第1話 早朝の森へ――違和感に導かれて
まだ空が薄い青色を帯びたばかりの早朝。
孤児院の裏庭には、冷たい空気が静かに満ちていた。
ラースはひとり、森の入口に立っていた。
手にしているのは、孤児院の台所から借りた果物ナイフと、腰に下げた水袋だけ。
(……昨日の夜の“気配”。あれを確かめないと)
胸の奥に残ったざわつきは、眠っても消えなかった。
森の中へ一歩踏み出すと、湿った土の匂いが鼻をくすぐる。
朝露に濡れた草が足元で柔らかく揺れた。
鳥の声。風の音。葉の擦れる音。
そのすべてが、妙に鮮明に聞こえる。
(……こんなに音が聞こえたこと、あったかな)
自分の感覚が研ぎ澄まされていることに、ラースは気づいていた。
だが、その理由は分からない。
ただ、胸の奥で“何か”が目覚めているのを感じる。
森に入ってしばらくすると、草むらの向こうから小さな気配がした。
(……獣だ)
姿を見せたのは野兎。
警戒しながら草を食んでいる。
ラースは息を潜めた。
(……今だ)
気づけば、体が勝手に動いていた。
一歩、二歩、三歩――野兎がこちらを見ない“隙”を正確に捉え、距離を詰める。
そして――
「っ!」
ラースの足が野兎の頭を蹴り上げた。
鈍い音。野兎がぐらりと揺れる。
その隙に果物ナイフを抜き、喉元を切り裂いた。
血が溢れ、ラースは手際よく逆さにして木に吊るす。
(……なんで、こんなことができる?俺は……ただの子供なのに)
胸の奥のざわつきが、またひとつ大きくなった。
野兎の血抜きを終えたラースは、ふと森の奥から漂う“違和感”に気づいた。
(……あっちだ)
理由は分からない。
ただ、行かなければならない気がした。
風が吹くたび、森の奥から“視線”のようなものを感じる。
昨日の夜、寝室の窓から感じたあの気配と同じ。
(……確かめないと)
ラースは野兎を吊るしたまま、草木をかき分けて森の奥へ進んだ。
胸の奥のざわつきは、もう止まらなかった。




