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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第五章
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余計なことしかせんの!

「何故じゃ。名誉なことじゃぞ。妾自らが名指しで欲するのじゃぞ」


 アルファスリン姫は心底、不思議そうな顔をしました。


 さて、王族のためなら従うのは当然であり、名誉なことです。吐き気がしますが、吐いたところで意味はありません。

 よほどの理由でもない限り、王が決めてしまったら変えることはできません。

 これを拒否したら殺されてもおかしくありませんね。

 王の強権や権威の側面でもあります。


 そして、王の娘である姫は強権の恩恵を受けています。

 法国は王政のような形ではありませんが似た性質もあります。神務代行を王と捉えても間違いありません。


 強烈にして絶対の王権。


 そんな強権を振りかざすのですから言動の全てを自制するくらいの生き方をしなければなりません。王としては理想的な姿ですね。

 王には王威に足り得る理由があります。普段のバカ王の様子からは想像もできませんがね。それでもアレは王でした。

 そのことを自分はよく知っています。


 しかし、これらは自国での話です。

 他国で王権を勘違いして振るえばどうなるかですが、


「自分はリスリア王ランスバール陛下の命により義務教育計画に参加しています。国政の計画中に他国が引き抜きをしたら、どうなるかお分かりですか?」

「代わりに何か差し出せばよかろう」

「もしも、その代わりがモモ・クローミだったらどうします?」

「ダメじゃ!」


 漏れなく外交材料にされます。

 『お前らが欲しいならくれてやるが代わりに何か寄越せ』は基本ですね。

 お金や利権の場合もありますが、技術や印象操作のため、というのもあります。

 厄介な形なら血統による侵略、あるいは外国にシンパを作る布石として人を寄越すことも昔から多くありました。


 帝国はよくやってきますね、血統侵略。

 法国には一切やりませんけれど。というかむしろ法国が一切、血統を受け入れようとしません。


 この辺は貴種信仰も影響しているのでしょうか?

 それとも別の理由があるのでしょうか。

 さすがに法国の内政まで詳しくないのでわかりません。


 どちらにしろ他国への要求は人にしろ金にしろ、先に真正面から引き抜くと危険です。何を言われるかわかったものではありません。

 『すでに確保して仕方なく』や『迷惑がかかったから賠償しろ』などの理由付けが必要で、真正面からの引き抜きは誰もやりません。暗黙の了解ですね。


 王族の要求を思慮なく跳ね除けるのも横紙破りなら、真正面からの引き抜きも横紙破り、というわけです。


 この姫、危ういですね。下手したら調査隊の立ち位置すら揺るがしかねません。


「そんなのは絶対にダメじゃ! モモの代わりなら汝はいらぬ!」

「国政の実験中に参加者を引き抜くのですから、相応のものが必要ですよ。何せ新技術の情報や経験を培っているのですから。漏洩は恐ろしいですからね。もしも引き合いに出すのなら将来性も考えてモモ・クローミの血統を欲しがる貴族もいるんじゃないですか?」

「ぬぅ! とにかくダメじゃ!」


 いえ、こっちが全力で拒否しているんですが何故、自分が拒否されているのでしょう。

 さりげない理不尽に頭が痛くなりそうです。


「それ以外なら良しとしよう。誰をやろうか……、ん?」


 アルファスリン姫は何かに気づいたように首を傾げました。


「モモは法国でも大事なヒトじゃが汝はなんじゃ? 実験中なのはわかったが、そこまで国にとって大事な者なのか? ヒトの入れ替えなどよくある話じゃろう。もしや貴族か?」

