後世の人間で遊んでいるんじゃないですよ
授業が終わると生徒たちは急いで机を合わせて会議を始めます。
一方、自分とアルファスリン君はまた協議というか、調査隊の日程調整に向かわなければなりません。
本当は文化祭準備を手伝ってやりたいのですが、色々と面倒事が多すぎます。
教室から出ようとするとアルファスリン君は止まり、振り向きました。
「アルファスリン君、行きますよ?」
自分は歩を進ませるために小さく肩を叩くと「うむ」と小さく呟きました。
一瞬、生徒たちを羨ましそうに見る顔は見間違いではありませんでした。
そして、その姿を見ていたリリーナ君も同じような顔をしていました。
これは、まずアルファスリン君の意識調査ですね。
「アルファスリン君。授業を受けてみた感想はどうでしたか?」
「面白かったのじゃ。隣で同じように勉強している者がいるというのは初めてじゃったぞ。わからぬ時はクリスティーナとマッフルが教えてくれたぞ! あの者たちは優しいな!」
今日の授業は実は午前が暦学、午後が錬成でした。
自分は華麗に他のクラスで教鞭を振ってましたよ?
面倒を見ろと言われた直後に他の教師に丸投げみたいな形ですが、学習要綱があるんですよ。調査隊関連で授業日程が圧迫しているんですよ。
アルファスリン君が編入しても授業を変えるわけには行きません。
「他にもな、アレフレットは――」
「先生をつけなさい」
「……いちいち細かいの。アレフレット先生はの、リスリアについて詳しく教えてきたぞ! 初代王から始まったリスリアの歴史、法国との関係……、法国の神殿で教わった話と違って斬新じゃった!」
地味に心配でしたが、うまくやっていたようです。
「アレフレット先生に法国の言い伝えを言ってみたら青ざめておったぞ! あやつも面白い男じゃな!」
訂正。全然、うまくやっておりません。
なんで、そこで積極的に授業を受けるんですか。いえ、今、自分は教師としておかしなことを言っていますがおかしくありません。
どの国でも自国にとって有利な歴史を教えるに決まっています。
自分の国に誇りを持てるからこそ帰属意識が生まれ、国のために働こうという気持ちになります。
知識よりも経験則が重要と語られる現代社会にとって、国への帰属意識は強い団結を持ちますが……、リスリア王国では虚しい言葉ですね。
内紛と一緒に一度は帰属意識が吹き飛びましたからね。
国は何もしてくれないという絶望は酷かったと思います。
積極的に人狩りなんてやってたら国民だって逃げたいと思いますよ。
それを再びまとめ上げるだけでも大変だったでしょう。
というよりも、そうした期待を背負ってバカ王は内紛を終わらせました。
いえ、こんな話はどうでもいい話です。
ともあれ、アレフレットにしてみれば隣国の証言と共に授業をしていたようなものです。
アレフレットもアルファスリン君のために学習要綱を無視してリスリアの素晴らしさを伝えたかったのでしょうが色々と裏目に出ましたね。
間違いを教えられない教師にとって、他国の姫に何かを教えるということがすでにいじめみたいな状況です。
この子、居るだけで教師にプレッシャーをかけますね。
「錬成は、むぅ。うまくいかんかったのじゃ」
「アルファスリン君。リィティカ先生に迷惑かけたらオシオキですよ」
「何故じゃ! まだ何も言ってなかろう!」
ちなみにヨシュアンクラスには最初から口うるさく言っていますよ。
お陰でリィティカ先生の授業で問題が起きたことはわずか二回しかありません。快挙です。
「リィティカ先生は優しいの。何度、間違えてもちゃんと教えてくれるぞ? アンドレアスも同じじゃがアレは徐々に黒い空気を撒き散らすからの」
「よし、オシオキですね」
「妾は何かおかしなことを言ったかの!?」
涙目で見上げてこないでください。
「皆、経験してきたことです。あのセロ君ですらゲンコツを受けているので諦めなさい」
「妾は姫じゃぞ!」
「しかし、今は先生の生徒です」
「う、うぅ……! なんという理不尽じゃ」
拳を見えるように握りしめると頭を抱えて廊下に座りこむ他国の姫がいました。もちろん自分のせいです。
その頭を優しく叩きます。
殴られると思ってプルプル震えていたのですが、撫でる感触に気づきポカンとしています。
「初日にオシオキするつもりはありませんよ」
過去、前例があったとしても気にしません。
「本当かの……?」
「本当です。先生が今まで嘘をついたことがありましたか?」
「む? それもそうじゃな」
「先生はリスリアで一番、温厚だと自負していますから」
「今、嘘をつかれたような気がするのじゃが?」
大人は皆、嘘つきですよ。
でも、子供にはそう思われたくないだけです。
難しい顔で唸るアルファスリン君を連れて職員室に入るとアンドレアスさんが待ち構えていました。
「アルファスリン姫様! ご無事でしたか!」
臣下の礼で迎えてくれるのは結構ですが入口を塞がないでください。
「うむ。苦しゅうないぞ」
「このアンドレアスは信じておりました。例えどのような勉学の場であろうとも姫様が培われてきた知識と知恵が通じないわけがないと。あぁ、思い起こせば初めて姫様とお会いした時より――」
