↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君と過ごした夏の時  作者: こうた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/10

第5話 あなたにだけ話したい

その日の仕事は、いつもより長く感じた。


ひろしは何度も時計を確認していた。


なおみと二人で話す。


それだけなのに、妙に緊張する。


仕事が終わり、現場を出ると、なおみが少し離れた場所で待っていた。


「お疲れさま」


「お疲れさまです」


「行こうか」


「どこへ?」


「海」


また海だった。


沖縄に来てから、海を見る機会が増えた。


けれど、今日は莉奈と会うわけではない。


なおみと二人。


それだけで、いつもと違う景色に見えた。


---


二人は海沿いのベンチに座った。


夕方の太陽が水平線へ沈みかけている。


なおみはしばらく何も話さなかった。


「……相談って?」


ひろしが聞く。


「うん」


なおみは海を見つめた。


「私ね、仕事ではしっかりしてるって言われるんだけど」


「はい」


「実は、そんなに強くないんだ」


ひろしは黙って聞いた。


「最近、ちょっと色々あって」


なおみは笑おうとした。


でも、うまく笑えていなかった。


「誰にも言えなくてさ」


「俺でよければ聞きます」


「……ひろし君だから言えるの」


その言葉に、ひろしは少し驚いた。


「私、ひろし君のこと最初は真面目すぎる子だと思ってた」


「よく言われます」


「でも、一緒に仕事して分かった」


なおみがこちらを見る。


「優しいんだね」


「そんなことないです」


「そういうところ」


なおみは笑った。


「すぐ否定する」


少しの沈黙。


海風が二人の間を通り抜ける。


「ありがとう」


なおみが突然言った。


「何がですか?」


「聞いてくれて」


そして、なおみは少しだけ身体をひろしの方へ寄せた。


肩が触れる。


ひろしは動けなかった。


「……ひろし君」


「はい」


「私、今だけ甘えてもいい?」


「……はい」


なおみは、ひろしの肩に頭を預けた。


ひろしの身体が固まる。


「重い?」


「いえ」


「嫌?」


「……嫌じゃないです」


「よかった」


なおみは目を閉じた。


しばらく、二人はそのままだった。


ひろしの鼓動が聞こえてしまいそうだった。


なおみの髪が、風に揺れて頬に触れる。


近い。


近すぎる。


それなのに、不思議と嫌ではなかった。


むしろ――このままでいたいと思っていた。


「ひろし君」


「はい」


「もし私が、もっとわがまま言ったらどうする?」


「……分からないです」


「じゃあ、今はそれでいい」


なおみが顔を上げる。


二人の視線が重なる。


ひろしは息を止めた。


なおみも何かを言おうとした。


しかし――


「ひろし!」


遠くから声がした。


二人が振り返る。


しょうこだった。


「何してんの?」


「しょうこ?」


「探したんだけど」


しょうこは二人を見る。


なおみがひろしの肩から離れる。


「相談してただけ」


「ふーん」


しょうこは少し不機嫌そうだった。


「ならいいけど」


「どうしたの?」


「ひろしに用事」


「私?」


「そう」


しょうこはひろしを見る。


「ちょっと来て」


「今?」


「今」


なおみが笑う。


「行っておいで」


「でも……」


「大丈夫だから」


ひろしはしょうこと一緒に歩き始めた。


---


「何だったの?」


「別に」


「別に?」


「……」


しょうこは黙ったまま歩いている。


やがて、小さな声で言った。


「さっき、何してた?」


「なおみさんの相談を聞いてた」


「肩に頭乗せられてたけど?」


「……見てたの?」


「たまたま」


しょうこは前を向いたまま答えた。


「そういうの、普通なの?」


「分からない」


「ふーん」


しばらく沈黙。


「ひろし」


「ん?」


「私とも……」


しょうこが言葉を止める。


「何?」


「……なんでもない」


「気になるんだけど」


「うるさい」


しょうこは顔を赤くして歩く速度を上げた。


ひろしは追いかける。


「待ってよ」


「来んな!」


「なんで?」


「知らない!」


その横顔を見て、ひろしは笑った。


「しょうこって、意外と分かりやすいね」


「……殺すよ」


「怖い」


「本気だから」


そう言いながら、しょうこも笑っていた。


---


その夜。


ホテルに戻ったひろしのスマートフォンが鳴った。


莉奈からだった。


『今、電話できる?』


ひろしはベッドに腰を下ろす。


『できるよ』


すぐに着信。


「もしもし」


『ひろしさん?』


「うん」


『今日、誰といたの?』


「……なおみさん」


電話の向こうが少し静かになる。


『そっか』


「どうしたの?」


『なんでもない』


「莉奈さん?」


『……ひろしさんってさ』


「うん」


『誰にでも優しいよね』


「そうかな」


『うん』


少しだけ寂しそうな声だった。


『だから、ちょっと困る』


「え?」


『私、ひろしさんのこと……』


そこで言葉が途切れた。


「莉奈さん?」


『……なんでもない』


「気になる」


『今度会ったときに言う』


「また?」


『うん』


莉奈の笑い声が聞こえた。


『おやすみ』


「おやすみ」


通話が切れた。


ひろしはスマートフォンを見つめた。


なおみ。


しょうこ。


莉奈。


三人とも、自分に何かを伝えようとしている。


でも、ひろし自身はまだ誰にも答えを出せない。


恋愛経験が少ない自分には、誰かを選ぶなんてできなかった。


その夜。


ひろしは眠りにつく直前まで、三人の顔を思い浮かべていた。


そして翌朝。


よしたかから、意味深なメッセージが届いた。


『お前、沖縄来てからモテすぎじゃね?』


ひろしは画面を見て、思わずため息をついた。


――夏は、まだ始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。