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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第五章
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いつも御快活であられる

「他の派閥からすれば、モモ・クローミと仲がいいアルファスリン姫様の様子は二人が結びついているように見えるでしょう」


 モモ・クローミそのものを害することは侵略戦争で彼女に味方した氏族を敵に回すことになります。

 多くの氏族は彼女に感謝しています。

 しかし、氏族の意に反して、どうしても神務代行候補たちは彼女の力を削ぎたいと考えます。


 どうすればモモ・クローミと『敵対せずに力を削ぐ』ことができるのか。


 そこでもっと単純に考えることにしました。

 モモ・クローミの勢力を二つに分ければいいのです。

 その一番、簡単な方法はモモ・クローミとアルファスリン君の分断です。


 アルファスリン君を貶めれば、同時にモモ・クローミも貶めることになると考えたのでしょう。しかし、これだけでは薄い策です。

 今頃、モモ・クローミ側も何かしら事件が起きているかもしれませんね。


 まるでアルファスリン君を犯人に仕立てるようなやり方で、です。

 もっとも、ほとぼりが冷めたら適当な犯人をでっち上げて敵意をそちらに向けさせ、不仲になった二人が残る、という寸法です。


 アルファスリン君も貴種なので法国の兵は彼女に危害を加えられないのも一つの要因ですね。


「どうしてアンドレアスさんやインガルズさんが敵を吊るしあげるような手段を使わなかったのか、大体、わかりました」


 この手合いはガルージンみたいな敵を一方的に公開処刑して『こいつのようになりたいのなら暗躍してみろ』と脅すのが一番なんですけどね。

 その発想が法国側から出なかった理由がよくわかりましたよ。


「ようするにお二人は丸く収めたい、というわけですね」


 これに尽きるのです。

 先の神話や法国の成り立ちを考えれば神務代行は国民にとって精神的支柱なのでしょう。

 その精神的支柱の候補たちが不仲であると周囲に知れたら、不安でしょう。

 家の柱がグラついていて不安に思わない住人はいません。


 事情を知る者ならば争っているとすら悟らせたくないはずです。


「我々にとってはお三方、それぞれが大事なのだ」

「わかっていますよ」


 文句なんていくらでもあります。

 迷惑で面倒な話をこっちに持ってくるな、と言いたい気持ちもあります。


「一つ、聞いてもいいですか?」

「言えることならば」

「モモ・クローミの年齢を教えてもらってもよろしいですか」


 一瞬、インガルズさんの眉が動きました。

 きっと意図がわからなかったのでしょう。

 こっちにしても別に重要な理由ではありません。


「今年で成人だ。それ以上に若く見えるのが特徴か」


 十六歳。生徒たちよりも年上で社会的責任も取れる年です。

 今年と言っているのでまだ成人を迎えていない可能性もありますが、未熟な成人という風に見倣すべきでしょう。


 まだ周囲のフォローが必要な時期です。

 早熟な子が多いこの世であっても、独り立ちの意思がちゃんとあってもどうしても迷惑をかけてしまう年頃でしょう。


 まして自分と同じ【故郷】出身かもしれないと考えると、周囲と比べて晩成型と見るべきでしょう。


 きっと彼女は己の手の届く範囲しか見えていません。

 誰かの苦境を見て、脇目もふらず手を差し伸べられるのでしょうが一歩、そこから出て苦しんでいるヒトが居たとしても彼女は気づきもしないでしょう。


 それが悪いとは言いません。

 かつての自分も同じでした。


「自分たちには関係ない話でもあります。正直、生徒で手一杯です。ただでさえ一人増えたんですよ。何が起こるかもう予想もつきません。聞きますか? この五ヶ月、何が起きてきたか。家の前で竜巻が起きたりするんですよ? 心理と物理、両方の意味で爆発とか定期的に起きます」

「済まぬ、とは言えぬな」

「ここまで踏みこんでおいて今更な話でしょうが聞いてもらえると助かります。謝られたいとも思っていません。流石にそこまで性格は悪くないつもりです。ですが畑違いの仕事をここまでやれたことに少しこだわりみたいなものだってあるんですよ。それなりに社会的な責任もあって子供たちに立派な姿で学園を卒業させてあげたいんですよ」

