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沈む桜  作者: 由佐
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◆秘密の力


 はじめて樹の声を聴いたのがいつだったか、将志はもう憶えていない。物心ついた時には、樹が語ることを当然に受け止めていたように思う。奇妙な力ではあるけれども、将志はこの力に怯えはしなかった。だからといってもよいのか、将志はその力がどうして自分にあるのか、そもそもこの力は一体何なのか、ろくに考えたこともなかった。記憶を探ってみても解けそうにない問いだ。

 聴こえる者には聴こえ、聴こえぬ者には聴こえぬ。そしてどうやら聴こえることのほうが珍しいということ。それだけは昔からよくわかっていた。

 この力の所以(ゆえん)は、どうでもよかったのかもしれぬ。自分にその力があるということが大切で、すべてはそこからはじまっている。

 少年時代の将志にとって、この力は大いなる秘密だった。

 侯爵一家の中では自分にしかできない、特別なことだった。兄にできないことができるという感覚が、そこには含まれていた。

 生真面目で有能な兄、貴志のことを、皆が褒めた。思慮深く、それでいて臆することなく自己の主張を表に出せる、明朗快活な好男子。西宮家の爵位を継ぐ嫡男として、貴志は申し分なかった。

 兄が優秀であればあるほど、周囲の者は兄と比して将志のことを見た。将志の評判は、無駄口が多く、少しばかり人より知恵が回るのを鼻にかけた生意気な態度が目立つ、悪戯(いたずら)好きで軽率な調子者、といったところ。しかし、決して周囲に疎まれたわけではなかった。むしろ兄の純朴や真正直とは違った意味で愛嬌があって、可愛がられた。将志は誰にでも軽々しく口を利いたから、兄のことを敬遠してしまうような人にも、将志はその気安さゆえに好かれた。

 それに将志は、出来の悪い子どもというわけでもなかった。

 勉強するのに必要なくらいの忍耐力はあったし、純粋な知的好奇心はともすれば兄よりも旺盛であった。ただし、(こころざし)に欠ける人間は努力にも欠けるのが常である。高い志をもって励んだ兄には、何につけても遠く及ばなかった。

 例えば将志の学業成績は、どれもこれも文句をつけられるような出来ではないが、その代わり抜きんでたものもなかった。教師たちの口ぶりを観察したり、おだてて試験の情報を引き出したり、直感にまかせて試験内容に当たりをつけたり、さまざまに実験して、それが点数に映し出されるのを面白がっていた。勘の鋭い少年であった将志は、試験問題の予想が当たるともっぱらの評判だった。理想や目標とは関係なく、与えられたものを楽しむ(すべ)を、小さい頃から自然と身につけていった。兄が生真面目に取り組んできたことを、将志はいちいち遊戯に変えてまわった。生来の楽天的な性格も助けとなった。侯爵家の重圧や兄への劣等感に(さいな)まれて神経をすり減らすというようなこともなく、この家の次男にしては真っ当に育ったものだと自負している。

 とはいえ、家族の中心にあるべき父や兄を十分に理解できず、また自分も彼らに理解されていないという感覚は、将志に(わず)かならぬ孤独を植え付けた。父の生き方も兄の理想も共有することができなかったのは、将志にとって最大の不幸である。いくら将志が楽観的でおおらかな性格をしていようとも、孤独を悟ったことで生まれた寂しさや虚しさは到底消し去れるものではなかった。本来ならばどの他人よりも親しいはずの人間と理解し合えぬという自覚は、一度芽生えたが最後、消えることなどないのだ。

 そんな将志がなんの気兼ねもなく話ができた相手は、この屋敷の中では庭の草木とその世話をする庭師の下男だけであった。

 初等学校の頃は、学校から帰ってから夕餉の時刻までずっと、庭師にくっついて過ごした。普通に生活している分にはまずもって用のない庭が、広い敷地の隅にはいくつかある。庭師と、庭に立ち並ぶ樹が、将志を秘密の庭園へと(いざな)った。

 椿の花が庭師にしか心を開かないのが悔しくて、意地になって毎日花壇の手入れや水やりに精を出したこともある。それでも椿は何が気に入らないのか、結局将志にその声を聴かせてくれることはなかった。

 一方で中庭の銀杏は素朴で愛想がよく、将志はたいそう気に入った。葉が落ちてしまった真冬、将志は自分の襟巻を幹に巻いてやろうとしたことがある。うまく巻けずに苦心しているところを母に見つかって叱られた。思えば銀杏も「べつに寒くない」というようなことを言っていたから、本当にただのおせっかいだったのだなと、後から反省したのだった。

 庭師はたくさんの植物を教えてくれた。いつ花を咲かせるか、どういう世話をしたらいいのか、といったことを。どの植物も、名前は持たなかった。呼びかけるのに呼称はいらなかった。近づいて、聴こえてきた声に返事をする。あるいは、「おまえに話しかけているんだ」とわかるくらい近寄って、声をかける。植物と話すのは、人と話すよりも言葉は少ないが時がかかる。実際に発声することやその大きさには、必ずしも意味はない。本当は、「話す」というよりは「通じ合う」「交わす」という感覚に近い。小細工がなく、素直に伝わる。

 庭師が植物にしゃべりかけるような仕草をするのを、屋敷の人間が特に見咎めることはない。何らかの儀式か(まじな)いのように考えているのだろう。たまに屋敷を訪れる者には、老人が痴呆のせいで独り言を言っているのだと思われているらしかった。

