第二次厨房戦争
【大食堂】の一角に五人分の食事が並んでいました。
何の変哲もないスープとサンドイッチのセットメニューです。
昨日もお昼を頼んで、今日もちゃんと作ってくれたようです。
真面目に仕事する時は仕事するんですね、あの料理人たちも。
この通り、生徒たちのお昼は自分が用意しています。
正確には予算から出ます。
あまり無駄遣いもできません。なので豪勢なものは注文できませんが育ち盛りには十分な量は用意しているつもりです。
「さぁ、皆、座ってくださいね」
全員が座って、さて自分の分は……なんて言うと思っていましたか?
明らかに一人分、足りないじゃないですか。
普通は六人分でしょう。
真面目に仕事したと思ったらコレです。
何故に五人分しか用意しなかったのか厨房を見やると銅鑼が鳴りました。え?
「待ちなんしぃ! ぎゃんッ!?」
カウンターをクルクルと飛び越えて、リューミンが姿を表した瞬間、即座に撃ち落としました。
緑属性の早撃ち、リューム・プリムです。
見事、顔面から落ちてきたリューミンですが、いつもの調理衣装と違いますね。
食欲をそそる赤さに煌びやかな刺繍。
一目見て高額な服装だとわかる一枚布で構成された服装。
どこか高価そうな服はイメチェンか何かですか?
「リューミン! 大丈夫か!」
石窯大好きアフロさんを筆頭に八傑衆がリューミンの傍に駆け寄り、脈を測っていました。
殺してませんよ、心配しすぎですよ。
「リューミン師の『超竜装束』を見て何も感じなかった……だとッ!」
「どころかなんの言葉も交わさずにたたき落とすとは……、人の所業かッ!」
「ヤハリ邪神ノ手先ダトイウ噂ハ本当ダタノカ」
言いたい放題、言われています。
誰がシャルティア先生の手先ですか。
「とうとう注文すらマトモに取らなくなりましたか。いいでしょう。先生は温厚なので全員、根性を入れ直すだけで済ませましょう」
最近、生徒くらいにしか奮わない拳をポキポキと鳴らしました。
一目で危険と判断した赤目の少女がおたまを、ロリ・ド・ヴェルグ族が麺棒を構えてリューミンたちの前に立ち塞がりました。
「皆! 今のうちに逃げて!」
「この悪鬼は私たちが引きつけます!」
今回は間違いなく、こいつらが悪いと思います。
なのに悪鬼扱い……、いや、もうコレらを埋めましょう。ポルルン・ポッカ集落付近に。
「待て」
自分と赤目の少女とロリ・ド・ヴェルグ族の間にしゃもじの人が割りこんできました。
「料理道に身を置く者が客に手を出すな」
赤目の少女とロリ・ド・ヴェルグ族が戸惑うように揺れています。
いえ、揺れる以前に常識です。
「オレが話を受けよう」
「では。わざわざ自分の分だけ用意していない以上、文句を言われても当然だと思いますが、その辺を料理道に身を置く者としての意見が聞きたいですね」
「有無を言わせる前に撃った者がいうか」
「カウンターを飛び越える所作が礼儀に反する以上、生徒たちの前では『どうなるか』を見せておかないといけませんからね。それとも、ここは金の亡者に乗りこまれる前の酒場か何かですか。だとしたらカウンターを飛び越えても文句は言いませんよ?」
「まさか礼儀という言葉がこれ以上になく聞き覚えのない言葉に聞こえるとは思わなかった」
言いますね。
関係ないですが、このしゃもじさん、手練ですね。
言葉の応酬だけではなく佇まいが場馴れしている者のソレです。
同じく長包丁を持っている目の下に隈がある男の人もそうです。
そうですね……、実力はジルさんより劣るが得物や相手次第ではいい勝負ができます。
「ではお互い、礼を失したということで一つ、会話をしましょうか。何故です?」
「わからんか……、食の世界に疎い者なら当然だろう」
この人たちの言う食の世界は間違いなく異次元あたりにありますよね。
「ヴェリル!」
「まぁ、待て。以前からこの男とは一度、話してみたいと思っていた。一料理人としてな」
客として言いたいことは一つです。
とっとと料理を出してください。
「先生、先にご飯を食べてもよろしいですか?」
「あ、エリエス君も皆も食べちゃってください。先生はちょっとこのどうしようもない連中と話をつけますから」
今か今かと待っていた生徒たちを代弁したエリエス君にGOサインを出しておきました。
食べ始めた生徒たちを眺めてから再びしゃもじの人に向き直りました。
「まず『超竜装束』から話そうか」
「いえ、まず料理を出さない件からでしょう、どう考えても」
「繋がっている話だ」
そう言われては仕方ありません。
「『超竜装束』とは――料理界において真の強敵と戦う時にその覚悟と誇りを表す必勝の服だ」
勝負服の料理版ですか?