「そんなものと一緒にしないでください」

「ぴぃ!」


 真正面から侮辱とはいい度胸です。

 しかし、アルファスリン姫も悪気があったわけではありません。敬虔な子羊みたいに震えていますし、子供を虐めるつもりはありません。許します。


 新技術、しかも教育法というのは重要なものです。

 義務教育でなくとも一律に教育成果を出せる、というだけでも価値があるものです。


 例えばそうですね、軍部なんかはいい例でしょう。

 能力が突出した【タクティクス・ブロンド】も貴重でしょうが、作戦行動を取れる多数というのも軍務において同じくらい貴重です。


 均一で統制の取れた兵は非常に使い勝手が良いものです。

 いちいち兵隊にムラがあったら作戦を考えるのも面倒でしょう。

 『想定された力量に合わせた推定された人数での安定する結果』というやつですね。ようするに規格化です。


 規格化された兵を生み出す教育法を確立すれば予算も安定しますし、引いては無駄を省くことにも繋がります。

 もっとも、これが進むと人が備品扱いになるので個人的にはオススメできません。しかし、それも避けられぬ道でしょうが。


 ともあれ教育一つで戦略まで変わるのですから無視できる要素ではありません。


「自分は貴族ではありません。ただの職人ですよ。そして、今は教師です」

「な、なら何故、喜ばぬ。それ相応の地位も用意するのじゃ」


 色々と考えましたが、やっぱりこの一言で片付きます。

 【タクティクス・ブロンド】だからですよ。サートール方式を持ったまま法国に亡命なんてできませんよ。

 少なくとも世間にある程度認知されているサートール方式ではない、【理のサートール方式】は持っていけません。


 しかし、アルファスリン姫は納得しないでしょうね。


「地位や名誉、誇りやお金も大事なことでしょう」


 アルファスリン姫は今、感情で物を考えています。

 王族としてそれはどうかとバカ王含めて言ってやりたいところですが、驚愕すべきことにバカ王はちゃんと仕事していますし、アルファスリン姫は言っても聞かないでしょう。


 彼女にとって心に響く言葉で、意欲を持って語りかけねばなりません。


「アルファスリン姫様が誰かを大事にしているように、誰かにとってアルファスリン姫様が大事なように、誰かと誰かは天秤にはかけられません」


 アルファスリン姫の目は自分の中の何かを覗きこんでいるかのようでした。


「もしも自分がこの国を去ったとしましょう。生徒たちは哀しみます。好いてくれているとアルファスリン姫様が保証してくださったでしょう?」


 そして、自分もどうやら生徒たちを愛しているようです。


「好きな人と別れるのは、とても苦しいことです」


 彼女たちの成長を喜び、厭わず、心を砕き、楽しんでいます。


「苦しみを強いて、姫様は恨まれない自信がありますか?」


 彼女たちの身に何かが起これば心配し、痛みを感じ、怒り、哀しみ、脅威を払います。


「生命は飛ぶように軽く、そして鉛のように重いのです。安易にかけていいものではありません」


 だから尊び、慈しむのです。

 喜怒哀楽の全てを持って向かい合うのです。


「イヤじゃ!」


 ヒトの気持ちを一言で切り捨てないでください。


「恨まれるのもイヤじゃ! 気に入った者がいないのもイヤじゃ!」

「なら、どうします?」


 足をバタバタさせるんじゃありません。

 この姫、説得に苦労しますね。


「此度の訪問、リスリア王とも対談する。そして、汝を譲ってもらうぞ! 王の命でここにおるんじゃろう! なら王の命で解任すれば良い!」


 自分に無職の危機が到来しそうです。

 ないとは思いますが、バカ王なら期間限定でやりかねないんですよ。やめてください。

 今度は法国で教鞭を振るとか本気で止めてくださいよ。やったら亡命しますからね。帝国しか選択肢がないですが。


「やり方は正しいですが、零点です」


 アルファスリン姫もムキになっていますね。

 欲しいものが手に入らないから余計に欲しくなるアレです。


 冷静に考えたら、現状で人の引き抜きをしている場合でないと気づきますけどね。

 経験不足も手伝って頭がそこまで回っていないようです。


「外交ではそれが可能です。国は人の生命より重いですからね」


 どうして自分は他国の姫相手に外交の教育をしなければならないのでしょう?

