心が広いという証拠だな
リリーナ君と一緒に風に流されてからは大変でした。
山裾のあたりまで流されていたのですが、まず夜だったせいで着地点が見えません。
仕方ないので術式でゆっくりと降下したら、余計に流されました。ありえません。
うまく着地できても今度は学園の方角がわかりません。
しかし、明日は授業もありますし帰らない訳にもいきません。
周囲をフロウ・プリムで照らしながら、なんとか道を見つけられたのは僥倖でした。
守衛たちが広げた森の中の道ですね。
風向きから考えると東側に流されていたようです。
途中で眠たそうだったリリーナ君を背負い、強化術式で速度を上げながら森を歩きました。
学園に辿りついた時はまだ誰にも知られていなかったようです。
これで自分とリリーナ君がいなくなったと気づかれていたら、目印の火が焚かれていたでしょうし、捜索隊も出ています。
危うく遺跡事件の二の舞でした。
このままこっそり帰れば問題ありません、そう考えていたのですが寮について顔が引き攣りました。
管理人さんが寮の前でウロウロしていました。問題しかありません。
完全に帰りが遅くて心配している様子でした。
慙愧の念が波のように押し寄せてきました。
「あぁ――夕方に出かけて中々帰ってこないから心配してたんです。ヨシュアン先生のところが居心地がいいからって、ちゃぁんと帰ってこないとダメですからね~」
管理人さんは自分たちを見つけてすぐに背中のリリーナ君を小声で叱っていました。
まず今までの経緯を話しました。心配させないように大部分をボカして語り、管理人さんを安心させてから寮に入りました。
そのままリリーナ君を部屋までおぶっていき、ベッドに下ろしました。
だらしない寝顔です。
でも、それは安心しきった顔でもあります。
しかし、なんというかリリーナ君の部屋は散らかっていますね。
足の踏み場もない上に、どこかから拾ってきたのかわからないものがゴロゴロしていました。
この八傑衆の一人がつけていそうな仮面とかどこから持ってきたんでしょうか? キャラバンから購入ですか?
無駄遣いばかりして、生活能力が心配ですね。
こればかりは学問ではないので教えられません。残念です。是正するためにこっそり叱りつけるくらいですかね?
そっと扉を閉めて、寮から出ました。
「色々とお騒がせしました」
深く頭を下げると管理人さんは慌てたように両手を振って否定しました。
「いいえ~。夕方に出て行ったのは知ってましたし、勉強に熱が入ってしまっていたら遅くなるんじゃないかな~、と思っていました。でも、あそこで待っていたのは誰かいないとリリーナちゃんが不安になるでしょう? だから、待っていたのはわたしが勝手にやったことなんですよ~」
やめてください。そろそろ良心の呵責に耐え切れません。
もう一度、深々と頭を下げて帰りました。
雲海を見に行くことが次にあったら昼にすると心に決めました。
今回は偶然、道を見つけたから良かったものの下手したら道具もない状態で朝まで森で過ごすことになりかねませんでした。
森で暮らすならせめて鍋くらい欲しいところです。
社宅に戻るとモフモフがゆっくり顔をあげてきました。
『元気をとりもどしたか?』
「どうでしょうね。少なくとも気分転換にはなったと思いますよ?」
解決の手段は人それぞれで、時に時間が解決するのも一つの手法です。
ですが積極的に解決するのでしたら、やはり本人が意欲を持たねばなりません。
意欲のない心は視野を狭めます。
これしかないと思いこみ、自らで袋小路に入っていきます。
そうした自滅を防ぐために雲海を見せました。
あれでリリーナ君がどういう結論を出すのか、自分は注意しながら待つだけです。
「色々あって疲れていますが、モフモフ。言わなければならないことがあります」
自分の決意のこもった言葉を聞いて、モフモフはのっそりと立ち上がりました。
「以前、森は繋がっていると言っていましたね。それは瞬間移動できると考えても良いですか?」
『人の認識なら、そうなる』
推測通りですし、モフモフなら空間を渡るという【神話級】の偉業も可能でしょう。
「【愚剣】を取りに戻ろうかと考えています」
『運命に抗う決意をしたか』
「運命が何か知りませんが、ここには【無色の獣】がいるのでしょう?」
これにモフモフはすぐに答えませんでした。
視線を宙空に彷徨わせてから、再び自分に首を向けました。
『いる。だが表層にはいない』
どうやらこちらが確信に至ると情報が解禁されるみたいですね。
概ね神話の流れを汲んでいる、と考えても良いようです。
「表層ではない森に行くにはどうしたらいいですか?」
『……一度、体験したほうが早い』
ということは行き方を知っているみたいですね。
となると【無色の獣】は探し出せる、ということです。
「クリック・クラックの目的が【死者蘇生】であるのにも関わらず、この地で『眷属鬼』を蘇らせたのはクリック・クラックの目的に【無色の獣】が関わっている可能性があります。そして、前は帝国がちょっかいかけてきても知らなかったので割と好き勝手やれましたが、爆弾を背負っていると理解してしまうと戦いづらくなりました。次がないことを祈っていますが必ずしもありえないとも言えません。他にも、もしも貴族院がこの情報を持っていてリーングラードに学び舎を作るように仕向けていた場合、爆弾に点火するだけで計画を頓挫させられます。何より、ここには生徒がいます。生徒たちの近くに危険物があると聞いて黙っていられる教師はいません」
