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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第五章
296/374

また一人で食べてきた

 リリーナ君は玄関前で猫のように丸くなっていました。

 まるで打ち捨てられた死体に見えなくもないですが、肩が上下していますし、怪我もしていないようです。


 そして、手に【苔斑こけまだら】を握っています。これが一番の謎です。ダイイングメッセージだったら迷宮入りする自信があります。


「リリーナ君。こんなところで寝ていると風邪をひきますよ?」


 肩を掴んで揺らすとリリーナ君はゆっくりと目を開けました。


 すぐに自分だと理解すると、途端にぷくっと頬を膨らませました。


「せっかく来たのに、先生が留守でありました」

「えぇ。少しヘグマント先生とお話していたんですよ」


 励まされていた、とは言えませんね。

 例え脱力されようが、情けないと思われようが『本当に情けない部分』こそ見せてはいけません。


 取り繕うだけの元気くらい、残っているつもりです。


「身も心も寒くなったリリーナはこのままひっそり骨になるであります」

「妙なこと言わないで中に入りましょうか。いくらまだ温かいとはいえ夕方から少し冷えますしね。寒くなった体と心はモフモフが温めてくれますよ」


 社宅の扉を開けると、リリーナ君ものっそりと四つん這いのまま部屋に入っていきました。

 シャキッとしなさい。

 あと下着が見えてます。


「先生、お腹減ったであります」


 モフモフににじり寄って、気怠そうに言い放ちました。

 自分はリリーナ君のお父さんか何かですか?


「先生はご飯を食べてきたので一人分しか作りませんが」

『……また一人で食べてきた』

「訂正します。モフモフのご飯を今すぐ作りますからリリーナ君も一緒に食べてしまいなさい」

「ほーい」


 モフモフの眼が無垢すぎて怖かったです。

 生命の危険を感じました。


 すぐに食料籠を覗くと今日の夕食分の食料が丸々、残っていますね。

 空腹なら何を食べたいかハッキリわかるのですが、そうでないと何を作るか判断しづらいですね。


「……特に見慣れない食材があるとなおさらです」


 籠の中から、まるで深海に住むクラゲを丸めたみたいなキノコが入っていました。

 なんかグロいですね。誰がこんなものを最初に食べようと思ったのでしょうか。


「リリーナ君。これに見覚えは?」

「ん~、ホウギヌであります」

「どんな食べ方が一番、美味しいかわかりま――いえ、焼きましょうか」


 醤油があるのなら、そのまま薄切りにして焼いてしまったほうがいいかもしれません。

 薄く切って炙り、醤油だけで味付けするだけでお隣から苦情が来そうです。飯テロですね。


「で、何か問題でもありましたか? わざわざ待っていたのでしょう」


 台所に立って食材を切りながら聞いてみました。


「【苔斑こけまだら】を捕まえていたであります」

「門限を守りなさい。あと存分に遊んだら森に帰してやりなさい」


 それだけのために居たとは思えませんね。

 また何かあったのでしょう。


 そう言えば前に来た時、【苔斑こけまだら】の串焼きを食べさせるとか言っていましたね――まさか?


