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君と過ごした夏の時  作者: こうた


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2/10

第2話 もう一度、君に会いたい



翌朝。


ひろしは目覚ましが鳴るより少し早く目を覚ました。


カーテンの隙間から、強い朝日が差し込んでいる。


「……暑い」


まだ六月だというのに、大阪とは違う暑さだった。


顔を洗い、作業着に着替える。


ホテルを出る直前、スマートフォンを確認した。


昨夜の莉奈とのやり取りが、画面に残っている。


『次に会ったときに教える』


たった一言。


なのに、気になって仕方がない。


「何考えてんだ、俺……」


ひろしはスマートフォンをポケットに入れた。


今日は仕事だ。


恋愛のことを考えている場合じゃない。


そう自分に言い聞かせながら、現場へ向かった。


---


現場に着くと、けんたの大きな声が響いていた。


「ひろし! 昨日頼んだ資料は?」


「ここです」


「遅い!」


「昨日の夜にまとめて――」


「言い訳はいい」


ひろしは黙って資料を渡した。


けんたはそれを受け取ると、ざっと目を通した。


「……まあ、いい」


「ありがとうございます」


「褒めてねえよ」


「はい」


けんたは鼻を鳴らした。


その様子を、少し離れたところから一人の女性が見ていた。


「朝から大変だね」


ひろしが振り向く。


白いヘルメット。


長い髪を後ろで束ね、資料を抱えている。


「……誰ですか?」


「今日からこっちの現場を手伝う、なおみ」


女性は軽く頭を下げた。


「28歳。よろしくね」


「ひろしです。よろしくお願いします」


「そんなに固くならなくていいよ」


なおみは笑った。


「けんたさん、ああいう人だから」


「……いつもあんな感じです」


「知ってる」


なおみは苦笑した。


「だから、ひろし君もあんまり気にしないこと」


「はい」


「真面目だね」


「そうですか?」


「うん」


なおみはひろしの顔をじっと見た。


「でも、ちょっと疲れてる?」


「え?」


「目」


指摘されて、ひろしは少し戸惑った。


「昨日、あまり寝てなくて」


「仕事?」


「……まあ」


昨夜の海と、莉奈の笑顔。


それを思い出してしまった。


なおみは何かを察したように笑う。


「沖縄に来たばかりなんだから、仕事だけじゃなくて少し遊びなよ」


「そういうの、苦手で」


「もったいない」


なおみが言った。


「せっかくの夏なんだから」


その言葉が、昨夜の莉奈と重なった。


『今年の夏、楽しんでくださいね』


ひろしは、なぜか少しだけ胸がざわついた。


---


昼休み。


食堂で弁当を食べていると、突然隣の椅子が引かれた。


「お前、ひろし?」


「……はい」


「私、しょうこ」


短い髪。


少し鋭い目。


そして、腕にはいくつかの小さな傷跡があった。


「22歳」


「よろしくお願いします」


「敬語いらない」


「え?」


「同じ現場なんだから」


しょうこは弁当を開けた。


「それに、あんた真面目すぎ」


「そうですか?」


「そう」


即答だった。


「見てたら分かる」


「……すみません」


「ほら、それ」


「何が?」


「すぐ謝る」


しょうこは呆れたように笑った。


「もっと堂々としてれば?」


「難しいです」


「ふーん」


しょうこはひろしを見た。


しばらく黙ってから、


「でも……嫌いじゃないけど」


「え?」


「何でもない」


しょうこはそっぽを向いた。


ひろしは意味が分からず、弁当に視線を戻した。


---


その日の仕事が終わったのは、夜の八時過ぎだった。


ホテルへ戻る途中。


スマートフォンが震える。


莉奈だった。


『今日、仕事終わった?』


ひろしは少し迷ってから返信した。


『今終わりました』


すぐに返事が来る。


『じゃあ、少しだけ会わない?』


ひろしの足が止まった。


画面を見つめる。


『どこで?』


『昨日の海』


心臓が一度、大きく鳴った。


---


海へ向かうと、莉奈はすでに来ていた。


白いワンピース。


昼間とは違う、少し大人びた雰囲気。


「こんばんは」


「こんばんは」


「来てくれたんだ」


「……はい」


「なんか緊張してる?」


「してないです」


「嘘」


莉奈が笑う。


その笑顔を見ると、ひろしも自然に笑ってしまった。


二人で海沿いを歩く。


会話は仕事の話から、好きな食べ物、地元の話へ変わっていった。


「ひろしさんって、彼女いる?」


突然、莉奈が聞いた。


「いないです」


「今まで何人?」


「……ほとんどいないです」


「ほとんど?」


「ちゃんと付き合ったのは一人だけ」


「へえ」


莉奈は少し意外そうな顔をした。


「じゃあ、恋愛苦手?」


「……たぶん」


「私も似たようなもの」


「嘘ですよ」


「なんで?」


「莉奈さん、慣れてそうだから」


「何に?」


「こういう……」


ひろしは言葉に詰まった。


莉奈が足を止める。


「こういう?」


「……女性との距離感」


莉奈は一瞬黙った。


そして、ひろしに一歩近づいた。


「じゃあ、今は?」


「え?」


「私との距離感」


気づけば、二人の距離はかなり近くなっていた。


潮風が吹く。


莉奈の髪がひろしの頬に触れた。


ひろしは動けなかった。


莉奈も動かなかった。


数秒。


ただ、お互いの目を見つめる。


「……近いですね」


ひろしが小さく言った。


「うん」


莉奈は笑った。


「でも、嫌じゃないでしょ?」


「……嫌じゃないです」


「そっか」


莉奈がほんの少し顔を近づける。


ひろしの鼓動が速くなる。


あと少し。


本当にあと少しで――。


「ひろし?」


突然、スマートフォンが鳴った。


二人とも同時に離れた。


画面には、よしたかの名前。


『明日、朝早いから寝坊すんなよ』


「……」


ひろしは思わず空を見上げた。


莉奈が吹き出す。


「ふふっ」


「……最悪だ」


「何が?」


「いや……」


莉奈は笑いながら言った。


「今日はここまでにしようか」


「え?」


「また明日、会えるかもしれないし」


そう言って、莉奈は海の方へ歩いていった。


ひろしはその背中を見つめた。


そして初めて、自分から思った。


――また会いたい。


それが恋の始まりだとは、まだ気づいていなかった。

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