◆文明を問う
「兄上がなぜ西欧に行ったか、僕は少し、誤解していたようです」
きちんと学んだ己自身を使ってこの国を変えよう、この国を変える力の一部になろう。貴志はそう志して西欧へ向かったのだと、今ならわかる気がした。鉄道に心を躍らせた少年の好奇心や、父の後を追おうとする長子の漠然とした使命感などは、貴志にとってはもはや大きな野心のなかに組み込まれた小さな動機にすぎなかったのである。侯爵の青年時代には経験できなかった新たな制度や先端の機関を目の当たりにし、貴志は独自の視点を持つに至った。どう変わっていくべきか、そのために何をすべきか。教育という分野に対する関心は、彼自身のものだ。侯爵とまるきり同じものを見、求めているわけではない。貴志と侯爵との間にも差異があることを、将志は悟った。
そして当然ながら、同じものを与えられて育ったとしても差は生じる。実際に、将志は貴志と同じ家に生まれ、同じ場所で学んだが、互いの視線はほとんど重なることがなかった。
「父親の私にも、貴志の真意などはわからんよ」
どんなに近しい者同士も、親子や兄弟でさえも、ある一定領域においては誰もが他人なのである。侯爵も、貴志も、皆がてんでばらばらの世界を見ている。他人と共有できる世界はきっと細部のわからない、ちょうど今将志の目の前に広がる風景のように、煙の中におぼろげに浮かび上がった程度の曖昧なものにすぎないのであろう。そこに個人の信念や価値観が挟まって世界を鮮明にするが、そうして感受される世界はもはや、それを感受する者によって異なる様相を呈する。
埋まらない溝は、誰しもの間に生じてしまう。父との間、兄との間に限ったことではない。
美枝子にも言えることだ。共に桜の下で語りあった彼女でさえ、将志が見ているのと同じ桜を見てなどいなかった。桜を美しいと感ずる心にもまた、国の行く末を思う心と同様に、共有されているようでいてその内実には「ずれ」がある。
桜に何を見るかは、その各人によって異なる。
生家の宴席で聞いた小柴議員の言の意味するところが途端に露わになったようだった。そこに現れた真理は、厳しいというより虚しかった。
けれども一方で、この虚しさを共有することによって人は繋がっているようにも思われた。
他人だ。これまで関わってきた、己を取り巻くすべての人々が。しかし、だからこそ、わかりたいと望むのではなかろうか。隔たりがあるから、近づこうとするのではなかろうか。
誰しもの内に虚ろはあり、その虚ろを埋めようとして他を求める。この虚しさによって、我々は繋がっていくことができる。虚しさが互いに共鳴したところに、理解や信頼が形成されていく。そのやりとりによって小さな共同体から大きな社会まで、さまざまの集合を築くことができるのだ。
そしてそこには、やがて文明や文化が生まれる。
「おまえが何を望むか、私には見当もつかんが、国の進む方向は決まっておる。変わることは使命だ。幸福は先にしかない」
これが文明だ。
そう言って、侯爵は将志の真似をするような仕草で煙を吐き出した。
葉巻の先端をもみ消してそのまま去りゆこうとする背中に、将志は思わず問いを返した。
「その文明とやらの正体は、一体何なのでしょう」
将志が生まれたのは明治五年、当時すでにこの国は近代化の道を歩みはじめていた。文明開化の足音に浮かれ、急かされて。そして今は、つい数十年前から今日にかけて築いてきた新しい基盤を、修正しながらきちんと動かしていく時代に差しかかっている。
亜細亜で初めての近代憲法に、清国を降してこの国を東洋の盟主へと押し上げた軍隊に、国中が沸いた。今や国家主導ではじまった産業は徐々に民間の手に委ねられ、生まれついた民は教育や文化を通じてこの国の一部となる。国内が整いつつある今は、少しずつ忘れかけている時代なのだ。江戸の治世に生まれた者たちが近代に染まってきた頃合いで、明治生まれの都会人に至っては、古い時代に見向きもせず、新しい時代に夢中である。彼らに支えられたこの国は、自らの足で外に出て他国と渡り合い、他国に挑む段階にもうやって来ている。指導者たちが望む文明国に、着々と近づいている。
一方で将志の脳裏に浮かぶのは、桜に触れた時に見た幻の光景――桜の花が舞う縁側であった。あれは将志の知らぬ古き時代、けれどもそう遠くもない過去の、この国の一つの局面。今と比して見れば、国も世間もひどく閉鎖的だったに違いあるまい。これまでに新時代の指導者たちが振り払ってきた古き営みのなかで押し潰されるようにして、彼らはあの時代を恨み嘆いていた。