 根本的な疑問は浮かんですぐに沈めました。頭がおかしくなります。


「もしも国が良しと言ったとしましょう。自分には拒否権がありません。で? そんな横暴に自分は納得するでしょうか? とりあえず王の顔面を二、三十発くらい殴ったあとに山羊に舐めさせます」

「汝は鬼じゃの……」


 人材も予算も不足しがちなリスリア王国に物資以外のやり取りをするゆとりはありません。


「なら妾が好かれよう!」


 とんでもない暴投が返ってきました。

 オシオキできればどれほど心が救われるでしょうか。


「妾の魅力で汝を惚れさせてやろう!」

「そういうのは間に合っています」

「何故じゃー!?」


 未成年なんて対象外に決まっているじゃないですか。


「汝はわがままじゃ! 妾は姫じゃぞ! 蝶よ花よと愛でんかー!」


 自分で言いますか。

 意外と太い根性の持ち主のようです。


「自分は我の強い生き方をしてきましてね。一応、言っておきましょう。今回の件で法国側は王国側に大きな借りができましたので人員交換の前にその支払いがあると思いますよ」

「一応とはなんじゃ、一応とは! 変なヤツではなければ鳥葬の刑じゃったぞ!」

「餌が自分から来てくれるなんてありがたい話ですね」

「汝はたくましいの……」


 今、考えてみれば内紛の時、死体を使って原生生物を呼べば良かったですね。

 血も肉も容易に手に入りましたし。もしかしたら敵味方関係なく、どこかの部隊ではやっていたかもしれませんね。


 遺族には申し訳ありませんが、しかし、昆虫食も辞さない状態でしたからね。


「アルファスリン姫様は調査隊そして四聖団の顔なのですから一度、協議がどうなったか知る必要がありますね」

「ん? 変なヤツじゃから欲しかったような?」


 今になって目的に疑問を持たないでください。

 しかし、思考はズレてきたようですし、ここはもう一押しです。


「会議室を覗きに行きましょうか。今の法国の立場がよくわかりますよ」

「む。なら伴を許すぞ。さぁ、連れて行くが良い」

「それでは姫様。こちらへどうぞ。足元にお気を付けください」


 アルファスリン姫をエスコートして会議室に入ると、非常に重苦しい空気でした。


 学園長を中心に教師陣、対面はインガルズさんとアンドレアスさんが並んで座っていますが、どことなく顔色が優れません。


 それも姫の姿を見た瞬間、全員が椅子から立ち、膝をつきました。


「良い。座れ」


 そうして全員が着席しました。

 なんというか自分と姫だけが立っていたのが嘘のようです。これが王族の視点……、恐縮しかできませんね。


「ヨシュアン先生。もう大丈夫ですか?」


 学園長は空気すら慣れたものだと言わんばかりに平静な声で聞いてきました。


「はい。会議に参加したいと思いますが、まず会議録を見せてもらってからでよろしいですか?」

「えぇ、では協議を続けます」


 しかし、その後は誰一人、言葉を発しません。

 どうやら行き詰まっているみたいですね。


 そんな会議を余所目に部屋隅のシェスタさんに向かいます。


「シェスタさん。会議録を見せてもらいます」

「……斬傷によく効く薬がある」

「心配させましたね。リィティカ先生からもいただきましたから大丈夫ですが、もらえますか?」


 シェスタさんは、はにかむように唇を緩ませて感極まったように腰を浮かしました。


「取ってくる」

「ここに座ってなさい」


 命令すると従うところは従順と言い換えられるのでしょうが、自分にとっては下心のある献身にしか見えないわけです。

 メルサラと比べると言うことを聞くだけマシなんでしょうね、きっと。


「傷薬は急ぐ必要はありません。とにかく会議録に集中してください」


 そう言って、シェスタさんの机から今までの会議録を手に取りました。


「妾にも見せるのじゃ!」


 おっと、危ないですね。

 会議録を奪おうとするアルファスリン姫の手から逃れるために会議録を高い位置に持っていきました。


「ちょっと待ってくださいね。えー……」


 しかし、局部麻酔のせいで腕はともかく指先がうまく動きませんね。