「見よ。あぁなると長いぞ」
報告されても困ります。
まるで神に殉じる信者のように滔々と言の葉を垂れ流していますが、あれは多分、愛とか呼ばれている何かです。
「アンドレアスさん。少しよろしいですか?」
「――白亜の神殿に守られた花畑で姫様は無邪気に笑われたもうた! 私の中に激しくも清らかに吹き包むのは清涼なる風の息吹、それは女神パルミアの御言葉にもあるように……、何かね? ヨシュアン・グラム殿」
「留学生手続きを学園長室で行わなければならないので、そこをどいてもらえると助かるのですが。あとはそういうのを職員室でやられると法国側にとって非常に大きな損失にも繋がると思います」
「少し心配になりすぎてしまったようだ。だが、信じてもらいたい。信仰に陰りはないと」
「なんでもいいから、まずはどいてから話しましょう」
アンドレアスさんは心配性のようです。
しかし、どうしてでしょう? 妙なシンパシーを覚えます。
きっと気のせいですね。自分はこんな熱い信仰を惜しげもなく表に出しませんし。
信仰は胸にそっと秘めるものです。
アンドレアスさんと一緒に学園長室に消えたアルファスリン君を見送り、振り返るとシャルティア先生が親指で応接間を指していました。
「インガルズさんですか?」
「あぁ。昨日決まった協議結果を四聖団に持ち帰り、今も家臣団が検討中らしいな。ただガルージンに関しては早い段階で決が出たそうだ」
「やる、と?」
「ここでやらないと発言すれば、それは裏切り者の言葉だろう。自ら殉教を選ぶにしても時期を選びたいのが本音だろうさ。今か、老後かを問う必要はあるか?」
自分はこれに首をすくめて答えました。
反姫派ですか。
いえ、この名称は正しくありませんね。
「詳しくは本人に聞いてきます」
「そうするといいさ。お姫様の騎士様」
「憧れますか?」
「岩の騎士のように浮気しないのならな。もっとも子供に欲情するような騎士は御免だ」
「なら、良かった。自分は騎士でも変態でもありません」
もしかしてシャルティア先生は愛を独占したいタイプだったりしますか?
以前、レギィに対して厳しい姿勢だったのは『似たようなタイプ』だったから、とか言いませんよね。
レギィのアレも見ようによっては独占型ですからね。
益体のないことを考えながら、応接室の仕切りを――もうすでに目が合いました。
ガタイが良すぎて仕切りからはみ出てますよ?
一礼し、インガルズさんの対面に座りました。
「怪我の調子はどうか、グラム殿」
まず第一声に傷の具合を聞いてくるあたり、配慮してもらっているようです。
「女神のような錬成師と暴君のような医師が居ましてね。どちらも腕が良いのが幸いです」
「ならば、明日の決闘に差し支えはないと見て良いか」
「たかだか腕の一本です。術式師にとって問題はありません」
術式師にとって傷による集中力の低下はあっても、戦力の低下にはなりえません。
心さえマトモなら、文字通り、首だけでも敵を殺せるのです。
いつの間にか置かれている紅茶は間違いなくテーレさんの仕業ですね。
学園長を一人にしても良いのかと思いましたが、短い時間なら大丈夫と踏んだのでしょう。
この前の協議でアルファスリン君とアンドレアスさんが学園長に危害を加える要素はないと判断したのでしょう。
それに、お茶を出してすぐに学園長室に帰るつもりだったようで、思ったとおり、学園長室のドアが開く音がします。
あっちはあっちに任せておきましょう。
「今回の決議報告で炙り出しは出来ましたか?」
踏み込んだ質問にインガルズさんは丁寧な所作で紅茶を含みました。
豪傑無双の大柄な男が綺麗な姿勢でお茶を飲んでいると違和感がハンパないのですが、じっくり見ると違和感なく見えてきます。
常日頃からちゃんとした動きを何千と繰り返している者にだけ映える、一種の洗練がそこにあるからです。
「幾名かはな。ここに来て学園に姫様を置く判断をしたのは向こうにとっては予想外だったようだ」
「効果があって何よりです。で、肝心のガルージンへの尋問は?」
「決闘前だ。いくら罪人でも不当に貶めるわけにもいかぬ。何より神聖なルーカンの決闘への冒涜である」
やはりインガルズさんも神々に仕える者なんですね。
神に対して謙虚で敬虔です。
「本当に叩きのめしても?」
「手加減こそ無礼である」
「わかりました」
向こうからしてみれば自分に負けてもらっても困りますからね。
さて、どうやって屈辱的にぶちのめそうか考えているとインガルズさんが納得するような目で見ていました。
何か? と疑問を浮かべる前にインガルズさんは口を開きました。
「ヨシュアン殿といい、守衛室という館の奥に居る者といい、それにもう一つ、巨大で静かな何かが居る――この守りを知ればリスリアは本気でこの計画に臨んでいるように見える」
「あぁ、メルサラですか」
あともう一つはモフモフでしょう。
あえて言う必要はありません。
「なんと【タクティクス・ブロンド】か!」
騒然と立ち上がりました。
しかし、すぐに座り、小さく頭を下げました。
この驚きに自分は疑問しか感じませんでした。
今回の話、法国や帝国にちゃんと伝わっていないんですか?
