それでも、きみが僕の相棒だ
白い召喚獣は、
僕の靴の上で
ちょこんと座り込んだまま、
まっすぐこちらを見上げていた。
近くで見ると、
やっぱり不思議な見た目だった。
白くて、
丸くて、
ふくらんでいて。
つぶらな目は
まるで黒い小さな石みたいで、
短い足は頼りないくらいに小さい。
とてもじゃないけれど、
強そうには見えない。
立派な召喚獣、
という感じでもなかった。
それなのに、
そのまっすぐな目だけは
なぜか目をそらせなかった。
「……えっと」
何を言えばいいのか分からなくて、
口から出たのは
そんな情けない声だけだった。
白い召喚獣は、
そんな僕の様子なんて気にせず、
もう一度だけ小さく鳴く。
「ぷきゅ」
さっきまでなら、
その声は
ずいぶん気の抜けたものに
聞こえただろう。
でも今は、
不思議とそうは思わなかった。
なんというか、
必死に自分を伝えようとしているような、
そんなふうに聞こえた。
僕の靴の上に乗ったまま、
その子はじっと僕を見ている。
逃げるでもなく、
怯えるでもなく、
ただ当たり前みたいに
そこにいた。
会場の空気は、
まだ少しざわついていた。
「靴の上に乗ったぞ」
「なついてるのか?」
「いや、ただ近づいただけじゃ……」
「でも、さっきから
あの子にばっかり反応してるよな」
そんな声が
遠くで聞こえる。
ガルドも、
ミオも、
先生も、
みんなこっちを見ていた。
けれど今は、
その視線よりも
足元の小さな温もりの方が
ずっと気になっていた。
白い召喚獣は
ほんの少しだけ首をかしげる。
まるで、
どうしたの、とでも言うみたいに。
そのしぐさが、
少しだけおかしくて。
少しだけ、
かわいかった。
胸の奥にあった冷たさが、
ほんの少しだけやわらいでいく。
たしかに、
この子は強そうじゃない。
みんなに笑われても仕方ないくらい、
見た目も鳴き声も
頼りなく見える。
能力だって、
今のところは
時代遅れと言われる《錬金釜》だ。
それでも。
僕のところに来たのは、
この子なんだ。
ガルドにはグランが来た。
ミオにはルゥが来た。
そして僕の前には、
この白くて丸い小さな子が現れた。
それなら、
たとえ今は
何も分からなくても。
みんなが微妙な顔をしていても。
僕だけは、
この子をハズレだって
決めつけたくなかった。
気づけば僕は、
そっとしゃがみこんでいた。
召喚殿の石床が、
ひんやりと膝に近い。
靴の上の小さな召喚獣と、
目の高さが近づく。
「……きみが、
僕の召喚獣なんだよね」
そうたずねると、
白い召喚獣は
こくりとうなずいた――
ように見えた。
ほんの小さな動きだった。
けれど、
それだけで十分だった。
周りから、
くすっと小さな笑いがもれる。
でもそれはもう、
さっきみたいに
胸に刺さらなかった。
僕はゆっくりと、
手のひらを差し出す。
「……よかったら、
乗る?」
言葉が通じたのかは分からない。
だけど白い召喚獣は、
少しもためらわずに
ぴょこんと軽く跳ねた。
次の瞬間、
小さな体が
僕の手のひらの上に乗っていた。
「わ……」
思わず声が出る。
軽い。
本当にびっくりするくらい軽い。
手のひらにすっぽり収まる大きさで、
ほんのりあたたかい。
見た目はふわっとしていそうなのに、
触れてみると
つるりとしていて、
でも冷たくはなかった。
「ぷきゅ」
白い召喚獣は、
手のひらの上で
ちょっとだけ胸を張って鳴いた。
まるで、
どうだ、と言いたそうだった。
その様子が
あまりにも小さくて、
あまりにも得意げで。
僕は思わず、
