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君と過ごした夏の時  作者: こうた


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6/10

第6話 夏の誘惑

7月。


沖縄の空は、6月よりもずっと高く感じられた。


朝から太陽が強く照りつけ、現場では汗が止まらない。


「暑すぎる……」


ひろしが額の汗を拭う。


「まだ始まったばっかりだよ」


なおみが笑った。


「これからもっと暑くなるから」


「これ以上ですか?」


「沖縄の夏を甘く見ない方がいいよ」


そう言いながら、なおみはひろしに飲み物を渡した。


「ちゃんと飲んで」


「ありがとうございます」


「最近、ちゃんと寝てる?」


「寝てます」


「嘘」


「……少しだけ寝不足です」


なおみは呆れたように笑う。


「莉奈さん?」


ひろしは黙った。


「図星?」


「……」


「分かりやすいね」


なおみは笑って、その場を離れていった。


ひろしはその背中を見送った。


なおみといると落ち着く。


莉奈といると胸が高鳴る。


そして――しょうこといると、なぜか楽しい。


自分でも理解できない。


---


昼休み。


しょうこがひろしの隣に座った。


「今日、仕事終わったら暇?」


「たぶん」


「じゃあ来て」


「どこへ?」


「いいから」


「分かった」


しょうこは満足そうに弁当を食べ始めた。


「……何?」


「別に」


「何か言いたそうだけど」


「言ってない」


「そう?」


「そう」


ひろしは笑った。


しょうこも少しだけ笑った。


以前なら、こんな会話をすることすら想像できなかった。


---


仕事が終わると、しょうこはひろしを車に乗せた。


「どこ行くの?」


「秘密」


「大丈夫?」


「何が?」


「しょうこ、運転荒いから」


「失礼」


そう言いながらも、しょうこは楽しそうだった。


しばらく走る。


到着したのは、人の少ない海岸だった。


「……ここ?」


「うん」


「何しに?」


「海を見る」


「それだけ?」


「それだけ」


二人で砂浜を歩く。


夕方の海は、昼間とは違う色をしていた。


「ひろし」


「ん?」


「沖縄、好き?」


「好きになってきた」


「……そっか」


しょうこは嬉しそうだった。


「大阪に帰りたくない?」


「まだ分からない」


「私も」


「しょうこも?」


「うん」


しょうこは海を見つめる。


「ここにいると、昔のこと忘れられるから」


ひろしは何も聞かなかった。


しょうこが話したくなったときに聞けばいい。


その距離感が、二人には心地よかった。


---


日が沈み始めた頃。


しょうこが突然、ひろしの手を掴んだ。


「……え?」


「手、冷たい」


「しょうこの手が温かいんだよ」


「そう?」


手を離そうとしたひろしだったが、しょうこは離さなかった。


「もう少し」


「……うん」


二人は手を繋いだまま、海を見ていた。


「ねえ、ひろし」


「何?」


「私って、怖い?」


「最初は」


「今は?」


「全然」


「……よかった」


しょうこは小さく笑った。


そして、ひろしの肩に頭を預ける。


ひろしは驚いた。


けれど、動かなかった。


「今だけ」


「うん」


「何も言わないで」


「分かった」


波の音だけが聞こえる。


ひろしは、ふと気づいた。


しょうこの横顔が、いつもよりずっと近くにある。


その距離に、少しだけ胸が騒いだ。


---


ホテルへ戻った夜。


ひろしのスマートフォンに通知が入った。


莉奈だった。


『今から会える?』


ひろしは少し迷った。


『どこ?』


『ホテルの近く』


数分後。


ひろしが外へ出ると、莉奈が待っていた。


「こんばんは」


「こんばんは」


「急にごめんね」


「大丈夫」


「今日、誰といた?」


ひろしは一瞬黙った。


「……しょうこ」


莉奈は少しだけ目を伏せた。


「そっか」


「どうしたの?」


「ううん」


莉奈は笑った。


「ひろしさん、人気者だね」


「そんなことない」


「あるよ」


莉奈が一歩近づく。


「私も、もっと早く出会ってたらよかったのに」


「……莉奈さん」


「なに?」


「俺は――」


言葉が出てこない。


莉奈がひろしの服の袖を軽く掴んだ。


「今日は、何も言わなくていいよ」


「え?」


「ただ、一緒にいて」


ひろしは頷いた。


二人は歩き始めた。


---


しばらくして、莉奈が足を止めた。


「ひろしさん」


「はい?」


「私ね」


「うん」


「沖縄にいる間だけでも、あなたの一番になりたい」


ひろしは息を呑んだ。


莉奈が見つめている。


その目は、冗談ではなかった。


「……俺、どうしたらいいか分からない」


「知ってる」


莉奈は優しく笑う。


「だから、今は答えなくていい」


そして、ひろしの手を握った。


指が絡む。


ひろしは、その手を握り返した。


「……温かいね」


莉奈が呟く。


二人の距離が、少しずつ縮まる。


ひろしは莉奈の目を見る。


莉奈も目を閉じかける。


また、あと少し――。


その瞬間。


遠くから花火が上がった。


夜空に大きな光が広がる。


二人は同時に空を見上げた。


「……綺麗」


「うん」


莉奈が笑う。


「今日は、これでいいや」


「え?」


「だって、夏はまだ長いから」


ひろしは笑った。


でも、その胸の奥では、確実に何かが動き始めていた。


誰かを好きになるということ。


誰かに選ばれたいと思うこと。


そして――誰かを傷つけてしまうかもしれないこと。


沖縄の夏は、ひろしが思っていたよりずっと早く、恋を複雑にしていった。

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