「【苔斑こけまだら】よりも美味しいものを用意するので、今日は諦めましょう」

「ぶー、であります」


 振り向きながら言うと、リリーナ君と目が合いました。

 いつもの緩い顔でしたが、一瞬、本気の眼をしていましたね。先制しておいて正解でした。


 スープの中に【苔斑こけまだら】はちょっと勘弁してもらいたいですね。


 リリーナ君が窓に近寄って【苔斑こけまだら】を捨てる音を聞きながら、鍛鉄製鍋に材料を放りこんでいきます。調味料に唐辛子も少し加えておきましょう。

 脂身も一緒に入れているのは少しでも体を温めるためです。


 リリーナ君は外で待っていたのですから体も冷えているでしょう。


 スープをテーブルに置くと、パタパタと耳を動かしながら食卓に近寄ってくるリリーナ君は、年長とはいえ、まだまだ子供ですね。


 一方、モフモフ用の皿を地面に置くと尻尾をゆっくり振って、のっそりとやってくるモフモフは何故か子供には見えません。

 この差は一体、なんなんでしょうね。


 具だくさんなスープを飲んで、パンを食べて、それから神妙な顔つきでホウギヌの醤油焼きに挑むリリーナ君。

 フォークで一刺しして、目を閉じながら一気にいきました。


「むに! すごい辛くて甘くて匂いがすごいであります!」


 それは全部、醤油の感想です。

 ホウギヌの感想は一切出てきませんでした。

 いや、自分もホウギヌ単体の味なんて知りませんからなんとも言えません。


 そういえば醤油焼きってどう考えても醤油味ですよね。

 素材の味なんて関係なく無理やり合わせる力強い調味料です。


「変な匂い……、でも、植物の匂いもするであります?」

「大豆から作られますからね」


 醤油焼きを近づけて、すんすんと鼻を鳴らしてから変な顔するのやめなさい。靴下を嗅いだ猫じゃないんですから。


「似た匂いと言えば海の水を煮込んだものでしょうか。あれよりももっとキツい匂いですね」

「海はおじさんから聞いたことしかないであります」


 【苔斑こけまだら】を食べさせられた哀れなおじさんのことですか。


「おっきくて広くて、塩辛くて、食べ物が美味しいところと言ってたであります」

「概ねその通りですね。やや偏っていますが」

「先生も知ってるでありますか?」

「ここ最近は内地ばっかりでしたが、もともと先生の実家は海に近かったんですよ」


 と言っても、歩いていける距離ではありませんでした。

 なので親に連れて行ってもらうのが一番、楽でしたね。


「先生も物知りでありますな」


 リリーナ君は再びホウギヌを頬ばっては、妙な顔をしています。


 そういえば、リリーナ君のおじさんとやらは資料に載っていませんでしたね。

 親戚までは網羅していないので当然と言えば当然ですが、リリーナ君が身内を話題にするときは限っておじさんだけです。


 親近感が抱く程度にはリリーナ君の性格を作り上げた一人でしょうし、少し情報収集も兼ねて聞いてみましょうか。


「よく耳にしますが、リリーナ君のおじさんの名前はなんですか?」

「ヴィリエイリーであります。なんかヒョロヒョロだけど強くて、色んなこと知ってるおじさんであります」


 ……ちくしょう。知り合いでした。


 あぁ、ヴィリーか、あの野郎。

 ヴィリエイリー、通称ヴィリーは術式具を買っていくお得意さんで『最悪のエルフ』と呼ばれる、自分の元部下でした。


 リリーナ君の性格を不可思議生命体にしたのは間違いなくお前ですね?


「先生、なんか遠い目でありますな」

「えぇ、少しこの世の理不尽を体感し続けているような気になっただけです」


 グランハザードとヴィリー。

 マッフル君に続いてリリーナ君まで身内が知り合いですか。

 偶然とは考えづらいですね。


 エリエス君もアルベルタと関係してそうなことをクリック・クラックから聞かされています。

 五人中三人が自分の知る人間と繋がっている、となると選定したベルベールさんが大きく関わっているということです。


 下手すると残り二人――クリスティーナ君とセロ君も自分と関わりのある子たちですか?

 しかし、クリスティーナ君の身内に関してはこっちが一方的に知っているだけですし、セロ君にしても修道院関係の知り合いはいません。


 何の意図を持ってこの人選を……、ベルベールさんのことですから意味があるはずです。

 ですが、ベルベールさんが自分を困らせる目的で選んだとも思えません。

 いえ、この場合は考えなくてもいいですね。


 『自分が気づいたとベルベールさんが知れば、資料と共に理由を説明してくれる』でしょう。


 さて、自分にとっての問題は『この事実を生徒たちに説明するか否か』です。


 メリットもデメリットもありません。

 説明したら生徒たちは今以上、親近感を湧かせるかもしれませんが、今更の話です。

 もしも学園が始まってすぐに気づいていれば、もっと早く生徒たちと仲良くなれたかもしれませんが、どうでしょうね?