いえ、もしかすると情報の入れ違いがあったかもしれません。
それほど法国側の行動は早すぎました。
「リスリアを代表する冒険者でありながら、守護者として名高い女傑がこの学園にか……、こんな近くに居るとは考えもしなかった」
「疑問ですが聞かされていなかったのですか?」
「……ぬ。いや、隠しだてはなしだ。一廉の武人として、そして、姫様の警護を任せた貴公には恩もある」
「どうぞ。他言しません、とは言えない身ですが」
「うむ」
インガルズさんは睨むように目を覗きこんできました。
真剣な表情で見定めているのでしょうがそれも程なくして圧を緩めました。
どうやらお眼鏡に適えた、と見ていいのでしょうか。
「薄々気づいているだろうが今回の調査隊は、上級魔獣の出現のために出立したものではない」
すみません。ものすごく予想外でした。
精神抑制法で無理矢理、無表情を繕ったほどです。
「あの空に昇る光の柱。アレは予言に記されていたモノであった」
光の柱、と聞くと一つしか思い浮かびません。
自分が遺跡の前で放った『エンブレリオ・プリム』です。
「事情が変わりました。事細かく聞かせてもらいます。もちろん他言もしません」
「……何かあったか」
「個人的な都合です。おそらくそちらの悪い方には進まないはずです」
法国は神話関係についての書物や言い伝えを保存しており、遺跡も多く眠っていると聞きます。
モフモフやポルルン・ポッカ、【語り部】のような人外から得た情報の裏付けが取れるかもしれません。
いえ、新事実が得られる可能性も高いでしょう。
なおも踏みこみを躊躇しているインガルズさんに自分は更に言葉を重ねます。
「リーングラードには生徒たちも住んでいるんです。そして、安全なのか調べる内に『ここには何かがある』ということくらい掴んでいます」
もしもこの地が危険なら、真っ先に危険を排除すればいいだけです。
例えそれが神であろうとも関係ありません。
自分の言葉を吟味し、数秒かけてインガルズさんは再び口を開きました。
「この地は代々の神務代行によって【禁域】――要観察対象とされてきた」
「いえ、まずその神務代行の目的から聞いても?」
そもそも法国の王族は何故、自身らを王ではなく神務代行と呼ぶのか。そこはかとなく疑問でした。
「無論、魔獣の殲滅だ」
大きく出ましたね。
正直、自然発生する存在を殲滅できるとは思えません。
無色の源素は源素のバランスが崩れたら勝手に生まれるものですよ?
