表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第四章
PR
239/374

明るい場所の暗がりへ

 けたたましかった昼食も終わり、シャワー室建築を続ければあっという間に陽は沈んでいきました。

 生徒たちの頑張りもあって、作業も残すところ内装だけです。


 内装を終わらせるところまでやってしまいたかったのですが、どうしてもシャワーの調整に時間がかかりました。

 試しにシャワーを使ってみたところ熱湯が出た時は焦りました。


 確認してみたところ、温度調整の部分に誤りがありました。

 エリエス君たちの術式具作りは間違いなく、自分が間違っていたというつまらないミスでした。


 他にも床の排水口からちゃんと排水槽まで流れては行きましたが、そこから川までの水路がうまく流れなかったり、水の流れを調整するために流水の術式具を追加で作り、排水まで漕ぎつけたところで時間切れです。


 設計図通りに事は運ばない、ということでしょう。


 生徒たちは帰し、エリエス君も今日は特訓を休ませました。

 もうすでに、ある程度『眼』の制御ができていたのも理由ですが、改良を加えたことでシャワーの蛇口部を変更する必要があったからです。

 つまり、自分だけ居残りです。


 これから【大図書館】で設計図に改良を加え、それから帰るとなると帰宅は夜でしょうか?


 モフモフにまた『ごはん……』と恨みがましい瞳で呟かれそうです。

 エリエス君にはモフモフを寮に連れていってもらうように言っておきました。

 きっと今頃、管理人さんのご飯をムシャムシャとかぶりついている頃でしょう。

 気兼ねはありません。


 気兼ねがないだけで、罪悪感に焦がれているだけで。


「埋め合わせをしなければなりませんね……」


 『眼』を望んだのはエリエス君です。

 しかし、その制御に付き合うと言ったのは自分です。


 自分で言っておいて、ちゃんと約束も果たせないとは。


 今までもそうした場合はいつも埋め合わせをしてきたつもりです。

 ただ約束を破った焦燥感だけが胸に残り、どうしても拭えません。


 いえ、生きていれば約束を守れない時もあるでしょう。

 人の都合に合わせて時間が進んでくれるわけでもなく、社会だって同じです。


 どうにもならない気持ちで焦ったところで意味はないことくらい理解しています。


 いけませんね。

 このままだと延々と思考が巡るだけです。切り替えましょう。

 思考抑制法で気持ちを落ち着かせ、それから【大図書館】の鍵を取るために職員室へ。

 すると職員室に人がいる気配がします。

 こんな時間に誰がと思い、小さく扉を開け、部屋を覗くとなんてことはありませんでした。


「ヘグマント先生ですか」


 ヘグマントは机に座って一心に何かを描いては唸るを繰り返しています。

 おそらく騎芸の授業をどう組むかで悩んでいるのでしょう。

 あまり机仕事をしないヘグマントがあぁして悩むのなら少しは手伝ったほうがいいのかもしれませんね。


 何せ、こまめに借りを返しておかないと借金が膨れるばかりです。


「ヘグマント先生。お悩みですか」

「ヨシュアン先生か! 知恵を借りても良いかね! む? 仕事がまだなら後でも良いが」

「いえ、大丈夫です。騎芸の何に迷っているのですか?」


 ヘグマントは気配が読めないほど困っているようです。


「クラスごとに騎芸を教えていく方法に抵抗はないが、いささか時間がかかるのだ。特に騎乗は慣れるまで時間がかかる! なるべく早く騎乗慣れしてもらわないと後の授業を圧迫するのだ!」


