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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第四章
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気軽に待てないスプモーニ

 外に続く扉を開けばまだ暑さが染みる夏場の空気でした。


 ジクジクと鳴くセミの音が幻日(げんじつ)と現実を分け隔てたような気がします。

 一歩、外に出れば自分は社会的地位のある、術式具元師で教師です。


 いつまでも爆炎の匂いに現を抜かしている場合ではありません。


 ましてや生徒がいるのならなおさらです。


「で、先生が出てくると予想して隠れているリリーナ君。何か用ですか?」

「にゃおん、であります」

「猫は『であります』とは言いません」

「にゃおん、でございます」

「まったく隠す気がありませんね」

「にゃおん、という言葉はナオンって聞こえると女って感じがするであります」

「どこの業界用語ですか」


 リリーナ君の気配は学び舎玄関の上、玄関庇(ひさし)からしました。

 あんなところにどうやって登ったんでしょうね。猫ですか。


 振り向いて見上げるのとリリーナ君が飛びかかってくるのは同時でした。

 もちろん飛んでくる気配と予測も出来ていたので、振り返る動きを利用して半身をひねり、リリーナ君をやり過ごしました。


 それこそ猫みたいに両手両足で着地すると勢いのまま二、三歩、前に進みました。


 そのまま逃げるかと思ったのですが、くるりと振り返って不満そうな顔をしていました。


「むぅ。先生はあそこでリリーナに抱きつかれるべきなのであります」


 不満顔でセクハラを推奨されても困ります。


「それでリリーナの胸を背中に感じて役得だったであります」

「生徒相手に欲情するバカがいますか」


 もしかしたら居るかもしれませんが、自分が言えることは一つです。

 好みの差って大きいですよね。

 もしも不覚にも性欲を持て余すようなら精神抑制法をオススメします。


「後、庇(ひさし)の上に乗るのは行儀が悪いですよ」


 とりあえずアイアンクローしながら問いかけました。

 痛みで硬直するリリーナ君ですが、そんな見慣れている光景よりも気になるのは服、特にスカート部分が埃まみれでした。


 とりあえず叩いて埃を落としてやりました。

 もちろんアイアンクローは外しません。


「あんなところは暑いでしょうになんで隠れていたんですか」


 ようやくアイアンクローを外してやるとぐったりしていました。


「……先生がリリーナを指名したからであります?」


 なんで疑問系なんですか。


 あぁ、そういえば昨日、フリド君に力がある子か建築に詳しい子、とにかく声をかけてくれと言いましたね。


 フリド君。どうして力がある子と建築に詳しい子という話でリリーナ君に声をかけたんですか?

 もしかして力がある、でリリーナ君を選んだのなら地味に失礼ですよ?


 わざとらしくクネクネしているリリーナ君をどうしたらいいでしょうか。


「リリーナ君。建築に興味ありますか?」

「建築? んー……であります」


 リリーナ君も言われて気づいたように悩みました。


「ここに来るまでに見慣れたであります」


 会話してください。

 内容で理解できましたが興味はあまりないんですね。わかりました。


「それ以前はどう思いましたか」

「あんな平地に家をポコポコと建てるなんて頑張りすぎであります」


 そういえばエルフってどんな暮らしをしているんでしょうか。


「とりあえず歩きながら話しましょうか。目的地は【室内運動場】です」


 ここで長話すると生徒たちが待ちくたびれてしまいます。

 依頼は昨日の帰り際に貼りつけておきましたし、シャルティア先生とリィティカ先生の二人と会話している間に誰か見ていたでしょう。

 

 何人くるかはわかりませんがフリド君とリリーナ君を確定と考えて、あと一人か二人くらいくれば御の字でしょうか。

 人数制限は一応、五名に設定しています。


 無制限にして全生徒が来たら、なんてことはありえないでしょうが人数が居すぎても困ります。


「リリーナの住んでるところは、木の上に家があったであります」


 平地に作ったほうが簡単でしょうに。

 なぜにそんな苦労するような場所に建てたんです。


 いえ、木の上が安全だからという理由でしょうが建築という面からすればそっちのほうが大変です。

 わざわざ足場からつくらないと行けませんからね。


「他は『モルギ』に住んでいたであります」

「『モルギ』?」

「植えるとすごくおっきな木になるであります。中身がスカスカになるのであります。赤子のころに植えて、独り立ちするころになれば住めるようになるであります」


 え、なんでしょう、その謎植物。

 外壁やら床を作らなくても自然に住居空間ができるんですか?


