが、神父の横顔を、怪しく照らしている。
神父は言った。
「今日の集金で従わなかった者に、神の鉄槌を。場所が悪いな。火を使っては、周りの民家に引火する。岩を投げて、天井を割ろう」
「かしこまりました」
男たちは厳かにうなずいて、書斎を出ていった。
神父は疲れた息をついた。背もたれに背中を預けつつ、足元を見下ろす。そこには、大きな麻袋があった。なかには、今日集金したお布施がたんまりと入っている。麻袋の口を持って、その重さをたしかめると、神父は満足そうに微笑んだ。
今日もたくさん集まった。
金庫の金も合わせれば、相当な額になっているだろう。
これだけあれば、なんだってできる。
神の声を聞くためと言って、南の島に行くことも。
宗教会議と称して、大都市で豪遊することも。
この街のだれも、いや、この世界のだれも、いまの自分ほど金を持っているひとが、ほかにいるだろうか。だれもが抱える欲望。力も、名誉も、すべて金で手に入る。自分はそれを、なにひとつ労せず手に入れている。その心地よさに、神父はぶるりと身震いした。
(しかし、あれはほんとうに、なんだろうな)
神父自身、あの巨大な足の正体がなんなのか、わかっていなかった。
あの日——巨大な足が動き出し、街を壊してしまった——その後、あの足が動き出すことはなかった。街人はあの足を恐れた。神父も、恐ろしさを感じていたが、当時はまだ若かった。才気にあふれると同時に、命知らずでもあった。
だから、この計画を実行した。
仲間とともに、巨大な足に縄を巻き、地面に縛り付け、動かないようにする。
それを、神の御心とした。神が、街を壊したことを悲しんで、自分で縛りつけたということにした。街人はそれを信じた。神父が、神の声を聞き届けたということに、なんの疑問も抱いていなかった。
(……まあ、なんだっていい)
あれが神であろうと、神でなかろうと、富と名声が手に入るなら、なんだっていい。
神を疑う者に、夜な夜な、人知れず天罰を与えれば、街人は神を信奉する。
神父の足場は、盤石だった。
揺るがないその足場は、民が肥やしてくれる。肥やした土地には、金という湧水が流れ、豊かな生活という果実を育ててくれる。
神父の自尊心が、またひとつ、神父の体をふるわせる。
内側から湧いてくる熱が、どんどん、下半身に集まっていく。
(……頃合いだ)
神父は、疲れの飛んだ顔つきで、いそいそと部屋を出た。
あの新人のシスターは、強く押されるのに慣れていない。
そのうえ、これまでのシスターにないくらい、足神なんてものを信じている。
今日は一日、集金で歩いて疲れているだろう。
寝込みに、やさしく声をかけて、神様の啓示があったと言えば、神父の声が、疲れた心と体に染みていくはずだ。
神父は、若くみずみずしい肌に、自分の手が食い込むのを想像して、目の奥がじんわりと熱を帯びるのを感じた。
館の隣。
神父は足音を消して、併設された修道寮に入っていった。
彼女の部屋は、階段を上ったところにある。
神父は、小さく扉をノックした。
「シスター・スゥ、もうお眠りですか?」
返事はない。
神父はドアノブを回した。
扉はすんなりと開いた——神父は、この寮をつくったとき、扉に鍵をつけなかった——神父がいつでも、中に入れるように。
掛け金の軋みを殺すように、ゆっくり扉を開ける。
カーテンは開いていた。
まばゆい月明かりが、小さな部屋を、神秘的に照らしている。
ベッドのそばには、シスター用の木靴が、ていねいにそろえてあった。
シーツがこんもりと盛り上がっている。娘ひとり分の小山が、寝息とともに、上下に揺れている。
神父は、できるだけ驚かなさいように、それでも、まどろみの中でかすかに目を覚まさせるように、やさしく、低い声で言った。
「シスター・スゥ。足神様の啓示を承りました」
シーツが、かすかにうごめく。
神父は言った。
「これより、追加の儀式を執り行うよう、仰せつかりました。怖いことはありません。これから執り行うのは、神との交わりです。あなたの敬虔な姿勢が、神様の心を打ったのです」
神父が、シーツの小山の峰に、そっと手を添える。
呼吸の仕方からして、おぼろげに目を覚ましているらしい。
神父はにやりと笑い、シーツをはがした。
月明かりが、ベッドを照らす。
神父の、にやけていた両目が、大きく見開かれる。
ひとりで使うには大きすぎる、二人用のベッドの上。
——そこに、みすぼらしい襤褸服を着た、小柄の男の子が眠っていた。
神父が困惑にまばたくなか、男の子がうっすらと目を開けた。
「……おねえちゃん?」
「おまえは——」
神父がかろうじて意識をたもって、たずねた。
「だれだ?」
「……おじさん、だれ?」
「質問に答えろ」
男の子は、恐怖で目が覚めたように、身を固くした。
「し、シスターのおねえちゃんが、ここに泊めてくれたの」
「なに?」
「ぼ、ぼく、家が、なくて。そしたら、シスターのおねえちゃんが、声をかけてくれたんだ……こっそり泊めてくれるって」
「そいつはどこに行った?」
「し、知らない」
男の子がわずかに身を起こす。体じゅう、煤と埃にまみれていて、少し動くだけで、白いシーツが汚れていった。
神父が顔をしかめる。
男の子が言った。
「ぼ、ぼく、ここにいていい?」
神父は男の子の二の腕をつかんで、部屋から引きずりだした。
大股に寮を出て、門に向かう。
門の前には、守衛がふたり、地べたに寝転がっていた。
神父はふたりを蹴り起こして、門を開けさせた。
「二度と来るな、クソガキ!」
神父は怒鳴った。
「おまえたちはなにをしていた! こんなところで寝るなど」
「そ、それが——」
守衛は目を白黒させて、
「シスターが、夜食だと言って、クッキーをいくらか持ってきてくれたんです。それを食べていたら、いきなり、後ろ頭をなぐられて——」
「どのシスターだ」
「新人の子です。名前は、何と言いましたっけ」
神父は急いで修道寮にもどった。
スゥの部屋は、もぬけの殻だった。
夕飯のときはいっしょだった。そのあと別れて、ほかのシスターたちといっしょに部屋に引っ込んでいった。あの子どもは、今日の集金の帰りにでも、連れてきたのだろう。
では、そのあとは?
あの新人は、いったい、どこに隠れた?
神父はスゥを探した。部屋の隅。ベッドの下。クローゼットの中。クローゼットの奥に、脱ぎ散らかされた修道服が放られていた。
もう一度、部屋を見渡して——はたと気づいた。
部屋の中に、なにもない。しかし、なにもなさすぎる。あの新人はたしか、ここに来たとき、大きなバックパックを背負っていた。旅慣れた服装に、かわいらしいブーツを履いていた。
ベッドのそばには、黒塗りの木靴しかない。
バックパックと、それに、あのトレッキングブーツは?
「神父様!」
修道長が、寝間着姿で駆けてくる。
「シスター・スゥが!」
「やつがどうした?」
修道長は、恐ろしいものでも見たかのように、神父にしがみついた。
「ああ、神父様、どうかあの子を止めてください!」
「だから、どうしたというんだ!」
修道長は、つまりながら言った。
「あの子が、縄を……神様の縄を、切ろうとしているんです!」
神父は修道長を振りほどいて、大広間に走った。




