◆兄からの手紙
結局、あれ以上桜の声を聴くことは期待できそうもなかったので、将志は須藤邸の桜を後にして西宮邸に帰宅した。
帝都郊外のこの屋敷は、徳川時代に参勤交代で江戸に滞在するために建てられた、いわば別邸である。維新の後に中央の政界において影響力を強めた西宮家にとっては、播磨の本邸と同等かそれ以上に重要な住まいである。将志は二十歳になる年に、帝大への入学のため上京し、卒業した今もこの屋敷に暮らしている。
屋敷の入り口のそばでは、将志の世話係のつる婆さんが玄関先の掃除をしているところだった。洗濯物を取り込んだ後に、つるは決まって石畳を掃き清める。
「あらお坊ちゃん、お帰りなさいまし」
門から玄関までの間には、白い玉砂利が敷き詰められている。これを踏む音で、つるは将志の帰宅に気づいたようだ。
ただいま、と将志は声を張る。大声で挨拶をして喜ばれることを幼い頃おぼえてしまったからか、その癖がまだ抜けない。これではまるで子どもだな。つるが目の端と頬の皺を濃くして笑っている。
しかし将志は、もう子ども扱いされる歳ではない。次に続くつるの言葉は、この家の主の一人に向けられたものだった。
「将志さま、明日は何時頃ご出立になりますか」
「ああ、朝早いから、起きなくてかまわない。食事は汽車でとるよ」
正確な時間を答えれば、起きなくてよいと言ってもこの律儀な女中は起きて将志を見送るだろう。本当に見送りには及ばない、だから将志は時間をはぐらかし、つるの心配しそうなことも先回りして言ってやった。
明朝、将志は西宮家の本邸がある播磨に帰郷する。
これは父である西宮侯爵の遣いゆえ、将志は己の都合など関係なく従う。父に背くことは、ひいては主上の定めし華族令に背くことになるからだ。爵位を継ぐことのない次男とはいえ、将志も侯爵家の一員であることに変わりはない。
これまでも、将志は父の命で定期的に帰省をしている。議会ができてからは貴族院議員となった西宮侯爵は、無論、地元でも有力者であるが、侯爵自身が頻繁に帰郷することは難しい。そこで、代わって将志が赴くのである。本邸に住まう母や叔父夫婦に顔を見せてやること、そして西宮の本邸に出入りする者たちと交流を絶やさないようにすること。それが将志の役目だ。
しかし、今は帰郷の気分にはなれなかった。朝早くの出発のために今晩は早く寝床に就くつもりだが、どうせ寝付かれまい。美枝子のこと、あの桜のことを、考えてしまうに違いないのだ。
将志は玄関前の段に腰を下ろし、内ポケットから出した葉巻に火をつけた。
「――さすがにもう諦めなさるんでしょうね」
将志のため息を聞き逃さなかったつる婆は、「何もかもお見通しですよ」と言わんばかりに、わざとらしく対象語を略して尋ねた。将志の方を見もしない。もちろん、美枝子のことを言っているのはすぐにわかった。つるは、将志が一度振られていることを知っている。帰ってきた将志の物憂い面を見て、“二度目”を確信したのだろう。
竹箒の先が石畳にこすれる音の合間、将志は今しがたのつるの問いに「いいえ」ときっぱり答えてやった。竹箒の音が途切れた。
将志は吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出して、新しい空気を吸う。
「諦めないよ、僕は。美枝子さんのことを僕ほどよくわかっている男が他にいるか」
「その自信は一体どこから来るんです」
つるの声は将志に答えなど求めていない。呆れた、と言って、また竹箒を動かしはじめる。どうも先ほどまでより動きが大きく忙しない。
やれやれつるのやつ、追い払う気か。
将志が腰かけたあたりまで掃きたいのはわかっていたが、気づかぬふりをして葉巻をふかす。はじめはこの葉巻をうまいともなんとも思わなかったが、慣れた今では上着に入れて持ち歩いているほどだ。気を休めるにはそれなりに便利なもので、堂々とお物思いに耽ったり緊張を解いて休憩したりするにも恰好がつく。
「貴志さまからお手紙が届いておりますから、ご覧になってくださいまし」
つるは、将志が葉巻をもみ消すや否やそれを奪うように受け取って、将志を屋敷の中へと促した。将志は「まったくせっかちで仕様がないな」という意味を込めてにやにや笑いを見せてから玄関をまたいだ。
貴志は将志の四つ上の兄で、西宮家の長男である。いずれは父のもつ侯爵の爵位と資産とを継承する嫡男というわけだ。今は政治や教育を学ぶために仏蘭西に遊学している。将志の吸っている葉巻は、その兄が土産だと言って海外から届けて寄越したものだ。兄が帝国大学で出会った同志たちと共に日本を旅立ったのは、将志がまだ帝国大の学生であった一昨年の秋のことだ。それ以来、手紙はだいたい月に一通の間隔で届く。封筒には、郵便公社の印が入っている。
書斎に入って封を切ると、力強くおおらかな字がぎゅうぎゅうと詰んで並んでいる。字は濃く形も整っているのだが、どうにも羅列に余裕がなく、一見して紙面の黒さに辟易する。書き出しは、父や母をはじめとする侯爵家に関する諸々の懸念である。紙面のほとんどは、その後に続く、向こうでの暮らしや見聞に関する詳細な記述で埋まっている。全部で三枚。兄の手紙はいつもこうだ。
西宮家の長男である貴志は、正義感が強く勤勉で、行動力にも富んでいる。貴族院議員である父の影響を多分に受けていると見える。兄は父の跡に続こうとしているのだ。将来を見据え、侯爵家の長男としての役目を全うしようと努めている。この国の時世を受け入れ、それに合った貢献を模索している。
ゆくゆくは父から爵位を継いで貴族院の議員になる予定だが、兄は帝国大学卒業を機に外交官見習いとなり、いざ実権を握るに先立って西欧の学問や各種制度を学ぼうと画策した。加えて、兄は官立の教育機関を通じた留学制度の強化を目指している。教育現場の改革・拡大の大志のもと、侯爵家や帝大による支援を受けて仏蘭西に渡ったというわけだ。
文明は受け入れるものではなく築くものである、といつだったか兄は語った。おそらくは彼が帝国大学の学生だった時分である。曰く、――英文を訳し、独逸風の法をつくり、仏蘭西人の学者を招いても、所詮は真似ごとにすぎない。似合わぬ西洋風の正装をして下手くそな踊りを舞うことの、どこが進歩か。猿の曲芸にも劣る。本質的な変化とは、人間の営みの根本的な変化。それを可能にするために、日本人は自ら学ばねばならない。教育は人をつくる。ならば教育の分野からこの国は変わっていく必要があるに違いない――そのような信条が、兄を英国へと駆り立てたことは容易に想像がつく。
兄の手紙を精読するのは明日、汽車の中ででもやるつもりで、将志は表面をかすめるように手紙を斜め読んだ。僕は兄上のように几帳面な人間ではないから――と、誰にともなく言い訳をして。
軽く読み飛ばしてきた手紙の最後の頁が、将志の目の動きを止めた。その前後の文脈を確認するより先に目が釘付けになって、手紙を持つ手が紙の隅に皺をつけた。
『――将志、おまえもこちらに来ないか――』




