今すぐ削ってあげるよ
言ってしまえば演劇というのは『本気のおままごと』です。
何も遊びという意味ではありません。
そもそも何かを模すという行為は武術にしろ、学問にしろ、普遍的に行われていることです。
己より優れたものを取り入れようとすることは悪いことではありませんよね?
そして、何かを表すという行為はそれまでやってきた結果を形にすることです。
今までできなかった技が使えるようになったことや普段から頑張っていたら成績があがったなどと、過程が成果へと繋がる行為に他なりません。
本気であるのなら、おままごとであろうが学問であろうが同じことです。
本気の度合いが上がれば上がるほど、厳しさを増すのは言わなくともわかるでしょう。
「そこー! もっと悲哀の表情を致しなさい! 『男が女に対して』湧きあがる恋情と愛、そして抑えきれない寂しさと求めを表現なさい! 指先一つの震えでですわ!」
アルファスリン君が教室に入った瞬間、クリスティーナ君の怒声が谺しました。
一方、マッフル君は形容するのも躊躇われる、嫌そうな表情をしていました。
教壇周りを舞台に見立てて、演者のマッフル君がクリスティーナ君に演技指導されているように見えますが、実は違います。
言ってしまえばアレは剣術の稽古と同じですね。
一人が実演して、一人がおかしなところを指摘するやり方です。
クリスティーナ君はまるで演技に自信があるような体をしていますが、実はまったくのど素人です。見る専ですからね。
ですがクリスティーナ君がおかしいわけではありません。
むしろ、クリスティーナ君が一番、演劇を知っています。
自分もバカ王との即興劇以外はど素人ですからね。
つまり、担任及びヨシュアンクラスの演劇への知識や経験は非常に低い水準で整えられています。ほぼ初体験であるのにも関わらず、どうして自分は劇を勧めてしまったのでしょう?
またどうして演劇をやろうと思ったんでしょうね、この子たちも。
それでも未知に対して挑もうとする気概は認めるべきでしょう。
「男の気持ちなんてわかるはずないじゃん! 大体、湧きあがる恋情と愛? 抑えきれない寂しさと求めをどーやって指一本で表現できんの! 意味わかんないし! 意味わかんないし! あんたの頭の中くらい意味わかんないし!」
拳を握って親指を人差し指と中指の間に入れたら表現できると思いますよ?
ですが教えるつもりはありません。無意味以前にまず主旨が違います。
別にお高く止まっていませんよ?
確かに低俗文化も文化ですし、ある意味では学問でしょう。
ですが教養とは真逆の文化です。
演劇は総合芸術ですから、どうしても『とにかく綺麗に見せる』という幻想がつきまといます。
そんな幻想に低俗文化を放りこんでも演劇が台無しになるだけです。
「貴方、胸が慎ましやかなんですから少しは理解できてもよろしくてよ?」
「良し。わかった。その無駄な脂肪、今すぐ削ってあげるよ」
割と本気の殺意に芽生えたマッフル君の額には青筋が張りついています。
呼応するように睨み合う二人が口喧嘩だけで済んでいる理由は教壇から反対側にあります。
「みんなといっしょにお針していると、なんだか楽しいのです」
「でも間に合う気がしないであります」
「エルフの衣装はリリーナしかわからない」
「むぅ~。こんなの集落の祭りでしか見たことないでありますよ?」
お針子隊ことチーム『きゅ・きゅ・ぼーん』が衣装を作っているからですね。
ここで大立ち回りして衣装を台無しにしたくないのでしょう。
その進行状況は【教養実習室】から借りてきた等身大着せ替え人形の『マドンナさん』が素っ裸のままでポージングしているところからわかります。
「型紙があればセロだけでもつくれるのですけれど……」
