導き出す答え
生徒たちが寝ているすぐ側で話をするのは良くないでしょう。
エリエス君も聞かれたくないはずです。
寝起きだということを考慮して、すぐ隣の備え室にしました。
医療に使う器材の備品が置いてあり、簡素ですが机とイスもあります。
喉が乾いているであろうエリエス君のために体温より少し温かいくらいの香茶を淹れ、四角い机を置きました。
牛乳があれば良かったんですが流石に朝一以外は手に入りません。
さて、どうやって語りかけましょうか。
遺跡で何かあったのは間違いありません。
ですが、今も伏し目がちにしているエリエス君に頭ごなしのお説教も、ただ言葉を待つのも間違っているように感じます。
「エリエス君。先生に遺跡で何があったか教えてくれますか?」
その上で一番の謎を聞きました。
正直、正しい選択がどうかわかりませんがエリエス君の身に何があったのかを知らないと言葉も選べません。
そして、何より重要なことは決して『揺れてはいけない』ことです。
「……はい」
ポツリポツリとエリエス君は語りました。
疑問に思うところは逐次、聞いていく形でずっと喋らせてはいませんでした。
当然というか、いきなり遺跡の話にはなりませんでした。
順序というものがあります。特にエリエス君にとっては心の準備も必要でしょう。
始まりは遺跡を目指す契機ともなったクリスティーナ君の一言からでした。
ポイント大量獲得作戦は、やはりというか、なんというかクリスティーナ君の音頭から始まったようです。
次も予想通り、マッフル君による路線変更で行き先を遺跡にしたようです。
そして、エリエス君は全体の作戦を担当していたと語りました。
遺跡の正確な位置を知るために四バカたちに賭けを挑んで倒したのも、セロ君の防御結界を悪用……、いえ、あれは正規の使い方ですね。
物理結界によるチャージで四人まとめて倒したのもエリエス君の作戦だったようです。
ですが、ここで奇妙な引っかかりを感じました。
確かに合理的です。
エリエス君らしい作戦でした。
だからこそ変なんですよ。
四バカにも少し、やや、いえ、かなり問題がありますが『できるからと言って力で情報を得る』なんて方法、教えたつもりはありません。
イグレシオにしたみたいな方法は生徒たちに見せないようにやっていたつもりです。
エリエス君の作戦にはまるで最初に出会った頃のような、人のことを考えていない部分が強く感じられます。
今のエリエス君の考え方とは少し違います。
疲れていると思ったから先生に料理を作ろうとしたり、そのことでフリド君を蹴ったり、気遣いを覚えてきています。
最初の頃とは違います。
そのとき、エリエス君が伏していた瞳を上げ、ピクリを身じろぎをしました。
そして、すぐにまた顔を下げてしまいました。
「先生は……、クリック・クラックを知っていますか」
このまま遺跡の話になるかと思いましたが、全然、違いましたね。
いえ、もしかしたら何か繋がっているのかもしれません。
自分は少し、体重を背持たれから離し、姿勢を変えました。
「えぇ、知ってますよ。しかし、誰から聞いたんです? 先生は教えたつもりはありませんでしたが」
「本人からです」
本人?