彼らの目的が魔獣の殲滅であるのなら『世界の法則を変える』と言っているようなものです。
「正確には神が我々に務めとして残した偉大なる目的の一つ、であろうか」
静謐な瞳は虚飾や誤魔化しが一切ない、澄んだものでした。
自然、自分も身構えてしまいます。
彼らは本気で魔獣の撲滅を信じているのでしょう。
物理的不可能や世界の法則など関係なく、愚行であってもやりきるつもりなのです。
「世界は遥かな昔、楽園であった」
インガルズさんの話は多くの神話の始まりに記された一文から始まりました。
「そこに空より魔獣の因子が堕ちてきた。一つは北の果て。一つは海。そして、この大陸だ」
またその話ですか。
モフモフからも聞いていますがなんの繋がりがあるっていうんですか。
「それは瞬く間に楽園を侵食し、見るも無残な姿に変えたという。真珠の海は汚れ、空魚たちは砕け、妖精の森は腐り、岩と土でできた黄金の館は【禍地】となり穢された。大陸に堕ちた一つ、大敵たる【嵐のファーヴニール】が生まれただけでだ」
神話に残る最大級の魔獣、悪神の総大将【嵐のファーヴニール】ですね。
この辺は散々、調べたので今更な情報でしたが黙って聞きます。
「そして、呼応するように各地で【ファーヴニール】に似たモノたちが姿を現した。それを魔獣と呼び、神々と人々は忌み嫌った。世はまさに地獄と化した。神々は世の地獄を憂い、旅神の導きにてそれらを打破していった」
旅神の名前が出てきましたね。
モフモフとも縁のある神様であり、【原初の人】疑惑がある人物です。
そして、自分と同じ【旅人】だったと言われましたが、さて。今のところ、これらは断片情報でしかありません。
「やがて一大決戦により【ファーヴニール】を停め、心の臓を抉りさいてようやく侵食は止まったという。しかし、奴より生まれたモノ共はまだ蠢き、世界を喰らい尽くそうとしていた。その時にはもう神々は力を使い果たし、長き眠りにつかねばならなくなっていた。そこで神々は我らに使命を託したもうた」
ここは少し調べた神話群と違いますね。
確か資料では【ファーヴニール】が現れる前より魔獣が居たとも言われていましたし、【ファーヴニール】が最初だったとも言われています。
特に大したことのない齟齬ですが、ここでは最初の魔獣が【ファーヴニール】と考えておいていいのでしょうか?
神々の眠る理由も大きな違いはありません。
この決戦を最後に世界に蔓延していた上級魔獣は眠りについたと言われていますが、インガルズさんの話はまだ魔獣が残っていたので倒す役目を背負わされた、と。
これも大した齟齬ではありません。
むしろ神話群の方が大きな食い違いがあったくらいです。
「悪神より生まれた強大な魔獣は隕鉄の剣により討て、と」
隕鉄の剣まで話題に昇りましたか。
この隕鉄の剣は昔からある三つのことでしょうね。
破術の騎士剣【アルブリヒテン】、事象変異を可能にするトンデモ剣【樫の乙女】、そして、よくわからない【泡凪】【泡沫】の二つで一振りの剣です。
こう考えると隕鉄の剣は対魔獣用の決戦兵器だったのかもしれませんね。
唯一、違うのは自分が持つ【愚剣】だけです。黒色ゴキブリと貴族駆除用ですからね。
「要所は省いた。これ以上はヒュティパの書を紐解くといい」
「是非、そうさせてもらいます。と言っても【大図書館】の神話関係は一度、さらってしまいましたが」
「ここにも神への敬虔な信徒がいたことに喜びを祈ろう」
今のところ、目新しい情報がありません。
これはおそらく演劇を見るように最初に知っておかなければならない知識なのでしょう。
しばらく黙祷みたいに目を閉じ、胸に手を添えていたインガルズさんでしたが、それが終わると話の続きに入りました。
「各地の魔獣を討伐したが人々の力では滅ぼすことが敵わぬ強大な魔獣も居た。眠らせるだけに留めるが精一杯だったそうだ。そうした強大な魔獣は【禁域】に眠らせ、何度も浄化しながら長く観察することを我々は使命とし引き継いできた。もう、言わずともわかるな。この地にも強大なる魔獣の一匹が眠っている。名も記されぬ奴は便宜上、【無色の獣】と呼ばれている。信徒ならば知っていよう。悲しき別れと再会の約束の唄。『大樹の唄』を」
「ちょっと待ってください。確かに知っていますが【無色の獣】はルーカンによって滅びたのではありませんか? その頃には神が眠っているのならルーカンは」
「決闘の神ルーカンは最後まで戦い、最後に眠った神だ。故に偉大である」
あ、そうですか。
脳筋だったわけですね。
「だが、闘神ルーカンも隕鉄の剣の力を借りて、ようやく封印できただけであった。そして、共に動いていた旅神スィ・ムーランはルーカンにこう伝えた。『やがてこの地が楔から解き放たれ、光の柱が上がる頃、【無色の獣】は目覚めるだろう』と」
