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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第五章
289/374

いや、騙されてるし

 協議の翌日。

 穏やかな日々が続いていたはずの天気は急に曇り、天上大陸は姿を隠していました。

 まるで今の状況によく似ていて、心にも薄く不安が広がります。


 というかですね。広がらないわけがありません。


「朝の学活ですが、君たちも昨日のことは知っていますね」


 昨日、クリスティーナ君が斬り殺されそうになったのですから不安がないわけがありません。

 歓待の場は一気に血生臭く、そして、緊張を強いる形に変わりました。


 当の本人はこの通り、澄ました顔をしていますがあの後、理不尽に対してどれだけ荒れたか自分たち教師の視点ではわかりません。

 たぶん、クリスティーナ君のことだから『キーキー』言いながらサロンで騒いでいたのではないかと想像したくらいでしょうか。

 

「協議の結果、あの場を収めるために先生とガルージン――犬頭のヴェーア種ですね。明日、決闘することになりました」

「どう話し合ったらそうなるのですの!」

「いや、それはおかしいし」


 クリスティーナ君とマッフル君から同時にツッコミを受けました。

 いや、真面目に協議した結果ですよ?


「えー、罪人の要求と身代金要求などなどの合致がうまくいかず、こじれました。減額要求に応える代わりに先生がガルージンをぶちのめそう、という話ですね」


 さすがに反姫派云々を喋るわけにもいかないので表向きの理由を語りました。


「クリスティーナ君には怖い想いをさせたと思いますが、きっちり片をつけますから安心してください」

「……ま、まぁ、先生がそうおっしゃるのなら」


 自分の腕をクリスティーナ君がチラリと見ました。


 最近、包帯ばかりの両腕ですが明らかに右腕だけ多く巻いてあります。

 この斬傷はモフモフのお陰で腫れも引き、一ヶ月も経たない内に完治予定です。


 モフモフの舌は傷を良くする作用があります。

 本人曰く『整調しているだけだ』とのことなので、おそらく波形の類なのでしょう。

 以前、レギィがやった波形による自然回復の促進、アレと同じものです。


 モフモフには助けられてばかりですね。


 そして、クリスティーナ君も納得してくれたことですし本題に入りましょうか。


「いや、騙されてるし」


 しかし、マッフル君は誤魔化されなかったようです。


 どうしてでしょう。

 本題を邪魔されたのにホッとしている自分がいます。


「なんかそれっぽい感じで差し引きゼロに見えるけど、このフリル星のお嬢様、王族じゃん」

「……貴方、王族という認識がありながら突っかかっていましたの?」


 マッフル君はこの学園内なら身分は関係ないと初日から理解していましたね。

 相変わらずの計算高さですが、今ではそこも磨きがかかっています。


「歓待の場をぶち壊して、先生を傷つけて、王族を殺そうとした。普通、三回くらい待ったなしで極刑じゃん。なのに先生が決闘でぶちのめすだけで終わるって変な話じゃん。シャルティア先生なら法国の秘密術式具くらい真正面から引き抜いていそうじゃんか」

「確かに釣り合いが取れません」


 エリエス君が納得したように同意を示しました。


 『どういうことなの?』と語りかける瞳が六つもありました。


 セロ君は話についていけていないのか首を傾げて、リリーナ君はのんびり窓を見ています。興味ないんですね。

 そして、廊下に控えている影がそろそろ動き出そうとしています。


 もう限界ですかね?