国として行き詰った狭い社会は、内側から綻びが生じ、外からの圧力にも耐えられぬ。御一新はこの国を根底から立て直す一方策であり、近代化はそれに続く再出発の道程である。
だからこそ将志は、侯爵を含めたこの国の指導者たちの正しさをわかっているつもりだ。承認や尊敬を勝ちとるのは侯爵や貴志だ。
けれども将志には、近代文明を諭す者たちの物言いが、いやに傲慢なものに思われてならなかった。西欧とそれに学んだ者が揃って振りかざす、思想や理念のようなものそれ自体に、何か異物でも混ざりこんだような居心地の悪さを感じていた。
宵口の冴えた空気と、侯爵を前にしながらも葉巻の煙で薄く曇った程よい緊張感のためか、漠然としていた疑懼の正体が、将志の意識のなかで徐々に浮き彫りになっていく。
将志が桜の幻に見た彼らは、確かにこの国にあった世間の不自由さに苦しみ、失望もしたことだろう。彼らは世を憎んだ。しかしそれと等しく、彼らは己の生まれた処を愛してもいたのではなかろうか。死ねなかった、という姫君の言葉は高潔で、この世に対する恵愛に満ちていた。
我々は、その彼らと同じ処に、他でもないこの国に生を受けた。世の中がこうも急速に移り変わってもまだ、この国に生まれた者は、彼らと同じように桜を美しいと感じ、同じ精神を重ねあわせることができる。
今この時代に、西洋近代の文脈で語られる「文明」という言葉は、どうにも自分たちと地続きにあるはずの彼らを、そして彼らの愛したこの国を否定しているように、将志には思われるのであった。
文明とは、かくも容易く比べたり選んだりできるものなのだろうか。
「西洋に学ぶ以前のこの国は……わが国の古くからの営みは、文明とは呼べませんか」
この国の者が、近代の思想などの生まれるずっと前から共有し、受け継いできた営みが、確かにある。それらは、西洋近代の価値観に照らして「文明」と呼べるものではないかもしれない。不合理で理不尽な因習をたくさん生みもした。
しかし、この国には文化も秩序もあったはずではないのか。どうしてそれを貫けないのだろう。文明開化と皆が騒ぐ、だったらこの国の歴史は何だったのか。その流れのなかに消えていった我々の先人たちは、ここに生きる幸福を知っていたのではなかったのか。
我々のなかに太古より息衝く営みは、外からやって来た新たな「文明」のために失ってよいものとはどうしても思えないのだ。新しいものは代わりにはなれぬ。皆が手離し、忘れてしまった時、この国は一体どんな姿になるのだろう。
「彦次郎のようなことを言うじゃないか」
「叔父上、ですか?」
侯爵は薄い笑みだけを残し、何も答えず去って行った。一度も将志を振り返ることはなかった。
問いは軽く躱されてしまったが、将志は自分が端から答えなど期待してはいなかったような気がした。父が寄越した短い返事と笑みの意味は、将志自身の中にすでにあるのかもしれない。
葉巻から立ちのぼっていた紫煙は仄かな匂いだけを残して消え失せ、夕日の消えた空には透明な青い夜が訪れていた。
この空を見ている者は自分の他にも大勢いる。けれどもこの空がまったく同じに見えている者は何処にもいない。
将志は微笑した。
嫌悪や迷いに波立っていた心がぴたりと止まって、その時、覚悟が決まった。
その夜、将志は文机に向かい、筆を執った。
書き上がったものは、信頼のおける若い使用人に託した。
「この文を、明日の朝一番に須藤伯爵邸に届けろ。美枝子嬢宛てだ」
『 あなたの桜は、どうやら私に呪いをかけたようです。朝、目覚めると、私は自分の寝床で、大量の桜の花弁に埋もれていました。桜が私のもとを訪れたということです。あの樹に近づかないというだけでは逃れられそうもありません。
この呪いを断ち切ることができるのは、おそらくあなただけです。桜の前であなたに別れを告げ、婚約を破棄すれば、桜を元に戻すことができるのではないでしょうか。
あなたが私を心から拒むのであれば、私にはもうあなたを引きとめる理由はありません。一人の人として、あなたの友として、あなたの思う幸せをお祈りするばかりです。あなたは私から解放され、私は桜から解放されるでしょう。
今度のあなたの返事を、正式にお受け致します。
つきましては今日の午後、桜の前にてお待ちします。
桜の散る前に
西宮将志 』




