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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第五章
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立ち向かって欲しいって思うんだ

「すみません。お邪魔してしまって」

「構わんぞ! 職員室で話すような話でもなかろう! それにまだシャルティア先生とは顔を合わせづらいのではないかね!」


 学園長との話が終わった後、やや強引な感じで自分はヘグマントの社宅に連れて行かれました。

 相談に乗ってくれる体ですし、自分が押しかけたくらいの気持ちでいる方がいいでしょう。


 相変わらず訓練用の重量物が置かれ、本棚には軍略本、魚類の書物がありましたが、少しだけ以前とは雰囲気が違いました。

 隅の方には羊皮紙を丸めたものがあり、書物の種類も少し増えています。

 主に子供の成長や病気に関するものですね。


 ヘグマントも生徒たちを訓練しながらも安全に気を配っていたことがわかります。


「うむ。そろそろ来る頃なのだが……」


 促されてソファーに座わりながら自分は、ヘグマントがポツリとこぼした言葉を聞きました。

 視線をドアにやったところを見ると、誰か待っているのかもしれません。


 それもすぐに玄関の外から気配がし、ドアを開けてやってきたのは赤い眼をした女の子でした。


「アリディエントが夕食をお届けに来たよー!」


 片手を上げて、もう片方にはクローシェを被せたお皿を持ったアリディエントと名乗る少女は確か、リューミン八傑衆の一人でしたね。


 アリディエントは室内を見渡し、自分を見つけた瞬間、固まりました。


「出たな! 食鬼め!」


 そして、片足を上げ、両手を上げる謎のポーズで威嚇してきました。


 正直、ごくごく普通に落ち込んでいるので料理界の住人は顔を出して欲しくなかったのですが、聞いてくれる人々じゃないですよね。


「あれ? もしかして元気ないのかな?」

「そう見えます?」

「元気がない時はアリディエントの『パルポルテ・ポン・プカラッチャ』を食べるといいよ」


 パル……、なんですか?

 一切、材料がわからない料理名は初めてです。


「ボクは昔、村の人にいじめられてたんだよ。でもリューミンが村の人たちの荒れた心を料理で救って、ボクの嫌な気持ちも吹き飛ばしてくれたんだ!」


 どうやらアリディエントはリューミンに救われた人間らしいですね。

 以前、同じ八傑衆のイグレシオがリューミンは光のような人間だと言ったことがあります。


 それはきっと、アリディエントのような子や人を救っているからなんでしょう。


「ご飯はねー、元気もくれるけど勇気もくれるんだ」


 それはこういうことなんでしょう。

 その手段だけはよくわかりませんが彼女もまた模範とされる人間なのでしょう。


「ボクの料理はリューミンの腕にはまだまだ足りないけど、暗い気持ちの人にはボクの料理を食べて元気になってほしいんだ。そして、勇気を持って暗い気持ちに立ち向かって欲しいって思うんだ」

「ふむ! 生徒たちと同じ年頃なのに立派な心構えだ!」

「ありがとー、おじさん!」


 軽い返事の後、すぐにお皿を机に並べていきます。

 料理を並べるために何度か玄関を出たり入ったりを繰り返し、やがて現れた時のように去っていきました。


 何もなかった机があっという間に晩餐をいただける状態です。

 無駄に能力は高いですよね、本当に。


「リューミンたちも帰ってきていたんですね」


 施設長さんからの又聞きでしたが、調査隊が来ると聞いて、食料の調達に出かけたリューミンたちは出る前に間に合わないかもしれないと零していました。


「うむ。間に合わないなどと言っていたが流石に職人だな。決められたことに対して真摯だ」

「あと配送もやっていたのには驚きました」

「言えばやってくれるぞ! 前もって頼んでおけば今日みたいに持ってきてくれる!」


 今日のヘグマントには頭が上がらないようです。


 前もって頼んでおけば、と言いながら料理は二人分あります。

 おそらく、自分が学園長と話をしている内にリューミンたちに頼んでいたのでしょう。無理な注文だったかもしれませんが、それでもリューミンは職人として客の要望に答えました。


「せっかくだから温かい内に食べるか!」


 気遣いに感謝しつつ、銀のクローシェを取ると出てきたのは湯気が出るほど温かいオムレツでした。

 ほかには黄金色のスープ、サンドイッチ、油の乗った赤身魚におそらくその卵らしきものが乗っていました。

 全体的になんというか、子供が好きそうなメニューですね。

 

 あの奇抜なネーミングはこれらのどこから来たのでしょう?


