バルボタージュの見送り
今日もシャワー室を作る依頼を出しました。
クリスティーナ君とマッフル君、そしてリリーナ君は昨日で懲りたようで顔を見せませんでしたが、エリエス君とフリド君は連続で受けてくれました。
ただ意外だったのはキースレイト君も来てくれたことです。
術式具作りに参加できるだけで十分、貢献してくれるので大歓迎です。
残り二人はヘグマントクラスの子たちでした。
昨日の過ちは反省して、ちゃんとフリド君には昨日の別れ際に定員五名と言っておいたのもあるのでしょう。
一つのかけ違いは色んな問題を起こすのでしょう。
ですが、自分もまだまだな面もあり、きっとまたやってしまうかもしれません。
意図してなくても起こりうることでもあります。
それでもなるべく問題にならないよう。
そして、問題が起きても対処できるようにしていきます。
その甲斐あってか特にこれといった問題なんて起きなかったですよ?
そうそう人数や人員で問題ばかり起こされたらたまったものじゃありません。
ですがこの日、少し変わったことがありました。
建築指示を出している傍らを冒険装備で身を固めたジルさんたちが歩いていきました。
「おはようございます。ジルさん」
「あぁ、先生さんか。精が出るな」
【ナハティガル】のメンバーが勢ぞろいですよ。
ジルさんにアニーさん、ジーニさんにアーチャーさんと以前、試合をしたメンバーは当然のこと、他にも数名、連れています。
もちろん、シェスタさんはいません。
彼女は今、事務仕事ばかりの毎日です。
ただ完全武装なところが気になります。
一体、何が……、と思い、すぐに答えに行き着きました。
「もしかして先日の件ですか」
自分が遭遇した魔獣。
その調査と討伐に出かけるのでしょう。
魔獣がいたのなら、くまなく周囲を探るのは鉄則です。
特に群れを作るスレッチ・ヴォルフの場合、即座に調べて群れを消滅させておかねばなりません。
でないとまた増えますからね、あの害獣。
そこまで考えて、ふと疑問に思いました。
しかし、ただの疑問だったのですぐに思考の隅に追いやりました。
「メルサラさんがあの調子だからな。下は苦労する。しかし、先生さんもまた妙なことを始めたものだ」
生徒たちの建築作業を見て、さすがのジルさんも苦笑気味でした。
ジルさんの質問を答えようとしましたが、
「本当に多芸ね。あそこで金属を彫ってる子たちは術式具を作っているんでしょ? アレも先生さんが教えてて、それで前は【健康診断】。今度は建築。自身は腕のいい術式師。そんなにすごいなら教師じゃなくても国のお抱えになってもおかしくないんじゃない?」
先にアニーさんに呆れたように言われました。
でも口ほどに疑っているようには見えません。
「性分というヤツです。特に貴族に使われるだなんて怖気が走ります」
「気持ちはわからなくもないけどね」
「さすがに国王からの命令でしたから教師は避けられませんでしたが……」
思えば春先にバカがバカを言い始めたことから全てが始まりました。
そして、今、生徒たちと一緒になってシャワー室を作っています。
何がどうしてこうなったんでしょうね?
第三者が聞いたらそこに至るまでの過程が一切、理解できないでしょう。
「悪くありませんね」
「知っている」
ちょっと目を見開いてジルさんを見てしまいました。
「言うほど先生さんは面倒見のいいほうだ。気付かなかったのか?」
「面倒は嫌いな方ですよ。今だってこれからだって」
つまり、生徒は面倒ではない、んでしょうね。
最初は面倒くさかったはずなんですがね。
「ところでコレは何を作っているの? 見た感じ、水場を利用しているようだけど」
アニーさんにシャワー室を説明すると大層、驚かれました。
「先生さん、本業は一体、なんなのよ……」
「術式具元師に決まってるじゃないですか」
「今の光景を見て、どうやってそんな答えになるのか不思議だわ。堂々と言えるのもね」
とうとう片手で頭を抱えてしまいました。
何もおかしなことを言ったつもりはないですよ?