「えー、そのことで大事なお話があります」


 廊下でうずうずしている気配を感じながら、自分は開き辛い顎を無理矢理、動かしました。


「今日はこのクラスに留学生が来ます」


 生徒たち、全員がポカンとしました。

 あのリリーナ君ですら窓の向こう側への興味を失い、こっちを見ました。


「入りなさい」


 その一言で『待ってました』と開く扉は、自分にとっては新しい地獄の釜が開いたようにしか感じられません。


 その少女は竜の角がまるでカチューシャのように前髪をかきあげ、額を堂々と晒していました。

 そこまでは昨日、よく見た顔です。

 何が昨日と違うかって服装が圧倒的に違います。


 まさかの一日仕上げで改造されたモコモコの学園制服に身を包み、現れた北方からの刺客。


「うむ! 今日からこのクラスに入ることになったアルファスリン・ルーカルバーラ・ユーグニスタニアなのじゃ。学友ともなる諸君らは気軽にファスリンと呼ぶことを許す!」


 溌剌と手を上げて現れたのはお姫様でした。


 その意味を明確に理解した子、ただ事態に驚愕する子、それぞれの感情はありましたが反応は一つです。


 絶叫でした。

 心地よいほど広がる色んな音の絶叫に、自分は耳を塞いで過ごしました。

 この日ばかりはお隣から苦情が来ることはありません。


 何故、こうなったかは昨日のアルファスリン姫の提案から始まりました。


 教師陣とアンドレアスさんとインガルズさんが自分の膝の上で仁王立ちをするアルファスリン姫を注視していました。

 自分はアルファスリン姫を落とさないように膝をどうにかして固定させることに精一杯でしたが、そんなこと姫はお構いなしに大きく口を開きました。


「民の罪は神の罪。神の罪を濯ぐのは神務代行の役割じゃ。王族への無礼は妾が晴らそう」


 身分に対して身分でバランスを取ることはよくあります。

 貴族の国際結婚にしても、なるべく格に見合った相手同士を選びますね。


 戦争時においても人質の交換や賠償金代わりとして差し出すことも、まぁ、あると思います。

 その多くは賠償金で片付けるので滅多に見られないものです。


 外交だと使節団同士を出し合った研究行事もありますが今のご時世、使節団なんてありませんよ?

 法国は秘密主義や神秘主義が蔓延していて今一つ、理解できない部分がありますし、帝国に使節団なんて派遣しようものなら不幸な事故で何人、お亡くなりになるかわかったものじゃありません。


 こう考えて並べてみるとあまり人の交換はありませんね。

 自国間だと結構あるのに外交となると途端に数が減ります。


 あれ? 世間様は意外と人道主義で溢れていますか?


「人質じゃ」


 そんなことはなかったようです。

 姫の口から人質とか出た時点で剣呑もいいところでした。


「妾が王国の人質となろう!」


 この一言で思案する者、慌てる者、驚く者、様々な反応が返ってきました。

 自分は無表情でした。単純に姫を落とさないようにしていたのでリアクションできなかっただけです。


「扱いは捕虜でも良い。幸いリスリアの王族は無傷なのじゃろう? 釣り合いが取れると思うのじゃ」


 学園長の目が怪しく光を灯しました。

 すでに何かを企んでいる予感です。

 また寒気がするのは何故でしょうね?


「そんなことできるはずがありません! 姫様! お考え直しを!」


 アンドレアスさんが立ち上がり、姫に向き直りました。

 体全体で縋りつくような、必死な様子です。


「アンドレアスのその気持ち、誠に忠じゃ! じゃが、ならどう償うと申すのじゃ」

「金銭、術式具、払えるものは他にもあります!」

「その全て、王族と釣り合いが取れると思うてか?」

「姫様の御身は法国に一つのみ!」

「それはリスリアも同じことじゃ」

「末席の王族と神務の正統なる資格者である姫様では位が違います!」


 言い出したら頑固なのは王族の【神話級】保有能力か何かなんでしょうか?

 アンドレアスさんの言いたいことは自分もよくわかりますが、本当に伝えるべきことを伝えていませんね。


 なおも考えを止めようと叫ぶアンドレアスさんに姫はまるで言葉を斬るように手を払いました。


「信仰とは仰ぐことにあらず! 信がなくば各氏族はまとまらなかったのじゃ。信がなければ神ならぬ神務代行は無力じゃ。信じることが大事だと教えたのはアンドレアス、汝じゃ」


 その言葉にアンドレアスさんは、口をもごもごとしていました。

 えぇ、わかります。矛盾したくないんでしょうね。姫に伝えた言葉と今の心配からくる言葉、天秤にかけて揺らいでいるのです。


 アンドレアスさんも実はわかっています。


 法国のためを思うのなら姫の提案は一理ある、ということを。


「モモは信じて手を繋ぐことで証明してみせたのじゃ」


 でもってメリットも多いんですよ。

 現状、敵がいるかもしれない調査隊で姫を守るよりも、学園内でかくまった方が身の安全を計れます。

 実は学園は姫に巻きこまれるかもしれないのでデメリットが目立ちますね。


「そして、妾はヨシュアンからも学んだぞ。此奴は生徒に信じられておる。おそらく、その身を常日頃、犠牲にして捧げてきたのじゃろう。忠もない男じゃと思うたが信じてもらうためにはその身を捧げることも厭わぬ。その証拠として血を流したのじゃ! ならばもしも再び妾らが信を得ようとするのならば身を捧ぐ覚悟が必要じゃ!」