……今、ふと出てきた感想でしたが『勝負服の料理版』という言葉そのものに激しい違和感がありました。
何かが著しく間違っているような気がしてなりません。
「そして、料理界において料理人が客に『超竜装束』を着ることはほとんどない。何故だかわかるか」
とりあえず肩をすくめておきました。
「その客が料理人に匹敵する好敵手と認められることが少ないからだ。どのような好事家であろうとリューミンが『超竜装束』を着ることはない。王族相手くらいが妥当だろう」
「あぁ、つまり、あの赤い服がそうだと」
「逆に言おう。王族が相手くらいしか着ないはずの『超竜装束』を、あろうことかただの教師に着た。これがどんな意味かわかるか?」
生徒たちが全員、フォークやスプーンを止めて『え? ただの教師?』という反応をしたのはどういうことなんでしょうか?
どこから見ても立派な教師ですよ。まだ実勤四ヶ月ですが。
「リューミンが本気だということだ」
すみませんがもう一度、最初から説明してもらえませんか?
そろそろ自分のツッコミ能力も限界を感じてきています。
「つまりは我々のような料理人に匹敵する客として見られているのだ、貴様は」
この人たちの中で料理人は【戦略級】術式師並の何かですか。
「料理人は貴様のような者を敬意と畏怖を込め――【食客】と呼ぶ。まさに貴様は【食客】なのだ!」
こう、目の前で変な称号をつけられたのも久しぶりですね。
そろそろ殴ってもいいんでしょうか?
「【食客】に心の底から自らが生み出した至高の料理を認めさせ、幸いと共に讃美を得る。料理に身を置く者からすれば最大の栄誉であると同時に当然の欲求だろう」
ようするに自分がエリエス君に『おいしいです』と言われた時の感覚が中毒になった人が料理人、という解釈でよろしいですか。
「今日は月間メニューの変わる日だ。この日、運命とも呼べる日に貴様が来た。我々、料理人が真に腕を振るっても遜色のない相手として! リューミンも本気になったのだ!」
「毎月必ず訪れる運命の日ですか。野菜くらい大安売りですね」
ついツッコミが心から漏れてしまいました。
誰か助けてください。
「別に料理を用意してなかったわけではない。貴様のためだけに作られた至高の月間メニューを食させる、そのためだけにこうして用意させてもらった。別枠でだ。声高に月間メニューを頼むがいい、そして、挑むのだ!」
「生徒たちと同じものをお願いします」
「のおおおおおおおぅ!!」
泣くな。大の男が突っ伏して泣くな。
「いえ、そもそも前もって注文しておいた内容は生徒たちと同じだったはずです。勝手に注文を変えられても困ります」
「これが、古今東西をも唸らせたリューミンの【食客】……ッ! 血も涙もないのか……ッ!」
自分、悪くないと思うんですけど、どうなんでしょうか。
「ま、待ちなんしぃ……っ!」
ヨロヨロと立ち上がったリューミン。
足が生まれたての小鹿みたいですが、大丈夫そうですね。
「仲間たちには、手を出さないでくんなまし……っ!」
「今のところ、まだ出していませんが?」
「そいで、今日の月間メニュー……、食べてもらいんす!」
もう、なんだか面倒になってきました。
生徒たちなんか半分くらい食べ終わっていますよ。
というか自分とリューミンたちの会話を寸劇だと思って見ている目です。
さぞかし良い娯楽なんでしょうよ。ちくしょう。
「あー、もう、わかりました。早く持ってきてください。そして死ね」
「ようよう、その気になりんしたぇ。今からわちきらの実力を……、今、さりげなく死ねと言いんせんでありんしたか!?」
言いましたが言いたくなる気持ちをわかってください。
ひらひらと手を動かし『もう行け』と促すとリューミンたちはゾロゾロと厨房に戻っていきました。
席に座ると隣のキースレイト君がまじまじと自分を見てきました。
一体、どうしたんでしょう?