 さて、どうしたものでしょう。


「良いことを思いついたぞ! ヨシュアン、そこで待っておれ」


 そういうとアルファスリン姫は余った椅子を持ってきて自分の隣に置きました。


「座るが良い」

「姫より先に座るわけには」


 面倒ですが不敬ですからね。

 今更の話なのですが周囲に目があると反射的に演じてしまいます。これも職業病なんでしょうか?


「いいから座るが良い!」


 仕方なしに座るとアルファスリン姫が膝の上に乗ってきました。

 ちょっと待ってください、と言いたかったのですが姫はまるで当たり前のように会議録を奪い、そのまま膝上で広げました。


「これで二人で読めよう」

「……そうですね。えらいですね」


 アルファスリン姫は周囲から注目されることに慣れているでしょう。自分も敵意を持って見られることくらい慣れています。

 しかしですね、自分はですね、『全員に驚愕の眼差しでこちらをマジマジと見られる』なんて経験、そうありませんよ?


 アレフレットなんかハンドジェスチャーで何か語っています。

 『おまえ、それ、不敬にもほどがある』ですか、なるほど。

 自分はこう伝え返しました。


 『今日の昼ごはんは【大食堂】ですが何か?』です。


「伝わってるだろ! 伝わってるならそれらしく返答しろ!」


 言い切って自らで口を抑えました。

 今度はアレフレットが注目される番でした。


「……ッ! なんでもありませんッ」


 シェスタさんの筆が動く音が絶望を煽りますね。

 会議録上だと『突然、変なことを言い出したアレフレット』という形に残ります。


 堪えるように拳を握るアレフレットに心の中でちょっとだけ謝り、それから会議録を眺めます。

 姫の頭が邪魔ですが、文句は言えませんね。


「ヨシュアン。これはどういう意味じゃ」

「そうですね。『王族に対する根拠無き無礼打ち』、ようするにクリスティーナ君の……」


 そういえばクリスティーナ君は王族でしたね。

 最近は貴族だの王族だの口に出さなくなっていたので忘れていました。


「アルファスリン姫様が話しかけた生徒はクリスティーナ・アンデル・ハイルハイツ。リスリア王国では四大貴族の子で、古くは王の血筋を引く分家筋でもあるんですよ」


 分家の分家なので末席もいいところですけどね。

 それも内紛で本家になりましたし、本筋と言ってもいいでしょう。


「なんと! ガルージンはリスリアの貴種を殺そうとしたのじゃな!」

「そうなります」


 姫の言葉にアンドレアスさんは何の反応もしませんでしたが、その背中は少し焦ったように見えたのは気のせいでしょうか?


「では当のガルージンはなんと言っておるんじゃ?」

「えー、次の紙ですね。事の次第を伝えると『ヒト種の貴種なぞ姫様の足元にも及ばない』などと供述しており、『このような辱めを受ける謂れはない』と豪語し、暴れているので殴ったようですね。また気絶したので安否が気遣われます」


 自分は一切、気遣っていませんよ。


「同僚の鳥頭――失礼、ブルートー氏は『こんなバカなことをするようなヤツじゃなかったのに』と証言し、犯人を気遣うと同時に第三者の教唆が疑われているようですね」


 第三者の教唆、ですか。

 嫌な予感しかしませんね。同じように唆されたレギィのメイド――プルミエールのことがあります。

 同一犯かどうかまではわかりませんが十分、疑う余地があります。


「拘束中でも己の罪を認めていない――というよりも罪を認識すらしていないようです」

「いかんじゃろ、そんなことしたら」

「ダメですね。ではどうしてですか?」

「決まっておる。どんな理由であろうとも貴種に手を出すような不埒者は法国の恥じゃ。首切りじゃ! 鳥葬にしてしまえ!」

「偉いですが五十点です」

「何故じゃ! 妾が間違っておるというのか」

「えぇ。今回の焦点……、問題とすべき部分ですね。リスリア王国に非がないのに手を出したからですよ。理由なんて後からいくらでもつけられますが、こんな供述をすれば法国にとって汚点どころか搾取される格好の理由です。今回の件は王国に大義がありますからね。下手すると王国は帝国と連動する可能性もあります」

