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君と過ごした夏の時  作者: こうた


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3/10

第3話 雨上がりの夜



翌朝。


ひろしは、いつもより早く目を覚ました。


目覚ましが鳴る前だった。


「……眠い」


昨夜、莉奈と別れてからも、なかなか眠れなかった。


何度もスマートフォンを確認してしまった。


結局、莉奈から新しいメッセージは来ていない。


「何期待してんだよ……」


自分に呆れながら、ひろしはベッドから起き上がった。


沖縄に来て、まだ数日。


それなのに、仕事以外のことで頭がいっぱいになっている。


自分でも少し怖かった。


---


現場に着くと、空はどんよりしていた。


沖縄の6月は雨の多い時期。


朝から湿った空気がまとわりついている。


「今日、降るかな」


ひろしが空を見上げる。


「降るんじゃない?」


横から声がした。


なおみだった。


「雨、嫌い?」


「現場的には嫌ですね」


「真面目」


なおみは笑った。


「たまには仕事じゃなくて、自分のこと考えたら?」


「自分のこと?」


「彼女とか」


ひろしは固まった。


「……いません」


「知ってる」


「なんで知ってるんですか?」


「よしたか君が言ってた」


「……あいつ」


ひろしは小さくため息をついた。


なおみは笑いながら、


「でも、沖縄に来てから誰かと仲良くなったんじゃない?」


「え?」


「顔に出てる」


「そんなに?」


「うん」


なおみはひろしの顔を覗き込む。


距離が近い。


ひろしは思わず一歩下がった。


「……何で逃げるの?」


「いや……」


「もしかして、女の人苦手?」


「苦手というか……慣れてないだけです」


「ふーん」


なおみは意味ありげに笑った。


「じゃあ、慣れる練習してみる?」


「え?」


「冗談」


そう言って、なおみは先に歩いていった。


ひろしはその背中を見ながら、妙な胸騒ぎを覚えた。


---


昼過ぎ。


突然、雨が降り始めた。


屋根を激しく叩く雨音。


現場の作業が一時中断になる。


ひろしは資材の確認をしながら走り回っていた。


「ひろし!」


なおみの声。


「これ、濡れる!」


「ありがとうございます!」


二人で急いで資材を移動させる。


雨に濡れたなおみの髪が、頬に張り付いていた。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫」


なおみが笑う。


「ひろし君こそ、びしょびしょ」


「俺は大丈夫です」


「そういうところ」


「え?」


「自分のこと、後回しにするよね」


なおみはそう言って、ひろしの肩についた水滴を手で払った。


「……」


ひろしは動けなくなった。


なおみも、自分が何をしたのか気づいたらしい。


「ごめん」


「いえ……」


二人の間に、妙な沈黙が生まれた。


雨音だけが響いている。


なおみが小さく笑った。


「なんか、変な感じだね」


「……はい」


「ひろし君」


「はい?」


「沖縄に来てよかった?」


少し考えてから、ひろしは答えた。


「……まだ分からないです」


「そっか」


なおみは外を見る。


「私は、よかったと思うよ」


「どうしてですか?」


なおみはひろしを見た。


「ひろし君みたいな子と会えたから」


その言葉に、ひろしの胸が熱くなった。


しかし、なおみはすぐに仕事へ戻ってしまった。


まるで、何もなかったように。


---


夕方。


雨が上がった。


空には薄い夕焼けが広がっている。


仕事を終えたひろしが現場を出ようとすると、


「ひろし」


しょうこが呼び止めた。


「何ですか?」


「今日、暇?」


「……たぶん」


「じゃあ付き合って」


「どこに?」


「飯」


しょうこはぶっきらぼうに言った。


「嫌ならいいけど」


「行きます」


「……早っ」


しょうこが少し驚いた。


「お前、意外と素直なんだな」


「よしたかにも言われます」


「ふーん」


二人は歩き始めた。


しばらく無言だった。


「ねえ」


しょうこが突然言った。


「昨日、誰かと会ってた?」


ひろしは足を止めた。


「……なんで?」


「なんとなく」


「別に……」


「女?」


「……」


「やっぱり」


しょうこは笑った。


「誰?」


「知り合った人です」


「へえ」


「それだけです」


「ふーん」


しょうこは前を向いたまま歩く。


「別に興味ないけど」


「はい」


「ほんとに興味ないから」


「分かりました」


「……何笑ってんの?」


「笑ってません」


「笑ってる」


「しょうこさん、面白いなと思って」


「さん付けやめろって」


「じゃあ……しょうこ」


「……うん」


その返事だけ、妙に小さかった。


---


夜。


二人が入った店を出る頃には、空には星が見えていた。


「今日はありがと」


ひろしが言う。


「別に」


しょうこはそっぽを向く。


「また行く?」


「……気が向いたら」


「じゃあ、また」


ひろしが歩き出す。


「ひろし」


「はい?」


「……沖縄、楽しめよ」


「うん」


しょうこはそれ以上何も言わなかった。


ひろしもホテルへ向かった。


その途中。


スマートフォンが震えた。


莉奈からだった。


『今夜、少しだけ会える?』


ひろしは立ち止まる。


その直後。


別の通知が届いた。


なおみから。


『明日、仕事終わったら少し付き合ってほしい』


そして、その数秒後。


しょうこからもメッセージが来た。


『さっき言い忘れた。明日も飯行くから』


ひろしは三つの画面を見つめた。


「……なんで?」


沖縄に来る前は、こんなことになるなんて想像もしていなかった。


一人の女性と出会っただけだった。


それなのに。


気づけば、自分の周りに女性が増えている。


そして、誰か一人を選ぶどころか――


まだ誰の気持ちも分からない。


ひろしは、莉奈への返信画面を開いた。


『どこに行けばいい?』


送信。


すると、すぐに返信が来た。


『昨日の海』


ひろしはスマートフォンを握りしめた。


また、あの海へ。


今夜は何が起こるのだろう。


そして――


自分は、どこまで彼女に近づいてしまうのだろう。


沖縄の夜は、静かに更けていった。

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