第二話『はよ言わんかい』
わたし、天宮ゆり子は、コンビニ弁当を買いに行った帰り道、トラックに撥ねられて死んだ。
『よく来たな。ここは死後の世界──。お主は死んだ。良かったのう……トラックでの衝突事故は今月で68回目じゃ』
何が良かったのか分からない……。68回目は全然キリのいい数字でもなんでもないし。
わたしの目の前には漆黒のロングヘアに、切れ長の目、気位の高そうな高級なドレスを身にまとったお姫様がいた。
まわりの空間は『極彩色』で、この黒髪のお姫様とは絶望的に合っていない。
だが、そんなことはどうでもいいのだ。
──顔が良い。憎らしい。わたしもあんな美貌を手に入れさえすれば、どれほど人生をイージーモードで生きれたか。
顔が良い女は嫌いだ。
『なんじゃ貴様? その手に持っておるものは』
そんなわたしの気持ちもつゆ知らず、この目の前にいる美少女はわたしの手に持っている物に興味津々だった。
── コンビニ弁当。
半額シールが貼られ、クーポンで値引きし、さらにはポイントを併用したコンビニ弁当。期間限定のキャンペーンで緑茶一本無料でついてきたし、緑茶の裏にある短歌と川柳大賞にも応募する予定だった。金賞5万円。
そんなわたしの日頃の節制も知らず、美少女は言う。
『くれ』
そう言って、わたしの命の次に大切なコンビニ弁当が入ってるビニール袋をひったくると、美少女は犬みたいに箸も使わず、地べたに這いつくばりながらガツガツとコンビニ弁当を食べた。
瞬く間に弁当のプラケースを空にすると、美少女は満足そうな顔をして、わたしの方に指をさしてさらに言う。
『ワシは女神』
『ウソつけえええええええええ』
人生で一番大きな声で突っ込んだ。いや、もう人生終わってんだけど。
死後の世界に来て早々。
こんなことで、人生超えないでほしい。
女神が弁当を箸も使わず、犬食いするわけがない。
『お主見たところなんのスキルもないようじゃな。哀れよ』
『はぁ? スキル? もしかしてこれ異世界転生ってやつ? これからわたしどっかの異世界に飛ばされるの?』
『そこの空中にあるホログラムをフリック操作してみい。お主のステータスが書いておるじゃろ?』
どれどれ。
昔のiPodのカリカリ音みたいな音が聞こえると、ちゃんとメニュー画面が表示され、自分の身の上やこの世界で起こってることを確認することが出来た。一番上に書かれているのは、今月のトラック事故での死亡者数……うん、どうでもいいな……。
真ん中あたりに異世界に飛ばされたあとの職業欄がある。これもなんか、わたしとは関係なさそう。全部ロックかかってるし。
『え……これって……』
一番下のステータスゲージを確認した瞬間だった。
『回復魔法適正ゼロ。剣適正ゼロ。攻撃魔法適正ゼロ。生前得意だったことなし。前世の職業スキルで、異世界に料理を発展させることも、経営で領地を拡大することもできない』
『だったら──』
スマホだ。わたしの今の格好はパジャマがわりにしてる高校の頃の体操着。そのジャージの中に入ってるスマホ! これで異世界の人間に文明を教えれば。
ジャージのポケットの中から取り出すと、スマホはトラックとの衝突事故で、見るも無惨な形でバキバキに粉砕されていた……。わたしの肉体は修復されているのにスマホが修復されてないってどういうこと?!?!
『フッ──異世界のお約束で電波がないからスマホは圏外だから使えない──という予測を遥かに上回りよったわい』
『ムカつく』
わたしは足元に転がっていた緑茶のペットボトルを女神に投げつける。
だがその必死の反逆さえも瞬足でかわされた。
何にも上手くいかないじゃん! ムカつく!
女神はそんなわたしの一挙一動にたいして、掌で転がすように微笑を浮かべながら言う。
『運にも見放された哀れな豚よ』
『誰が豚よ!』
せめて哀れな子羊にしなさいよ。
ああ! もう!