ふっと笑ってしまった。
「……ふふ」
その声に、
白い召喚獣が
きょとんとした顔をする。
「ごめん。
なんだか、
かわいいなって思って」
そう言うと、
その子はまた
ぷきゅ、と鳴いた。
今度の声は、
さっきより少しだけ
得意げに聞こえた。
ベルナが、
記録札を持ったまま
こちらに声をかける。
「召喚獣に、
名を与えますか」
名。
その言葉に、
僕ははっとした。
そうだ。
ガルドはグランと名づけた。
ミオはルゥと名づけた。
だったら僕も、
この子に名前をつける番だ。
手のひらの上の白い子を、
じっと見つめる。
丸くて。
白くて。
ぽこっとふくらんでいて。
なんだか、
見ていると自然に
その音が浮かんできた。
「……ポコ」
口に出した瞬間、
白い召喚獣が
ぴくっと反応した。
「ポコっていうのは、
どうかな」
手のひらの上の小さな子は、
目をぱちぱちさせたあと――
「ぷきゅ!」
今まででいちばん
元気よく鳴いた。
その声に、
また少しだけ笑いが広がる。
でも今度の空気は、
さっきまでとは少し違った。
困惑や失笑だけじゃなくて、
なんだか少しだけ
場がやわらいだ気がする。
「ふふ。
気に入ってくれたのかな」
僕がそう言うと、
ポコは胸を張るように
ぴょこんと小さく跳ねた。
やっぱり、
それほど強そうには見えない。
でも、
もうそれだけじゃなかった。
この子は、
ちゃんと僕を見てくれた。
自分から近づいてきてくれた。
僕の手のひらに乗って、
名前に反応してくれた。
それだけで、
十分だった。
「……よろしく、ポコ」
僕が小さく言う。
するとポコは、
手のひらの上で
ちょこんと座り直してから、
やさしく鳴いた。
「ぷきゅ」
その返事は、
強くはない。
頼もしいとも、
まだ言えない。
でも、
ちゃんと返してくれたんだと
分かる声だった。
神官が静かに告げる。
「召喚は、
出会いの始まりです」
その言葉が、
今度は不思議なくらい
すっと胸に落ちた。
出会いの始まり。
たしかにそうだ。
この先どうなるのかなんて、
まだ何も分からない。
《錬金釜》が
本当に何をできるのかも、
この子がどんな召喚獣なのかも、
まだ全然分からない。
それでも、
今ここでひとつだけ
確かなことがある。
ポコは、
僕の相棒だ。
僕はそっと、
ポコを肩の上に乗せてみた。
落ちないかなと少し心配したけれど、
ポコは驚くほど自然に
僕の肩へ収まった。
ちょこんと丸くなって、
そこが気に入ったみたいに
動かない。
「え……。
そこ、好きなの?」
「ぷきゅ」
短い返事が返ってくる。
その軽い重みが、
なんだか少しくすぐったい。
でも嫌じゃなかった。
むしろ、
少しだけ安心した。
周りからは、
まだひそひそ声が聞こえる。
「肩に乗った」
「ちっちゃいな……」
「ほんとに不思議な召喚獣だ」
それでももう、
さっきみたいに
胸は冷えなかった。
だって今、
僕の肩の上には
ちゃんとポコがいる。
誰が何と言っても、
この子は僕のところへ来てくれた。
だったら、
まずは僕が信じたい。
この白くて丸い小さな相棒を。
「行こう、ポコ」
小さくそう言うと、
肩の上で
ポコがもう一度鳴いた。
「ぷきゅ」
その声は、
まだとても頼りない。
けれど同時に、
今日という日の始まりを
ちゃんと告げる声でもあった。
僕はそっと息を吸って、
祭壇の前に立つ人たちを見た。
みんなの視線は
まだ少し不思議そうだったけれど、
もうそれでもよかった。
僕の相棒は、
ポコだ。
それだけは、
もう迷わなかった。