 あと外で「こけー!? こけまだらがー!」と叫ぶ声はなんなんでしょうね。関係ないことですがもう外は夕方です。


「ほう! キノコが四角形だな! 面白い!」


 言われてオムレツをスプーンで割ってみると、四角いキノコとほうれん草が飛び出してきました。

 キノコオムレツですね。旬の味覚です。


「子供の想像力にはいつも驚かされる。フリドが考えた文化祭の内容は知っているか?」

「いいえ。武術系だと思っていましたが」

「その通りだ! 演舞をすると言ってきてな。俺のクラスらしいと思うだろう」

「確かにヘグマントクラスらしいですね。ですが、その口ぶりだと少し違うように聞こえますが」

「うむ。あいつらは俺に何を聞いてきたと思う? 旗演舞を教えてくれと言いに来た!」


 旗演舞ですか。


 もともと旗は情報の伝達手段です。


 旗の位置、図形、そうしたものを遠くから見て理解させるためにありました。

 それも見た目の良さから土着宗教と絡むと祭事の一部として変化し、やがて戦争にもなると旗の振り方や色合いで情報を伝え合い、所属を示す紋章を見せ敵味方の区別をするものへと多様化していきました。


 その多様化の一つに旗演舞があります。


 旗を振る姿が踊っているように見えるので、なら踊りと組み合わせてみようと考えたのでしょうか?

 幸い、祭事と舞踊を組み合わせるという発想はすでにあり、剣舞と組み合わさるのも必然でした。


「それはまたどうして?」

「初めは剣舞にするつもりだったらしい。それが他のクラスの話を聞いて、剣に旗をつければ格好よく見えるのではないかと考えたそうだ!」


 一口食べたキノコは卵とキノコ独特の出汁が混じり合って、するりと喉を通っていきました。


 甘(うま)さが温かいですね。


「旗演舞なんて言葉を知らなかったくせにな! 『剣に旗をつけて動くのなら、どうやれば格好良く見えますか』と! 俺は怒鳴ったぞ。『お前たちに教えている剣術は強い! 強いから格好いいのだ』と! アレは目玉が飛び出しそうな顔でしきりに拳を握りしめていたぞ!」

「そして、『わかりました! 強くなります』……、こう言ったわけですね」


 フリド君が言いそうなことです。


「なぁ。ヨシュアン先生。俺が教え導いてきた兵は皆、最終的に素直になったがフリドは初めから貪欲に、素直で、まっすぐすぎる生徒だった。俺も教えるのが楽しくてな。思うわけだ」


 カチャカチャと食器の擦れる音はいつの間に止んでいました。


「この身、この剣は王に捧げたものだ。王の命ならどんな死地にも赴くだろう。それは誉れだ。俺の剣を捧げるに値する場所だ」


 ヘグマントはカップに入ったエールを一気に飲み干すと、大きく息を吐いてから、それから遠くを見ていました。


「だが、同じくらい誉れなことがここにもある。それは目の前の敵を倒すだけのものではなく、もっと多くを救うことではないか? 剣でしか守れないものもあろう。しかし、ここにあるのは剣では守れない、より多くを守るかもしれない力だ」


