第9話 ロックと英雄
素顔のまま学校に行けばどうなるか。昨日の放課後とスジローの一件は例外ではない。
(このままでは目立ってしまう!?)
目立ったところで、良いことなんて1つもないのは、すでに経験済みだ。
(顔を隠そう、……でもどうやって?)
顔を隠せる防具で……いや、ダメだ。
冒険実習以外での装備の着用は禁止されている。すぐに没収されるのがオチだ。
(顔を隠す正当な理由が、……そうだ! 怪我したことにすれば!)
机の引き出しから包帯を取り出し、顔にぐるぐると巻き付ける。
(髪色であれこれ追求されるのも面倒だかな~)
ついには目元と空気穴だけを開けて完全完璧に頭を包帯で覆い隠す。
ついでに、赤チンで、ちょんちょん、と血の滲みを偽装する。
「完璧だ!」
とりあえず1階に下りてみた。
すると、さっそく階段の上り口で、母親と出会した。
「あら、ロックね」
母親は何気ない口調で言った。
「……そんだけ?」
てっきり反対されるかと思っていた。
息子が顔を隠して登校するなんて「尋常」なことではない。
一般家庭を扱ったドラマなら家族会議ものなのに。
「早く朝ご飯、食べちゃいなさい!」
「ねぇ、これどうよ?」
「血は時間が経つと赤黒くなるから、赤チンで血糊を表現するのは下策ね。色が変わらないし、何より色が鮮やかすぎて安っぽいわ。やるなら本物の動物の血を使わないと」
「なっ、なるほど……」
まさか偽装方法の方でお叱りを受けるとは……。
母親に促されるまま食卓に座る。
食卓にはすでに先客がいた。セシルちゃんだ。昨日とは一転、シュミーズ姿で、眼鏡を掛け、行儀悪く足を椅子の上に載せて、今日の新聞を開いている。
「おっ? ロックぢゃの!」
ぼくに気がつくと、眼鏡の上の縁から覗き込むようにして、そう言ってきた。
ちなみに眼鏡は老眼鏡でもなんでもない。ただの伊達眼鏡。
賢そうに見える、という理由で、新聞を読むときにつけているのだ。
「ロックって意味わかってる?」
「伊達ぢゃろ?」
「……違うと思う」
詳しくは知らんけど、と語尾を濁し、せっせと朝食を胃の腑に流し込む。
「これで大丈夫かな?」
ロック以外の感想がなかったので催促してみた。
「耳が丸見えぢゃ、それではハイエルフとバレバレぢゃわい!」
「……そうかな?」
耳を隠さなかったのは、うっかりではない。多少の尖りはあるが、母親や祖母、曾祖母のように、ぴぃんとして、刺さるほど鋭い、所謂「エルフ耳」じゃなかったからだ。
『続きましては、昨日の夕方に発生したゴブリン喪失事件についての続報です――』
いそいそと耳を包帯に詰めていると、つけっぱなしのテレビからニュースキャスターの緊張した声が聞こえてきた。
『新たに「G-20366」「G-20400」「G-20402」ダンジョンでもゴブリンの消失が確認されました。これで十カ所以上の教習ダンジョンでゴブリンが消失されたことなります』
「――は?」
『昨日未明までに「G-20357」ダンジョンを中心に半径十キロ圏内のダンジョンに影響が及んでいることが確認され、全国冒険者協会は魔神カリスメディナの何らかの策謀ではないか、という見方を強めていますが、今のところ何らかの動きは確認されておりません』
「……,……、……は?」
「新聞にもでとるぞ。見るか?」
と、一面に「ゴブリン消失!?」とでかでかと載った新聞を差し出してくる。
「え? なんで?」
セシルちゃんから新聞を受け取り、しかし一文字も読まずにそう問いかけた。
「誰かさんが指パッチンしたからぢゃろ?」
「え? ぼくのせい?」
「ほかに誰が?」
「……ぇ~……マジで?」
「嘘だと思うならM/Mの討伐数カウンターを確認してみればいい」
ししし♪ と意味深に笑うセシルちゃん。
M/Mをちょいちょいと操作して、早速、討伐数カウンターを、――おおおっ!?
「あら凄い♪ ちょっとした勲章ものね♪」
ぼくの後ろからM/Mの画面を覗き見た母親が面白がるように言った。
「どうぢゃ?」
どれどれ、と食卓の上をはいはいしてセシルちゃんも覗き込んでくる。
「ゴブリンの討伐数だけ四桁超えてるんですが……」
カードを不正利用されて見覚えのない請求額、しかもとんでもない額を請求された気分だ。……請求されたことも、カードを持ったこともないけどさ。
「ひゅ~、ひゅ~、時代が時代なら英雄ぢゃな!」
吹けない口笛を声に出しながらセシルちゃんがそう揶揄してくる。
……冗談ではない!
「今学期の単位はこれで安泰ぢゃな!」
「こんなの誰にも見せられないよ!? 目立っちゃう!!」
「目立てば良いではないか?」
「嫌だよ! 目立つとろくなことがない!」
「……、……ふむ、一理ある。未熟なうちに目立ってもろくなことがないからな。あいわかった! M/Mの討伐数カウンターはわしがなんとかしておこう!」
「助かる~」
これで問題は一つ片付いた。
「そうすると討伐数カウンターはゼロに戻ってしまうが、まあなんとかなるぢゃろ! なんくるない! なんくるない!」
……そうでもなかった。
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