 そんな構造でどうやって栄養を末端まで届けるんでしょうか。

 あ、いえ、ちょっと待ってください。内部が空洞でも耐えられて、なおかつ植物としての性能は落としていない、成長を阻害されていないとなると通常の植物と違う栄養補給をしていると仮定して、その方法はもっとも栄養効率が良いものとする。

 そうなると答えは一つです。


「もしかしてその樹、緑の源素を吸収していますか?」

「おー、先生も知ってるでありますか」


 いえ、ただの推理です。


 モフモフが源素を溜めこんでいるのは知っています。

 その内容量がどれほどかまでは知りませんが、効率に関してはズバ抜けたものだと睨んでいます。


 なぜなら、モフモフと過ごしてきてただの一度もモフモフは糞尿に関する事柄を口にしませんでした。

 動物なら何かを食べたのなら必ず出します。


 なのに『ごはん』しか催促しないのです。

 家の外にトイレを作っても一度も使用形跡がないのも推理材料です。


 あとは知り合いのデザイナーが不思議な苗木を持っていました。

 源素を吐き出す樹木だったので不思議に思い、覚えていました。


「それはエルフが植えたり育てたりするんですか?」

「マグルが植えてくれるでありますよ? 育てるのはリリーナたちであります」


 やっぱりマグル族でしたか。

 二足歩行できるウサギにしか見えませんが人類だと聞かされたときは、緑の丸い生物と同じリアクションをしました。うそつけ、と。

 今なら反省できます。


 あの生き物と一緒にしたら失礼ですよね。


 しかし、あの種族も謎が多いですね。

 たしか神話ではスィ・ムーランと強い絆で結ばれていたとされています。


「長老の住んでるところは集落で一番だったであります。変なごっついキラキラした王様がやってきて泊まったこともあったであります。あと長老とダンキュー遊びしてたであります」


