絡み合うグラッド・アイズ
貴族社会において王は絶対なのでしょう。
いえ、絶対です。
王が右を向けといえば向く。
左を向けといえば向く。
それはとても規則正しいと言えるでしょう。
しかし、その王とやらが正しくない場合、果たして規則は守られているといえるでしょうか?
答えは言えます。
それが貴族社会です。
では王の良悪で規則が変化することは果たして公平と言えるでしょうか?
人間なんてその場の勢いで物事を決めてしまえる生き物です。
どれだけ公平な人物であっても、その信念が明日にでも変わらないと誰が証明できるというのです。
少なくとも自分は知っています。
必ず殺すと誓った相手すら殺しきれなかった自分は、知っています。
この世のどんなことをしてもきっと公平に、継続し続けるものなんてない、と。
それでも公平という幻想をそれらしくする方法があります。
人が上に立つのではなく、規則を立てることです。
「エリエス君。生徒会の規則は知っていますね?」
「はい」
エリエス君に限って生徒会の規則を知らない、なんてことはありません。
知っていながら、それでも参加したくて来たのはわかります。
ですが、規則で依頼受諾書のない生徒は依頼に協力できません。
これは不正させないための処置です。
例えば依頼だけ受けて、他の生徒に命令して依頼を果たさせるような生徒間の不平等や不正を危惧してのことでした。
規則に照らし合せればエリエス君には帰ってもらわなければなりません。
そうでないと同じ規則を守る生徒たちは皆、不満に思うでしょう。
そして自分は教師で、生徒たちに規則を守らせる側です。
その教師が率先して規則を破るわけにはいきません。
しかし、同時に思うのです。
エリエス君が規則を破ってまでこの場に居たかった理由。
ずっと生徒たちを見てきた自分ならが見当がつきます。
術式具や新しい出来事に興味があったからです。
キースレイト君のように将来のためなどではなく。
マッフル君のように利益のためなどではなく。
純粋な好奇心に駆られて、ここにいます。
そして、教師は生徒の興味を引き出すのも仕事です。
「んー、あれ? であります」
リリーナ君が頬に指をつけて、大きく身体を傾けてました。
なんですか、そのあざといポーズ。
「エリリン、リリーナより早く掲示板の前に来てたであります」
「そういえば俺が受諾書を切った時も居たぞ!」
突然、不思議生物が謎な発言をしフリド君も同意しています。
「私の時はいませんでしたわね」
「あたしとこのフリルがほとんど同時に、というかあたしの方が早かったけど」
「ちょっと。嘘をつかないでくださる! 私の方が早かったですわ」
「いーや、先に触ったの、あたしだし!」
「いいえ! 先に切ったのは私ですわ!」
意味なくにらみ合いされても困るのでクリスティーナ君とマッフル君の両襟首を掴んでおきました。
となると残りは、と考えキースレイト君に目を向けると小さく頷きました。
「私の時はいませんでした。そういえば最初の一枚は私でした。整理していきましょう」
キースレイト君は適当な枝で地面に名前を書いていきます。
上から順にキースレイト君、並べてクリスティーナ君とマッフル君、次にフリド君、最後にリリーナ君です。
「それぞれが嘘をついていないとするとエリエス嬢はクリスティーナ嬢とマッフル嬢の後、フリドよりも前に依頼掲示板に居たことになります」
「エリエス君。他の依頼と迷っていたんですか?」
「いいえ。先生の依頼以外、受けるつもりはありませんでした」
そうなるとますます不可解です。
「ここで変な話をするよりも本人に聞けばよろしいのではありません?」
「……言いたくありません」
「な――! どうしてですの! こんな訳のわからないことをしでかしておいて言えないだなんておかしいですわ」
しかし、エリエス君の瞳は『どうしても依頼を受けたい』という気合に溢れていました。