「リリーナは型紙とか作ったことないであります」
リリーナ君が少ししょんぼりしています。
型紙とか作らないでも、服を作れる人はいますからね。
そう言った計画的な手法はリリーナ君の苦手とするところです。
なので結局、リリーナ君と一緒に衣装を作ったほうが効率的なんでしょうね。
「みんなでやっても大丈夫なのですっ。その分、セロも頑張るのです」
「仕方ない。台本ができてるだけマシ」
どうしたことでしょうね。リリーナ君の肩身が狭そうです。
セロ君もエリエス君も普通通りなのにリリーナ君は一人、耳を下げています。
文化祭が始まるまであと一週間。
この時点で衣装合わせができていないのは厳しいですね。
今は衣装と小道具を先にしているようですが、他にも照明の術式具や大道具の制作が控えているので準備は順調に遅れています。
「ならば妾に任せるがよい!」
状況を理解するまで自分の後ろで教室の中を眺めていたアルファスリン君は、片手を上げて教室に乗りこみました。
「見たところ神話儀礼を行うようじゃな! 何を演じるのじゃ?」
「いや、その前にさ」
大声にポカンとしていた皆で一番、早く復活したマッフル君が曖昧な顔をしていました。
「ファスリンが参加してていいの? 歓待される側じゃん。見て楽しんでもらうつもりなんだけど?」
「良い! 妾も参加できるように取り計らった。故に妾も皆と一緒に参加できるぞ」
「まぁ、それなら別にいいんだけど。で、神話儀礼って?」
「うむ。それはじゃな……、神話をその身で表すことで神々と同一化するという儀式のことじゃ」
ある意味では正解ですかね。
ただし正解が必ずしも理解を得られるわけではありません。
アルファスリン君を除く全員が自分を見てきます。
説明しろってことですね。
「演劇のことです。演劇と一言で言っても歴史は深く、古くは一種の儀式として行われてきました。宗教と密接な関係がありましてね、法国では神話の演劇を神話儀礼と呼んでいます」
これ、自分が知らなかったらどうするつもりだったんでしょうね。
しかし、生徒たちは『先生が知らないはずがない』と考えましたね。
順調に自分に幻想を抱いている証拠です。
誰かの望む格好をして、そのように振舞うことを劇というのなら、これも演劇と言えるのでしょうか。
何が真で、何が嘘なのか、その重さはきっと等価値なのでしょう。
少なくとも自分は本気なので、意味なく思考の坩堝にハマる必要もありません。
「娯楽性を持って今のように慕われるまで多くの変遷を得てきましたが、そこは興味があったら調べてください。現在の主流は二つです。一つは大衆娯楽。旅芸人や詩人が時に村に来て出し物をするでしょう? アレのことです。その延長線にクリスティーナ君も知っている『岩の騎士』などの大衆劇も含まれます。恋愛劇や悲劇、悲喜劇、まぁ史実を元にした文学的側面もある演劇のことです」
クリスティーナ君が頭に浮かべているのがまさにこの演劇です。
「もう一つがアルファスリン君の言っている宗教劇です。道徳劇や神秘劇も同じくくりですね。神話を元にして作られた演劇なので『神様はすごい』と思わせるような話が多いですね。文字が読めなくとも見ていれば神話を知ることができる、という側面を持ち、布教にも使われます。セロ君だと……、修道院で朝に聖書の朗読や唄をしたことはありませんか?」
セロ君は必死でこくこくと頷いていました。
どうやら身に覚えがあるようです。
「アレも一つの宗教劇と捉えてもいいでしょう。歌だけで表現する劇もある、ということは頭に入れておくと良いでしょう。ただし【試練】には出ませんが」
【試練】と聞いてアルファスリン君は首を傾げていました。
そういえば、『貴族院の試練』は説明していなかったんでしたっけ?