「帝国とじゃと! リスリアは帝国と手を組むというのか!」

「実際はありえませんが、ありえるかもしれない、というところが怖いところです。法国はなんとしてでも手打ちに、つまり、ごめんなさいしなければいけません。許してもらえる材料を持ってです」

「なるほど。至極、わかりやすいの。アンドレアスよりわかりやすいぞ」


 アンドレアスさん、背中がピクピクと動いているのは気のせいではありませんね。

 対抗意識とか持たないでくださいよ?


「では何故、リスリアは『ガルージンの身柄を要求』しておるのじゃ」

「それはですね、罪人を逃がさないためです」

「逃がしはせんぞ! 法国には罪人を裁く場がある! 氏族による公平な裁判じゃ」

「はい、不正解です」

「またじゃと!?」

「その公平な裁判、本当に公平ですか?」

「もちろんじゃ。名にかけて誓おう」

「本当に? 例えば王国を嫌う氏族が居たらガルージンをかばったりしませんか?」

「うむ。当たり前じゃ」

「まぁ、公平かどうかは関係ありません。これも問題点が違います。その氏族裁判ですが法国がその気になれば無罪にできるんですよ。表向き、実刑で殺したと言っても王国側にはわかりません」

「信用ならん、というわけじゃの……」

「えぇ。王国からしてみれば王族を殺されかけたのですから、信用なんてできませんよ。人殺しの親は信用できませんよね? それと同じです」


 法国はガルージンを切るでしょうね。

 暴走する兵なんて規格化以前の問題です。そんなものを育てたであろうインガルズさんを今回の件で両国は信用できなくなりました。


 少しでも信用を回復するのならガルージンを切らねばなりません。

 しかし、氏族の問題があります。


 『ウチの戦士が何故、見捨てられるのだ』と言われてもインガルズさんは押しこめるだけの理由がありますが、確実にガルージンの氏族から信用を落とします。

 恨みくらい買うかもしれませんね。例え正当な理由であってもです。


 それを引き受けてこそ責任であり、信用なのですが、それは後の話です。


「さらにはそんな危ない者を連れて来た調査隊――四聖団の評価も落ちました」

「余計なことしかせんの! ガルージンは!」


 それを姫が言ってはいけないのですが、まぁ、言わせてあげましょう。


 これにより、王国は面と向かって調査隊にお引き取り願うことも可能です。

 何せ信用のない調査隊に調査されたところで本当かどうかの疑いがこびりつくからです。


 疑心を持たせた法国が悪いのですから擁護しませんよ?


 この時、発生した費用は当然、法国持ちです。

 さらには迷惑料として今回の歓待費も持たなければなりません。

 このくらいの費用は予想の内でしょうか。個人なら大きな金額ですが国からすれば大した金額ではありません。


 最悪の場合は今回の四聖団を見送るなんてこともありえます。


「ヨシュアン先生?」


 学園長の冷静な声で顔をあげました。

 皆さん、何故、そんな鶏が金の卵でも産んだような顔をしているのでしょうね。


「ずいぶんとアルファスリン姫様と仲がよろしいようで」


 あ、これは自分の信用も疑われてますかね?