「出来上がったら使ってもいいの?」
「生徒たちが使っていない時間帯なら。朝方か夕方以降になるでしょうが。なるべく深夜帯の利用は避けて欲しいですね」
アニーさんはしてやったり、という顔をしました。
入浴施設のあるなしは冒険者にも響くようです。
一方、ジルさんは少し何事かを考えていました。
「術式具元師か……、仕事が終わった後、少し調整してもらっていいか?」
「えぇ。お安くしておきますよ」
「別にいいさ。金が貯まる一方だ」
「そうね。こっちじゃお酒を買うくらいしか使い道がないもの。こっちはそれでいいけれど……」
「そうそう! こっちにゃ娼館なんてッ!?」
突然、割って入ってきたジーニさんの顔を鷲掴みにしました。
別に腹が立ったわけではありませんよ?
ただ不適切な言葉が大音量で聞こえたので封じただけです。
「ジーニさん。特にソレについてとやかく言いたいわけではありませんが生徒たちがいるので声は抑えましょう」
「……すんません」
わかってくれたようなので手を離しました。
「近接格闘もできる術式師なんて反則だぜ……、でさ。正直、なんとかなんねースかね?」
「なんとか、ですか。個人的にはその手のものは学園とは切り離しておきたいんですが」
「んでも男ってのは皆、そうだろ? やることやっておかねーと最悪、学園生徒に手ぇ出すバカがいる……、ちょ、先生さん、殺気! 殺気は控えて!」
足元が凍りつくくらい別にどうってことありません。
ジーニさんの言うとおり、事が起これば大問題では済みません。
とりあえず肉塊が一つ、ペースト状になるのは当然として。
欲望というものは非常に大きな衝動です。
特に三大欲求と生物は切っても切れない関係で、人間の生なんて欲求との付き合いみたいなものです。
適度に、適切に処理できるならともかく発散場所がないまま禁欲を強いるのは難しいでしょう。
法でお酒を縛れば憤懣が爆発するように、性欲もまた同じことです。
大人の全てが子供に対して善良である、なんて言葉は幻想どころかただの現実を直視していないおバカさんの台詞です。
内紛時がどれだけひどかったかなんて引き合いに出さなくてもわかることでしょう。
そうあるべき、であっても、そうでないことなんて多々ありました。
全ての人間が精神抑制法を修めているわけでもありませんしね。
発散する場所として娼館は間違いなく優秀な娯楽です。
しかし、娼館周囲は治安が非常に悪くなります。
そんなところに未熟な生徒が入りこめば、手玉を転がすよりも簡単に転がっていくでしょうね。
個人的には悪影響の塊だと思っています。
しかし、そうした荒波に慣れるのも人生に必要なこともあります。
そも学園施設に娼館を建てるのもどうかと思いますが……、ないとも限らない話でして。
現に学術都市なんかは綺麗に区分けして娼館区画を作り、壁で囲っているそうです。
「それだけの話で収まらないのも問題なんですよね」
まず施設を作る予算が必要です。
そして、予算を使うなら当然、回収手段を考えないといけません。
まぁ、回収自体、需要以上に必需性の高い職業なので確実に回収できるとは思います。
それでも一時的な予算の減少が避けられません。
第一の問題、予算です。
人員、つまり、娼婦をどこから持ってくるかも問題です。
中には【宿泊施設】でもそうした職に就きたい人がいるかもしれませんが、基本、外部からの人の誘致になります。
ここが大問題、その二ですね。人の誘致です。
国政の施設なので人が誘致できない、気軽に招けない、ということです。
本当に人員を補充しようと思ったのなら、まず国政での承認が必要になってきます。
そうなるとこちらからの打診、そして向こうで協議、そして、結果を送る、この過程だけで三ヶ月以上かかります。
もう第二試練が始まってる頃ですよ。
そんな中で娼館なんて建てられません。
そう、これが第三の問題になります。
時間的余裕です。
他にも娯楽施設が生まれると今度は流通が生まれます。
娼館なんて言ってしまえば消耗品が湯水のように使われる施設で金が動かないほうがどうかしています。
学園はキャラバンによって物資を補給しているので娼館が建つとそれらを合算して、より多くの消耗品をキャラバンにお願いすることになります。
