守りたいものと居場所
お待たせしましたー!
闇夜を二頭の馬が駆ける音だけが街道に響く。
馬上には、ロードとティア、そしてシュウがそれぞれ乗っていた。
「ロード、シュウ、ごめんね急に護衛をお願いしちゃって。」
「何も気になさることはありませんよ。」
「そうそう。死にそうな顔されてるよりこうして駆け回る姫さん見てる方が安心だよ。」
その包み隠さない言い方に思わず吹き出す。
「ホントごめんてば!!ありがとね、二人とも。よし…!北東の神殿までなるべく急ごう」
フィルの体から闇を浄化するさらなる強い光の魔法を求め、光の精霊王に会いにいく…それがティアの決断だった。
「しかし…よく陛下と殿下からお許しが出ましたね。」
「あー、うん、なんていうか。泣き落とし?」
「それはそれは…」
ロードは苦笑した。
しかし、光の精霊王は気まぐれで姿を表すこと自体が稀だし、いることが多いとされる北東の神殿に辿り着けたとしても、契約までに数多の試練、難関が待ち受けている。
下手をすると生死も危うい。
「姫様、精霊王との契約とはどうやってやるものなのですか?」
ティアはかつて精霊王達と契約してきたときのことを思い出していた。
「簡単に言うと、色々な試練をクリアして、お眼鏡に叶えばいいんだけど。いままでは三日三晩森を彷徨い歩いたり火の海に飛び込んだり、飲まず食わずで何もない洞窟に閉じ込められたり。死霊との精神崩壊寸前までやりあったのはキツかったなー」
あと何百という数の虫にうじゃうじゃ囲まれた谷の崖を登っていくアレはちょっと思い出したくない。
大っ嫌いな蜘蛛を触っちゃったとき発狂したよね、うん。崖削っちゃったもん。
「よく生きてたね、姫さん。」
「私もそう思う。最初にお母さんに谷から突き落とされてからふっきれたけどね。」
「王妃様に?」
「『我が子に厳しい試練を与えて一人前にする獣がいるらしいわ。谷から落とすんですって。母さんも見習うことにするから、頑張ってきてちょうだい!』って。後から調べたら、遠くの国の獅子の子落としって言葉らしいけど。まぁ今思えば、ゆくゆく王族になることを考えて力をつけようとしてくれたんだよね。」
おっと、つい遠い目をしてしまった。
ぼんやりして馬から落ちかけたのをロードが後ろから私の体に手を回して支えてくれる。
「当時、光の精霊王と契約しようとはされなかったのですか?」
「うーん…それが、山の上にある神殿の麓まで行ったんだけど…お母さんがここはいいって言うから。そもそもチャレンジしてないんだ。」
「そうですか…何故でしょうね?」
馬を走らせながらだいぶ進んだところで雨が降り出しそうだったので、ひとまず近くの山小屋で休むことになった。
馬を飛ばせばかなり強行なスケジュールだけど明日には神殿の麓まで行けるだろう。
ロードが外を見回ってくる間にシュウと仮眠の準備をする。
山小屋にはベッドや布団がきちんと揃っていたのでそれを使わせてもらうことにした。
あたたかい飲み物を飲んで一息つくと、シュウがこちらを見てることに気づく。
「…本当に、行くのかい?契約まではかなり危険なんだろ?それをアンタがやる必要がある?」
え、いきなり何??
困惑してすぐに言い返せずにいると、シュウは続けた。
「ここ数ヶ月、姫としてのアンタを見て、家族や仲間を大切にしてるのがわかった。でも、守りたいものが増えることで、自分の弱さをたくさん感じることもある。…このまま全部から逃げ出したとしても、何でも屋をする町娘に戻ったとしても、誰も責めないと思うよーーお嬢さん。」
「…シュウは、私が町娘に戻ったほうがいいと思う?」
「オレは……、どうだろうね…」
珍しく煮え切らずモゴモゴするシュウに思わず吹き出す。
「ふふっ、シュウのそんな姿初めて見た!シュウ、私はもう、とっくにその覚悟は決めてるよ?姫になるって言った時から。…今言ってくれたこと…ひょっとして、自分自身に言ってるんじゃない??」
シュウの表情がわずかに変わった。
あの闇の魔法使い、アルスとの闘いの後、いつものシュウの空気を無理に纏おうとしてるような違和感があった。
フィルのことでそうとう参っていた私が言うのもなんだけど。
「気付かれてたか。まぁそもそも、これまで一つのところに留まったことってなかったし、いつ居なくなってもいいようにしか対応してなかったから。だから、アンタを守りきれなかったことやフィルの旦那がああなって、居場所や守りたいものがなくなった時のこと考えちゃったのかも。」
初めて聞いたシュウの本音。
対する私はけたけた笑った。
「ちょっと、起きてもない不吉なこと考えるのやめてよ!怖いじゃない。ーーーうん、そう。怖いよ、いつだって。でも守るものがあるから強くなりたいって思えるもの。失うことを恐れて大切なものを持たないなんて、人生損してない?」
誰もが不安の中で手を伸ばしながら、何とか掴んだ一欠片を育てていく。
だからこそ、その中で幸せ!って思えることもたくさんある。
けど、あくまでも軽く言う私に、ぽかんと口を開けていたシュウも肩を揺らして笑い出した。
「…くくっ…なんか単純」
「すいませんね、単純で!でもさ、フィルやロード、エド、父さん、マリア…それにシュウも。みんながいないと私も落ち着かないんだけど?」
「…ほんとアンタには敵わないな、 姫さん。」
サラッと欲しいことを言ってくれるーー。
「ていうか、姫さんに落ち着いてる時ってある?」
「ちょっと、どういう意味⁉︎少し前まで落ち込んでましたけど!」
「いやそれ落ち着いてるのと違うから。自慢気に言わないで。」
からかう口調になったシュウにホッとしながら言い合いをしているうちにロードが戻ってきて、翌日の話をしてから眠りについた。
まどろみの中で、守りきれなかった温もりに少しだけ思いを馳せて。
読んでいただきありがとうございます。
幸せは人それぞれですけど、
辛いことも苦しいこともないと
日常がいかに幸せなのか
感じづらいのかなって思います。
物語もひとつめの終着点まで
そう長くならない予定です!
もう少しお付き合いください。