理由がなかったとは言わせない
自分はモモ・クローミのような英雄ではありません。
おそらく彼女を英雄と呼んでも否定だけが返ってくるでしょう。
英雄と呼ばれて素直に『その通りだ』と肯定で返してくるのもどうかと思いますが、それだけはありません。少なくともアルファスリン君から聞いた彼女は『自らの行動が英雄的行動であると認識していない』ように聞こえました。
それでも彼女は英雄です。
少なくとも英雄の条件を満たしています。
自分もまた同じように英雄と呼ばれたら否定するでしょう。
いえ、実際に英雄ではありませんでした。
この貴族社会において自分の行動はおそらく許容できる模範をはるかに越えています。
無慈悲な投擲兵器から始まり、毒ガスの精製、遠距離からの暗殺、戦略級の行使、首級となる貴族確殺、ありとあらゆる手段を用いて敵兵の殲滅を目指していたからです。
『内紛という特殊な戦争で敵を殲滅するなんて真似は愚行以外の何物でもない』にも関わらず、自分は自分の憎しみのために多くの人を殺してきました。
特にジグマルドが擁する私軍には執拗なまでの殲滅を行いました。
奴が孤独になればなるほど、その想像だけで感情の失せた顔に笑みが浮かびました。
奴に手を伸ばすもの全てを殺し尽くし、二度と誰も手を伸ばせないようにしてやりました。
結果、奴は一人で城を守ることになり、自分はその機を狙って消耗と疲労を強いて一対一に持ち込みました。
この手で奴を絶対に殺すためです。
そのためだけに行われた行為は効率的で、しかし、外道のソレでした。
後悔はありません。ただ問いかけ続けているだけです。
もっと別の手段があったのではないか?
もっと別の、奴だけを苦しめる方法があったのではないか?
もっと別の未来だってあったのではないか、と。
後悔にも似た、しかし、悔やむとはまた別の感情から積み重なったアンサーの数々は未だ最適解にたどり着いていません。
結果として革命軍を勝利に導いたかもしれませんが、その後はどうでしょう?
人材の不足、壊滅どころか消滅した城、タラスタット平原の【禍地】もそうです。
多くの問題が残りました。
バカ王から見れば自分は英雄ではなかったはずです。
手に負えない殲滅兵器だったのではないのでしょうか?
少なくとも味方が自分を見る目は『畏怖』でした。
英雄とは味方が『社会的に模範としたい人物』であり、自分の行為はおおよそ模範として相応しくないと知っていました。
そんな自分が教師という『模範とすべき人間』になれと言われた時は、怒りを通り越して呆れすらしました。
バカ王にも理由があってのことでしょう。
アレはバカであって、自分のように愚かではありません。
「――勝者、ヨシュアン・グラム」
アンドレアスさんのどこか感情を殺した勝利宣言を聞きながら、自分はシャルティア先生とヘグマントの前に立ちました。
「勝ちました」
「そうか」
シャルティア先生の目は剣呑を超えて、もはや非難に近いものでした。
「うむ! 完封だったな! 怪我も大したこともないようだしな!」
軽い電撃傷だけです。
それも術式を解除する前にガルージンに触れてしまったので自傷みたいなものです。
ヘグマントはしきりに頷いているところを見ると、内容はさほど気にしていないようですね。
殺さなかっただけマシ、再起の可能性もある分、救いがあると考えているのでしょう。
ヘグマントの感想は決闘という部分だけ見れば正しい感想でした。
「あとは協議通りの運びでよろしいか?」
シャルティア先生はアンドレアスさんに向きながら問いかけていました。
「決闘後の宴会――というわけにはいかないようですね」
アンドレアスさんは一度、医療部隊がガルージンを運ぶ光景を眺め、それからこちらを見ました。
「あぁ。こちらも決闘の内容を学園長に報告する義務があります。これからのことも色々と話し合わなければなりません。今回は辞退させてもらいます」
「残念です。しかし、そうですね。こちらとしてはやりやすくなった、とだけ言っておきましょう」
「……配慮に感謝します。いくぞ、ヨシュアン。ヘグマント」
シャルティア先生が歩き出したので自分とヘグマントもそれに続きました。
去っていく自分たちを――いえ、自分を見る兵たちの目は最初にあった好奇心や好意、敵意などはほとんどなく、代わりに別の感情たちが強く出ていました。
『畏怖』――触れざる者への怯えです。
『怒り』――どうしようもない者への憤りです。
『驚異』――この結果を想像できなかった者の驚きでした。
それもインガルズさんやアンドレアスさんたちがうまく処理するでしょう。
少なくとも兵に学園住人との接触を禁じるくらいはできると思います。
兵も自分にありとあらゆる手段で殺されるかもしれないと考えれば、無謀でもない限り手を出さないでしょう。
それだけの戦力差を示せたと思います。
安心はできませんが二の足を踏ませられるだけでも違うはずです。
広間を後にし、学園の正門に辿りつく前にシャルティア先生はクルリと身を翻しました。
――パァン、と乾いた音。
灼熱した剣のような目つきと大きく振りかぶられる手を認識しながらも、自分は身動きせずに平手を受け入れました。