結果、キャラバンは大きく肥大化し、以前、リャナシーンのバカ息子が行なったような嫌がらせの類がやりやすくなってしまいます。
第四の問題。政敵です。
さらに娼館を置けば第五の問題、宗教的な問題まで顔を出してきます。
あぁした施設はグレーゾーンだから存在できるんですよね。
学園に宗教関係者が何も知らずノコノコとやってきて『悪徳です!』とか叫び始めたら、そいつを森の向こうまで放り投げる自信があります。
「いっそ娼館にこだわらず、総合的で小規模な施設にしましょうか?」
これで一時的な予算の減少は避けられます。
「どんな施設を考えてるのよ、それって」
「例えば酒場と娼館が兼業しているような施設ですね」
「酒くらい普通においてあると思うぜ、先生さん」
ご飯は置いていないらしいです。
メルサラ調べですが。
娼館は売買春を斡旋する宿です。
宿である以上、酒場としての機能も備えていますが主目的は間違いなく性交です。
酒は二の次なんですよね。
酒はいわば副業や利益の副目的に当たります。
客が気分に乗って頼んでくれたら上々、その程度です。
「主目的を逆転させればどうです?」
「……いや、難しすぎてわかんねー」
ジーニさんは眉を潜めて、うなり始めました。
ようするに酒やご飯を一番の売り物にする酒場を作り、業務内容に性交を求める人への売買春の提供。
主目的を逆転させるだけで全然、外から見てイメージが変わります。
こうすれば何も知らない生徒にはただの酒場に見え、事情を知っている大人には娼館としての役割を持つ、と。
「とはいえ、第二問題の人の誘致、第三問題の時間的余裕はまったく解消されません。非常に難しいですね。諦めてください。生徒に手を出す輩は前もって処分しましょう」
「ちょ! 先生さん、極端に走らないでくれよ。俺らからすりゃ何も悪いことしてないのに殺されるんだぜ!」
慌てなくても冗談です。
「ともあれ問題の壁が大きいので、さすがに教師でも簡単にはいかない話です。現状はどうしているんですか?」
「そりゃぁマ……、自家栽培かキャラバンの女性を口説いております、ハイ」
殺気をぶつけたら言い直しました。
別に生徒の前でなければ何を言っても構わないのですが、言葉狩りしたいわけでもありません。
そもそも生徒に性教育したのは自分です。
ですが、まぁ、けじめみたいなものです。
真面目に育って欲しいと思う先生の心意気です。
……ただでさえ問題児ばかりなんですから。
「対処法になりますがキャラバンに娼婦をお願いするしかありませんね」
その分、キャラバンに資金が流れてしまうのですが、しかし、お金を腐らせるよりはずっとマシです。
それに娼婦も学園から布などの消耗品を買うので、ただ偏っているだけではありません。
「学園長への報告してからの話になりますが次回のキャラバン、あるいは次々回のキャラバンで娼婦が来ると思います」
「マジか! さすが先生さんは話が早くて助かるぜ!」
「ただし、こうして発散できる機会があるのですから生徒を襲うような輩がいるようなら率先して潰してください。またキャラバン側からも注意されるでしょうが、娼婦が生徒を誘うような状況も未然に防ぐよう働いてください」
「あぁ、あぁ、まぁちっと我慢ってことだけでずいぶん違うと思うぜ!」
「――ちなみに生徒に手を出した場合、死ぬより苦しむと思え」
「……りょ、了解です、余さず言い含めておきます」
本気で怖がらなくていいんですよ。
おいたさえしなければこちらからは何もしませんし。
さて、これ以上、引き止めておくわけにもいきません。
最後に疑問だけ晴らしておきましょうか。
「それで、もう出発するのでしょうが少しだけ聞きたいことがあります。この【室内運動場】の傍を通っているということは【宿泊施設】側から森に入ろうとしていますね。魔獣は西に群れを作っている、と考えても?」
生存欲求だなんてものを引き合いに出す必要もなく危険な話です。
もしかしたら【宿泊施設】の近くに魔獣の群れが潜んでいるのかもしれないのですから。
「前は先生さんが東側で見たという話だがほとんど痕跡がなかった。そうなるともう西側になる」
ジルさんがぼそりと空に視線を這わせながら言いました。
その視線が最後に西へと向かいました。
「西はまだあまりよくわかっていないからな」
今、重要なことを口にしませんでしたか?