「つまり詮のない話です」

「先生は変なことばっかり言うであります」


 食べ終わった食器を片付けてから、モフモフに抱きつくリリーナの前に座りました。


「ご飯を食べて、モフモフで温まって、【苔斑こけまだら】もお家に帰りました。遊びに来るつもりでも良かったのですが宿題が残っているのに遊ばせるつもりはありませんよ」


 また、ぷくっと頬を膨らませて目線を逸らしました。


 あぁ、そうです。

 この態度、どこかで知っていると思っていました。


 レギィの前で逃げた自分です。

 レギィに本当のことを教えたくなくて【大食堂】で時間稼ぎした時と形は違えど同じことです。

 最終的に向き合ったとしても、逃げようと考えた『思考形態』までは嘘をつけません。


「さて、聞きましょう。大丈夫です。ちゃんと聞きますし、わからないことは教えます。リリーナ君が以前、ここに来てから今まで何を思ったか聞きましょう」


 何度も聞くという言葉を口にして、態度に示します。

 そして、何を話せばいいのかわからない子にはこちらから呼びかけます。


 これらは経験則からフィヨを思い出して得たやり方です。


「文化祭の準備はどうでした?」

「楽しかったであります。皆と一緒に色々できて楽しかったであります」

「それは良かったですね。昨日と今日は大道具の材料集めでしたね。後五日ほどで文化祭本番ですがアルファスリン君も入って人数的にもうまくいくようなってきましたね。他のクラスには少しずるいですが、まぁ、仕方ありません。えぇ、仕方ありません。どうでした? アルファスリン君は」

「リンリンはなんでも頑張るでありますな。アレもしたい、コレもしたいと一人で大騒ぎであります。クリクリとマフマフが喧嘩もせずに二人一緒にリンリンの世話をしているのは面白いであります」


 まさか喧嘩にアルファスリン君が効くとは思いませんでした。

 まるで薬品みたいだと思っていましたが、ちゃんと薬効まであるのなら、これからはアルファスリン薬と呼ぶべきでしょうか。


 たぶん、ものすごく怒られる気がします。

 呼んでもないのに察知してきそうで怖いですね。


「皆、いっぱい練習して、楽しそうにあぁでもない、こうでもないと言い合っているのを見るのも楽しいであります。クリクリが想像に合わないって大騒ぎして、大道具だと表現できないから『リリーナが絵を描く、背景にするであります』っていうと皆、『それだ!』って指差してちゃんと理解してくれるであります」