二週間で帰るアルファスリン君には関係ありませんしね。
全員が「ほへぇ」と呆けたような呟きを漏らしていました。
「ヨシュアンクラスが行う劇は『大樹の唄』でしたね。神話を元にしているので宗教劇と言ってもいいでしょう」
なんというか、この皮肉というか偶然には驚かされました。
生徒たちが選んだ題目は、旅神スィ・ムーランとイルミンシアの悲劇『大樹の唄』だったのです。
エリエス君が編纂し、クリスティーナ君が監修した演劇仕立てなので『大樹の唄』を模した劇ですね。
エルフの登場人物が出る劇が少なく、難易度や人数などを考えると限られてきます。
そこで出来合いの物語から演劇を脚本から作る運びになりました。
それが『大樹の唄』だったわけですね。
主となる登場人物が二人しかいないので『大樹の唄』はちょうど良かったのでしょう。
スィ・ムーランを導く様々な役者は主役以外の生徒たちが持ち回りで担当するようです。
「先にアルファスリン君が言ったように、彼女も参加します。それで、ざっと君たちが決めたことを説明しておきます」
まずスィ・ムーラン役はマッフル君です。
誰がやるかでもめたのは男役だったからでしょう。
結局、ある一部分に女性らしさが足りないマッフル君が選ばれ、クリスティーナ君と大喧嘩しました。
仲裁はもちろん、自分がしました。
説得も自分です。あえて言いましょう、説得には苦労しました。
「一応、あたしが主役。別に男役ならエリエスでも良かったけど、身長が足りないしさ」
「まぁ、男が主役なら私でないのは仕方ありませんわね」
そこで挑発的な笑みをマッフル君に見せないように。
また喧嘩するつもりですか。
「で、もう一人の主役イルミンシアはリリーナ君です」
「出番が多くて大変であります」
リリーナ君が手をあげて、アピールしていました。
イルミンシアはエルフの祖とも言われていますが、どうなんでしょうね。
今はよく知っているので疑問を浮かべられますが、『大樹の唄』通りの結末ならイルミンシアに子供はいなかったはずです。
そこで考えられるのは、おそらく祖となるエルフの一人だったのでしょうね。
あるいはイルミンシアはエルフを作れたか……、これは仮説どころか突拍子もない妄想に過ぎません。
ともあれエルフであるイルミンシアとリリーナ君なら、ハマり役だと満場一致で決定しました。
サポートに徹するつもりだったリリーナ君は必死で嫌がりましたが、これも自分が説得しました。主にゲンコツと術式を使いました。
嫌がっていたのでやる気がないのかと思いきや、台本が出来てすぐに全て暗記していたのでやる気がないわけでもないようですね。
恥ずかしがっただけです。
「一番の難物は敵役の【無色の獣】ですね」
これは様々な検討の結果、モフモフになりました。
モフモフが出演するわけではありません。
ちょっとした演出にモフモフが参加するだけです。
ちなみにコレを勝手に決められたモフモフは悟りきった瞳で『そうか……』と呟いていました。
モフモフの祖先は【無色の獣】の敵でした。にも関わらず、その役をするモフモフの気持ちはどうなんでしょうね。
一応、演劇の説明もして、慰めのためにちょっと豪勢な御飯を作ってあげました。
「ルーカンはどうしたのじゃ?」
「……ヘグマント先生に頼もうかと思ったのですが、流石にクラスでの出し物に担当教師以外が積極的に出演するわけにも行きませんでした」
なので、自分です。
誰よりも深く落ちこんだのは自分でした。
何が悲しくて脳筋役をしなければならないのでしょうか。
「うむ。名誉なことじゃな!」
「あ、落ちこむので止めてください」
「何故じゃ? のぅ、クリスティーナ」
「私に言われてもわかりませんわ。誰も闘神役ができそうになかったのですから仕方ありませんのに」
この教師があまり出張ってはいけないという縛りのせいでルーカン役は最後くらいしか出てきません。
その分、別の役どころが増えて、そちらを生徒が担当します。
しかし、これも偶然にしては皮肉が効いています。
まさか自分が本物の【無色の獣】を滅ぼそうとしているとは口が裂けても言えません。
笑われるか頭の心配をされるだけです。
「そうなると兼任している役をファスリンが担当してもらう」
「うむ! 良きにはからえ!」
つまり、今回の劇は主役二人を主軸にして代わる代わる脇役を加えては物語を回していく形です。
何故、こんな形になったのかというと自分のせいです。
なんというか皆の晴れ舞台を見てみたいという変な欲が出てしまいました。
『ただでさえ時間がないのに無茶な要求するな』と文句は言われましたが悔いはありません。
と思ったら、『じゃ、先生も出てね』と言われて泣く泣く出るハメになりました。拒否権はありません。それがルーカン役の真実です。
内心、裏方じゃないことに喜びを感じている子もいるので良しとしましょうか。
エリエス君が台本を持って机に置きます。
アルファスリン君は嬉しそうに机の前を陣取ります。
「正直、あと一人、手が欲しかった。先生が手伝ってくれないから大道具に取りかかれなかった」
さりげなく先生を悪者にしないでくださいね。
調査隊の事件さえなければ今頃、自分だって君たちを手伝えたんですから。
ちなみにエリエス君は裏方だけしたかった子です。
「ラタトスクがセロ、同時に森の精役も担当している。私もそう。でも私は照明や舞台設置も行うから私の分をファスリンが担当して欲しい」
「ラタトスクと樹精かの……。うぅむ」
パッとしない役ですね。
効率だけ見れば途中参加のアルファスリン君に重要な役を抜擢する訳にはいきません。
今までやってきたことがやり直しになりますからね。
さて、外交面から言われせてもらうと危ういです。
本人の希望とはいえ、自らの国の姫が傍役をやっていると聞いてイイ顔をする国民はいないでしょう。
どこかである程度、目立たさないと言い訳すらできません。
ちょっとエリエス君にはそう伝えておきましょうか?