 とうとう姫は空中で握り拳までし始めました。


「あー、アルファスリン姫様? 演説中、申し訳ありません」


 言っても聞かず、再び何かを口にしそうになったので、膝裏を叩いて強制着席してもらいました。

 もちろん、膝の上です。


 ちなみにこの様子を見たアンドレアスさんは不満気に眉を逆立たせ、アレフレットは卒倒しそうな顔をしていました。

 あのピットラット先生が冷や汗を流すくらいでしたから相当、危ない橋だったようです。


「なんたることをするのじゃ! 汝は妾を杜撰に扱いすぎやせんか!」

「気のせいです」

「本当か?」

「えぇ、本当です」

「……女神に誓えるか?」

「もちろん。パルミアに誓いましょう。なんならリィティカ先生にも誓いましょう」

「えぇ? 私ですかぁ?」


 突然、名前が出たリィティカ先生は麗しい瞳を丸くしていました。

 もちろん、女神に誓うのならリィティカ先生は外せません。


 姫は約定の神でもあるパルミアへの誓いに気を良くして納得してもらえました。

 この子、ちょろいですね。


 ですが、行動を起こすと全然、ちょろくないですね。

 妙なところでバランスが取れているというかなんというか。


「アルファスリン姫様の身柄を王国が確保すると、我々が困ります」

「何故じゃ」

「簡単に言ってしまえば払いすぎです。王族への傷害未遂と王族の捕虜、どう考えても捕虜で得られる金額の方が膨大です。十年か二十年か、分割払いになるほどです。他にも法国側が払いすぎて大きな問題に発展します。例えばこの支払いでワリを食った者がいたとしましょう。その者たちが『姫を手に入れるために学園側が謀った』とでも言えば、それを信じる者もいるでしょう。本当かどうかわからない行動はたやすく疑心を生みます。そうなれば両国互いの信用が損なわれます」


 姫をさらったとし、戦争が起きる可能性もあります。


「では、どうしろというのじゃ!」


 素直に聞いてくれるのは良いのですが、アンドレアスさんが複雑な顔をしています。

 思い通りにいっているのに釈然としないのでしょうね。

 大人なら、ちゃんと自分の感情を処理してくださいね。


 幸い、連携の取れた同僚にも恵まれているでしょうし。


「とはいえ、これといった良案はありませんね」

「何もないのに喋っておったのか……」


 姫を止めるためですよ。わかってください。


「いいえ。良い案ですね」


 学園長の一言に全員が向き直りました。


「我々が姫をお預かりさせていただく案のことです」

「クレオ学園長。それは法国への宣戦布告と――」


 アンドレアスさんが冷静な顔で熱い言葉を紡いでいる途中、インガルズさんに顔を掴まれました。


「落ち着け。らしくない」

「――わかっているインガルズ殿。少し強い言葉を選んでしまった」


 言われるがままインガルズさんは手を離しました。


「済まぬ。先ほどの失言は取り消させてもらおう。アンドレアスも平静で居られぬ内容だったようだ」


 大きく息を吸うアンドレアスさんの代わりにインガルズさんが引き継ぎました。


「アルファスリン姫様のことを第一にお考えなのでしょう。我々に気を悪くした者はおりません」

「ご厚意に感謝する」


 自分も生徒が捕虜になると聞いて平静でいられる自信はありません。

 その愛が深ければ深いほど、人は冷静ではいられないものです。


 アンドレアスさんと姫は長い付き合いのようにも見られますし、その身を犠牲にしてでも仕えるべき大事な姫なのでしょう。


「アルファスリン姫様は此度の件でひどく心を痛めていらっしゃるようです。我々としてもクリスティーナさんへの、王家への配慮は当然です。ここは一つ、当人で話し合ってはどうでしょうか」

「学園長。ちょっと待ってください」

「当人同士で納得すれば、周囲の戯言など『利益を欲しがる邪な輩の声』でしかありません。何も我々は姫を捕虜にしたいわけではありません。当人同士の話し合いが終わるまで一時的にお預かりさせていただくだけです。そうですね、そういえばアルファスリン姫様は義務教育にご興味があられるようで」