「恥を忍んで頭を下げよう。この命、当の昔に神に捧げているので命までやれぬ。だが頭を下げて助かるのならすがりついてでも助けを求めよう」

「他国の人間ですよ?」

「重々、承知だ」


 なんてことはありません。


「頼む」

「引き受けましょう。どうせ乗りかかった船です」


 かつて自分が知らずに周囲に迷惑をかけたことを、今度は尻拭い側に回るだけの話です。


 まるきり関係ない相手でもないようですし、どちらにしても自分は手助けする程度しか手を出せません。


「差し当たって調査隊の調査を成功させることでしょうね。さすがに王都まではついていけませんので後のことまでは保証しかねます」

「十分だ。礼をすべきだろうが」

「構いませんよ。どうせ先の神話の話。限られたヒトにしか喋れない内容でしょう?」

「察しが良い男だ」


 少なくとも『リーングラードに【無色の獣】がいる裏付け』は取れました。

 後は『見つけて滅ぼす方法』ですが、見つけるに関してはモフモフかポルルン・ポッカ、あるいは調査隊が見つけてくれるかもしれません。滅ぼす方法はすでに答えが出ています。やはり神話でわざわざ言及しているのなら隕鉄の剣が必要でしょう。


 しかし、【愚剣】はなるべく使いたくありません。


 いえ、取りに戻ろうと思えば手段はいくつかあります。

 ウルクリウスの翼で往復一日ですし、モフモフと相談して王都の近くの森に移動すれば往復半日もいらないはずなのです。

 ですがモフモフがどう答えるかですね。悪い返事はしないでしょうが、今は色々と制限がついているみたいですが、どうにかできますかね?


 できれば調査隊が出発するまでに決断したいところですが、取りに行くにしてもスケジュールをどう変えましょうか。

 少なくとも今のうちに手を打っておかなければ後手に回る可能性があります。


 時間だけ空けて、それから考えましょうか。


「明後日は調査隊の移動なのですが、最終的に現地調査時にアルファスリン姫様が居れば自分の案内でなくとも大丈夫ですか?」


 本当に細かい問題が多いんですよね。

 特にアルファスリン君が捕まったり、利用されると困ります。彼女の身は自分の近くに置いておくのが一番でしょう。


「本来は自分が案内する予定でしたが道中を最初に遺跡を発見した守衛たちに頼もうかと思います。せっかくアルファスリン姫様が学園の生徒になったのですから、色々と楽しんでもらいたいのです。彼女が学園にいる時間が長ければ長いほどインガルズさんも一派が余計なことをしないように説得しやすいんじゃないですか?」


 一番、痛い理由付けを経由した利益ある提案という、えぐりこむ頼み方でした。

 少しでも時間を稼ぎたいのと、いちいち調査隊と一緒に行動するのも面倒だという二つの意味で提案したのですがこれにインガルズさんは鷹揚に頷きました。


「我々は目的の場所にたどりつけさえすれば良い。配慮には痛み入るが返すべき礼がこの様なのが残念である」


 一応、気にしてもらっているようです。


 自分は調査隊についていくために今週の授業はほとんど入っていません。

 ついていく必要がないのなら教師陣と相談して新しい日程を組むべきなのでしょうが、少し嘘をついて一日自由な時間を作る、のは無理ですね。

 アルファスリン君を一日、放置することになります。


 いっそのこと連れて行くべきでしょうか。

 軽く誘拐のような気がしますが、周囲に妙な疑いを持たれても困ります。

 それなら授業が終わった後に出発して早朝に帰ってくるほうがマシではないでしょうか?

 その気になれば半日をもっと短くすることも可能でしょうし、やる価値はあります。


 滔々と頭の中で予定を立てていると学園長室のドアが開く音がします。

 それと同時に職員室を駆ける間隔の短い足音が聞こえてきました。


「聞け! 妾も文化祭に参加できるのじゃ!」


 颯爽と現れたアルファスリン君は自分とインガルズさん相手に胸を張って報告してきました。

 臣下の礼を取ろうとするインガルズさんを手で止める一連の流れも無駄なく終わりました。

 そして、自分は一体、誰のためになんの悩みを抱えていたのか、少し見失いました。


「姫様はいつも御快活であられる」


 慣れているのかインガルズさんは冷静に受け答えていました。

 ちょっと真似できない境地ですね。


「うむ。インガルズも元気そうで何よりじゃ。そこなヨシュアン……、先生をもらっていくぞ!」

「アルファスリン君。先生は今、大事な話をしている途中です。どうしてもというのなら、まず先方を失礼のないように説得する必要があります。いくら主従であっても」

「良いか!」

「問われる必要はありますまい」


 インガルズさんのその対応がアルファスリン君を自儘に育てたと理解していますか?