楔はともかく、光の柱の件は確かに当たっているようです。
ですが、そんな予言じみた言葉は神話群のどこにも記載されていませんでした。
「自分の知る話と最後の部分が違うようですが」
「予言の件は何十代か前の神務代行によって削除されたらしい。予言の不確かさもあるのだろうが、悪戯に後世に危険を伝えるわけにもいかぬ。危機があるのなら当代の神務代行が伝えるだろう」
ようするに神務代行の地位を上げるために情報規制を行った、ということですね。
少なくとも神務代行は諸外国にある程度の影響力がないと魔獣の殲滅の任務も難しいでしょうし。目くじらを立てるものでもありません。
「偶然ではありませんか?」
「だから、調べに来た」
モフモフなら『さもありなん』と返しそうですね。
「旅神は未来を予知できた、という話は聞きませんが」
「最弱の神ではあったが旅神もまた神だったと見るべきか。それとも人であったという言い伝えが正しいのか。我々には確かめる術はない」
「神かヒトか知りませんが、予言を残すなら正確な日時くらい記しておけばいいものを……、後世の人間で遊んでいるんじゃないですよ」
「この話を聞いて、そんな怒り方をした者は貴公が初めてだ」
愉快そうに曲げる目に自分は紅茶を飲んで返答としました。
「つまり、予言に酷似した状況を観測したので慌てて四聖団に調査隊を組みこんだ、ということですね。幸いかどうかは知りませんが、上級魔獣が出現したのも良い言い訳になったのでしょう。しかし、急がないとならないため、この時、近くの街にアルファスリン姫様が居たので外交の経験も積ませようとしたのでしょうが、その都合を利用し『何者かがアルファスリン姫様を貶めようとした』――おかしな話です」
「気づかれたか」
「気づかないはずがありません。ガルージンの存在も当事者でなければ冗談の類だと思ったくらいです。当代神務代行の命に対して、ある程度の影響を及ぼせるということですよ? 今の状況は。事情を知っていて、なおかつガルージンのようなバカを組みこめるほど軍務に影響がある人物です。その上、アルファスリン姫様が邪魔なヒトに限ります」
各氏族は貴種であるアルファスリン君を殺せません。
暗殺関係はもともと不可能でした。
ですがアルファスリン君を利用して、関係悪化には持ち込めます。
結果、アルファスリン君が責任を負う形になれば敵にとっては理想的な流れでしょう。
ふざけるのも大概にしてもらいたいですね。
そんなお国の勝手な事情にクリスティーナ君は殺されていたかもしれないんですよ?
「そのヒトはアルファスリン姫様と同じ立場の者ですね?」
言葉に怒気を混ぜなかっただけでも十分、理性が働いている証拠ですよ。
第一、第二王女のどちらか知りませんがそのアバズレ、ここに連れてきてください。ぶちのめします。
「……彼女も悪気はないのだ」
あえて彼女と言っているのはインガルズさんにとって他の王女もまた貴種であり、従うべき相手だからでしょう。
しかし、だからと言ってアルファスリン君も切り捨てなかった心根は賞賛します。
「だからこそ疑問です」
そう仮定したとき、盤面を文字通りひっくり返すと奇妙な駒だけが残っていました。
「何故、まだ成人にもなっていない、勉強も神務代行としての心構えも不足しているアルファスリン姫様を貶める必要があったのか。正直、このまま考えるとアルファスリン姫様に危害を加えたり暗殺する方がてっとり早かったにも関わらず、迂遠なやり方を取っています」
アルファスリン君からの情報と今までの推測を組み合わせると一つだけ仮説が浮かびました。
「ですが姫様の話を聞いていて、一人だけ心当たりがありました。本当に危害を加えたい相手の正体にです」
何故、【禁域】であるリーングラードの開発を行っている王国に法国は何も言わなかったのか。
何故、今になって姫たちの争いが活発になったのか。
この学園の開発が始まったのは一年前――今から一年と五ヶ月前です。
そして、その頃、法国は帝国と小さな戦争を始めていました。
「モモ・クローミですね」
彼女が名前を大きく内外に広げた事件と言えば侵略戦争の時です。
今ならアルファスリン君から聞いていますので、答えることもできます。
あの時、モモ・クローミは戦争に参加しました。
誰一人殺さない方法で『ただ旗を持つ、それだけでバラバラだった各氏族はまとまり』、結果、侵略行為を押しとどめました。
その光景にアルファスリン君は強い憧れを抱いたのでしょう。
ですが、子供心が通用しない、アルファスリン君よりも『完成された神務代行候補たち』はその姿をどう見たのでしょう?
モモ・クローミは危険な存在だ、と考えてもおかしくありません。
「今回の一派は反姫派ではなく『反モモ・クローミ派』だったわけですね」
インガルズさんの沈黙は、雄弁な解答でした。