 あー、一番、最初の段階ですでに躓いている状態ですね。

 自分の授業で例えるのなら、源素の操作ができないから陣が描けない、みたいな状態です。


「すぐに騎乗慣れしたと予測して計画を立てているが、どうにも時間がかかるな!」


 全員が馬や騎竜と相性がいいと仮定して、時間割を進めているのでしょう。

 そうしないといけない理由は騎芸に割り当てられた時間が今月のみだからです。

 圧迫理由の一つにこの長期休暇もありますが……、申し訳ありません。


「どうやら、この学習要綱を作ったお歴々は乗馬と騎芸が同じものだと思っているようですね」

「うむ。あまり大声で言うわけにもいかんが、そうなのだろう。頭が痛い話だ」


 乗馬も乗竜もただ移動手段です。

 ですが騎芸は乗った後に行動しなければなりません。もちろん、ただ乗って動くだけではありません。


 乗りながら戦う。

 騎芸は戦う手段です。


「まぁ、お貴族様なら乗れて当たり前だと思われていますからね」


 貴族にとって、特に男性貴族にとって騎竜に乗ることは一つのステータスです。

 騎竜をどれだけ速く、それでいて巧みに操るかが男前の証だそうです。そんなことするより仕事しろと言いたいですね。


 そして、女性もまた騎竜をうまく扱う男性を良い殿方だと思い、褒め称え、伴侶にする基準にもしたそうです。


 もっとも現状のリスリアでは貴族も遊んでばかり居られません。

 騎竜に乗る暇があるくらいなら自領を立て直す時間に当てているでしょうし、そもそも騎竜に乗っていて放蕩貴族だと思われたら『どこかの怖い青銅さん』がざっくり殺しにきますからね。自粛傾向にあります。


 それでも個人的な私信か、ストレス発散の遠乗りに使われているか。

 需要もあり、完全になくなったわけではありません。

 騎竜は便利ですからね。平民との垣根が薄い領主なら騎竜に乗って気軽に城下町の視察くらいするでしょう。


 今の貴族の子――キースレイト君やクリスティーナ君の世代だと幼い頃に騎乗の訓練を行っているでしょう。


「そして、乗れるのなら戦える……、安直ですね。あの不安定な足場で戦うのは骨ですし、何より得物も全然、違います。身体の動かし方や使い方も違います。そのうえ、平民の子も同じだと思われているようで」


 平民の生徒たちの中で過去、何人が馬に乗ったことがあるでしょうね?