「まさかヨシュアン教師があの【愕王乱覇四十五膳】の制覇者リューミン・イートゥの【食客】だとは知りませんでした」
……一体、どうしたんでしょう?
キースレイト君が何か意味のわからない言葉を口にし始めましたよ。
「【愕王乱覇四十五膳】をご存知ありませんか?」
「ご存知ありませんね。先生は多芸かもしれませんがそっちの世界に足を踏み入れたくありません」
「帝国の大きな料理大会です。私も名前だけしか聞いたことはありません。三十年前の戦争が起こるまでは王国の貴族も招かれていた、としか。私が物心ついた時にはもう帝国とは不仲です。しかし、その称号は今でも国境を越えて聞こえてきます」
「有名人でしたか。道理で」
「……私は高名な料理人が国政に入りこんでいることに驚きますが、むしろ、それ以上にそんな相手を容赦なく地に塗れさせる先生の胆力に驚愕です」
胆力があるかどうかはあまり関係ありません。
自分にとって相手の貴賎はどうでもよく、よろしいのか、よろしくないか、ですよ。
「二度目ですからね。一度目は許しましたが二度やれば、それは手癖の悪さと変わりありません」
彼女には彼女なりの『あぁしなければならない理由』があるかもしれません。
しかし、そんな彼女の理由を飲んでまで歩み寄りたい類でもありません。
そして、あんな暴走具合が時にブレイクスルーを生むことも認めているつもりです。
総じて近寄りたくありません。
できればそっとしといてください。
「キースレイト君がそこまで言うのですから期待しましょうか」
正直、今までの月間メニューを考えると不安で仕方ありません。
それもしばらくするとお腹を撫でるような香ばしい、海に似た強い香りが厨房から流れてきました。
なんというか嗅ぎなれた匂いです。
生徒たちも匂いに反応して、少しざわめき始めました。
「……これは?」
「不思議な匂いだな。なんていうか、嗅ぎなれていない……、なんだ?」
キースレイト君は純粋に不思議そうに、フリド君は匂いに戸惑っている感じです。
エリエス君は茫洋とした目のまま、小さな口でサンドイッチをちぎっていました。ブレませんね。
やがて銀のクローシュにかぶされたお皿が運ばれてきました。
ご丁寧に赤いワインも一緒に運ばれてきましたが下戸だと言うとすぐに持って帰っていきました。
「さぁ。開けんす」
リューミン手ずから持ち上げられた銀のクローシュ。
瞬間、空隙から漏れる強烈な光は――術式ですね。
無意味に眩しいので解除しましょう。
すると何故か八傑衆にどよめきが広がりました。
「料理光が――消えただと!」
「うそ……、そんなのうそ!?」
何人か絶望の表情を張りつけていますが、何かあったんでしょうか。
「さすがでありんす。まさか料理光まで押さえこむほどの食気とは――」
戦慄されているところ申し訳ありませんが、まったくもってついていけません。
謎単語は絶賛、放置中です。そろそろお腹がすいて堪りません。
そして、湯気と共に広がる磯の香りの正体は……、タコ?