溢れていても変化がないのがエリエス君なんですが。
つまりエリエス君は依頼を受ける時間的機会がありながら、見逃して、なおかつ規則違反も承知の上で依頼を受けに来ているわけです。
なんで入浴場を作るってだけなのにこんな状況になるんでしょうね。
「エリエス嬢。それはわがままが過ぎる。誰もが同じ規則を守り、同じ機会を与えられている。定数が決まっているのなら手に入れる努力をしなければならない。早いもの勝ちだったはずだ。規則を守らない者が横から入ってきて素直に納得はできない。それに我々は同じ教育を与えられてはいるが、競走する相手でもあったはずでは?」
月間優秀と年間優秀の報酬のことですね。
見事、MVPに輝いた生徒は『王への願い』を口に出来るのです。
簡単に言えばバカ王がお願いを叶えてくれるというものです。
仲が良くなってきた生徒たちに最低限の競走意識を与えるために餌を用意したのは自分です。
今になって正常に働き出すとか予定外もいいところです。
いえ、予想されていて対応した事態です。予定通りじゃないですか。
何も間違っていません。
もしも自分がここで苦悩している理由を言うのならエリエス君への肩入れでしかありません。
エリエス君の願いを叶えてやりたい自分がいます。
教師として間違っていません。
生徒たちのために規則を守りたい自分がいます。
教師として間違っていません。
そして、どちらを選んでも自分はきっと選択しなかった未来を悔やむでしょう。
そう考えれば結局、自分には選択肢が一つしかありませんでした。
「エリエスさぁ」
マッフル君も少し困惑気味でしたが、言いたいことは決まっているようで口調はハッキリしていました。
「前にも言ったと思うけど、言いたいことをちゃんと言葉にしないと誰も理解できないし、されないよ。エリエスだから何か考えがあってなんだろうけど、どんな商売だって相手が欲しいと思わなきゃ買ってくんないんだよね」
マッフル君の言いたい求めはエリエス君に届いていたはずです。
「ちゃんと『欲しい』をさ、ちょーだいよ。あたしらにもわかるようにさ」
それでもエリエス君は無言でした。
「フリドから話を聞いたから、ここにいるんでしょ」
「ん? エリエス嬢には声をかけていないぞ?」
フリド君の言葉にマッフル君は眉をすこし動かしました。
「まぁ、いいや。とにかく『依頼を受けたくて居る』んだから先生に交渉するなりなんなり、自分から動かないと」
「……わかってる」
しかし、言葉とは裏腹にエリエス君は強情にも動機を口にしません。
この結果にキースレイト君は眉を顰めたままため息をつきました。
「ヨシュアン教師。埒があきません」
「わかりました。あまり時間は取れませんしね」
キースレイト君も目的がある以上、無駄な時間は避けたいはずです。
ついでに言うと自分にも建築をする時間があります。
決めてしまわなければなりません。
より公平に、より後悔がないように。
「ですがエリエス君に一つ、聞きたいことがあります」
ちなみに自分はもうすでに気づいています。
いえ、エリエス君がどうしてこんな真似をしたのかではありません。
「誰かのためですか?」
「いいえ。違います」
この答えだけは予想外でした。
自分はてっきりエリエス君が気づいていると思っていましたから。
何がってこの事態の原因です。
実はこうなった原因は自分です。さっき気づきました。
フリド君に頼んだ時に、自分は人数を口にしませんでした。
何人か誘ってくれ、としか言っていなかったのです。
フリド君は頼まれた通りに生徒に声をかけていきました。
しかし、人数がわからないのでとにかく『見どころのある生徒』だけに声をかけたのでしょう。
いえ、フリド君のことですから人数のことは気にしてなかったのだと思います。
五人になるように調整したのは無意識じゃないでしょうか?