 今、ものすごく遠い目をしている自信があります。

 聞きましたかバカ王。ウチのクラスで謎を唸らせるリリーナ君から見ても『変な』という冠詞がつくんですよ。


 その変なのが国のトップなんですよ。

 この学園の発足人なんです。

 これ以上、変なバカのことは考えないでおきましょうストレスしか溜まりません。


 ともあれエルフの文化は知らないことが多く、自分もリリーナ君から聞かないとわかりません。


「そういえば依頼の話ですが、シャワー室。つまり入浴場を建てます」

「入浴、でありますか?」


 リリーナ君が首を傾げていました。

 え? ちょ、まさかと思いますがこの子……。


「入浴はわかりますか?」

「行水であります。泥がついたら湖に放りこまれていたであります」

「それはそれで問題のある光景ですね」

「先生だけには言われたくないであります」


 愛あふるるオシオキと強制行水は違いますよ。

 何せ、水責めにしませんしね。


「週に何回、身体を拭いてます?」


 その瞬間、背後からダンッと地を蹴る音がしました。


「なに! エロい質問! してんのぉー!?」


 声からするとマッフル君ですね。

 飛びあがって、滞空、それから攻撃となると蹴り足です。

 なのでしゃがんで振り向きながら位置を変え、立ち上がりと同時に蹴り足を片手でカチ上げてやると、あら不思議。


 マッフル君が空中で一回転半しました。


 天地がわからなくなったマッフル君が着地に失敗する前につま先で頭を支えてやり、体重を片手で支えてやります。

 もちろん、スカートがめくれないように腕で固定済みです。


 軍用格闘術ですが名前はありません。応用技です。


 そのまま腕を離すとマッフル君は即座に手で身体を支え、自分の胸元に蹴りを入れてきました。

 来るとわかっていましたが、避けられませんでした。


 いえ、避けるとマッフル君があの態勢から反動を利用して、バク転できませんしね。


 なので、あまり得意技ではありませんが【剛体】で耐えました。


 【剛体】。

 【支配】と対なす技術です。


 先読みの果てに先の先や後の先に特化した技術と違い、もっとも泥臭く、そして、もっとも傷つくことに特化した技術です。


 簡単に言えば耐える。当たりに行く技術です。

 もちろん、そのまま当たれば痛いでしょうし、相手によれば痛いどころか骨が折れます。

 なので当たる瞬間に筋肉を締めます。


 筋肉を鍛えて分厚くし、相手の攻撃速度よりも早く筋肉を締めることで威力に耐えるのです。

 しかし、どんな筋肉も起始部――付け根は鍛えづらく、当たると普通に痛い部分です。

 【剛体】は自分から当たりに行くことで攻撃が伸びきる前に威力を減らし、もっとも肉の分厚い箇所で受ける訓練が必要です。

 こればかりはヘグマントがよく言う筋肉を鍛えることでしか発達しません。


 反応速度、動体視力、度胸、そして筋肉が必要です。

 単純だからこそ【剛体】は破るのが難しい技術です。別名、筋肉のおかげ。


 なにせ肉体と内源素を極限にまで鍛えた黄色いのの【剛体】は鋼の剣が折れますからね。

 正直、上級術式でも傷つけられません。

 人間かどうか疑ったことがあります。


 ちなみに自分の【剛体】はそんなに硬いものではなく、せいぜい術式を弾くことにしか使えません。

 もちろん生徒の蹴り足くらい耐えられます。


「君たちに背後からの奇襲なんて教えた覚えはないんですがね」


 リリーナ君といい、マッフル君といい。

 なんで先生の背後から襲ってくるんですか。反抗期ですか?


 四肢を地面に添えて、一息吐いたマッフル君が怒った顔をしていました。


「そんなんどうでもいいし、先生は時々、変態になるし」

「失敬な。先生は常に真面目です」

「真面目に女生徒の入浴回数なんか聞かないでしょ!?」

「セロりんに無理矢理、身体を拭かれてるから毎日であります」

「真面目に答えんなよリリーナ!」

「そうですよ。セロ君の手を煩わせる前に自分で身だしなみくらいしなさい」

「先生は黙ってくんない!」


 ガックリ、肩を落として立ち上がるマッフル君。


「ちなみにマッフル君は?」

「教えるわけないじゃん!」


 また怒られました。

 まぁ、たしかに女の子に週の入浴回数なんて聞くものではありませんね。

 当たり前の話でした。


「一応、言っておきますがシャワー室に関係する質問ですよ。実際に君たちが使うのですから情報は多いほうがいいと思いましてね」

「そういうのは気づかれないようにやってよ!」


 気づかれないようにやったほうが変態でしょうに。


「で、マッフル君ももしかして先生の依頼を?」

「今、依頼を受けたこと、後悔してる」


 仏頂面で言われました。


 マッフル君が依頼を受けた理由は何故でしょうね。

 建築に興味があるように思えませんし、あるのなら入浴場そのものですかね。

 女の子なら入浴場くらい欲しいでしょうし、依頼内容には『生徒が使うため』という文句を入れていました。


 となると本命は『自分たちが使うシャワー室をあらかじめ知っておきたい』というところでしょうか。


 商人にとって情報は命よりも大事なものです。


 誰が何をし、何が欲しいのか。

 集団としての求めを知ることは需要を知ることに繋がり、需要をあらかじめに知っておけば供給を抑えておけます。

 商人にとって基本的なことですが、マッフル君が嗅ぎつけてくるあたり嫌な予感がしますね。


「目的は入浴に使う洗剤、布などの消費物。その確保ですね。そして、実際にどんなものがあればいいかの検証ですか」

「……なんで一発でわかんのさ」


 仕方ないという感じでマッフル君が自分の隣の――リリーナ君の隣をキープしました。

 何、その露骨な距離感。


「だってお風呂ってお金になるじゃん。入浴場にだって布売りが卸してんだよ」

「言っておきますが生徒間の販売は禁止ですよ」

「違うって。でも先生が協力してくれるなら、さっきのこと黙ってていいけど」

「何か黙るようなことがありましたか?」

「先生がリリーナにエロい質問してたこと、うっかり他の子にも喋るかもねー」


 それで回り回ってリィティカ先生の耳に届く、と。

 ちゃっかり先生を脅迫しているんじゃありません。


「さしあたってキャラバンへの使用許可、でしょう?」

「うっそ。そこまでわかんの!」

「既にシャルティア先生が試算していましたよ」

「本当に油断も隙もない……」


 シャルティア先生から油断と隙を抜いたら、ただの毒舌家ですよ。


「あの人こそ商売人やったらいいのにさ」


 やめなさい。邪神シャルティアを野に放つことは災厄を振りまくのと同じことです。

 まだ数学宮で数学を研究していたから商人たちは生きていられるんですからね。


 とはいえ教師生活が終わったら教職という戒めが解けるのでバカ王をイケニエに……、もとい推薦しておきましょう。

 財務あたりに置けば、きっと活躍してくれるはずです。

 ベルベールさんも負担が減りますね。


 いくらか雑談しているとすぐに【室内運動場】に着きました。

 ここの横手、正門からすれば裏側にあたりますが、そこが建設予定地です。


「皆、いるようですね」


 石材を興味深そうに眺めているエリエス君。

 術式具への興味の強さは誰よりも高いので居るとは思いました。

 というより一枠はエリエス君で確定でした。


 もしかしたら定数割れするかもと思っていたのですが……、ん?


