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君と過ごした夏の時  作者: こうた


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第1話 沖縄の青い海



2026年6月。


大阪は、朝から蒸し暑かった。


ひろしは駅のホームで、スマートフォンに表示された航空券を確認していた。


「……沖縄か」


独り言が漏れる。


建設会社に勤めて三年。


現場監督として、これまで大阪や兵庫の現場を転々としてきた。


だが、今回のような長期出張は初めてだった。


「おい、ひろし!」


背後から声が飛んできた。


振り返ると、けんたが大きなキャリーバッグを引きながら歩いてくる。


「集合時間、間違えてないだろうな?」


「大丈夫です。予定より三十分早く来てます」


「相変わらず細けえな」


けんたは鼻で笑った。


32歳。


現場では声が大きく、何事にも自信満々。


ひろしが少しでもミスをすると、すぐに厳しい言葉を浴びせてくる。


「沖縄なんて遊びに行くようなもんだろ」


「仕事ですよ」


「分かってるよ」


けんたは笑った。


その隣では、よしたかがスマートフォンを眺めていた。


「よしたか、何見てるんだ?」


「彼女から」


「また?」


ひろしが呆れる。


「昨日とは別の彼女?」


「そう」


よしたかは平然と答えた。


「三人いるから」


「……お前、本当に同い年か?」


見た目だけなら、よしたかはどこにでもいる大人しい青年だった。


ところが、その中身はひろしとは正反対だった。


恋愛経験豊富。


女性との距離の詰め方も上手い。


ひろしには到底真似できない。


「ひろしも沖縄で彼女作れば?」


「無理だよ」


「なんで?」


「そういう経験ないし」


「だから作るんだろ」


よしたかは笑った。


その言葉に、ひろしは返事をしなかった。


恋愛。


その言葉自体が、どこか遠いものに感じていた。


仕事を覚えること。


失敗しないこと。


周囲に迷惑をかけないこと。


そればかり考えてきた。


誰かを好きになる余裕なんて、いつの間にかなくなっていた。


---


数時間後。


飛行機の窓から見えた沖縄の海は、ひろしが想像していた以上に青かった。


雲の切れ間から太陽が差し込み、海面がきらきらと輝いている。


「……すごいな」


思わず声が出た。


「お前、初めてか?」


隣のけんたが聞く。


「はい」


「じゃあ仕事終わったら遊びに行けよ」


「そんな余裕ないですよ」


「真面目だねえ」


けんたは笑う。


だが、ひろしはもう一度窓の外を見た。


なぜだろう。


胸の奥が、少しだけ軽くなっていた。


---


沖縄に到着してからは、忙しかった。


現場の確認。


協力会社との打ち合わせ。


工程表の確認。


資材の手配。


ホテルに戻った頃には、夜の九時を過ぎていた。


「疲れた……」


ひろしはベッドに腰を下ろした。


窓の外から、沖縄独特の夜の音が聞こえる。


大阪とは違う。


それだけで、少し不思議な気分になった。


スマートフォンを見る。


よしたかからメッセージが届いていた。


『飯食いに行くけど来る?』


少し迷ってから、ひろしは断った。


今日は一人でいたかった。


シャワーを浴び、部屋を出る。


ホテルの近くを少し歩いてみることにした。


---


夜の沖縄は、昼とはまったく違っていた。


街灯に照らされた道路。


遠くから聞こえる音楽。


観光客らしい人たちの笑い声。


ひろしはコンビニで飲み物を買い、海の近くまで歩いた。


堤防に腰を下ろす。


「……静かだな」


波の音だけが聞こえる。


そのときだった。


「すみません」


突然、後ろから女性の声がした。


ひろしが振り返る。


白いシャツに、淡い色のスカート。


肩まで伸びた髪が、夜風に揺れていた。


年齢は、自分より少し上だろうか。


女性は困ったように笑った。


「写真、撮ってもらえませんか?」


「え?」


「一人で来たんですけど……」


女性がスマートフォンを差し出した。


「もちろん」


ひろしは立ち上がった。


女性からスマートフォンを受け取る。


少し離れた場所に立った彼女へカメラを向けた。


シャッターを押す。


「どうですか?」


「……いいと思います」


「本当?」


彼女が画面を覗き込む。


「わあ。きれい」


「沖縄だからじゃないですか」


「ふふっ」


彼女が笑った。


その笑顔を見た瞬間。


ひろしの胸が、ほんの少しだけ高鳴った。


「大阪の人ですか?」


「え?」


「イントネーションが少し違うから」


「はい。大阪から仕事で来てます」


「やっぱり」


女性は嬉しそうに笑った。


「私、莉奈です」


「……ひろしです」


「ひろしさん」


名前を呼ばれただけなのに、妙に意識してしまう。


「出張?」


「はい。しばらく沖縄にいます」


「じゃあ、また会えるかもしれませんね」


莉奈はそう言った。


そして、海を見る。


「沖縄の夏って、長いんですよ」


「そうなんですか?」


「うん。だから……」


莉奈が振り返る。


「今年の夏、楽しんでくださいね」


その言葉が、なぜか心に残った。


---


ホテルへ戻る道。


ひろしは何度も振り返りそうになった。


けれど、振り返らなかった。


まだ会ったばかり。


名前を交換しただけ。


それなのに――。


スマートフォンが震えた。


画面を見る。


知らない番号。


いや。


さっき登録したばかりの名前だった。


『莉奈』


『今日はありがとう』


短いメッセージ。


ひろしはしばらく画面を見つめた。


そして、ゆっくり文字を打つ。


『こちらこそ。写真、ちゃんと撮れてましたか?』


送信。


数秒後。


返信が来た。


『うん。でも、もう一枚撮ってほしい』


『どんな写真ですか?』


しばらく既読がつかなかった。


やがて返信が届く。


『次に会ったときに教える』


ひろしは思わず笑ってしまった。


沖縄に来て、まだ一日目。


仕事しかないと思っていた夏が――。


ほんの少しだけ、違うものになり始めていた。

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