 馬は村の共有財産です。

 多くは村と村を繋ぐ移動手段であり運送手段です。

 主に使われるのは間違いなく運送手段です。


 村で採れた余剰野菜や穀物を売るためには町に商品を運ばなければなりません。

 平時は木こりが作った建材や薪の運送、町や領主への連絡用、緊急の場合は救助要請のために走らされます。面白いところでは馬乳用に使われているそうです。

 子供の遊び相手に乗せるほどではありません。


 ちなみにこの話は裕福な村だったら、です。

 貧村だとどうなるかですが、そもそも馬がいません。

 馬より牛です。畑仕事に使えますからね。騎竜なんて以ての外です。


「もしも馬に乗れる子が居たのなら、村の中で馬に乗る役割を担わされた家族の子か、あるいは商人の子でしょうか?」


 キャラバンでは馬か騎竜、あるいは陸竜がいないと話になりません。

 行商人や個人商隊、商会も同じです。

 個人で飼育している者もいれば、町から町へと移動するときだけ買って、着いたら売るなどの手段にしている者もいます。


 馬との関わりが一番、身近なのはやはり商人の子でしょうか。

 マッフル君なんかよく知ってそうですね。


 ん? そういえば牧場でクリスティーナ君が馬に乗ろうとした時、マッフル君は競おうとしませんでしたね。

 マッフル君なら馬の扱いくらい知ってそうなのに、です。

 クリスティーナ君が自慢したら当然、マッフル君が対抗してもおかしくありません。

 クリスティーナ君が乗ると息巻いたからあえて見ていたのか、暴走するとわかっていて見送ったのか。


 後者なら少し話を聞かなければなりません。

 もちろん、怒る方向です。


 と、そんな話ではありませんでしたね。

 今は騎芸……、いえ、乗馬への慣れの話です。


「合同授業にしたほうがいいんじゃないですか? 自分たちが教えるのも一つですが子供同士で経験を分かち合うのも一つの手段だと思います」

「ふむ。一斉に教え、一斉に慣れさせる、か。しかし、そうなると丸一日を騎芸の授業で使うことになるぞ! 技術である以上、間をあけて教えるわけにもいかん!」

「そこは生徒会を利用しましょう。一度だけの一日騎芸授業。そこからは通常の授業、そして、生徒会で慣れさせる」


 生徒たちが騎芸を習得すれば何ができるようになるか。

 それは行動範囲の拡大です。


 現在までは、森に入ってもすぐに帰ってこなければなりませんでした。

 生徒会の時間は限られています。参礼日に依頼を受けたとしても日帰りか、翌日の朝までに帰ってこなければなりません。


 生徒たちが行って帰って来れる距離は短く、森の中程に行けばそこで時間切れです。

 そんな状態では西と北側の奥へ行くこともままならないでしょう。


 奥地にはまだ生徒たちが見たことのない植物や原生生物がいます。

 今の生徒たちなら十分、戦える原生生物も多く、経験を積むにはピッタリです。


「授業外でも勉強させるわけか! なら少し段階を飛ばしても良いな!」

「あるいは騎芸の授業を伸ばし、別の授業内容を減らすか、ですね」

「む、それはできん! 特にヨシュアン先生の授業に関わってくるぞ!」

「あー、【連携陣】ですか」


 次回の試練の、術学の授業でもっとも肝となる授業内容です。


 内容は混成色の下級術式と【連携陣】。


 特に【連携陣】は実際の術陣の構築もそうですが、陣形の立ち位置も重要です。

 授業内容が体育と連動しているんですよ。


 ヘグマントの言う通り、陣形の授業をおろそかにされると困りますね。


「ともあれ目処が立った! 助言に感謝するぞ!」

「いえいえ。困った時に助けられていますから」

「大したことはしていないさ!」


 ヘグマントは視界に光明でも射したかのように明るくなりました。

 もう大丈夫でしょう。少なくとも自分よりもうまく授業内容をきっちり詰めるでしょう。

 それこそ生徒たちが悲鳴をあげるくらいに。


「さて。自分もコレを終わらせましょうか」


 ヘグマントに見せるように手元の設計図を振りました。


「む。長くかかるようなら職員室を閉めておくぞ!」

「そう長くはかからないと思いますが、えぇ、お願いします。自分はそのまま直帰します。鍵は明日の朝に戻しておきます」


 ヘグマントに別れを告げて、自分は【大図書館】に向かいました。

 術式ランプで照らす足元。

 特に何かに襲われることもなく、何事も起こりませんでした。


 強いていうなら【大図書館】で設計図の欠点がよくわかったことでしょう。


 北の湖からシャワー室へと水が流れ、シャワー室から近くの川に流れなかった理由です。

 なんてことはありません。

 湖からシャワー室まで傾斜だっただけです。

 このリーングラードは緩やかなお椀型なのですから当然の結果でした。


 天秤でも使わなければ気づかないくらい緩やかに北の湖のほうが高く、シャワー室が低かったのです。


 それでも排水路の距離が短ければ、あるいは水の勢いがあればどうにかなっていたのです。

 もしくは排水槽を高くすれば、慌てる必要もなかったのです。


「理解していたとはいえ、やはり自分は建築の素人でしたか」


 静かな【大図書館】で自分の声が響きました。


 うまくいっているようでうまくいかない。今回は些細な修正でどうにか切り抜けられましたが、もっと致命的な失敗だったらどう償うんでしょうね。

 自分の責任なのは言うまでもありません。


 もしかしたら本職ならすぐに気づいたのかもしれません。


「いや、待てよ?」


 もしも自分が術式具元師でなければ、どう処理していたのでしょう?

 流水の術式具なんかで水を操作しなければ、どんな形になっていました?


 少なくとも排水路はやり直していたはずです。

 一度、セメントを剥がし、U字石材を取り出して、新しい排水路を作っていたでしょう。

 地面に露出させる形か、あるいは幅を広くとって水量で無理矢理、排水を川に押しこんでいたか。


 そして、やり直しの分だけU字石材とセメントが足りなかった。


 そこまで考えて、棟梁さんがどうしてセメントをまけてくれたのか理解しました。


「嘘だろ……」


 棟梁さんには概要しか伝えていません。

 シャワー室をどこに建て、どこから水を引くか。

 そんな程度しか話していません。


 なのにそれだけで棟梁さんは『やり直す可能性』を見越してセメントを多めに見繕ってくれていた、のですか?