 言わば問題の国の姫と仲良くしているのですから。


「うむ。ちょうど良い。クレオ学園長、このヨシュアンを妾に――」

「問題がこじれるので余計なお口は閉じておきましょうね」


 アルファスリン姫の小さな口を片手で塞ぎました。

 してやられるかともごもごと唸り、手を振り回しますが逆に親指で頬を撫でてやりました。

 くすぐったそうに逃げようとするアルファスリン姫はそのまま捕まえておいて、思案します。


 シャルティア先生が『懐柔したか。よくやった』という目線を送ってきましたが、違いますからね?


 会議録に乗るんですよ。王国と法国、両国に送るんですよ。

 ついでに言うと法国側に余計なマイナス点がつくと困ります。


 えぇ、今回の問題は非常に厄介です。

 何が厄介かというと『王国側が一方的に得をしてはいけない』のです。


「医務室で色々と話しましてね。この通り、仲良くなりました」

「そうですね。うら若き乙女の唇を素手で触るくらいでしょうからね。両国にとっては喜ばしいことでしょう」

「……学園長、勘弁してください」

「冗談ですよ。若い靴ヒモは買って育てろとも言いますしね。よろしいことです」


 ちなみにこの言葉は『若い女を自分の思う通りに育てていただく』という意味です。嫌すぎる言葉です。

 学園長、こんな時に自分を貶めて楽しまないでください。

 アレフレットもニヤニヤしてんじゃねぇですよ。仕返ししたつもりですか。


 さて、費用云々は王国側が計算するでしょうが、そんなものはどうでもいいんです。

 このまま調査隊が信用を失ったままだと困る理由が王国にはあります。


 まず調査隊が帰るということは四聖団も帰るということです。

 一刻も早くタラスタット平原の正常化を望んでいる王国にとって、四聖団の帰国はそのままタラスタット平原正常化への道のりが遠ざかることを意味します。

 そのために計算された予定が狂うと無意味にお金がかかります。

 予算の少ない王国にとっては地味な痛手です。

 この辺はのちのち補填できるので無視できるでしょうが、一時的な借金くらいこさえるかもしれませんね。


 さらに法国側に開き直られてもいけません。

 対帝国で歩調を合わせているからこそ王国と法国はなんとかまとまっている節があります。

 もしも王国が帝国の力を借りて法国を打ち倒してしまえば、次の帝国の狙いは王国です。


 歪んだ共同歩調が解かれるということは帝国という虎が野に放たれると同じです。

 瞬く間に大陸を食い尽くしてしまうでしょう。


 あそこはヒト種以外に厳しいですからね。

 エルフであるリリーナ君は帝国に狙われることになります。


 それだけは避けたいのが個人的な理由ですが、今はまだ国家間の話です。


「ヨシュアン。ヨシュアン・グラム殿と言ったか」

「えぇ、合っていますアンドレアス殿」

「そうか。名乗りが遅れたがアンドレアス・ル・ツィエア・ガルバンだ。後で個人的に話を聞きたいのだがよろしいか?」

「……会議の後でよろしいですか?」

「えぇ。構わない……ッ!」


 アンドレアスさんは誤解しています。

 だから血の涙を流しそうな顔でこっちを向かないでくださいね。


 法国側としてはなんとかこの事件を収め、通常通り調査と浄化を行いたいでしょうね。

 特に今回はアルファスリン姫がいます。


 姫にとって初の外交を失敗で終わらせることは姫を擁する各氏族にとっても不利益でしょうし、姫の信用の失墜だけはなんとしてでも避けたいでしょう。

 で、必要なのがガルージンです。


 今回の件、明らかに何らかの政治的陰謀の香りがします。

 おそらく法国側で姫と誰かが対立しているのかもしれませんね。

 その対立側に唆された、あるいはガルージンを利用した可能性が濃厚です。