この辺は問い詰めたら答えてくれそうです。
ともあれフリド君は約束通り声をかけました。
条件に当てはまる、フリド君から見て『見どころがある生徒』たちを。
エリエス君とキースレイト君を除けば皆、近接ポジションです。
キースレイト君は例外でしょうね。フリド君から見れば友人で相方です。
キャスターでも頼りになると理解していて声をかけたのです。
エリエス君に声をかけなかったのはエリエス君の格闘成績を知らないからでしょう。
小柄ですし、見た目はセロ君と同じくらいにしか見えません。
強化術式で力仕事ができると分かっていても無理をさせたくないと思うでしょう。
ましてや昨日、力仕事したばかりです。
無理をさせまいとしたフリド君の気遣いを責めるわけにもいきません。
こうして期待していない人選が出来上がったのです。
フリド君の誤算はエリエス君が参加する気マンマンだったことでしょう。
自分から見て誤算でなくてもフリド君から見れば立派な誤算になりえるという話ですね。
そして、自分はそうした事柄にも気を回さなければなりませんでした。
今回の事態、明らかに自分の手落ちです。
シャルティア先生の黒い冗談ではありませんが、こじれる前に片付けましょう。
「エリエス君は受諾書を持っていないので参加できません」
自分は選択しました。
間違いはない、正しい判断だったと思います。
「わかりました」
エリエス君の瞳から残念そうな色が浮かんでいます。
そして、すぐにこの場から去っていこうとしました。
この選択は正しいと自分は言えたでしょう。
今までの自分なら。
「エリエス君。まだ話は続いています。帰らないの、止まりなさい」
四、五歩ほど歩いてエリエス君が振り返りました。
「エリエス君には参加してもらいます」
矛盾したことを言う自分に生徒たちは皆、驚いたような声をあげました。
エリエス君すら『なんで?』という瞳をしていました。
「ヨシュアン教師。それでは規則に反します。もしもエリエス嬢に肩入れするつもりでの言葉なら教え導く者として、先生を認められません」
キースレイト君の言うことはもっともです。
クリスティーナ君ですら小さく頷いています。
「先生の仕事は君たち、皆の肩を持ち上げることですよ。区別したりしません」
「なら何故です」
「一つは術式具を作れる子が少ないことですね」
以前、術式具の授業をしたときは全員、出席でしたから基本的なことはできます。
ただし、あくまで基本的なことです。
今回作るシャワー室には湯を温める術式具を使います。
これは術式ランプより少し難易度が高く、この中で作れるとしたらエリエス君、キースレイト君、マッフル君くらいです。
ですが術学の成績が悪かったマッフル君には難しいでしょう。
いくら自分が設計図を見せて同じように作れといっても、基本的なところで間違えそうです。
何より適材を考えるとマッフル君は力仕事向けです。
マッフル君は子供の頃から商売の手伝いをしてきました。
その仕事のほとんどが肉屋の小僧のようにお使いや荷物の整理など、簡単なものだったでしょう。
両方出来るのならもっとも適したところに置きます。
ここでエリエス君が抜けるとキースレイト君しか術式具を作る子がいません。
キースレイト君と自分だけで温水と流水の術式具は作れるでしょうが、それでは自分が術式具にかかりきりになります。
誰が建築の指示を行うんですか。
「キースレイト君。君が一つの建物を作る棟梁になったとして、どのような戦術を組みますか?」
あえてこれらを生徒たちに説明しません。
ただ問題を考えて出す。
「……リリーナ嬢はムラっ気が多い。クリスティーナ嬢は不器用。フリドは論外。となるとやはり」
そして、生徒はいつだって答えを返してくれました。
「認めましょう。確かに術式具を作る人間が少ない。それは先生を含めても同じでした。たしかに人手は欲しい」
「続いてもう一つ。エリエス君には依頼者として参加してもらいます」
「そんなことが出来るのですか?」
「いえ、できません」
これにキースレイト君ではなくクリスティーナ君が肩を落としました。
リリーナ君がクリスティーナ君の肩を叩いて『先生でありますよ?』と囁くと復活しました。
ものすごく貶められた気分です。
えぇ、実際に貶められているのでしょうが。
「ただ依頼者の記入欄って一つしかないんですよね。代表の名前を記入するだけでいいんですよ。だから依頼側にエリエス君を含めてもおかしくはありません」
「仮にそれが通るとして、納得はできません」
「えぇ。当然です。ですからエリエス君の分の報酬はありません。クラス別の得点もありません。そして、依頼者として入った以上、エリエス君には支払い義務が生じます」
お金に関しては全部、自分が出してもいいのですがキースレイト君やクリスティーナ君は納得しないでしょう。
これからのエリエス君への風当たりが強くなる原因にもなります。
「お金を払います」
エリエス君は納得したようです。
ですが、それではいけません。