ソレは人名ではなかったはずです。
「ちょっと待ってくださいエリエス君。それは人名ですか?」
「はい」
「なら知りませんね。変わった名前だと思いますが」
「どういう意味ですか」
下げていた顔をまた上げた時の瞳は少し好奇心が戻っていました。
「クリック・クラックはオノマトペ――擬音語の一つです。両方共、意味は『カチッと鳴る音』のことです。つまり『カチカチと音が鳴る様子』を表している言葉です。逆に聞きましょう、クリック・クラックという意味をエリエス君は知っていましたか」
「知りません」
「本で読んだりとかは?」
「そうした表現はありませんでした」
でしょうね。
少なくとも習ったユーグニスタニア言語にクリック・クラックと繋がる単語はありません。
「聞いたこともない言葉です」
本をよく読んでいるエリエス君が知らないのであれば十分、ユーグニスタニア言語に存在しないと言ってもいいかもしれません。
「クリック・クラックはもう一つ、意味があります。それは『物語を始める合図』であり、『お約束』ですね」
「擬音語なのに、ですか」
「えぇ。そうした文化がありますよ。とはいえ先生の故郷でも知っている人はほとんどいません。先生も本でそんな言い回しがあった程度しか知りません」
「故郷……」
また目線を下げてしまいました。
エリエス君の様子も気になりますが、それよりも色々と別の線が繋がり始めました。
「エリエス君。そのクリック・クラックという人物は遺跡で出会ったローブを着た少年ですか」
「……はい」
エリエス君たちとクリック・クラック――『遺恨児』が遭遇していたのはわかっています。
リリーナ君はちゃんと『フードの誰か』について話していました。
『遺恨児』がクリック・クラックという言葉を知っている理由はアルベルタです。
自分とアルベルタが故郷を同じとするのなら、そう低くなくとも同じ知識を持っている可能性があります。
そこから導き出される解答は一つです。
あの『遺恨児』クリック・クラックは間違いなくアルベルタの作った『遺恨児』である、ということです。
『遺恨児』に似せたイカれた魔獣信仰者、なんて線もありましたからね。
これで完全にクリック・クラックは『遺恨児』であることが証明されました。
「では訂正しましょう。自分はクリック・クラックを知っている、というのは少し誤謬がありますね。アレが所属していたものを知っている、という感じです。また君たちを助けた後に出会って、戦っています」
「……戦った、のですか」
「当然です。少なくとも君たちを襲おうとした者を先生は許しておけませんからね。お尻ペンペンで済ませられたら良い方ですよ」
上級魔獣をどうやって呼び寄せたかまでは知りませんが、少なくとも隷属させたか敵対されない方法を知っているクリック・クラックは国に狙われてもおかしくない存在です。
それはその国の暗部が決めることでしょうが、少なくとも情報を得るために非合法な働きを行うでしょう。
拷問して吐かせるか。
それとも協力関係に持っていくか。
どちらにしても厄介です。
考えても見てください。
普通の獣ならば『格上とわかる相手に戦いを挑まない』のに、魔獣はそんなものを無視して襲ってきます。
魔獣に出会うか出会わないかはほとんど運です。
その魔獣の生態を知り、同時に魔獣に襲われない方法が確立したら?
魔獣を駆逐する効率的な手段と安全策を作れるんですよ。
魔獣に襲われない街道なんて素敵ですね。夢に見そうです。
「兄だと言われました」
エリエス君の唐突な一言で思索から戻ってきました。
「……クリック・クラックが?」
「はい」
ありえません。
クリック・クラックが兄、だとして何故、兄が妹に上級魔獣をけしかけるんですか。
いえ、それ以上に根本的な理由が存在しています。
「似てませんよ、全然。エリエス君は美人になりますからね。料理を覚えているのならもっとです」
あ、不満そうな瞳をされました。
『真面目な話なので茶化さないでください』という文字が見えます。すみませんでしたエリエス君。
「私は家族を知りません」
言葉とは裏腹にその手は温かい香茶を握っていました。
「類縁がいるなどと聞いたことはありません。知る手がかりもありません。知りたいとも思っていませんでした」
心底、興味がなかったように言っていますが、ならどうして、ずっと小さなコップの水面を眺めているんですか?