 他国に内情を知られたくないのならガルージンを尋問する機会が必要です。

 ようするに『今、ガルージンを引き渡したくない』のです。


 考えてみれば、事件発生後のインガルズさんとアンドレアスさんは言動がおかしすぎました。


 まず、どうして姫の身柄を『自らの調査隊の医療部隊に任せなかった』のか。わざわざ学園の医務室を選び『学園側の人間を警護にした』のでしょう

 ここからわかることは複数です。


 一つ、姫を学園に置く方が安全である、という判断をしたこと。

 一つ、学園側の警護の方が信頼に値する、ということです。

 そして最後に、インガルズさんは敵が誰か判断がつかない、ということでしょう。


 調査隊の中に反姫派が居て、その暗殺、もしくは調査隊と四聖団の業務を邪魔したかったと見るべきでしょう。

 そのことを知っていたインガルズさんとアンドレアスさんは誰が敵か味方かわからない状態でここまで姫を守ってきたのでしょう。


 戦略的に敵味方の判断がつかないのは危険な状態ですね。

 かなり喉元まで刃が押しこまれていると考えるべきでしょうか。


 何故、姫に反目するのか。

 何故、この時でなければならなかったのか。

 反姫派とは一体、なんなのか。


 会議が終わったら色々とこの二人から聞けそうですね。

 

 とにかくガルージンから情報を得て、反姫派の誰かを調べない限り、ずっと姫は危険にさらされ続けるわけです。


 そんな状態を続けているのならインガルズさんとアンドレアスさんの疲労もかなりのものでしょう。

 会議を長引かせるわけにもいきません。


 かと言って法国側に差し出せるものが……、ありますね。

 会議録にも載っています。

 あの『リーングラードまでの道を広げた行動』です。


 リーングラードから外への道は悪路でした。

 その悪路を直し、流通しやすいようにしてくれたようですね。

 これはアンドレアスさんが何か起きた時に学園へ恩を売るためだったみたいですね。


 あの道を整備する人的費用や材料費、時間的なものを考えると良い値段ですね。

 これならガルージンの要求に対して、賠償金と称して身柄を確保できそうです。


 となると問題はクリスティーナ君への暴行をどう許すかにかかってきますね。

 正直、許す気はありませんし王国側もただの貴族ならともかく王族に手を出されたのなら厳しい態度を取らざるをえません。


 法国側への配慮をしつつ、見栄のためには怒りを見せ、どんな要求にも毅然とした態度は崩してはいけません。


 癪ですがこの手合いは黒色ゴキブリの分野ですね。


 アレはレギィに向ける以外の感情がほとんどありません。

 合理的な貴族主義で割り切ってしまうでしょう。やらしいことにバランス感覚も絶妙です。できればフィヨに詫びながら地獄に落ちて欲しいですね。


 学園長はどこを落とすべきかわかっているのでしょう。

 ただそれを口には出来ない、となると法国側からの言質を待っているのでしょうね。


 しかし、硬直しているということはインガルズさんとアンドレアスさんは落としどころに持って行きたくない、と考えるべきですね。

 その内容も想像できます。二人が絶対に切りたくない札です。


 しかし、この札は実は対クリスティーナ君用であってガルージンの身柄確保には無意味なんです。


 後は金銭で片付けるとして、クリスティーナ君の件とガルージンの件はどうにかしなければなりません。


「シャルティア先生。犬頭ことガルージンですが……」

「考えていることはわかるが自重しろ。厄介極まりないぞ」

「いえ、正直な話なんですが、自分は腸が煮えくり返っています。こっちは『大事な生徒を斬り殺されそうになった』んですよ。にも関わらず『一発も殴れていない』んですよね」