「生徒会が始まる前にメルサラには『リーングラードの植生』と『原生生物の分布』を調べるように伝えたはずです。そして、実際に地図まで作ってきましたがまだ調べていない場所があったんですか?」
「……あぁ、それか」
ジルさんは少し眉を顰めました。
アニーさんも同じ風に肩をすくめました。
「調べきれなかったと聞いた」
このリーングラードは山の上から見ても広大でした。
多少の漏れは仕方ないと思っていましたが、『調べきれなかった』とはどういう意味ですか?
というかメルサラ、あの野郎。
大事な情報は包み隠さず伝えておきなさい。
報告、連絡、相談は仕事の上だけでなく人間関係でも大事です。
「その理由がね、変なのよ。実際、【ナハティガル】は半分も参加してなかったわけだけど」
あぁ、時期的に【ナハティガル】は到着してまもなく、しかも自分と模擬戦をやってしまったせいで参加してなかったんですね。
来て早々、主格のメンバーを動けない状態にした原因は自分にあります。
一概に責めるつもりはありません。
なのでメルサラのせいです。
「ある一定の場所から木が邪魔で入れなくなるらしいのよ」
聞いてすぐ原因らしきものに心当たりがありました。
教師全員とヨシュアンクラスでバーベキューをした日の話です。
召喚したポルルン・ポッカを口封じ――もとい隷属を外そうと森に入った時です。
誘われて入ったポルルン・ポッカの集落。
白い幽霊の少女の眠る森。
アレはたしか社宅から西側、つまり【宿泊施設】の西側だったと思います。
距離までは掴めなかったのでかなり奥だと思いますが、もしかしたらそこがポルルン・ポッカの集落なのかもしれません。
そして、そこがポルルン・ポッカにとって大事な場所なら魔獣を近づけたりはしないでしょう。
「おそらく、そこには魔獣はいないでしょう。そうなると、いえ、とにかく西の奥はいないものと考えて動いてください」
「……どうしてそう思う」
ジルさんの探るような口調は、しかし、表に出すよりも疑っているように見えません。
軽い言い訳でも信じてくれそうです。
「心当たりがありまして。ただ、それをどう伝えるべきかに迷います」
「……わかった。なら北西側を重点的に調べるか」
ですが自分は嘘をつきませんでした。
ジルさんなら追求してこないと知っていたからです。
冒険者なら一般人より不思議な出来事に出会うことも多いでしょう。
ジルさんもまた、人に言えないような不思議な体験くらいしていてもおかしくありません。
もしも本当に信じて欲しいのなら嘘はつけない。
そんな人柄をしているのも理由ですかね。
「武運を祈っています」
「あぁ」
ジルさんが軽く手を振って歩き出すとアニーさんやジーニさんも歩き出しました。
「少なくとも子供には手を出させないようにしてくるわ。二つの意味でね」
「先生さん、あの件、よろしくなー!」
順々に何事かを言ってくる中、アーチャーさんだけはウィンクしてきました。怖気が走る。
その後も何人かの冒険者も色々と手仕草や肩をすくめたりなどして冒険――いえ、討伐に向かいました。
自分は少しだけ彼らの背中を見送りましたが、そうもばかりしていられません。
自分は生徒たちの現場監督であり、依頼人であり、そして教師なのです。
振り向くとエリエス君と目が合いました。
すぐに自分から視線を外すと術式具作りを再開しました。
なんでしょう?
今まで見たことない瞳をしていました。
むしろ自分ではなく【ナハティガル】を見ていた、というべきでしょうか。
きっと新しい興味の対象が出来たのでしょう。
それがもし冒険者というのなら、人間にも興味が出てきた証拠です。
良いことだと思いますけど冒険者は大変なお仕事ですよ?
「さて、そろそろお昼にしましょうか。【大食堂】でお昼を用意してもらっていますので皆で食べてしまいましょう」
その一声と共に生徒たちはそれぞれの声を出して、建築作業の手を止めました。