「何故かわかるな?」
今日一番、痛む頬をそのままにシャルティア先生へと顔を向けました。
「すみませんでした」
「どうしてだ」
これに自分は答えられませんでした。
どう答えても情けないからです。
「私は言ったはずだ! やりすぎるなと! 学園側から不平、不満を処理するためなどただの理由付けだ。しこりや感情的なものを残した結果、下手をすれば学園と調査隊の立場を入れ替えただけに過ぎなくなる! どこかで止めなければならないことを再び繰り返すことになったらどう責任をとるつもりだったんだ。お前のしたことはお前の稚気を静めるだけの行動で誰も納得できないとわかっていたろう。その結果に何があるかわからないお前でもないはずだ!」
矢継ぎ早に責められる言葉に、自分は無言でした。
わかっています。
ですが、止まれなかったなどというのはただの言い訳です。
大の大人がすべき言い訳ではありません。
何より自分は『シャルティア先生が信じて任せた仕事を全うできなかった』のです。
自分の成果を他人が判断する以上、そこに甘えは許されません。自分勝手だって許されないのです。
「どうしてだ。そんなに憎かったのか」
憎かったと問われたら、憎かったと答えるしかありません。
殺してやりたいほど憎かったです。
「私がお前に決闘を任せたのは『お前なら感情を制御して適度に痛めつけられる』と判断したからだ。その力もあった。誰が過剰に痛めつけろと言った。なんだアレは。公開処刑にしてもまだマシだ。拷問を他人の目に触れさせて楽しいのか? 私の判断は間違いだったか?」
「そんなつもりだったわけではありません」
「なら、なんだあの顔は。うすら笑いしていたぞ」
その一言に自分は目を見開きました。
「敵を痛めつけ、悦に入るようなバカだったか?」
笑っていた、んですか、自分は。
自分の顔を手で触れても何もありませんでした。
「まるでメルサラ・ヴァリルフーガだな」
一番の侮辱の言葉でしたが、甘んじて受け入れました。
「幸い、相手はこれを利用とする気はなかったが最悪、不当な行為とし何らかの要求もありえた。ルーカンの決闘など政治上ではただの仕切り直し以上の意味はない。難癖をつけようと思えばいくらでもできる」
今回の件はインガルズさんたちにとって丸く収めたかったから追及されなかっただけで、仲間があぁして苦しめられたのです。
悪感情の一つや二つ、自分に抱いてもおかしくありません。
ましてや、二人にとって大事なアルファスリン君を自分に預けているのですから不満や不安がないとは言えません。
「言え。何があった。少なくとも直前まではいつも通りだったろう。理由がなかったとは言わせない」
「それは――」
まさか【理の門】の話をしてもどうしようもありません。
というか、したら可哀想な子扱いです。
「まぁまぁ、シャルティア先生。落ち着いてくれないかね?」
仲裁、というよりも制裁を止めるようにヘグマント先生が自分とシャルティア先生の間に割って入りました。
「私は落ち着いている。ただ理由を聞こうとしているだけだ」
「ふむ。だが、言えないこともあろう。特に女性には」
「なんだ、それは。私をバカにしている発言か」
「そうではないぞ。ふむ……、こういうのは少し男同士に任せてもらえんか? 少し思い当たることがある。怒りはわかるが外交的に問題はなかったのだろう?」
少なくとも決着はつきました。
あとはインガルズさんたちに調査隊の変化を聞くだけでしょう。
「あぁ、問題はないな。ただ引き下がれないバカは生んだかもしれないがな。そいつらがどう行動するかまでは私は責任を取れないぞ」
それが一番、堪える解答だったかもしれません。
直前で思いとどまれても、遅かったと言われたら何も言えません。
「シャルティア先生にとって最善ではなかったかもしれないが、決闘後でヨシュアン先生も興奮しているだろう。少し時間を置くのも一つではないか?」
「話し合うのは勝手だが報告はするな。私に言えないのなら聞く必要もない。この結果だけは学園長に伝えるぞ」
厳しい顔つきのまま、シャルティア先生は引き下がりました。
納得は、してくれませんよね。
「すみません。ヘグマント先生」
「うむ! だが、あぁまでシャルティア先生に言ってしまったからな。聞かせてもらうことになるが……」
「……そうなりますね」
正直、シャルティア先生やヘグマント、どちらにしても言い様がありません。
ですが、何らかの理由を言わないといけませんね。
学び舎に戻り、学園長室に入ってシャルティア先生の報告を聞きながら、しかし、どこまで話すか、これからどうすべきかばかり考えていました。
「――以上です」
シャルティア先生の話を聞いていた学園長は何度か頷いて、手を机の上で組みました。
「三人共、ご苦労様でした」
「では失礼します」
まだ怒っているのかシャルティア先生は無駄のない動きで学園長室から出ていきました。
ヘグマントもそれに続き、自分の番になったとき、やはり学園長に止められました。
「さて、ヨシュアン先生。今回の件は最善とは言えませんでしたね」
「おっしゃるとおりです」