ステーキのような形で薄く切られたタコ。
トイフェルと呼ばれる淡水適応のタコに琥珀色のソースが飾られていました。
トイフェルの匂いはそこまで強くないので、この磯の香りの正体はソースですね。
おそらくメインディッシュがトイフェル、他はオードブルなのでしょう。
煮付けの大根は薄小金の色を飾り立てるように鮮やかな夏野菜が茹でられ、添えられています。
塩気の強い匂いに紛れていますが小さな器のスープも中々なものです。
匂いこそあまりしませんが、スープに浮く小さな黒い粒は胡椒ですね。南方産の胡椒は高額で、リーングラードまで運べば金に匹敵する金額です。
飲めばきっと刺激的な味がするでしょう。
パンも硬いフランスパンではなく、ロールパン。
表面の黄金色は内部の柔らかさと白さを想像させます。
これらの組み合わせは高級宿の朝食といっても過言はありません。
農民の一ヶ月、あるいは二ヶ月分の食費くらいでしょうか。
少なくとも学園の食事で出てくるものではありません。豪勢ですね。
「まさか頼ませておいて法外な金額をふっかけるつもりではありませんね?」
「要りんせん。【食客】相手にお金のやり取りは無粋でありんすぇ」
「安心しました。ですが、無料でいただくほど腐ってもいません。先に支払った分は全て受け取ってください。そして――」
料理人たちにまつわるアレコレについて理解したくはありませんが、リューミンの本気は目の前の料理が物語っています。
「――土台に立ちましょう。自分がもしも美味しいと思ったのなら貴方にこの料理の金額をちゃんと支払いましょう。リスクもなしに勝負とは言いませんよね?」
「無粋も過ぎれば粋なもんでありんすぇ。わかりんした」
この言葉に生徒たちがにわかざわめき始めました。
見世物になるつもりはありませんが、生徒に格好の悪いところを見せるつもりもありません。
今更な気もしますが。
どうせ、いつものことです。
「その勝負、受けて立ちんしょう!」
「では、いただきます」
その言葉と同時に自分はまず喉の渇きを癒すためにスープを選びました。
思ったとおり、喉を通った後に舌を刺す、熱さと胡椒の味。
何よりは噛めるほど濃厚な味、濃いはずなのに薄く感じるのはメインディッシュのための布石と見るべきでしょう。
このスープ一杯に一体、どれほどの食材が隠れているのか。
自分には想像もつきません。
次は大根の煮付け。
ただの煮付けではなく前の晩から仕込んでいたのでしょう。
突き刺すとポロポロと崩れてしまう柔らかさをフォーク越しに感じます。
口に含めば歯を立てなくても予想通りに崩れてしまう。
その瞬間、口内に溢れる出汁の甘さ。
同時に野菜たちもまたそれぞれが強い食感と出汁に絡め取られ、軽快なリズムで喉元へと運ばれていきます。
普通に美味しいですね。
なんというか『自分の好み』を他人に支配されている心地よさです。
一家に一台、食事製造機としてリューミンを置いておきたい気分です。
本来、非人道的な発想でありながら違和感を覚えないあたり恐ろしいですね。
さぞ『是非、我が家で』と言われ続けてきたでしょう。
その全てを放り捨ててまで何故、義務教育計画の食堂で働くことを選んだのか正気を疑います。
「次は……」
メインディッシュとして凛然と異形感を放つトイフェルのステーキ。
目の前に海が広がるような激しい主張の匂い。
トイフェルの仕込み以上にソースこそに興味が湧きます。
一口、かじると弾力と共にソースの味が舌に張りついてきます。
味以上に懐かしさと納得が心に満ちました。
「醤油を下敷きに作ったんでしょうね」
つい言葉にしてしまいました。
これは間違いなく醤油です。
魚醤のように荒く、臭みのある味ではなく、もっと洗練されたコクと辛さは間違えようがありません。
どうしてコレを使おうと思ったのかまでは聞きませんが、やはり一流なのでしょう。
『好み』から最適解を選び取ったと推測します。
「ヤバケディムの調味料奥義を一口で当てた……、のか……」
「……やはり【食客】か」
「何かわかったのか! イグレシオ!」
「……我々以上にあの男は食に通じている。おそらく古今東西の味を知っているのだろう。その証拠に……」
「証拠に?」
「………」
「そこまで喋って黙るな」
「……喋りすぎた」
人が食べている後ろで喧しいですね。
一気に食べる気が失せてきましたが、おかげで周囲の視線に気づきました。
フリド君を始めとして、キースレイト君すら物欲しそうな瞳をしていました。
対面のエリエス君も興味深そうです。
「エリエス君。あーん」
エリエス君にトイフェルを差し出すと小さく頷きました。
小さな唇を広げてトイフェルを口に含むとちゃんと咀嚼しました。
食べ慣れない味だと思いましたが大丈夫だったようです。
「どんな味ですか?」
「特筆すべきところはありません」
背後で何人かがドッと倒れた音がしました。
エリエス君はどうにも味単体の良し悪しよりも周囲の『楽しそうな味』を理解するようです。