「うむ! 興味深い計画じゃと思うのじゃ」


 あぁ、その言葉の意味をちゃんと理解してから同意してください。

 それはつまりクリスティーナ君のいる自分のクラスに編入するってことですよ。


 生徒たち五人でも手一杯なのに姫まで加えたら面倒見きれませんって。


「しかし、お二人共まだまだ若く政治など務まる身ではありません。有用な話し合いになるかどうかはわからないでしょう。ならばお互いが許しあえるほどに友好的になってもらいましょう」

「つまり、それはどういう意味か?」


 インガルズさんも学園長の言いたいことを理解しているでしょう。

 『その上で学園長の言い分を促しています』ね。


 確かにインガルズさんにとっては一番の案です。


「我々も反目し合いたいわけではありません。お互いがお互い、最善の形で納得したいと考えているのではと愚考しております」


 学園長は手を合わせると乾いた音が会議室に響きました。


「学園長権限を用い、リスリア王国とユーグニスタニア法国、両国の親睦も兼ねて、ここに『留学生制度』を発令したいと思います」


 留学生制度と聞いて、驚愕以外の反応を返せたのはアレフレットとシャルティア先生だけでした。


「――学園長、留学生制度は義務教育計画後の話であったと記憶していますが」


 冷静にシャルティア先生が反論しました。

 いいですよ、もっと反論してください。主に自分の平和のために。


「シャルティア先生のおっしゃる通り、留学生制度は本来、義務教育計画が成功に終わった後、生徒数を増やした第二実験で行われる予定でした。法国との兼ね合いもあり、数年後に稼働する計画でしたが――」


 まさか留学生制度まで実装しているとは思いませんでした。

 学園事業において他国の遊学や留学を認めるのは感情的な防衛策です。


 例えば制度を通して帝国留学生が王国に対して親密感を抱けばどうでしょう?


 その留学生が帝国に帰った後、当然、王国を侵略したいと思わないでしょう。

 外交上、帝国も留学生を重用しないわけにはいきません。彼らにしてみれば敵国の情報をその身をかけて持って帰ってきたのと同じことです。

 最初は閑職に追いこまれますが毎年、毎年と繰り返せば数が多くなり、止めることができなくなるでしょう。

 もしかしたら王国派の帝国貴族と結びつくかもしれませんね。

 情報が欲しいから留学生を出さずには居られず、しかし、帰ってくれば毒を含んでいるのかもしれないのだから向こうも苦労するでしょうね。


 王国思想のシンパとして帝国で活動し、数が増えれば停戦からの融和、そこから和平へと持ち込めます。


 思想侵略――言わば思想教育を攻撃的に使った外交です。


 もっとも逆もありますし、単純な相互技術交換として終わることの方が多いでしょうね。

 留学生が入った直後は外貨も入りますし、学園事業を回すための資金繰りの面もあります。

 今回は外交上で資金を発生させないためだけに留学生制度を使ったようです。金の問題が発生するとさっきのクリスティーナ君の件がアンバランスで終わってしまいます。


「――今、やってはいけない道理もありません。学園側からすれば少々、報告する内容が増えただけのこと」

「それは王国のお歴々の許しを得てからの方がよろしくないですか?」

「まず陛下は嬉々として判を押してくれるでしょう。ランスバール陛下はこの手合いの突発的事態を好む傾向にあります。当然、説得に回ってくれますね」


 反論できない自分が悔しいです。

 バカ王ならやります。間違いなくやります。理由はたぶん面白いからでしょう。

 しかし、その上で利益を計算して弾き出してきますよ?


「お歴々もまた多少の不満や危惧を口にするでしょうが、そもそもこの計画にどれほどの期待を抱いているか少しばかり疑問ですね。そして、最後に――」


 学園長の言うことです。

 すでに言い通せるだけの布陣が揃っているのでしょう。


「――どうせ報告を聞いた時にはもう終わっております。ヒヨヒヨと鳴くだけでは現場は務まりませんよ。その声が煩わしいと言うのでしたら目の前で一匹、絞めてしまえばいいだけのこと」


 後はもう制圧するだけなのです。


 本当に珍しいことですがシャルティア先生が口篭りました。

 これは自分だって怖すぎて口に出せませんよ。


 それってつまり、学園長はお歴々に対して有効な首輪を持っている、ということでしょう?