興味がなかったわけではなかったんでしょう。
ただ何一つ、知る手段がないから諦めていたんでしょう。
『そんなことは知っても無駄だ』と思いこんでいたんでしょう。
そして、初めて知った類縁かもしれない相手は『クラスメイトを傷つけた』んです。
その胸中を自分は正確に測れません。
少なくとも自分ならそんな身内、殴り飛ばすからです。
「でも、クリック・クラックが言いました」
一つわかることがあります。
エリエス君は戸惑っていた、のでしょう。
「母を殺したのは先生だと」
そして、聞かされた話を否定しても否定しきれません。
何も知らないから肯定もできません。
さぞ混乱したでしょう。
何一つ、信じられない状態でエリエス君は自分ができる仕事に忠実であろうとしました。
その結果が囮。
アレはクラスメイトを救いたい気持ちと自暴自棄が生み出した、最悪で最高の手段だったわけです。
顔を覆いたくなりましたよ。
そんなことを教えたつもりはなかったはずなのに、『自分に似ている部分』を持っていることに。
「そうですね。もしも想像している通りならクリック・クラックの『母』を殺したのは先生ですね」
本当は『遺恨児』について、生徒たちに教えるつもりはありませんでした。
暴漢か国家転覆を企む謎のバカが来た、程度で丸めこむつもりでした。
ここに至って、そのプランは窓の外に放り投げました。
あのすがるような瞳を見てまで嘘をつき、あやふやにするわけにはいきません。
「先生は私の母を殺したのですか」
「エリエス君、それは違います」
エリエス君が怖くても真実を求めるのなら、教え導くのが教師の仕事です。
「証明できますよ」
ゆっくり水面から自分へと向けた瞳の色は『期待』と『不安』の二つが混じり合って、渦巻いていました。
「クリック・クラックやその兄弟には右腕に烙印があります。エリエス君の右腕に烙印はありますか? 北の湖で見たときはなかったはずです」
「ありません」
止まっていた吐息が小さく漏れ、ゆっくりと瞳の色は落ち着きを取り戻し始めました。
つかえていた一つが解れたようですね。
「では、クリック・クラックは嘘をついたのですか」
「いいえ。難しいですね。本人がそう思いこんでいる可能性もあります」
クリック・クラックが真実を語っているだなんて思うのは危険ですね。
『遺恨児』は戦争に使われるために調整された子供です。
指揮官や『母』の言うことは基本、頭から信じるんですよ。
人の思想に染まりやすいという部分だけは生徒たちによく似ています。
「彼らは禁術で調整された子たちなんですよ。以前、肉体改造に興味を持っていましたね。先生は教えないとも言ったと思います。その理由を説明しましょう。心が壊れるからです」
「心が壊れる……?」
「自分が自分でなくなる、ということです。だからこそ肉体改造は禁術なんですよ。あの子がどれが本当なのか気づいていないのだったら……」
「先生も……、先生でなくなったのですか?」
よく覚えていますね。
自分が肉体改造していた、ということを。
エリエス君なら覚えていて当然なのですが、できれば覚えて欲しくありませんでした。
「どうでしょうね。少なくとも変わっていないつもりです」
ここだけは嘘を言わせてください。
【十年地獄】を君たちに教えるにはまだ早すぎます。
まだ惑い、迷い、何を信じていいかわからない君たちに何もかもをさらけ出すことは悪影響でしかありません。
人が人を食うような話を聞いても幸せにはなれませんよ。
でも、もしも君たちが心を強く持ち、信念と共にあの頃と戦う覚悟が出来たのなら。
その時は先達として語りましょう。
あの頃の爪痕の全てを君たちに押しつけることだけはしません。
あの時、どうしようもできなかったことをもう二度と繰り返さないように。
未来に残さないように努力しましょう。
さぁ、ここからが問題です。
エリエス君にまつわるアレコレは全て手に入りました。
その上で『まだ震えを残している子』に自分は何を言うべきか。
完全に安心させなくても、納得できる答えを示していきます。
「エリエス君は先生が怖いですか?」
「……わかりません」
また伏してしまった瞳の前に見えた色は――困惑。
本当はしたくなかったことを悔い、理解していない心です。
「先生が母を殺したと聞いた時、私は何も感じませんでした。ですがあの時――」
紡がれるままの言葉は突然、途切れました。
「――先生の手が」
彷徨うように出た言葉は途中で止まりました。
自分はエリエス君から言葉を引き出すように手を差し出しました。
エリエス君が恐怖を感じた自分の手です。