「下手をするとU字石材も用意してくれていたのかもしれません」


 やはり本職には敵いませんね。


 見た目はアレですが間違いなく腕のいい大工でした。

 余計な心配もさせてしまったようですから、いずれ何らかの形で返さないといけませんね。


 【大図書館】を出た自分は申し訳なさもありましたが、妙にすっきりとした気持ちでした。

 してやられた感も当然、ありますが悪くはありません。


 言い訳はしません。

 足元がおろそかだったのは間違いないのですから。


 鍵を閉めて帰ろうとした時、視界の端で小さな光が動きました。

 とっさに視界の光を目で追いましたが、すぐに消えてしまいました。


「……【大食堂】ですか」


 アレは術式ランプの光です。

 つまり、誰かがこんな夜遅くに誰もいない【大食堂】に忍びこんでいるのです。


 誰だか知りませんが不審者をそのままにしてはおけません。

 術式ランプを消して、設計図片手に【大食堂】に向かうとやはり内部でチラリと光が漏れました。

 それもすぐ消えました。

 何かを取って、そのまま裏手のドアから抜けたのか、自分に気づいて術式ランプを消したのか。

 気配を探るとどうやら裏口から逃げるようです。


 即座に強化術式で【大食堂】の屋根に飛びあがり、賊の気配を探ろうとして、気づきました。

 足元です。

 いえ、【大食堂】の内でも屋根のことでもありません。


 ちょうど【大食堂】のすぐ裏、ウルプールの小屋で何かをしている女の姿があります。


「誰です」

 

 声を出し、相手が硬直した瞬間、周囲をフロウ・プリムとウル・プリムで囲いました。

 不用意に逃げ出せばフロウ・プリムと思って接触したウル・プリムに感電させられるという罠です。


 突然の光量に驚いて顔を腕で隠す女。


 自分はすぐさま女の背後へと飛び降りて、そのまま腕を掴んで関節をひねりました。

 そして、壁に叩きつけてから腕を離してやりました。


 問答無用で仕止めても良かったのですがウルプールの餌をやりに来た【宿泊施設】の誰かかもしれません。

 しかし、顔を見て、すぐにその推測は却下しました。


「なんだ……、貴様か」


 何故か賊は自分を知っているような口調でした。

 いえ、自分は知りませんよ?


 何故なら女はヴェーア種だったからです。

 それも角がついた有角種、たしかヴェーアゴウトでしたか?

 癖のない銀色の短髪に小柄な体躯。しかし、手足の体毛は少なく、角が生えているだけの人間にしか見えません。


「さて、何故、こんな夜中に不審な行動をしているのか。吐いてもらいますよ」


 このリーングラードにヴェーア種は二人しかいません。

 無理矢理、守衛にさせられたムチウチ気味のヴェーア種と狩人さんだけです。

 その両方とも男ですからね。


 女性のヴェーア種なんて知りませんよ。


「不審も何もない」

「賊は皆、そういうんです」

「賊?」


 女は首を傾げました。

 あまり表情を変えないのか無表情のままです。


「よくわからないが今日の昼に会ったはずだ」

「会っていませんよ。少なくともヴェーア種とは……」


 今日の昼は生徒たちと一緒でしたよ。

 お昼にしてもリューミンたちくらいしか……、くらいしか?


「あぁ、そういえば顔を見せたのは初めてか」


 女は己の顔を手のひらで撫で、ようやく表情を変えました。

 無表情よりも不気味な、口元だけを歪める皮肉めいた表情。


「ローブはヤバケディムのグノの実のせいで洗濯中だったな」


 そのイヤな表情がアルベルタのソレに見えて、苦虫を噛み潰しました。


「もう一度、自己紹介しよう」


 こっちが嫌な女を思い出している間にソイツは勝手に話を進めていました。


「『暗黒』イグレシオだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