 エリエス君の瞳が妙におとなしいですね。

 ちょっと居づらい、みたいな空気を出しています。どうしたのでしょうか。


「ヨシュアン大先生! おはようございます!」

「はい、おはようフリド君」


 確定二枠目です。

 フリド君は昨日、言ったとおり来てくれたようです。

 こうした約束事は真面目に取り組んでくれるので、脳筋な部分を除けば信頼に足る生徒と言えます。


「先生、来てあげましたわ!」

「まずは朝の挨拶しましょうね。おはようクリスティーナ君」


 フリド君。君は信頼に足りますがやっぱり脳筋でした。

 何故、クリスティーナ君に声をかけたのか、いえクリスティーナ君が悪いという話ではありません。


 ただ明らかにこの子、建築とか力仕事とかしたくない子でしょう。


「クリスティーナ君。依頼動機を聞いてもいいですか」

「先生が来いと言ったんじゃありませんの!」


 言いましたけど。

 言いましたけど期待の人選じゃなかったんですよ。


「大体、エリエスさんとフリドには聞かなかったのにどうして私だけそんなことを聞きますの」

「あの二人は来るとわかっていましたからね」

「そこの愚民は」

「もう聞きました」


 このとき、何故かエリエス君が顔を背けました。

 あとマッフル君が『え? あたしって先生からも愚民で認識されてるの?』的な顔をしていましたが別にそんなつもりはありませんよ?


「まぁ、いいですわ。正直、建築や力仕事に興味はありませんわ。ただ気になったから参加しましたの」


 マッフル君の頭をポンポンと宥めながら、少しだけ安堵しました。


 クリスティーナ君もちゃんと女の子していたんですね。

 先生、最近の君の行動がちょっと心配だったんですよ。

 馬に走らされたり、レギィに突っかかったりなどなど、男の子顔負けのやんちゃをやらかしていましたからね。


「先生の美的感覚だとしょっぱくてダサい浴場しかできませんわ。だから私が西海岸風の意匠というものを……」


 有無も言わさずげんこつを落としました。

 余計なお世話と一言です。


「一応、言っておきますが意匠の類はつけません。時間がかかりますからね」


 うずくまっているクリスティーナ君の次はキースレイト君でした。


「おはようございますヨシュアン教師」

「はい、おはようキースレイト君」

「私もクリスティーナ嬢と同じ、建築や力仕事をしたいわけではありませんがヨシュアン先生の術式具には興味があります。本当ならこの学園生活が終わり次第、我が領に来て欲しいところですが」


 キースレイト君は視線でちゃんと意図を理解してくれますね。

 マウリィ君とは方向性こそ違いますが、人の意図を察する力があります。


 言うなれば相手の立場に立って考える力です。


「先生は王都を離れるつもりはありませんよ」

「伺っています。ですから学べる機会に学ばせていただこうと思います」


 生徒の中ではマッフル君に並んで、目的を理解した上で行動していますね。


 うん、これで全員そろいましたね。

 クリスティーナ君、マッフル君、エリエス君、リリーナ君、キースレイト君、フリド君……?


「一人多いですね」


 定員五名のはずなのに生徒たちは六名。

 誰か依頼を受けていないのに紛れこんでいる子がいますね。


 予想は定員外だと誤解しているフリド君か、寝坊で依頼書を受け取っていないリリーナ君ですが犯人は簡単に探し出せます。


「全員、受諾書を出してください」


 依頼書の一部を切り取ると依頼受諾書になります。

 切るのは生徒で、依頼受諾書を持ってシェスタさんに受諾判を貰い、それから依頼人のところに行きます。


 なので受諾書を持っていない子が犯人です。


 生徒たちが次々と受諾書を出す中、たった一人だけ顔を背けていた子がいました。

 所在無く佇むその子を全員が見ていました。


「……持っていません」


 受諾書を持たずに現れたのはまさかのエリエス君でした。


 こういうの、どうしたらいいんでしょうか?


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