「ダメです」
「どうしてですか?」
「教師が生徒からお金をもらうなんてこと、先生は許しません。何よりお金で解決してもらっては困ります」
これはただの自分の意地です。
「エリエス君はこっちに」
エリエス君を自分の前に立たせ、生徒を見させます。
誰もが困惑気味……、おいリリーナ君。もう興味がなくなったかどうか知りませんが石材の上で寝転ぶのはやめなさい。猫みたいに背伸びしないの。
「皆が何を求めているかわかりますか?」
小さく首を振りました。
「わかりませんか? いつも先生がクリスティーナ君やマッフル君にしていることです」
「オシオキですか」
違わないですけど、間違ってませんけど。
オシオキしているだけじゃないんですよ、アレは。
何よりエリエス君へのオシオキを皆が望んでいたら、ちょっと先生、夢見が悪いです。
どこの公開処刑ですか。
「先生のオシオキは間違っているから止めているだけです」
「嘘だ!」
「絶対、喜んでやってますわ!」
うるさい二人には氷の塊を頭にぶつけてやりました。
順調に抗術式力アップに余念がありませんね。
「今のは」
「気のせいですよ」
説得力が旅にでました。
帰ってきそうにありません。
それでも言わないといけないんでしょうね、コレ。
「皆はエリエス君がどうしてこんなことをしたのか聞きたいのです。しかし、エリエス君には躊躇う理由があります」
エリエス君に足りない部分。
決定的に学んでいない部分。
でも、エリエス君が知らないだけで皆は誰もが知っています。
「ならエリエス君はちゃんと皆に言わないといけません。事情を説明できない代わりに誠意を言葉にしなさい」
いつか誰かに、きっと親に教わってきたことです。
覚えていなくても教えていますし、教えられてきたはずです。
「そうしないと君は間違ったままです」
なら他の誰でもない自分が教えます。
いつか、君の前に間違った人が居て、間違った人の心を理解しながら、それでも本当に正しいことができるように。
「……ごめんなさい。もう二度としません」
エリエス君は頭を下げました。
今までの自分なら悔やみながらも規則を取ったでしょう。
なんでもかんでも無茶を通せるとは思っていません。
正しいだけではダメなんです。
以前、レギィと向かい合って、学園長に怒られて。
正しいだけではいけないと理解したからこそ、こうした道が取れました。
そして、容易な道ではありません。
今回、自分が取った方法は間違いを多く含んでいます。
「……わかった。とりあえず納得しておこうエリエス嬢。だが十分、自分のしたことを考えたほうがいい」
どうやらキースレイト君は気づいたようです。
自分が生徒たちに不正な方法を教えたこと。
そして規則の穴を突いたことによって、この出来事は学園長に報告しなければならなくなったので確実に自分は怒られるということです。
生徒の前で規則の穴を作るなんて何事か、とね。
他にもまだ生徒たちの心にしこりが残っているかもしれません。
特にキースレイト君は納得だけはしましたが、エリエス君への評価は間違いなく落ちたでしょう。
エリエス君はまだ相手の立場に立って物事を考えきれません。
自分がエリエス君を参加させるためだけに後で苦労するなんて知りもしないでしょう。
でも、それでいいんです。
今はまだ、そこまで気にしなくていいんです。
それに生徒のために苦労するのはいつものことです。
ついでにいうと自業自得です。もちろん自分のです。
だから、罪滅ぼしではありませんが苦労は当然、買わせてもらいますよ。
「エリエスは頑固だからなぁ」
「手間をかけさせるんじゃありませんわ。貴方のせいで今日の分の総合ポイントが不利になりましたわよ」
「ごめんなさい」
クリスティーナ君が『うっ』と唸りました。
「次はありませんわよ! 絶対ですわよ!」
顔を背けて怒鳴っていましたが、アレは絶対、顔が真っ赤ですね。
クリスティーナ君は直球に弱いみたいですね。
「んー……、であります」
一方、一人石材の上で寝転んでいたリリーナ君の顔は優れません。
納得していないようです。
一応、話だけでも聞いておきましょうか。
「リリーナ君。どうかしましたか?」
「結局、なんでエリリンは依頼の前で戸惑っていたでありますか?」
「わかりませんね。言いたくないと言ってましたから……、戸惑っていた?」
受けるつもりがあったのに戸惑う理由?
いえ、その前にリリーナ君にはエリエス君が戸惑っていたように見えた、とはどういうことでしょうか。
本当に何を考えたのでしょうか。
最近、いろんな面に興味を持ち始めたエリエス君。
友達が出来て、人を思いやることを覚え、好奇心を最優先にしなくなりました。
以前より豹変することも少なくなりました。
モフモフとウルプールを会わせてみたり、料理をしてみたり。
何かが変わってきているのは確かです。
ですが、何が変わっているのか自分にはわかりませんでした。
まさかより酷くなった、とかいうオチはないですよね?