また無情な瞳を向けられそうですが、我慢しましょう。
「イルミンシア役はどうでありますか? 設置にしてもリリーナがやった方が早いであります」
「ダメ」
エリエス君はリリーナ君の消極的な意見をざっくり拒否しました。
「リリーナはイルミンシア役。そのために色々考えてる」
「うに~……」
リリーナ君の言うとおり、大道具設置はリリーナ君が適役です。舞台が暗転した直後、強化術式を使いながら大道具を片付けるのですから高いレベルで強化術式が使えるリリーナ君がいると便利でしょう。
ただエリエス君はその前提条件を覆したくないようです。
まるで無理にでも主役にしたいようにも見えます。
セロ君からリリーナ君のことを聞いたのでしょう。
だからこそリリーナ君を無理にでも主役にしたい、と考えると行動の辻褄は合います。
リリーナ君もそんな二人の気持ちに気づいているからこそ、素直に抗えない部分と従えない部分があるのかもしれません。
「リンリンも主役をやりたいと思ってるであります」
そのリンリンというのはアルファスリン君のことですか?
「異なことを言うなリリーナ! 主役だ傍役だの関係ないのじゃ!」
そして、アルファスリン君も何気なく受け入れますね。
一切を意に返さないアルファスリン君はやはり胸を張って、リリーナ君を見下ろします。
「皆が一緒でやるから楽しいのじゃ!」
「リリーナも皆と一緒だと楽しいでありますよ?」
「わかっておるのなら問題なかろう!」
だけど、リリーナ君は納得しきれない問題を抱えてしまっています。
皆を追いていってしまうかもしれない才能を持て余したままなのです。
「ところでクリスティーナは何をやるのじゃ? 先の配役ならもう席はないぞ」
「もちろん私に相応しい役がありますわ」
そんなリリーナ君の気持ちに気づかず、アルファスリン君はクリスティーナ君に向き直りました。
そうなんですよね。『大樹の唄』だけだとちょっと配役不足だったので、他の逸話も混ぜているんですよ。
要するに『大樹の唄』の動機面を他の逸話から少し取って、劇の前半でやりきってしまう予定です。
「氷と雪の女神パルミアですわ」
「おぉ、パルミア様なのか! 雰囲気と違うが良いのじゃ!」
「……ち、違いますのね」
何故か凹んでいるクリスティーナ君ですが、しばらくしたらいつものように復活するでしょう。
クリスティーナ君はパルミアの場面が終わったら、後は全て裏方です。
全体の指揮を取る役はどうしても居るのでクリスティーナ君がその役目を担っています。
即興の割にまとまっているとは思うのですが、どうでしょう?
シャルティア先生かアレフレットのどちらかに一度、監修してもらったほうがいいかもしれません。
「早速、作業してもらう。ファスリンはエルフの祭事衣装を知っている?」
「うむ。当然じゃ。アンドレアスがよく着ておるからな」
「なら、セロと一緒に衣装作り。リリーナと私は大道具の材料を取りに行く」
「わかったであります」
ちょっと複雑な顔でエリエス君について教室を出ていくリリーナ君に、自分は何も言えずにいました。
結局、具体的な言葉は何一つ、思い浮かびません。
「先生! パルミアの場面をやりますわ! ちゃんと監修してくださいまし!」
「はいはい、わかりましたよ」
しかし、時間は待ってくれません。
「そなたは何用で参られた。この氷と雪の支配する土地に訪れるほどの理由があるのだろう」
と、妙に尊大で大げさな仕草でパルミアの台詞を諳んじるクリスティーナ君に、頭を下げて礼を取るマッフル君の姿を眺め、後ろでセロ君とアルファスリン君の和気藹々とした雑談を聞きながら、日が沈むまで準備に練習と忙しそうでした。