 騎士が王に捧げる忠と同じ重さのものをヘグマントも持っているのですね。


「ヨシュアン先生もそう思っているのではないかね?」


 自分は何も掬わないスプーンを置いて、少しだけ天井を見上げました。


 学園長室で【理のサートール方式】に捧げたものを伝えた後、学園長はこう言いました。


「わかりました。確認しましょう」


 憎悪を持って内紛を走り抜けた自分でしたが、レギィに止められ、最大で最高の、おそらく最後の機会を失いました。


 ジグマルドは殺せません。

 それでも何年かすればきっと機会を作り出すこともできたでしょう。


 しかし、その時にはもう世の中は戦乱ではなく平和な時代です。

 未だ暗躍を続けている者が居ても、バカ王なら未然に阻止するでしょう。


 バカ王が生きて王をしている時代に戦乱は訪れません。

 悪辣に振舞う貴族も減っていくでしょう。

 実はもう自分が貴族を殺す理由なんてなかったのです。


 それはどこか確信できる予感でもありました。


 少しでも自分よりバカ王が長生きするのなら、本当に最後の機会になるのでしょう。


 それを理解した時、目的を失った憎悪は止まりました。

 拡散することなく、霧散することなく、薄まることなく、ただただ茫洋と漂い、目的を見失いました。


 何もすることができない、ということは絶望です。


 目的を果たせない、ということは空虚でした。


 ただ失ったものばかりを数える日々はどうやって終わりましたっけ?


「捧げた心が戻る可能性はありますか?」

「わかりません」

「感情を再び元に戻す方法はありますか?」

「わかりません。細かい話は自分よりもむしろエド――エドウィン・フンディングのほうが詳しいと思います。彼は【理のサートール方式】の研究をしていますので」


 いつの間にか手を血に染めて、ベルベールさんに抱きしめられていました。

 転がっていたいくつかの死体はどこかの暗殺者だったそうです。


 あんなに衰弱していたのに殺人の技術はまだ残っていました。


 茫洋としたままベルベールさんに促され部屋に戻り、彼女の掃除を眺めていると、なんとなく隣にやってきてくれました。


 その時、疑問を浮かべる自分にベルベールさんは『記憶の中から人格を拾い集めていた』と言っていました。

 おそらく復讐と憎悪だけで留まっていた人格が消えて、再び作り直していたのだと思います。

 むしろ、あれだけの心を捧げてなお動けていたのが奇跡的なことだったのでしょう。


「ガルージンを殺そうとしたのは本当に憎かったからですか?」

「えぇ。もちろんです」


 人格の最適化をした後は相変わらず貴族が憎くて仕方ありませんでした。

 ジグマルドにも同じように憎しみが残ったままです。


 ガルージンにしてもそうです。

 後悔こそすれ殺せなかったことが残念で仕方ありません。


「では、どうして憎かったのですか?」


 どうしてと問われても、大事な人が殺されたら『誰だって憎しみを抱く』でしょう?


「本当に憎しみ以外、残っていませんか?」


 あの時、【理のサートール方式】の門を開いた時のことです。


 無機質な地平線だけが占める世界で故郷の自宅に似たドアに向かって叫びました。


 いらない、と。

 『ジグマルドに復讐するための心以外はいらない』と。

 体中を濡らしながら、冷たくなった彼女を抱き、自分は叫んでいました。


 その瞬間、開かれたドアから何かがこちらを見ていました。いえ、見ていたのかどうかすら定かではありません。


 ただ何かがいました。


 アレが何のなのかは知りません。


 人でも獣でも、魔獣でも神でもないソレを的確に表現する言葉はありません。


 強いて言うのなら『無色の何か』でした。

 無為で無臭で無毒で――何よりも『異常だと理解できなかったことこそがもっとも無異』でした。


 『そいつ』は狭いドアの縁に手をかけ、ペロリと空間ごと剥がして自分に手――おそらく手らしきものを伸ばし、ごっそりと何かを持っていきました。

 この時、間違いなく自分は情動を失ったと理解できました。


 そして、無機質で大きな口らしきものを咀嚼するように開き、もう片方の手らしきもので汚物を擦りつけるように『何かを自分の中へと丁寧に埋めこんで』、扉の向こう側へと帰って行きました。


