第1話 38歳で目覚める。死に戻りの加速
――斧が振り下ろされる音が、まだ耳の奥にこびりついていた。
空気を裂く重い風切り音。
刃が首筋に触れた瞬間の、あの“冷たさ”。
皮膚が粟立ち、背骨が凍りつくような恐怖。
そして、世界が黒く塗りつぶされた。
……はずだった。
「……はっ……!」
ラースは息を吸い込み、上半身を跳ね起こした。
肺が焼けるように痛い。
喉は砂漠のように乾き、呼吸がうまくできない。
心臓が暴れ馬のように脈打ち、手足は震え、汗が背中を伝って落ちていく。
――死んだ。確かに死んだはずだ。
帝国兵の斧が、俺の首を――。
ラースは反射的に首筋へ手を当てた。皮膚は温かく、なめらかで、どこにも切断の痕跡はない。
「……夢、じゃないよな……?」
自分の声が震えていた。
自分の声なのに、どこか他人のもののように聞こえる。
周囲を見渡すと、そこは見知らぬ場所だった。
石畳の路地裏。
薄暗い朝の光。古びた木箱が積まれ、猫が一匹こちらを警戒している。
湿った土の匂いと、遠くから聞こえるパン屋の鐘の音。
「……どこだ、ここ……?」
立ち上がると、身体が軽い。
前回よりもさらに軽い。
腕の筋肉の張り、足の動き、呼吸の深さ――全部が“若い”。
「……まさか……」
近くの水たまりに映る自分の顔を覗き込む。
そこには、前回よりさらに若いラースの顔があった。
皺が薄い。目の下のくまもない。頬の肉付きも違う。
「……若くなっている……?」
前回は39歳で目覚めた。今回はそれよりも若く見える。
――死ぬたびに若返っている。
その事実が、背筋を冷たく撫でた。
「……なんなんだよ……これ……」
だが、前回とは違う点がいくつもある。
服が違う。場所が違う。状況が違う。
共通しているのは――金がないことだけ。
「……はぁ……」
ため息をつきながら王都を歩き、日雇いの仕事を探しつつ、今がいつなのかを確認する。
「王国歴529年だよ。戦争? まぁ国境のほうでな」
529年。
前回は530年に目覚め、1年後にあの戦場で死んだ。
つまり――あと2年で、またあの地獄が来る。
「……また、兵士になるしかないか……」
結局、仕事は見つからず、ラースは兵士募集所の門を叩いた。
面接官は前回と同じ男だった。
対応も同じ。質問も同じ。ため息のつき方まで同じ。
「……採用だ。明日から訓練だ」
「……はい」
だが今回は違う。
訓練初日から、ラースは槍も弓も走りもこなせた。
生活魔法の水も出せた。
周囲の兵士が驚くほどに。
――前回の経験が、身体に残っている。
ラースは拳を握った。
「……今度こそ……」
だが、この時のラースはまだ知らなかった。
この“死に戻り”が、さらに加速していくことを。