『しかしまあ、女神の慈悲深さとコンビニ弁当に免じて、一つだけステータスを解放してやってもよい』
『やったーーーー! 好きなの選んでもいいの?!』
『選ばせてやりたいとこなんじゃが』
『なんじゃが?』
なんじゃがってなによ。なんじゃがって。どこの品種のじゃがいもよ。
『世の中には等価交換の法則と、熱力学の法則があってのう。1のエネルギーのものを変換すると、0.5とか0.3しか伝わらぬ』
『壊れるほど愛しても1/3も伝わらないってやつね』
『は?』
『……いや、なんでもないです……っ』
前世でメンズ地下アイドルの推しやってて、SNSフォローしてたら、推しにブロックされた嫌すぎる記憶を思い出す。
1/3どころか、10/10伝わって、嫌なエネルギーに変換されただけだった。
思えばそうだ。生きてて良かった試しなんてないし、今日ここで新しい人生を送れるきっかけになるなら、この女神の御厚意を受け取るだけで十分幸せじゃない。
わたしは心を入れ替えて、女神とやらに尋ねる。
『で、その一つだけ解放できるステータスってやつ。なに?』
すると女神はわたしに向かって間髪入れずに言い放った。
『運』
『……っ?!』
想像以上に、テンプレなその能力に、驚きと喜びを隠せない。
『「うん。これからお主に教えよう」じゃなくて、運? あのうん? 運ぶって書いて運? しんにょうへんに、軍事力の軍で、運? うんうんうん?』
『うん。運じゃ』
え──めっちゃいいじゃん! 驚き過ぎてエセ関西弁と関東弁が混ざった歓喜の叫びが心の中でこだまする。ガッツポーズ。
『よっしゃあああああ』
人生生きていく中で、運ってめちゃくちゃ重要よ? 運さえあればなんでもできる。
生前、運が無さすぎたから『運』がどれほど重要なのかをわたしは知っていた。運さえあれば、異世界でモンスターと対峙してもなんとかなるかもしれない。パーティも組まずダンジョンにも行かず、村とか街で生涯を終えて、素敵な王子様と結婚するのもいいしね!
『お主には強運を与えよう。ただし──対価はコンビニ弁当では足りぬ』
すると、女神は
パァァァァァァァァァァァン──ッ
と、両の手を叩き、その両の手をさらに地面へと叩きつけた。地面には、錬成陣? 魔法陣?みたいなやつが展開され、神々しい光を放つ。
するとその神々しい光は人の形になり、みるみるうちに実体化していった。その人の形のまわりには霧のようなものが纏っていたが、しばらくするとその霧は晴れ、わたしに向かって声を投げかける。
『姫。ぼくがついてるから大丈夫だよ』
そこにはまさかの存在が立っていた。
一矢纏わぬ、全裸のイケメン王子(少年)がハニカミスマイルでわたしのことを見ている。
こちらを見ている……。
彼の『彼』も元気に立っていた。それはもうご立派なやつだった。
『ぶふぉおおおおお』
鼻血が致死量を超える。
さらに女神は、
パァァァァァァァァァァァン──ッ
と、両の手を叩き、その両の手を地面へと叩きつけた。地面には、錬成陣──(以下略)
『オレ様を呼んだか? 可愛い可愛い子猫ちゃん』
『ぶふぉおおおおお』
鼻血が(以下略)
さらに、さらに、さらに!!
パァァァァァァァァァァァン──ッ
と、女神は両の手を叩き、その両の手をさらに(以下略)
『お嬢様──お嬢様の身の回りの世話は執事である私がいたしましょう』
全員なぜか初期装備がなく、全裸である。そう──これは──
逆ハーレムの術だってばよ──状態だった。
『お主には、初期装備で、イケメン三体を献上してやる。服は適当に、そこにあるホログラムでカスタマイズしてやれ。ただし──』
女神はそういうと徐に、ドレスの胸ポケットから何かを取り出した。掌に収まるほど小さい金属製の何か──。
『なにそれ?』
『お主にはこれをはめてもらう』
女神の掌をよく見るとそれは運命を約束する時につける豪華なダイヤモンドの指輪だった──。
何カラットあるのだろうか? それぐらい大ぶりの、わたしの前世の貯金では到底届かないほどの代物。
『これは契約じゃ。対価としてこの指輪を指にはめろ。そしてこれを何があっても外すな。もしこれを外してしまえば──』
『外してしまえば?』
『……まあよい』
『いや、そこ大事なことだろぉおおおおお。言わんかいいいいいい』
わたしはさっき人生で一番大きな声を出したが、その記録をいとも簡単に上書き更新する。
だがそんなわたしとは対照的に女神は気味の悪い微笑を浮かべ
『否、そもそも外さなければ良いだけの話じゃ』と言った。
そう「その重要な部分」を隠されると、何が起こるのか分からなくて「恐怖」を感じる人間の心理。
外してしまうと「何かが」起こるから、外すのが怖すぎる。
しかし同時に「その重要な部分」を隠されると、何が起こるのか分からなくて「興味」を感じる人間の心理。外してしまうと「何かが」起こるから、外してみたすぎる。
その相反する感情と思考が、より人間の「好奇心」を引き立てることを、わたしは誰よりも知っていた。