「怖い想いをさせてしまいましたね」
ただ黙ってその手を見つめるエリエス君。
「先生はたくさんの人を殺しました。君がまだ七歳から十歳になる頃の話です。その時代は戦争で、自国同士で人と人が争いあっていたんですよ。それくらいは知っていますね?」
人殺しを忌避するような精神性をリスリア人――特に戦う者は持ち合わせていません。
盗賊なんかがいる世の中で人殺しを厭う暇は自らの命を縮めます。
ですが、自分には殺しに対する『しこり』がまだかすかに――しかし、確実に心の底に残り続けているんです。
もう、どうしようもないことです。
生涯、付き合っていくしかない感情です。
『人殺しはいけないことだ』と聞かされ、そうした思想に染まっていた自分を消しても消しきれません。
ただ躊躇がないだけです。
慣れただけとも言います。
「そうしないと大事な人を守れない、守るために壊していったんです」
己自身も含めて、とは言いませんでした。
思想に染まった自分を壊しながらも、戦い続けました。
「先生には、いえ、あの時の先生たちは、それしか道がありませんでした」
誰も、誰かを殺したかったわけではないなんて、言い訳みたいな優しい嘘です。
そうならざるをえなかった時代が悪かった、だなんて酷い冗談です。
憎しみで狂えるんですよ、人間は。
思想すら越えて、心の底に沈めながら。
それでも自分は未来に『嘘のような幻想』を教えてあげたいんですよ。
例え、その矛盾に苦しむことがあっても。
どうしようもなくて血の涙を流すようなことがあっても。
やがて、誰も血を吐かずに済むような時代が来るまで鋼を飲むような苦しみは続きます。
「だから、エリエス君がこの手を怖がっても仕方ありません」
『何をしたらいいか』という問いかけの瞳に自分は答えを返しませんでした。
ただ、首をゆっくり横に振りました。
考えなさい。
死ぬまで、苦しみが血を全て吐ききるまで。
その先に答えがあります。
間違っていても手放せない大事な答えがあります。
でも、今すぐ答えを出せなんて言いません。
いくらでも迷いなさい。その度に先生は付き合いますよ。
だから、今はこの手を引きました。
迷う瞳はまだ答えを欲していましたが、何も言いませんでした。
結局、どんなに安心させようがエリエス君の恐怖に向き合うのはエリエス君です。
先生はその手伝いしかできません。
まだ時間がいるのでしょう。
だから、それまでに少し色々と向き合いましょうか。
今まで忘れていたことなんて話題を変えるのにうってつけじゃないですか。
「話は変わりますがエリエス君。シャワー室を作った時の話です。受諾書を持ってこなかった時、どうして掲示板の前で躊躇っていたんですか?」
エリエス君の気持ちを汲んで聞かなかった答えです。
今なら答えてくれるんじゃないかと思って、いっそ聞いてみました。
「受諾書を取ると一人溢れてしまうからです」
その答えは当たり前すぎて、しかし、まったく予想していませんでした。
「フリドが一人、一人に声をかけていました。まだシャワー室がどんなものかよくわかっていないのでポイントの少ない先生の依頼はあまり人気ではありませんでした。それでも定員に満ちていたのは知っていました」
それは初めて聞きました。
頭を抱えちゃいけませんよね、そうですよね。
道理で競争や勝負のことを聞き始めるわけです。
あの小さな事柄からエリエス君は競争の本質を考えたのでしょう。
そこから人が弾き出されることを想い、気遣い、そして、受諾書を手に取れなかったのです。
納得しそうになりますが、それではまだ納得できない部分があります。
「競争していい時はしていいんですよ。競争することで人は成長します。負けたくないと思ったときは優しさを噛み締めなければなりません。そうしないと相手にも失礼なんです」
「……わかりました」
「そうなるとキースレイト君の期待がどんなものかわかりますね?」
エリエス君の瞳の色が無感動になりました。
今まで考えていたこと、誤解していたことを思い直しているのでしょう。
えぇ、誤解でした。
あの四バカ襲撃と囮の作戦の根本的な思想となった部分です。
「……キースレイトは競争してほしかった」
「えぇ、おそらく」
答えを導き出したエリエス君に少しだけ微笑みました。
「期待に応えることを強いていたわけではないんですよ」
『だから失望させないでくれ』と言ったキースレイト君。
アレはキースレイト君がエリエス君に向ける期待でした。
ところがエリエス君はキースレイト君の言葉を間違えて読み『求められるものに応えられないようなことをしないでくれ』と考えたのでしょう。