 誰が好き好んで闇に首を突っ込みたいんですか。


「留学生制度を発動したとしても義務教育計画の成否に大きな影響は与えないと考えていますが、どうでしょう?」

「法国側への義務教育計画の内情を知られる危険性は?」

「わずか二週間でアルファスリン姫様がどれだけの経験を培われるか、考えましたか? そこから義務教育を始めるには少し骨が折れますね」


 概要がわかったところで『さぁ、すぐに始めよう』とはならないでしょう。

 何より法国側は義務教育に適していないとアンドレアスさんが発言していました。


 法整備し、各氏族を説得し、義務教育のお膳立てをしたとして、それは今から何年後の話になると思っているのでしょうか。

 それよりも留学生制度を整えた王国に生徒を派遣した方が安上がりで、しかも、楽です。


 そして、法国も王国色に染められます。

 流石にそう簡単な話ではないですが、ありえる事態です。


「もっと分かりやすく言えば、アルファスリン姫様とクリスティーナさんに示談の席を用意しつつ、勉学に励んでいただこう、というお話ですよ。難しく考える必要はありません」


 トドメを刺しに来ましたね。

 責任は学園長が負うとまで言っているのですから、教師は何も言えません。


「なるほど。アルファスリン姫様に遊学を勧めておられるか。ならば、その間の警護は」

「もちろん、我々の仕事です。学園の生徒を守るのは我々の役目であり、お疑いならばヨシュアン先生をご覧下さい」


 インガルズさんは自分を見て、納得しました。


「己の生命を賭けて生徒を救う教師がいます」

「えー、まぁ、そうなんでしょうね。ところで学園長? 当然、その、アルファスリン姫様の編入クラスは」

「もちろん、ヨシュアンクラスです。よく懐かれている上にクリスティーナさんがいます。逆にお聞きしましょうかヨシュアン先生」


 やっぱり、そうなりますよね。

 アルファスリン姫のお世話役、というわけですか。


「生命を賭けて姫様を守れますか?」

「生徒であるのなら」


 返事なんてこれ以外、何があるって言うんですか。

 もう強制じゃないですか。勝手に自分の命までチップに説得し始めたときは『もうどうにでもなれ』という気分でした。


「しかし、我々もそれを素直に任せるだけではおられませぬ。数名、信用できる者を姫の警護として付かせても?」

「当然の提案だと思います。ですが授業中はやはり生徒たちに集中してもらいたいので、通学途中での警護をお願いいただきます」

「信を失ったばかりに信じなければならぬとは……、因果なものだ」


 アルファスリン姫は目をパチパチさせていましたが、場が収まったと知ると再び自分の膝上に立ちました。


「つまり、生徒として学園に居れば良いのじゃな」

「その通りです。調査隊の活動に関しては日数を調整する運びになります。ヨシュアン先生とよく相談の上でお決めください」


 こうしてアルファスリン姫は自分の預かりとなりました。

 もしもアルファスリン姫に何かあった場合、下手すると義務教育計画が吹っ飛ぶかもしれないのですから、たまったものじゃありません。


 学園長にしても切りたくない札だったと思いますよ?

 法国間との問題を解決するためにお歴々に物申さなければなりませんし、教師は――特に自分には留学生制度に使う書類が回ってきます。

 というか本来、後付けだった制度を今、やるんですから当然、資料は一から作らなければなりません。


「えー、もうなんかさ! 先生に色々と言いたいけどさ! 一言で言うなら『ない』でしょ!」


 絶叫が鳴り止んだ教室でマッフル君が立ち上がって言い切りました。


「先生にだって逆らえないものくらいあります。時代の流れとか学園長とかです」

「たった一日の潮流を乗り切れないってどういうことなのさ!」

「新しい仲間をそんな風に言ったらいけませんよ?」

「そういう意味じゃなくてさ!」


 努力しましたよ?