要するに全てに【無色の獣】が関わっている可能性があります。
『その理由だけで神話を越えられるのか』
「知りません。そこに敵がいて、滅ぼす手段があるのなら躊躇はいりません。手段があるのなら取りに行く。それだけです。そのためにモフモフの力がいります。力を貸してください」
『彼奴の居場所は知っているのか』
「そこはモフモフ頼りなんですけどね」
もしくは調査隊が知っていることに期待しています。
『不可能では、ないか……』
ルーカンが瀕死に追いこんで【守護者】とポルルン・ポッカが【神話級】術式で浄化し続けているのなら向こうは弱っていると見てもいいでしょう。
「それでもなお強いと考えても勝機はあると思いますよ」
最悪、調査隊を巻きこめば十分な可能性があります。
敵戦力がどれくらいか把握できていないのが痛い部分なのですが、一番、相手を知ってそうなモフモフがギリギリなんとかいけるみたいに考えているようです。
『……剣を取りに行くのなら一度、この森を出る必要がある。それ以外であるのなら、いつでも言うといい』
そう言って、二度ほど尻尾を振って、またいつものように腕を枕にして眠る態勢に入りました。
一度、リーングラードから出るのは何故でしょうね。
もしかして、モフモフの中にはよくわからない条件があり、リーングラードはその条件を満たしていない、ということでしょうか。
素直にリーングラードの森は他の森とは繋がっていないと考えるべきか、それとも別の何かがあるのかまではわかりませんが、モフモフからの了承は得られました。
あとは時期だけです。
調査隊が出発した後、その日の放課後に出かけるのが一番ですね。
ですが明日はやることがあります。
シャルティア先生には迷惑をかけてしまいました。
反省には二つの要素が重要です。
もう二度と同じことを繰り返さない覚悟と本気であると伝える意欲です。
そして、これは自分勝手な話です。
シャルティア先生はもう気にしていないかもしれません。
もしかしたら、またその時の気持ちを思い出して、また憤慨するかもしれません。
勝手に誓われても迷惑かもしれませんし、自分だけが納得するだけの手前勝手な誓いになるかもしれません。
単純にまだ半年も一緒に働くのですから、お互い気持ちよく働きたいというのもあります。
「腫れ物扱いすると逆に怖いですしね」
どちらにしても許してもらわなければなりません。
シャルティア先生はいつも早く出て、職員室で皆を待つことが多いです。
なので今回は自分も早起きして、職員室で話し合いをしようと寝て起きたのはいいのです。
ここまでは良かったんですよ。
早起きもしました。
身支度も整えました。
モフモフに『行ってきます』を言ってドアを開けた瞬間、
「――あ」
同じようにドアを開けたシャルティア先生と目が合いました。
何故かリィティカ先生と一緒にいます。アレ? 昨日はお泊りですか?
すぐ隣の家で生活していたのに気づかなかったとは、不覚すぎて泣けてきます。
「じゃぁ、シャルティア先生ぃ。私、先に行ってますねぇ。ヨシュアン先生もまた後でぇ」
リィティカ先生は和やかに朝の挨拶をした後、そう言って足早に行ってしまいました。
二人きりにしようという気遣いなんでしょうが、良かったのか悪かったのか判断しづらいですね。いえ、リィティカ先生のご判断ならきっとこれは吉兆です。
俄然、勇気がわいてきました。
気遣ってもらっているだけ感謝すべきなのでしょう。
女神の光は世界をあまねく照らしますが、しかし、光は時として日射病を起こす原因でもあります。厳しさを試練と思えば苦にもなりません。
シャルティア先生は少し思うところがあるのか小さくため息をついて、社宅の鍵を閉めていました。
「シャルティア先生。昨日の件ですが」
シャルティア先生は無視するように身動きしませんでした。
昨日、自分がヘグマントに励まされていた時と同じようにシャルティア先生もリィティカ先生に何か言われていたのかもしれません。
どちらかというとシャルティア先生の憤りをリィティカ先生が聞いていたのでしょう。
「報告はいらないと言ったはずだぞ」
そして、シャルティア先生は背を伸ばしました。
まだ怒っているのでしょうか? それは当然ですね。
「聞きたくないかもしれませんが、聞いてください。自分の正直な気持ちです」
「……良いだろう」
言い切り、ようやく見せたシャルティア先生の顔には不機嫌がありありと浮かんでいました。
「申し訳ありませんでした」
真正面からもう一度、頭を深く下げました。
「理解はしていました。決闘の意味も目指すものも。自分の行動が及ぼした影響もです。ですが止められませんでした」
止まる、止まらないの前に必ず止まらなければならなかったのです。
ガルージンを苦しめるなんて選択肢はなかったんです。
「生徒のことを考え止められず、生徒のことを考えて止まりました」
