第二十一話 止まる場所
次の対局でも、朝倉湊は順番を持って座った。
右辺の石を残す。
相手に一度受けさせる。
中央に息を通す。
そのあと、上辺へ使う。
そこまでは、もう前より迷わない。
先手AI、後手AI。
序盤はまた右辺に黒石が残る形になった。湊はそこへ一手足し、さらにもう一手で相手に受けを残す。向かいの相手は二段。少し考えてから受けた。
そこで黒は中央へ出る。
右辺の石はただ残るだけの石ではなくなり、中央に利く形になる。相手もそこを放って大場へ走りにくい。
ここまではよかった。
次に湊は上辺へ回った。
そこも悪くない。白に先に打たれると、黒の中央が働きにくくなる場所だった。押さえておけば、右辺から通した息が上でも役に立つ。
向かいの二段は、その上辺を浅くさわってきた。
黒の形を少し削り、軽く様子を見る手だった。
放っておけば上辺が薄く見える。受けるのは自然だった。
湊も受けた。
白を楽にしすぎず、上辺の形を保つ位置だった。そこまでも悪くない。
問題は、その次だった。
白はそこで、すぐには上辺にこだわらず、中央を軽く見てから別の場所へ回った。
黒はもう上辺を押さえている。中央の息もまだ切れていない。ここで大場へ回ることもできたはずだった。
だが湊は、もう一度上辺を触った。
白をもっと低くしたかった。
上辺をさらにはっきり黒のものにしたかった。
さっき押さえた行き先を、もう一段深く取りたくなった。
置いた瞬間、少しだけ嫌な感じがした。
悪い手ではない。
だが、急ぐ手でもない。
黒はすでに上辺を押さえていた。白の石も、いま無理に追わなければすぐ大きく働く形ではない。なのに、そこでさらに押したことで、黒の上辺は少し詰まり、中央に向くはずだった石まで近くなった。
相手は待っていたように別の大きい場所へ回る。
湊は盤を見て、唇をかんだ。
押さえるところまではよかった。
でも、そこから先は取りすぎた。
行き先は合っていた。
止まる場所を外した。
中盤に入ると、その一手の重さが少しずつ出た。
黒の上辺は崩れていない。右辺の石も働いている。中央の息もまだ残っている。だが、石が近くなったぶんだけ、盤の広い場所へ向く余裕が減っている。
白はそこを急がない。
上辺を無理に破りにも来ない。黒が自分で詰まった形をそのままにして、外の大きい場所を先に決めていく。
湊はそこでようやく気づく。
前までは、行き先がなかった。
今は、行き先はある。
でも、そこで十分なところを越えて手を入れると、自分の石を自分で重くする。
終盤まで行くと、その差は細かい目数になって残った。
上辺は黒のものになっている。
だが、もう一度押した一手は、その場の得以上に外の余裕を失わせていた。白に先に回られた大きい場所の差が、最後まで埋まらない。
整地のあと、記録端末に数字が出る。
白半目勝ち。
また半目だった。
席を立つ前に、湊は上辺を見た。
押さえた一手。
さらにもう一度押した一手。
その二つの間に、勝ちを遠ざけた差がある。
廊下へ出ると、藍原紗英が待っていた。
「今日は分かりやすいね」
と彼女は言った。
湊は苦く笑う。
「どこだ」
「二回目」
「……だよな」
紗英はうなずく。
「最初に上辺へ行ったのはよかった」
「うん」
「受けたのもよかった」
「うん」
「でも、その次はもう十分だった」
「うん」
そこで終わっていれば、黒はまだ広かった。
自分でももう分かる。
「押さえるのと、抱えるのは違うから」
と紗英が言う。
「今日はそこ、少し抱えた」
「勝ちたくなった」
「うん」
「ちゃんと取りたくなった」
「うん。でも、ちゃんと取りにいくって、いっぱい打つことじゃない」
その言葉は、静かに刺さった。
湊は会場の方を見る。
右辺の石を残すこと。
中央に息を通すこと。
上辺を押さえること。
そこまではできた。
なら次は、そのあとでどこで止まるのかだ。
今日は、それがはっきり負けとして残った。