 多くの不満を込めた目で見つめても、インガルズさんはむしろ誇らしげでした。ダメですね。アンドレアスさんもそうですが従者すぎて教育に向きません。

 話を聞く限りアンドレアスさんの方がまだマシなのかもしれません。


 自分はがっくりと肩を落としてから立ち上がりました。


「ともあれ、事は君にも関わることです」

「良い!」


 良くないから文句を言ってるんです。


「姫様が言いだしたら誰にも止められぬ」

「姫様だろうが神様だろうが、生徒であるのなら止めねばならないのが教師でしてね」


 言葉にして因業な職業だと今、ハッキリと理解しました。

 

「本当に構わない。もう話し合うことも少なかろう」


 アルファスリン君はインガルズさんの言葉にパァと顔を輝かせました。

 一方、苦虫を噛み潰しながら平静を装っていたのが自分です。


 リーングラードの魔獣【無色の獣】に関して、もう少し情報が欲しかったのですが仕方ありません。


「文化祭に参加すると聞きましたが、あの矛盾的な構造に何か進展がありましたか?」

「何を言うておるのじゃ? 訳のわからぬことを言うな!」


 そして、意味なく怒られました。殴りたいです。


「文化祭の説明は聞きましたか?」

「もちろんじゃ。学園長が妾たちのために用意した宴じゃな。それに妾も参加する許可を得たのじゃ! インガルズが学園の警護をするのが条件じゃがな!」


 これにはさすがのインガルズさんもアルファスリン君に顔を向けていました。

 厳つい顔であんぐりと口を開ける様子はもう、何を言ってやればいいかわかりません。


「調査隊の仕事が終わった後、出立するまでの間じゃがの」


 それで全てを言い終えたとばかりに自分の袖口を掴み、懸命に引っ張っていこうとします。


「妾も『くらすめいと』と一緒に祭りをやるのじゃ! 早う急げ! ヨシュアン、先生が説明すれば皆もよくよく納得するじゃろう!」


 自分がかつて生徒として学んでいたときの話です。


 文化祭は楽しい記憶よりも行事の一環としての役割の方が強かったですね。

 楽しくなかったわけではありませんが、しかし、ここまで喜ぶほどのものではありませんでした。


 彼女にとって文化祭は初めての経験でしょう。聞くのも初めてなはずです。

 むしろ歓待のために行われていると知ってなお嬉しそうです。

 己のために催される歓待に歓迎される側が参加する、この奇妙な状態であってもです。


 きっとそれらは自分と違って、アルファスリン君にとって瑣末なことなのでしょう。


 今日、初めて受けた授業で共に勉強する楽しみを知りました。

 そして、楽しそうに文化祭の準備をするクラスメイトを一人、眺めるアルファスリン君の心を推測する必要はありません。


 どうせ寂しかったに決まっています。

 自分に連れられ教室から出るその姿が言葉よりも多くを物語っていました。


 ですが、アルファスリン君はそれを良しとしませんでした。

 留学手続きと同時に質問し、内容を理解して学園長に直談判したのでしょう。


 どうすれば皆と一緒に文化祭を楽しめるのか。


 どうやら、彼女はたった一日でヨシュアンクラスの中で立ち位置を確保してしまったようです。

 無類の積極性と無縫の在り方を武器に、ためらいもなく飛びこんでいこうとしています。


 ならば教師としてそんな生徒とどう接するべきでしょう?


「あまり時間もありませんし、さっそく説明に行きましょうか」

「決断が遅いぞ! 妾はもう走るのじゃ!」

「教室、職員室、廊下で走る悪い子はオシオキです」

「ぬがー! 汝は妾になんぞ不満でもあるのかー!」


 その場で駆け足していた足を床に叩きつけて、怒られました。

 下から睨みつけるアルファスリン君を放っておいて、応接間から出て振り向きました。


「アルファスリン君は少し先走りすぎるので止めるくらいがちょうどいいでしょう?」

「躊躇わずに背中を押せば良かろう!」

「君が躊躇った時に目の前が崖でも押してあげますよ。ちょうど崖を飛び越えるくらいの勢いで」


 それが自分の教育方法です。

 泣き言も戯言も言わせませんし、言っても解決してみせます。


「そんな鬼のような教育係がおってたまるかー!」

「教育係ではなく教師です」


 取り巻く状況は不穏を通り越して見通し不明ですが、十分です。

 そんなものは昔から変わらなかったはずです。もっと絶望的だったことくらいあります。


 たかが法国の派閥争いがなんだというのでしょう?

 モモ・クローミの尻拭い? 問題ありません。

 伝説級の魔獣? 予言? 些細な話です。


 その程度の問題を覆せないで何が【戦略級】術式師でしょうか。


 力が必要なら取りに帰るだけです。

 そのための手段を躊躇している時点で覚悟が定まっていない証拠です。


 ですが、もう覚悟は決まりました。


「行きますよ」


 プンスカと頭から湯気を出して後ろをついてくる生徒がいるのなら相手が悪神であろうとも屠ればいいんですよ。


 生徒たちの身の安全と平和のために、名立たる英雄たちでも成し遂げられなかった【神話越え】を目指しましょうか。


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