表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AIと打つ、その次の一手  作者: 柚木 いと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/23

第九話 右辺の石

席に着いたとき、朝倉湊は盤全体を見なかった。


 見れば、また抱えたくなる。

 薄い場所も、大きい場所も、遅れそうな流れも、全部気になってしまう。だから今日は、最初から一つだけにした。


 右辺の石を、最後まで働かせる。


 それだけを持って座る。


 先手AI、後手AI。

 序盤は静かに進み、思った通り右側に石が残った。まだ軽い。けれど、この石が消えると盤全体が細くなる。湊にはそう見えた。


 先手人間の番で、湊はそこへ近づいた。

 固め切る手ではない。守るだけでもない。次に中央へ顔を出せるよう、呼吸を一つ残す手だった。


 向かいの相手はすぐには打たなかった。

 そのわずかな間だけで、湊の指先から余計な力が少し抜ける。


 中盤に入ると、相手は左側を広げた。

 前までの湊なら、そこで気持ちが揺れる。大きい場所を取られたくなくて、盤全体を追いかけに行く。


 だが今日は違った。


 右辺の石は、まだ働く。

 そこから中央へ向かう利きも残る。なら今は、全部を追わない。


 湊は左をすぐには見なかった。

 右辺の石が息を失わないように、もう一手だけ意味を足す。相手に楽をさせず、それでいて石を重くしすぎない位置。置いたあとで、盤の右側に細い筋が一本通るのが見えた。


 その瞬間、自分の手が少しだけ盤につながった気がした。


 AIの一着が入り、中央が温まる。

 相手もそこを見て踏み込んでくる。前なら、その踏み込みにすぐ反応していた。嫌な流れを止めるために、受けて、受けて、気づけば後ろへ下がる。


 今日は、まず右辺を見た。


 まだ働く。

 まだ消えていない。


 なら、ここでは全部受けない。


 湊は踏み込まれた場所ではなく、右の石が中央に利く位置へ打った。

 強い手ではない。けれど、相手だけが楽になる順序を崩すには足りた。


 向かいの相手が小さく眉を動かす。

 それだけで十分だった。


 終盤は細かかった。

 右辺の石は最後まで残った。厚くも大きくもない。だが、残ったまま中央へ利き、最後のヨセでも相手に一手だけ余分を強いた。


 整地のあと、記録端末に数字が出る。


 白半目勝ち。


 負けだった。


 けれど席を立つとき、湊は前みたいな空虚さを感じなかった。

 今日は何を持って座って、どこまで持てたかが残っている。


「負けた顔してないね」


 廊下で、藍原紗英が言った。


「負けたけど」

「うん。でも今日は、負け方がちゃんと一個になってる」

「一個?」

「右辺の石、最後まで働かせたでしょ」


 湊は少しだけ黙る。


「勝てなかった」

「まだね」

「でも」

「でも、前より盤の中にいた」


 その言い方が、少しだけ嬉しかった。

 嬉しいと思ったことが、むしろ悔しい。


「次は」

 と紗英が言う。

「その一個を持ったまま、どこを見るかだね」


 湊はうなずく。

 盤全体はまだ遠い。けれど、一つだけなら持てる。それが分かっただけでも、今日はゼロではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