「……なるほどな。そういえば私も『私の庭で好き勝手やられたこと』に対して、何の表明もしていなかったな」


 どうやら一発で気づいてもらえたようです。


「しかし、一方的にいたぶるのは性に合わん。何より法国側も罪人とはいえ他国の人間に処罰されるわけには行かないはずだ」

「では対等な立場であればよろしいと? しかし、罪人なので拒否権はない形です。それでいて彼にも希望が持てる形なら文句こそあれ溜飲は下がるんじゃないですか?」

「いいのか? ヨシュアンは怪我をしているぞ? 私はヘグマントでもいいんだが」

「是非、自分に」

「わかった。勇気のある話だ」


 楽しくなってきたのでしょう。

 急にシャルティア先生が活き活きとしてきました。

 実は自分もです。


「学園長。私から提案があります」

「聞きましょう。どんな妙案ですか?」


 学園長も先の話の意味を理解しているでしょう。

 鋭い人なら会議録から思惑を読み取れるでしょうが、それに異を唱えたところで無意味です。


「ヨシュアンとガルージンをルーカンの決闘にかけましょう」


 瞬間、学園長、シャルティア先生、アンドレアスさん、そして自分を除く全ての人が息を飲み、身動きしました。


「それは私刑ではありませんか。法国側としては罪人は氏族の裁判にかけるまでは不当に貶めるわけにはいかない」


 と、アンドレアスさんは言いましたが、その背中は堪えているような気配はありません。

 むしろ『よくぞ突破口を見つけてくれた』とでも言わんとする口調でした。これは間違いなく乗ってくれますね。

 三人とも、底意地が悪いですね。もちろん自分も含まれます。


「我々も生徒を傷つけられそうになって穏やかではいられない。しかし、両国の関係を慮っているつもりだ。なので一方的な私刑ではなく正当な決闘を申し出ている。もちろん、我々の要求であるガルージンの身柄は引き渡してもらうつもりだが、この決闘はこちらの感情を抑えるためのものであり――」


 シャルティア先生のよく通る声が会議録に筆を走らせます。


「――代わりにガルージンの身柄を一時、そちらで預からせてもいい」


 よし。さすがシャルティア先生です。

 思ったとおり、自分の意図を正確に読んでくれています。


 これで正々堂々、真正面からガルージンを殴れる――ではなかったですね。

 ガルージンの身柄をインガルズさんとアンドレアスさんに確保させつつ、王国の対応も飲めます。

 そして、凶行に走ったガルージンを決闘の名目で叩きのめせば学園も溜飲が下がります。


 二人が確保している間にガルージンを尋問すればいいのですから、楽な落としどころです。


「……仕方ありません。やや不純な動機こそあれ今回の非は我々にもある。ルーカンの決闘を受けざるをえません。では、ガルージンが勝利した場合は身受け金の減額、ということでよろしいか?」


 そこで法国側だけが悪い、という風に言わなかったのはアンドレアスさんなりの処世術なんでしょうか。

 しかし、アンドレアスさんもガルージンを王国に引き渡すつもりになったのに身請け金の減額だなんて、ガルージンに死ねと言っているようなものですよ。


 さて、ガルージンの憐れな末路はどうでもいいですね。


 あとはクリスティーナ君の件ですが、これに関しては良いアイディアがありません。

 事は王都のバカ王の対応にもよりますし、多くは怒りを収めきれないからです。


 謝罪は当然として、今後のタラスタット平原正常化への積極的な対応、歓待費用の自腹というか別の名前で寄付してもらうか、法国でも位の高い誰かが王国貴族の誰かに輿入れか、法国の所有している【神話級】術式具か【戦略級】術式具数点くらいが妥当でしょうか?


 こっちは時間がかかりそうですね。

 生徒たちが在学中に片がつくんでしょうか?


「勝手に話を進めるでないぞ!」


 いつの間にか自分の束縛から脱出したアルファスリン姫が声を張り上げました。


「ガルージンは処遇はともあれ、王族を傷つけようとした罪は消えまい」


 と、言いながら自分の膝の上に立つの、止めてくれませんか?


「そこで妾から良い提案があるのじゃ!」


 古今より『良い提案がある』と言われて、そうだった試しがあったでしょうか?

 その多くは確かに良案なのでしょうが、総じて面倒しか起こさないものです。


 しかも、もっとも面倒なことは良案を飲まないといけない状況だったりします。


 アルファスリン姫の提案を聞いて、自分たちが頭を抱えるのはすぐ先の話でした。


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