表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AIと打つ、その次の一手  作者: 柚木 いと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/23

第十八話 通した息の先

 次の対局でも、朝倉湊は右辺から入った。


 石を残す。

 相手に一度受けさせる。

 そのあとで中央に息を通す。


 そこまでは、もう前より迷わない。


 先手AI、後手AI。

 右辺に黒石が残り、湊はそこへ一手足した。さらにもう一手で、相手が無視しにくい並びを作る。向かいの相手は二段。少し考えてから、その石に受けた。


 ここまではよかった。


 湊はそのあと、中央へ一手打つ。

 右辺の石が中央に利く形になる。切られにくい。相手もそこを放って別の大場へ走りにくい。


 前の一局と同じように、盤の中で一本の筋が通る。


 問題は、その次だった。


 相手は中央を浅くさわってから、上辺へ回った。

 黒の息はまだ残っている。右辺の石も働いている。なら、ここで何を取るべきか。


 上辺に回って地を取るか。

 中央をもう少し厚くしておくか。

 相手の石を軽くさせない位置を先に押さえるか。


 どれも盤にありそうだった。

 どれも完全には外れていないように見えた。

 そのせいで、湊の手が一つに定まらない。


 迷った末に、湊は中央へもう一手足した。

 悪い手ではない。黒の息はさらに深くなる。中央も切られにくい。あとで困りにくい形だった。


 だが、置いた瞬間に分かった。


 守りに寄りすぎた。


 さっき相手に受けさせて作った一手ぶんの余裕を、黒はそこで自分の息を深くすることだけに使った。

 盤の外へ広がるはずだった利きが、その場で止まる。


 AIの一手が入る。

 白はそのあいだに上辺の形を整え、次の人間の手で左側へも目を配る。


 黒の石は悪くない。

 右辺の石も中央も、ちゃんと残っている。

 なのに、盤の大きい場所を先に決めているのは白の方だった。


 湊は盤を見ながら、喉の奥が少し乾くのを感じた。


 足りない。


 崩れていない。

 息もある。

 けれど、勝ちに近づく手が薄い。


 中盤の後半、湊は一度だけ前へ出た。

 上辺に回った白の石を少し窮屈にする位置だった。だが、それは一手遅かった。先に形を整えられたあとでは、白は無理なく受けられる。


 もう少し早くそこを押さえられていれば。

 中央の息を得たあとで、すぐそこへ回れていれば。

 そう思う局面が二度あった。


 終盤まで行くと、碁はまた細かくなる。


 右辺の黒石は最後まで働いた。

 中央にも利いていた。

 それでも、その息を地にも先手にも変え切れなかったぶんだけ、白の方に半歩ずつ余裕が残る。


 整地のあと、記録端末に数字が出る。


 白一目半勝ち。


 席を立つ前に、湊はしばらく盤を見た。


 今日は、何が駄目だったかが前よりはっきりしている。

 右辺の石は残った。

 中央にも息を通せた。

 そこまではよかった。


 でも、そのあとで何を取りにいくのかを決め切れなかった。


 廊下へ出ると、少し遅れて藍原紗英が来た。


「嫌な負け方だね」

 と彼女は言った。


 湊は苦く笑う。


「分かる?」

「分かる。今日は崩れてないから余計に」


 紗英は壁に寄りかからず、そのまま立っている。


「中央に息は通せてた」

「うん」

「右の石も働いてた」

「うん」

「でも、そのあと中央をもう一回守った」

「うん」

「取るものが決まってなかったから」


 湊は小さく息を吐いた。


「上辺だったかもしれない」

「たぶんね」

「先に回るべきだった」

「たぶん」

「たぶん、ばっかりだな」

「今日はそういう碁だから」


 その言い方に、少しだけ救われる。

 駄目だった場所は見えている。まだ言い切れないだけで、盤のどこを逃したかはもう分かっている。


「次は」

 と紗英が言う。

「息を通したあと、どこを大きくするのかまで持って座った方がいい」


 湊はすぐには答えなかった。


 右辺の石。

 中央の息。

 その先で、上辺だったのか、先手だったのか、相手の形を窮屈にする一手だったのか。そこがまだ曖昧だった。


 それでも、一つ前よりは遠くまで見えている。


 盤の中で息を通すだけでは足りない。

 その息を、次の一手でどこへ使うのか。

 今日の負けは、そこを教えていた。


 湊は対局室の方を見た。


 負けた。

 だが、何を持てば次の一局で前へ進めるかは、もう前ほどぼやけていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