その結果が妙に聞き分けのいいエリエス君でした。
そういえばキースレイト君との会話の後、エリエス君はあまり質問攻めもしてきませんでしたね。
授業が始まって、騎芸なんていうエリエス君の好きそうな体育が始まったのに何も聞いてきませんでした。
牧場でジルさんと一緒にいたときも素直でした。
そのことに気づかない自分も自分ですよ。
「エリエス君は一人で期待に添おうと頑張っていたのに」
人の求めを知れと言ったばっかりに、エリエス君の視野を狭めてしまったのです。
いえ、間違いではなかったのですが、こう変わるとは思いもしませんでした。
改めて言い直さなければなりません。
「君自身にも求めがあるのですから、人の求めばかりに気を取られてはいけません。もしも君が人のことばかり考えるようになったら君の周りは幸せでしょう。たくさんの人を幸せにすることは間違いではありません」
きっと矛盾するようなことを口にしてしまっているでしょう。
自覚はあります。
だけど、自分が矛盾した心でありながらクリック・クラックへの殺意を止めなかったように、いつかエリエス君も矛盾しても貫ける気持ちを選ばなければならないんです。
「では、誰がエリエス君を幸せにするんですか」
「……謎の尽きない人」
「……それは君の好みのタイプです」
珍しく冗談を言わない。
ちょっと信じそうになりました。
「皆が幸せだからエリエス君が幸せになるわけではありません。大多数の幸福はそんなもののためにあるんじゃありません」
いつかエリエス君に教えた大多数の幸福もまた、勘違いしているのではないかと疑っています。
皆が幸せならエリエス君が不幸になっていい、そんなふざけた理屈じゃないんですよ。
エリエス君も皆も、幸福になれる形を見出すための思想として教えたつもりなんです。
「先生も反省しないといけませんね。もっと早く気づくべきでした」
「先生も間違うのですか」
「人間ですからね」
背持たれに体重をかけ、一息つきました。
さすがに堪えますね。
色んな積み重ねに色んな間違いや勘違いが混じっていると知らされると。
仕方ない事とは言え、だからこそ矯正していく必要もあります。
教育って難しいですね……、本当にマニュアルが欲しいところです。
「エリエス君があまりに先生の期待通りの成果を出すので、期待ばかりを口にしてしまいました」
あんまりにも優秀すぎて、あんまりにも救いになりすぎて。
ついついエリエス君にだけ甘えていたのかもしれません。
「これからは必要なことだけでなく、必要のないことも教えていきましょう」
そうと知れただけで今日はもう、十分です。
エリエス君の瞳は妙に瞬きがゆっくりになっています。
「エリエス君も疲れたでしょう。明日、また改めて話を聞くことになるでしょうがそろそろ寝る時間ですよ」
エリエス君の体力は体格相応ですからね。
イスを引き、立ち上がるとエリエス君も立ち上がります。
「先生」
誰かが入ってこないように閉めていた鍵を開け、扉を開けるとエリエス君がじぃっと眺めていました。
もう恐怖や戸惑いは感じられません。
少なくとも表面にでないくらいには落ち着いたようです。
「セロは先生のことを父のようだと言います」
何の話かと思ったら、エリエス君は片手で自分の腕を取り、拙い仕草で手を触りました。
「父というのは、こんな手をするのですか?」
「自分の父はそうでしたよ」
「そうですか」
何を考えているかわからない瞳で、何度も自分の手をこすったり、つねったりしてきました。
微妙にくすぐったいんで止めてほしい……、とは言えません。
人に触られたくないエリエス君が自らの意思で触っているのです。
きっと、何かの答えを得るために。
「これは先生の手です」
父親を知らないエリエス君は、自分の手から父親を汲み取れないんでしょう。
セロ君と同じでありながら、違う答えを導き出しました。
「――固くて温かい、先生の手です」
ともすれば冷たいように見えるエリエス君ですが、その頬は子供らしく温かく、柔らかく、すこし力を入れたら壊れてしまいそうでした。
眠たくなっているのか触れる手も温かいですね。
妙に体重がかかって重たくなってきてます。
ちょっと、片手では支えきれません。何してんですか。
と思ったら、規則正しい呼吸音。
「こら、起きなさい。立ったまま寝るんじゃありません」
「……噛める」
何がですか。
意味不明すぎて怖いです。
結局、エリエス君を抱き上げて、クリスティーナ君の髪が巻きつくベッドに横たえさせ、布団をかけてあげました。
布団を蹴散らす子には改めて布団をかけてあげ、それから静かに医務室を出ました。