結果、殺すこともできず、やはり中途半端な終わり方をしました。
これでは黒色ゴキブリの時と同じです。
「倒すだけが守ることではないと知っていたのにできなかったのは自分の失敗です」
何もかもを説明すれば許される話ではありません。
誠意があっても許されないこともあります。
「だから、申し訳ありませんでした」
それでも頭を下げなければならないのなら、自分は頭を下げます。
許されない己を慰めるためではなく、シャルティア先生の納得のために下げなければならないのです。
「お前が! それを言うとだな!」
胸ぐらを掴まれ、無理やり頭を上げられました。
間近で見たシャルティア先生がなんだか泣きそうに見えたのは気のせいでしょうか。
「私は許すか許さないかしかなくなるだろう。そうしたら許すしかないんだ! 学園長が許しているんだぞ。私だけが一人、意地を張るわけにもいかない!」
シャルティア先生だって、同僚と喧嘩したいわけではないのでしょう。
今回は自分が全面的に悪いのですが、だからと言ってシャルティア先生はいつまでもヨシュアンが悪いと言い続けられません。
それこそどこかで水に流さないとなりませんし、それが今なんですが。
ハイ、そうですか、とはいきませんよね。
「そういうのは卑怯だ」
歪んだ剣のような眼で睨んでくるシャルティア先生は、ちゃんと理解しています。
起きてしまったことは仕方ない、と。その上で生徒を守るためにやらねばならないこと、噛み締めなければならないことを知っています。
そして、原因が自分にあることも、まぁ、承知の上です。
いえいえ、そもそもの原因は調査隊なのでしょうがそこも含めてです。
たやすく納得はできませんよ。
少なくとも問題を片付けようとしていたシャルティア先生が信頼して送り出した同僚は事態をややこしくしたのですから。
掃除している途中でゴミ箱をひっくり返されたようなものです。
「それになんだ! 頭を下げてそれでおしまいか?」
「二度としません。と言いたいのですが次に同じことがあった場合、止まれる自信がありません」
「己の管理不足を投げるヤツがいるか!」
また怒られました。
いえ、当然ですし、自分も次に『憎悪に取りつかれた時』に止まれる自信がありません。
「同じことをしたらシャルティア先生に嫌われますよね」
「ぶん殴るに決まっている」
「だから、です。それくらい重くしないと止まれません」
もっと気持ちを重くすればいいんですよ。
生徒たちへの気持ちだけではなく、下手に自分が憎悪に手を出さないように、怖いくらいの重みがあればいいんです。
「シャルティア先生には嫌われたくないですしね」
正確には敵に回したくありません。
「人を勝手に重し扱いか……」
聡いシャルティア先生は自分の狙いもちゃんと理解した上でキリキリと目元を釣り上げていました。
こればっかりは仕方ありません。
止めれないし、止めようという意識があっても無理なら頭を下げた意味がありません。
二度としないためには更に厳しい制約が必要です。
シャルティア先生、怖いので制約にぴったりだと思うんですが、どうでしょう?
いや、わかっています。自分勝手なお話だということくらい。情けないにも程があるのも重々承知です。
シャルティア先生はため息をついて、胸ぐらから手を外しました。
「勝手に私を背負うんだ。次は許さないぞ」
「はい」
「わかっているな」
「わかっています」
シャルティア先生に意味なく肩を叩かれました。
そして、二歩ほど歩いて、振り向きました。
「言葉だけか?」
「是非、夕食を奢らせてください」
「……いいだろう。この前の揚げ物はもっと美味しくしろ。それと酒もだ」
「ご用意させていただきます」
シャルティア先生的に許すための免罪符なんでしょうね。
甘んじて受け入れるくらいしかありません。
「お前みたいなバカをな、許すほうも大変なんだぞ」
ポツリと呟き、先を歩いていくシャルティア先生を追いかけるように、自分も歩を進めました。
追いついて、隣を歩いて、自分は力なく笑みを浮かべました。
「女の影がチラつく岩の騎士の誓いなんぞバカにされているだけだと知ってて言ったのか?」
「女の影? 知りませんね」
「四、五人くらいいるだろ」
「なんか一人くらい多いですね」
「ほう。一人多いみたいだな」
しまった。失言でした。
シェスタさんはともかく、レギィ、メルサラに続いて内紛からズルズルと鬱陶しいのが一人います。
こいつはリーングラードにやってくることはありませんが、王都にいると結構な確率で絡んでくるのでちょっと厄介な相手です。
ベルベールさんに嫌われているので、ここ一年くらいは近寄ってこなかったのですが諦めたりしてないでしょうね。
どうしてこんな粘着系しか寄ってこないのか、ちょっと自分で自分が信じられなくなります。
「私が野薔薇の貴婦人なら傘で頬を叩き倒しているところだ」
「すでに叩いたあとじゃないですか」
「あれで済ませた私は野薔薇の貴婦人より心が広いという証拠だな」
ちょっと怒ったように拳で胸を叩かれ、痛みとも言えない小さな衝動が胸に広がりました。
きっとそれが、シャルティア先生の納得の名残だったのでしょう。
ちゃんと爆発しろ。