美味しいと思える食卓でないと『おいしい』とは言わないんでしょうね。
なんとも料理人殺しな子です。
「キースレイト君もフリド君も食べますか?」
「いただきます!」
「……礼儀に反するでしょうが、しかし、誤魔化せないようです」
キースレイト君の苦みばしった顔は食儀と興味のジレンマから来ているのでしょう。
結局、興味が勝ったのですが責めたりしませんからね。
「先生! オレもいいですか!」
「俺も! 俺もお願いします」
「構いませんよ。我慢できないでしょう」
結局、トイフェルのステーキは全部、生徒たちが食べてしまいました。
あと、いつの間にか大根の煮付けもなくなっていますね。
犯人はエリエス君なのですが気にするほどでもありません。食べていいと言ったのは自分です。
そして、同時に懐かしい気持ちになりました。
昔、そう昔の話です。
故郷の家族やフィヨの家族ともこうやって食べた記憶があります。
フィヨも家族も、もうどこにもいません。もう、あの日のような騒々しい食卓なんて囲めないと思っていました。
思っていました。思っていたんですよ。
「……あ、申し訳ありません。つい」
夢中になって食べていた生徒たちがふと我に返って罰の悪い顔をしました。
「いえ、構いませんよ。美味しかったですか?」
「はい」
「感動しました!」
むせび泣くんじゃありません、フリド君。
というかヘグマントクラス全員で泣くな、鬱陶しい。
「さすがは音に聞こえし『登り妃竜のリューミン』です。こんな深く、斬新な味は初めてです」
キースレイト君がリューミンへと感想を伝えました。
リューミンもそれを笑顔で受けていました。
ですが彼女の瞳はまだ強い光を放っています。
まだ勝負は終わっていないと言いたいのでしょう。
「そうですね……、リューミン料理人」
これは十分、負けと言ってもいいでしょう。
あっけなく、こうも簡単に家族を再現されてしまったのですから仕方ありません。
「美味しかったですよ」
その言葉に倒れた何人か以外の八傑衆が諸手を挙げて喜びました。
まさに鬼の首でも取ったかのような喜びようでした。というか騒ぎすぎです。
全員、物理的に物静かになってもらいましょうか。
ですが先に決着の代償を払わないといけませんね。
「お金を払いましょう。いくらです」
「それには及びんせん」
リューミンは一人、喜んでいませんでした。
それどころか納得したように、認めてしまったように瞼を閉じました。
「わちきの負けでありんすぇ」
その瞬間、周囲で喜んでいた欠けた八傑衆たちはピタリと動きを止めました。
「何故だ! ヤツは認めたはずだ!」
しゃもじの人が理解できないと声を張り上げました。
何人かはしゃもじの人と同じ気持ちなのでしょう、同意するように頷いていました。
「家族の味には敵いんせん」
振り向き、背中を見せるリューミン。
「来月は必ず勝ちんす。絶対でありんすぇ」
敗北が滲む背中と共に去りゆくリューミンを見送るしかできませんでした。
本当はお金を払って、ここで付き合いを断ちたかったところですがそうもいかないようです。
少なくともリューミンは納得していないでしょう。
いえ、本当に美味しかったですよ?
納得以前に揺るぎない事実です。
「何故……、どうしてだ!」
「意地じゃないですか?」
「たしかにあるがそうではない! そもそも何故、貴様はあのトイフェルのステーキを食べて光を発しない!」
毒か何かですか、この料理。
「生徒たちもそうでしたが?」
「アレは貴様に合わせて調整され、貴様のために作られたものだ! 他の者が食べてもうまいが受ける味の重みが違う!」
もはや何も言いません。
自分もツッコみ疲れました。
「強いて言うなら初見ではなかったからでしょうか」
あれってイカ焼きならぬタコ焼きでしょう?
故郷の味と比べても美味しかったですよ。
ただ味がわかればなんとなく予想はつきますしね。別段、驚くほどでもありません。
イカだったらもっと美味しかったかもしれません。
あと前にも思ったんですが淡水適応種のトイフェルは海水適応種よりもあまり味がよくありません。
身に締りがないというか、味気ないというか。
素材の味よりもソースのほうが強かったんです。
「リューミンの料理と同じものを出したヤツが他に居た……、だと……ッ!」
違います。ちゃんと話を聞いてください。
「なるほど。今、ようやく理解したぞ。リューミンが敗北した理由と貴様を【食客】として選ばれた理由を!」
そう叫ぶと、しかし、それ以上の言葉は言わずにしゃもじの人もまたリューミンと同じように去っていきました。
八傑衆たちもゾロゾロと帰っていきました。
このあと、反省会でもするんでしょうか?
「先生、質問です」
エリエス君が手を挙げていたので当ててみました。
「あの人たちは一体、何がしたかったのですか」
「それがわかれば苦労しません」
今後も付きまとわれると思うと、いっそのこと埋めたほうが早いかもしれませんね。
あの料理人たち。




