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君と過ごした夏の時  作者: こうた


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8/10

第8話 触れそうな唇



翌日の夕方。


仕事を終えたひろしは、駐車場でスマートフォンを見つめていた。


画面には、三人からのメッセージ。


――なおみ。

「今日、少しだけ二人で話したい」


――しょうこ。

「約束どおり、海。逃げんなよ」


そして――りな。


「今夜、会いたい」


三人とも、大切だった。


だからこそ、ひろしは迷った。


「……俺、どうしたらいいんだよ」


答えが出ないまま、ひろしはまず、なおみの待つ場所へ向かった。


---


海沿いのベンチ。


なおみは、ひろしを見ると小さく笑った。


「お疲れさま」


「なおみさんも、お疲れさまです」


「今日は仕事の話じゃないからね」


「……はい」


なおみはしばらく海を眺めていた。


「もうすぐ、夏が終わるね」


その言葉に、ひろしの胸が少しだけ痛くなった。


「俺、沖縄に来る前は……こんな夏になるなんて思ってませんでした」


「私も」


なおみはひろしを見る。


「ひろし君と会うなんて、思ってなかった」


その瞳が、いつもより真剣だった。


「ねえ、ひろし君」


「はい」


「もし……沖縄じゃなかったとしても、私たち、仲良くなれたかな?」


「……なれたと思います」


「本当に?」


「はい」


なおみは少しだけ笑った。


そして、ひろしの肩に頭を預ける。


「じゃあ……よかった」


肩越しに伝わる体温。


ひろしは動けなかった。


なおみも離れなかった。


「もう少しだけ、このままでいていい?」


「……はい」


静かな時間が流れた。


---


その頃、しょうこは海でひろしを待っていた。


「遅い!」


「ご、ごめん!」


「まあいいけど」


しょうこはそっぽを向いた。


「……なおみさんといた?」


「うん」


「ふーん」


明らかに機嫌が悪い。


「しょうこ?」


「別に」


「怒ってる?」


「怒ってない」


「……怒ってるよね?」


「うるさい!」


しょうこはひろしの腕を軽く叩いた。


そして、しばらく黙って海を見た。


「……私さ」


「うん」


「こういうの、苦手なんだよ」


「こういうの?」


「好きな人が、他の女といるの見るの」


ひろしの胸が大きく鳴った。


しょうこは顔を赤くしながら続ける。


「だから……私、結構嫉妬してる」


「しょうこ……」


「今だけ、何も言わないで」


しょうこはひろしの手を握った。


強く。


「今日だけは、私のことだけ見て」


ひろしは何も言えなかった。


---


夜。


ひろしは、りなとの待ち合わせ場所へ向かった。


りなは一人で立っていた。


白いワンピース。


風に髪を揺らしながら、ひろしを見つけると笑った。


「来てくれた」


「うん」


「……よかった」


りなは近づいてくる。


そして、ひろしの前で立ち止まった。


「今日ね、ずっと考えてた」


「何を?」


「ひろしさんと、どうなりたいのかなって」


「……」


「友達じゃ嫌」


りなの声は小さかった。


「ただの夏の思い出にもしたくない」


ひろしの心臓が速くなる。


「じゃあ……」


「聞かないで」


りなは笑った。


「今は、私から言いたい」


一歩近づく。


二人の距離が縮まる。


「ひろしさん」


「うん」


「私……あなたが好き」


その瞬間、周囲の音が遠くなったように感じた。


りなの手が、ひろしの手に重なる。


「……俺も」


ひろしがそう言うと、りなの目が少し潤んだ。


「本当に?」


「うん」


「じゃあ……」


りなが顔を上げる。


ひろしも自然に顔を近づけた。


あと少し。


唇が触れそうになった、その瞬間――


「……ひろしさん」


りなが止まった。


「ん?」


「この先は……ちゃんと、覚悟してからがいい」


「覚悟?」


「うん」


りなは少し照れながら笑った。


「私、ひろしさんとのこと……遊びにしたくないから」


そして、ひろしの胸にそっと身体を預けた。


ひろしも、りなの背中に腕を回す。


強く抱きしめることはできなかった。


それでも、離れたくなかった。


「……夏が終わるね」


りなが呟く。


「うん」


「だから、終わる前に……ちゃんと答えを出そう」


ひろしは、りなの髪に触れた。


「分かった」


二人はしばらく、そのまま海を見ていた。


---


帰り道。


ひろしのスマートフォンが震えた。


なおみからだった。


「今日はありがとう」


続いて、しょうこ。


「また明日」


そして、りな。


「おやすみ。大好き」


三人から届いた言葉。


ひろしは画面を見つめる。


自分の気持ちは、もう分かり始めていた。


けれど――


誰かを選ぶということは、


誰かを選ばないということでもある。


沖縄で始まった恋は、


もう「夏の思い出」では済まされなくなっていた。

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