 だからって全てが最善に終わるとは限らないのが外交というものです。

 一日で収めるところに収めきれただけで良しとすべきです。


「アルファスリン君の在学期間は二週間と短いですが皆、仲良くしましょうね」

「うむ! よきにはからえ!」


 腕を組んで背を伸ばすアルファスリン姫――いえ、アルファスリン君には不安しか覚えませんが、決まってしまった以上、教育しなければなりません。

 そして、在学中は必ず守りきらねばなりません。


 インガルズさんとアンドレアスさんの両名からもくれぐれも、と言われていますしね。


「はい、質問があります」


 エリエス君は本当にブレませんね。

 そろそろ、その姿に安心感すら覚えます。


「クリスティーナを斬ろうとした相手の親玉と同じ教室で勉強しても大丈夫ですか?」


 親玉って……、いえ、考えるべき部分はそこではありません。

 誰もが気にしているところをグッサリと行きますね。

 

「うむ。そうであったな」


 エリエス君の言葉を聞いて、アルファスリン君がクリスティーナ君の前に立ちました。

 クリスティーナ君は反射的に頭を垂れようとしました。


「良い。学園の生徒はどんな身分であれ同じ立場であろう? ならば妾と汝は同じ立場じゃ」


 言われ、困惑しながらもクリスティーナ君は頭をあげました。


「済まなかった。妾の不注意が汝を傷つけようとした。そこなヨシュアンが――」

「ちゃんと先生と呼びなさい」

「うむ。ヨシュアン先生が汝を守らねば大きな過ちとなっていたろう。本当に済まなかったのじゃ」


 自分よりも高い位の王族に頭を下げられクリスティーナがオロオロしています。

 珍しい光景ですね。


 眺めていたらクリスティーナ君が睨みつけてきました。

 あぁ、『何故、こんな異常を先生もアルファスリン姫もあっさり受け入れてますの!』という目つきですね。

 自分は顔を背けることしかできませんでした。


「許してたもれ」


 アルファスリン君の、下からえぐり込むような上目遣いでした。

 目がうるうるしているのは気のせいでしょうか?


「――わ、わかりましたわ! 許せば良いんでしょう! 許せば!」

「おぉ! そうか! 流石は友じゃ!」

「と、友!?」

「そうじゃ。同じ学び舎で学ぶ者を学友というらしいのじゃ。つまり友じゃ!」


 アルファスリン君はクリスティーナ君の手を握り、ニッコリとしています。

 もうどうしたらいいのかわからないクリスティーナ君はちょっと涙目です。


「いや、クリスティーナ? あんた、また騙されてるし」

「なんですって!」


 素晴らしい速さでマッフル君に顔を向けましたね。

 アルファスリン君の瞳はまっすぐですからね。あぁした瞳に弱いクリスティーナ君はさぞや直視できないでしょうね。


「要するにクリスティーナの件がうまく噛み合わなかったから、同じ立場にして有耶無耶にしようって話じゃないの?」


 それが全てですが、何か?


「どういうことですの先生!」


 キッと眉をあげたクリスティーナ君の視線から逃げるようにエリエス君を見ました。


「というのが答えですが、どうですか?」

「クリスティーナが気にしてないなら別にいいです」


 エリエス君はエリエス君で最近、目覚しい変化が起きていますね。

 ここでクリスティーナ君を慮って『知的好奇心から外れた質問』をするあたり、成長しているのでしょう。


「最後にもう一つあります」

「なんでしょう?」

「文化祭の件です」


 あぁ、そういえば文化祭準備もまだまだ途中ですね。

 歓待初日から厳しい事件が起きたせいで忘れていました。


「何か困ったことが起こりましたか」

「はい。歓待されるはずのファスリンが歓迎する側に回ったことについてです」


 そこでようやく、留学生受け入れに関する落とし穴に気づきました。


「……協議途中なので、今はまだ何も言えません。今日の準備はとりあえずアルファスリン君を抜きにしてやりましょうか」

「ん? なんじゃ? 文化祭とは」


 アルファスリン君一人だけ首を傾げていましたが、自分も生徒も困った問題が発生したようですね。


 実際、どうしましょうか?

 明日は決闘で、その次は調査隊出発、帰ってくれば王国調査隊の登場と文化祭です。

 少なくとも調査隊の出発までには答えを出していないといけませんね。


「とりあえず一列のままだと不便ですし、三人三人で二列を作って座りましょうか。アルファスリン君は廊下にあった机と椅子を持ってくるように」


 言われ、素直に廊下へ出て行くアルファスリン君。


 悩ましげな顔のクリスティーナ君。ため息をつきそうなマッフル君。

 エリエス君はいつ通りでセロ君は目に星なんか散りばめて、まぁ。

 そして、文化祭準備によって問題が見えにくくなりましたが、未だに浮きこぼれ問題が終わりを迎えていないリリーナ君。


 お姫様を加えたウチのクラスは一体、どうなるんでしょうね。


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