 この話を同じように【理のサートール方式】で代償を払った経験者のエドにしても、見たことがないと言っていました。


 アレがなんだったのか、今でもわかりません。


 ただ憎しみ以外を捧げて、確かに『自分』は強くなりました。

 強さが憎しみの証明です。


「今の『貴方』は本当に憎しみだけですか?」


 その質問の時だけ学園長は静かに目を瞑りました。


「よくお考えなさい。ヨシュアン先生。問題の見直しは済んだはずでしょう。これ以上はもう貴方だけの問題です。ですが、そうですね。まだ見失っているようでしたら――」


 ただ立ち尽くす自分を『まるでベルベールさんみたいな目』で、覗き込んでいました。


「――足元を見なさい。地面とは別のものが見えるはずです」


 そこで話はおしまいというように学園長は背持たれに体重を預けました。


 意味を理解できなかったわけではありません。

 ただ本当にそうなのか、と問いかけた時にわからなくなりました。


 天井から視線を戻すとヘグマントが静かにこちらを見ています。


「――そうでなければ、あそこまで執拗にガルージンを痛めつけはしまい」

「本当にそうだと思いますか?」


 自分が生徒たちへと抱く気持ちは果たして『最適化された人格の上で演算しているもの』と本物、どう区別がつけられるのでしょうか。


「自分は、実は生徒を口実にガルージンを殺したかっただけかもしれません」


 少なくとも、うすら笑いを浮かべながらヒトを殺そうとする人間に生徒を想う気持ちなんて上等なものがあるとは思えません。


「少なくとも止まれたではないかね?」

「えぇ、それは生徒たちを――」


 考えて、止まりました。

 生徒たちに累を及ぼすと考えた瞬間、自分は止まれました?


 憎しみと等価の気持ちが自分にあったとでも言うつもりですか?


「憎しみを止めるだけの気持ちがあった証拠ではないか」


 強さが憎しみの証明であるのなら――憎しみを育んだものは何と呼ぶべきでしょう。


「――さぁ、どうなんでしょうね」


 もしかしたら捧げたと思ったものは残されていたのかもしれません。

 捧げたものが再び元に戻る方法があるのかもしれません。

 あるいは、新芽が芽吹くように感情が蘇る日が来るのかもしれません。


 その全て、憶測でしかありません。

 そう、はっきりと認識する実感がなければ確信できません。


 ただヘグマント先生は腕を組んで、頷いていました。

 何かあったんでしょうか。


「シャルティア先生はあぁ激昂していたが、それだけヨシュアン先生を見て期待していたのだろうな」

「えぇ、わかっています。だから、もう一度、謝っておきます。何よりシャルティア先生は怖いですからね」


 突然、切り替わった話題を自分は何事もなく受け入れました。

 その後は大したことのない話題ばかりでした。


 しかし、やはり、ふとした時に出るのは生徒の話題で、苦労してることや困ったこと、愚痴に近いような内容でした。


「そろそろお暇させていただきます」


 食器を片付け、水に浸し、それから自分はヘグマントの家を出ました。

 ただ出る前に少し疑問だったことを聞いてみました。


「ヘグマント先生は自分の強さをおかしいとは思いませんか?」


 少なくともヴェーア種の兵を完封するような術式師はそう多くないと思いますよ。

 それだけならともかく、メルサラを倒し、現役の冒険者のジルさんたちを倒し、暗殺者(バカ)を始末して、これだけの戦歴があればどれだけ派手に行動してきたかわかろうものです。


 疑問を抱いてもおかしくありません。

 もう誰もがおかしいと思っているはずです。


「男が強くなるのに理屈なんぞなかろう! 本能だ!」

「それはちょっと同意しかねますね」


 ポージングしてニカリと笑うヘグマントに、自分はいつものとおり、苦笑いで答えました。


 『知らない顔』でいつも通りに接してくれる。

 そんなことをするから頭が上がらなくなってくるんですよヘグマント先生。


「それではお邪魔しました」

「うむ!」


 同僚に迷惑かけ通しだった今日も、社宅に帰ればおしまいです。

 一度、気持ちをリセットするために寝ようと思ったら――


「……リリーナ君?」


 ――玄関で丸くなっているリリーナ君がいました。

 投げ出された手には何故か【苔斑(こけまだら)】が握られていて、意味がわかりません。


 あぁ、どんなに落ちこんでいても、どんなに心がなかろうとも、生徒が困った時には力になってやらなければなりません。


 それにまだ今日は終わっていませんしね。


告知。

二日に一度の更新を今日から一時的に三日に一度に変更させていただきます。

落ち着き次第、元に戻しますが今のところ、目処が立っておりません;

皆様にはご迷惑をおかけしますが、ご理解とご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。


……orz

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