 リリーナ君の心の問題で一番、難しいところは根拠がないことです。


「楽しくて面白いであります。でも……」


 いえ、根拠はあっても『本人がそうだと思いきっている』のが原因です。

 では原因解決に何が必要なのか。単純にリリーナ君が意識を変えるのが一番です。


 妹がそうであったように結局はそこに行き着きます。

 妹の場合は『才能を放り投げる』という荒業で己を納得させましたが、リリーナ君はそうはいきません。


 学園は――いえ、教育は才能を育てることです。


 才能なんて関係ないとか、皆と違っていても良いとか、個性があっていいじゃないか、なんて慰めみたいな言葉は口が裂けても言ってはいけません。言えません。


「皆は一生懸命なのにリリーナはもう全部できてるであります」


 アルファスリン君を連れて生徒たちの文化祭準備を見ていた時です。

 主役のマッフル君が劇の練習をしているのに『もう一人の主役のはずのリリーナ君が小道具作りを手伝っている』という時点でわかっていました。


 衣装はリリーナ君しか知らないから仕方ないとエリエス君は言っていましたが、そんなわけがありません。

 型紙を作れない、とはリリーナ君の言い訳です。

 リリーナ君がやるしかない、なんて理由も苦しい言い訳です。


 何故ならリリーナ君はすでに『想像を他人に伝える方法』を持っていたのです。


 本気でやろうと考えていたのならリリーナ君は思いつくでしょう。

 少なくとも、それだけの柔軟性はあります。


 自分があげた絵の具セットがあれば、リリーナ君は視覚的に衣装を他人に伝えることができたはずです。


 絵心がなくてもいいんですよ。

 他人と大体の形を共有できれば、後はリリーナ君が細かいニュアンスを伝えるだけで『似たようなもの』が作れます。

 妥協したくなかった、とも取れますが今回は別です。


 リリーナ君は『生徒たちと一緒にする作業を少しでも先延ばしにしたかった』だけでした。


「また皆をおいてけぼりにして、なんでリリーナだけこんな気持ちにならないといけないのでありますか?」


 寂しがり屋な女の子はモフモフをむにむにと触りながら、元気なく呟きました。


 どうすればいいんでしょうね。

 フィヨなら、きっとまた瞬く間に解決するんでしょうね。

 でも、結局、そんな『記憶から作っている自分』ではリリーナ君に何かを言えません。


 むしろ何を言えば、この子は救われるのでしょう。

 過去全ての記憶を覗いてみても結局、答えはありませんでした。


「――あぁ、そうか」


 ふいに手を伸ばすとリリーナ君は肩を縮こませました。

 いつもゲンコツばかりしているせいでしょうか? いいえ、それもあるのでしょう。

 きっとリリーナ君自体が今の状態を『悪いこと』だと思っているからです。


 だから、怒られると感じてしまったのです。


「確かに足元にありましたね」


 リリーナ君の癖のない髪を手のひらで感じながら、合点いきました。


 学園長の言う通りでした。

 憎しみ以外が残されていなくても、嘘かもしれない心だろうと関係ありません。


 ここに今、『リリーナ君を救いたいと思った自分』は誰ですか?

 まごうことなく自分です。そこに嘘偽りも関係なく、あるのは『救える人間であり、救えると思ってもらいたい』と考えている自分です。

 憎しみしかなかろうが仮初であろうが、そこは悩むべき部分ではありません。


 実際に歩いてきた五ヶ月は地面に靴跡をつけて、この子たちの経験として培われています

 わざわざ門限破りまでして『先生を相談役に選んだリリーナ君』こそが証拠です。


 先生ならわかってくれると考えて行動したことこそが結果で証明です。


 自分の成果を他人が評価するのなら、自分の価値を他人に見出して何が悪いんですか。


「行きますよ。リリーナ君」


 リリーナ君を引きずって外に出ました。

 真っ暗で、曇りなせいもあって天上大陸も月も見えません。明かりもないのでお外は暗くて見えづらいですね。


「どこに行くんでありますか?」


 大体、忘れてやしませんかね?


 この人格がどんなであろうとも、それもまた自分の靴跡から作られたものです。

 ようするにデリカシーが欠けているんですね。

 繊細ぶって気持ち悪いにも程があります。


 女の子の気持ちなんてわかりやしませんよ。

 わからないから何時だって手探りだったでしょうに。


「大した場所じゃありませんよ」


 自分とリリーナ君に風の防護壁を作り、気圧と温度を保ちます。


「ちょっと空まで」


 リリーナ君をお姫様だっこして、いざ参りましょうか。


「ベルガ・エス・ウォルルム――【源素融合】――ベルガ・リューム・ウォルルム」


 赤と緑の上級二つで相生複合属性の強化術式です。

 以前の最上位術式の合成でないのはリリーナ君がいるからです。今のリリーナ君だと圧迫死する可能性があります。

 方角は真上。空中で足場を作って何度か同じ術式を使い、空気の膜で空気そのものを貫いて、霧を抜けて出た光景はリリーナ君にはどう映るでしょうか?