 しかし、当時の将志には、庭師がまわりの人間にどう思われていようが関係なかった。まわりの人間は、庭師が本当は何をしているのかなどてんでわかっていないのだから。

 同じように草木と語り合う術を持つ者、この存在が、将志にとってどれほど救いになったか。とても言葉では語り難い。他の誰も知らない将志の力を共有できる、ただ一人の人物。それが庭師だったのである。

 秘密は、当然、兄の貴志にも明かさなかった。兄にそのような力がないのは明白で、そもそもそのような力の存在を認めてもいないことはわかりきっていた。

 ただ、将志が兄に話さなかった理由は、そのような分別だけに限らなかった。

 小さな子どもの、拙い優越感と独占欲があったことは否定できない。自分が兄のことがわからずに苛立つのだから、兄だって同じようにわからずに苛立てばよいという意趣返し。兄に疎まれることは一向に構わなかった。勉強も武道もいい加減に楽しんできたのは、兄と土俵をずらそうとしたからであり、兄とは無縁の享楽に強く惹かれたからであった。この秘密の力も、将志に備わった豊かな機知と同様に、兄にはない将志だけの(たの)しみだったのである。

 兄には決して踏み込めない自分の世界があるということへの安心。兄にはできないことが自分にはできるのだという、捻じ曲がった誇らしさ。そしてそれを知ることすらできない兄を憐れもうとする愚かな思い上がり。兄と比べられることを避けて殊更に道化となり愛嬌をふりまく虚栄心。人懐っこくやんちゃな少年の心に少しずつ降り積もった暗い淀みは、すべて秘密の力とともに不遜な笑みの裏に隠されていた。将志は自分の醜さを閉じ込めて、飼い馴らしたのである。

 だからといって、将志のもつ本来的な明るさや聡明さが嘘になるわけではなかった。屋敷の者は優しかったし、学友の多くいる学校も楽しかった。他人と話すことはもともと好きな性分であったから、将志は無理に道化を演じていたわけでもない。持って生まれた外向的で健全な性質はすくすくと育ち、将志の大きな魅力であり続けた。後ろめたさを埋もれさせておくことは、むしろ将志の本来の良さが発揮されるのに必要なことであったのかもしれない。

 しかし、屋敷の外での生活が輝きを増すにつれ、屋敷の隅で植物と語り合う力のほうは影を帯び始めた。

 市街の中等学校に進学してからというもの、屋敷の外の世界が格段にひろがり、楽しくなった。物怖じしない軽快な雰囲気をまとった将志は同年代の者にも好かれ、気の合う友人もできた。草木を相手にせずとも、遠慮なく話ができる仲間ができた。勉強も運動も楽しむことにかけては抜群の素質があったから、兄ほどの憧れはなかったにしても、英語を学ぶこともそれなりに興味深かった。学ぶことも遊ぶことも増え、将志の生活の中心は屋敷の外へと移っていったのである。

 そして、外の世界で屈託のない同年代の友人たちと関わりを深めるうち、草木と話をすることが常軌を逸しているように思われてきた。頭のおかしい人間のやることなのではないかと、自分自身を疑うようになったのだ。周囲の目が途端に気になりだした、十二、三の頃である。力のことは、学友たちには絶対に知られたくないと思った。

 ある日、中等学校から二人の友人を連れて帰宅したときのことである。花壇のところで、庭師を見た。しゃがみこみ、花に向かって相槌を打つように首をこくりこくりやっている彼の姿は奇異だった。そこではじめてあの庭師が他人にどう見えているのかを本当の意味で悟った。白痴(はくち)、という言葉が浮かんだ。

 将志はたまらず目を逸らしたが、その胸が痛んだのは庭師を憐れんだからではなく、かつての自分を思い返してどうしようもなく恥ずかしくなったからであった。自分もああだったのだろうかと思うと(おぞ)ましく、虫唾(むしず)が走った。この庭が自分の人生の汚点のように見えてきた。このときから草木と話す力は将志にとって忌むべき過去となり、墓場まで持っていかなければならぬ絶対の秘密になった。

 誰にも言えないこの秘密に、幼い頃に抱いたような優越感はもはや微塵(みじん)もなかった。ただ独りで抱え込み誰にも明かさぬ本性をもつことの孤独と、その孤独ゆえに慰めることもできぬ甚大な羞恥と自己嫌悪があるばかりであった。

 幼心に西宮家の風潮に対する居心地の悪さを感じていた将志は、それまでにいくつもの声に助けられたというのに、そのことを失念してしまっていた。草木と話をすることに拙く疾しい思いが伴っていたことは事実だが、だからといって彼らから得た安らぎや真心が嘘になるわけではあるまい。自分の声に耳を貸し、その心に触れようとしてくれる大切な友を持ったのではなかったか。

 それなのに将志は、その友を軽蔑し、友と呼んだ己を恥じたのだ。

 爾来、彼らの言葉を解することはなくなってしまった。接触を避け、耳を傾けることをしなくなったために、彼らと心を通わすことはできなくなった。

 外の世界は楽しかったが、今度こそ将志は独りになった。

 屋敷の外で出会ったどんな友にも、草木と話せたことはひた隠しにした。本当のことなど明かせなくてよい、笑って関わり合える者なら屋敷の外にいくらでもいる。それでよいのだと自分に言い聞かせた。地獄の業火に焼かれるような羞恥に悶えながらも、それをうまく紛らわし、行きずりの快楽を貪り生きていくことを決めたのだ。生来の機転と楽天的な気性で表面の武装をかためる一方で、その裏には幼年時代からの鬱気(うっき)と恥辱を溜め込んでいたのである。他人を欺かんがための武装で自身をも騙し、鎧の裏に隠された後ろ暗い過去を振り払おうと必死になった。

 そうして西宮将志という男は、内に醜い化物を抱えた道化と成り果てたのである。


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