「何が最善だったか、などと言わずともわかるでしょう」
自分は学園長に鷹揚に頷きました。
実のところ、やりすぎではなかった、ということでしょう。
今回の件でガルージンの行動と自分の行動はほとんど等価で表せます。
なので、実際に罪に問われることもなく、アンドレアスさんも追及しませんでした。
法国側からすれば感情はともかく、両手を上げて受け入れられる行為なのです。
何せ、これで貸し借りが消えたのですから。
しかし、完全にふりだしに戻るとはいきません。
今回の件で確執ができましたし、状況は初めから見ると少し悪い状態から始めることになります。
バランスだけ見れば等価でも、状況だけ見たら悪化したというわけです。
もしも最善に収めるのなら学園側に天秤が傾く程度がもっとも良いバランスだったと思います。
その方がこちらがイニシアティブをとれますし、調査隊にも余計な行動を慎んでもらえます。
総合的に見て、自分の行動は学園長やシャルティア先生から見れば非難されて然るべきです。
架空の利益であっても、学園に不利益をもたらしたことになります。
「もともとあちら側の暴走から始まった今回の件は、降って湧いたような機会だっただけです。そうですね、その腕の傷も込みで特には追及はいたしません。まさかよく頑張ってくださっているヨシュアン先生を放逐するわけにも行きませんしね」
「……ありがとうございます」
本来、守衛が守るはずだった生徒をかばった自分は、腕の傷の分だけ学園側に貸しを作っていた、というわけです。
あくまで無視してもいいような小さな貸しですが、貸しは貸し、というわけです。
「さて、ヨシュアン先生。ここからは個人的な話です」
この会話のためだけに自分を呼び止めたわけではない、と、わかっていました。
「今代の【タクティクス・ブロンド】は先代を除けば、代々の者たちと少し毛色が違います。それはよくご存知ですね?」
「えぇ。サートール方式の採用ですね」
サートール方式。
個人での【戦略級】行使を目的とした圧縮式採用の最新術式方式――というのは机上の理論でした。
実際、サートール方式はカルナガラン方式に比べ出力が高く、術韻と術陣保有数が少し増えるだけの方式です。
どれだけ優れていても【戦術級】が限界、それがサートール方式でした。
【戦略級】の行使なんて、とてもではありませんができません。
「えぇ、サートール方式。ですが貴方たちの使うサートール方式はまた別のものですね?」
「ご存知でしたか」
本当にどこまで知り尽くしているのか、苦い顔しかできません。
「自分の師が残したサートール方式は【理のサートール方式】と呼ばれるものでした」
サートール方式の本当の使い方です。
机上の理論を可能にした夢のような技術ですが、同時に悪魔の技術でした。
「しかし、それは代償を必要とするものです。自分の心、情動、そうしたものを【理の門】に捧げることで通常では出せない力を生み出します」
物理や源理に対する理解があればあるほど出力が伸びたり、現在の第七術韻や第八術韻まで組み合わせることもできます。
総じて威力が桁違いになります。
「ウルヴェリオもバルトロメウスも、とんでもないものを残していったものですね」
そこで師の名前が出たことに、もう驚きはありませんでした。
ベルリヒンゲン老のことを知っているのなら、その二人のことも知っていてもおかしくないのでしょう。
「故バルトロメウスに関しては師の遺産に挟まっていた手紙でしか知りません」
内紛の途中で寿命が来たらしいのですが、あまり重要な話ではありませんね。
「先代は関係ありませんよ。それに事は貴方に関してです。心の何を代償にしたのか、お聞かせ願えますか?」
「それは、言わなければなりませんか?」
「えぇ。貴方を使う者としては」
本当は言う必要はありません。
言いたくないわけではなく、ただ知らせるつもりがなかっただけです。
「無知で済まされる、それは子供の言い訳です。私たちは知っていて、なお『知らない顔』をするものです。違いますか?」
無知を盾にしないでください。
「もっとも恐るべきは暗闇の荒野だと知っていて準備しないことです。松明を持ち、火が消えても大丈夫なように準備する。知識を持たざる者と持つ者の差は大きく、特に松明と思っていたものが爆発する洋燈であったのなら私たちはおろか、後ろを往く者にも迷惑をかけます。話していだけますね?」
責任を口にしないだけマシだったのかもしれません。
内容はまっすぐに『何かあったら責任取れるのか』だったのですけどね。
しかし、やはり責任が生じる以上、学園長には自分に関して知っていてもらう必要があります。
学園長に知られるデメリットは?
外部に漏れる心配はおそらくないにしても、政治に深く関わる学園長に自分の行使を委ねるべきか。
それでも、言葉はすらりと出てきました。
「憎悪――」
学園長を信じているというわけではなく、学園長ならバカ王と同じく使いこなせると考えたのでしょう。
あるいは今回の件は相当、自分にとって罰が悪いことだったのでしょうか。
「――それを除く全てです」
これが自分の根幹であり、現在の人格を作る上で基盤にしたものでした。