「ど、どこでありますか!?」

「上空です。雲の上ですね」

「くも――」


 珍しく大声をあげるリリーナ君の絶句した気配を感じます。


「今日は満月ですね。お陰で明るくて助かります」


 それはぞっとするような黒い絨毯でした。

 沈みこめば二度と出られない夜の海のような光景です。

 しかし、うっすらと地平線はオレンジ色を帯びていて完全に黒一色というわけでもありません。


 なのに天蓋は星が煌き、丸く世界を覆っていました。


 足元と天上、受ける印象の差が不思議な世界を作り出していました。


 相変わらず天上大陸は悠々と空に浮かんでいます。

 さすがにここまで来ると異常性がありありとわかりますね。


 地上で見た時と大きさが変わらないなんて、ありえません。


「リリーナ君。こうして高い場所から雲を見下ろした時、どう表現するか知っていますか?」

「なんでありますか?」


 本来なら豪風吹きすさび、空気が薄く、気温も低すぎる過酷な環境ですが風の防護壁のおかげで普通に会話できますね。


「雲海というのです。やりましたね。海を見たことがないのでしょう? 初めて見た海は誰もが滅多に見られない上空の海ですよ」


 ゆっくりと落ちていきながらもリリーナ君はその人生で初めて見るだろう光景に息を飲んでいました。


 そして、最後の衝撃は――


「【空魚】であります!」


 ――無数の紋様によって空を泳ぐ帯。天然自然の術式【空魚】の群れでした。


 リリーナ君は器用に自分の肩に手足を回して、お姫様だっこから肩車の態勢になりました。

 そして、必死になって【空魚】を指差していました。


 それはひらひらと逆巻きながら、緑色に発光し夜の雲海を彩っています。


 ここまで上空になると緑の源素も活性化しやすいんでしょうね。

 緑属性の術式を使うと下手したら暴発するかもしれません。


 なので、こっそり風の防護壁の制御は細心の注意を払っていたりします。


「まだこの季節は【空魚】がいます。夏になると降りてくるだけで今は雲の上や雲の中にいるのでしょうね。生物ではありませんが、だからこそ逆に緑の源素が濃い地域へと流れていくのでしょう」


 なんとなく【空魚】は南に向かっているように見えます。


「先生はこうやって女を口説くでありますね」

「失礼な。フィヨにだってしたことがありませんよ」

「フィヨって誰でありますか? 新しい女でありますか」


 あ、つい口に出してしまいました。


「大事な人ですよ。先生とは違う意味でしょうがリリーナ君にもいるでしょう?」

「たくさんいるでありますよ」


 変に隠すよりいいでしょう。

 ただ妙な噂だけは勘弁してもらいたいですね。


「村の皆やクリクリやマフマフやエリリンやセロリン、モフモフも大事であります」

「とりあえずソレでいいんじゃないですか?」

「なんか投げやりであります! 悩んでるのに! 先生は適当であります!」

「たぶん、リリーナ君の大事な人たちは皆、君が先に行っているなどと考えていませんよ」

「本当でありますか?」

「クリスティーナ君はリリーナ君より礼儀作法が堂に入っていますし、マッフル君は商売関係で誰の追随も許しません。エリエス君は誰よりも術式の改造や順次発動がうまくなっていますし、セロ君の防御結界はリリーナ君でも無理矢理は破れないでしょう?」


 アルファスリン君は知りません。

 二日で生徒の特性なんて把握できませんからね。


「誰が誰を置いていっているんですか?」


 頭を撫でる代わりにしっかり足を掴んでやりました。

 空中で肩車しているのも変ですが落ちられても困ります。


「ん~、本気でやったら皆に勝てると思うであります」

「でも、やったことがないし、やるつもりもないでしょう?」

「……むぅ」


 結局、そこなんですよね。

 本気で皆よりできていても、絶対に争わないんです。

 証明したことがないくせによくもまぁ、悩めるものですね。


「誰かを置いてけぼりなんて言葉、限界まで頑張ってから言いなさい。そうでないなら適当でいいですよ。少なくとも君は他の子より『少ししか違わない』んですから。大体、神妙な顔して猫かぶりですか? そういうのは舞踏会の時だけで十分ですよ。いつもの適当さはどこに消えたんですか」

「適当にやったら先生が怒るからであります」

「もちろん怒りますよ。先生は生徒を真面目に勉強させるのも仕事です。それでも、のんびりやってるじゃないですか」

「うにー! 先生なんかハゲたらいいんであります」


 髪の毛を引っ張るリリーナ君も空中で三回転くらいしてやったら頭にしがみつきました。


 妙に鬱屈しているから見えるものも見えない――リリーナ君もそうだったのかもしれません。

 問題自体は解決しませんが、少なくとも変なこじれ方だけはしないはずです。


 なんで問題を解決しないかですが、簡単な話です。


「君たちが『できないことをできるようになるまで』、肩を持ち上げるのが先生の仕事ですよ」


 その呟きは雲に入った薄い衝撃で掻き消えました。

 そして、すぐに雲の下に出て気付きました。


「……先生、足元、学園が見えないであります」


 真っ暗すぎて足元が見えません。

 着地も困難ですね。


「そうですね。それに風に流されたせいで現在位置もわかりません」

「先生はいつも詰めが甘いと言われてるであります」

「誰にですか?」

「シャルティア先生であります」


 これは、ちょっと帰りが遅くなるので管理人さんに頭を下げないといけません。


 突発的な思いつきで生徒を拉致とか、やるもんじゃありませんね。

 それでもリリーナ君がいつもの感じに戻ったことだけ救いでしょうか。

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