風に選ばれたミオ
「ミオ・フィール」
神官に名を呼ばれて、
ミオが静かに前へ出た。
「はい」
返事は落ち着いていたけれど、
その横顔は
少しだけ緊張して見えた。
ガルドの召喚で
ざわついていた空気も、
ミオが召喚陣の前に立つころには
また静まり返っていた。
僕は思わず、
さっきより強く
手を握ってしまう。
ミオの家は、
山道の案内や
薬草採取で知られている。
風向きや匂いの変化に強い
召喚獣が出やすいって、
村でもよく言われていた。
だからきっと、
ミオにもそれらしい相棒が
現れるんだろう。
そう思いながら見ていると、
ミオは召喚陣の中心で
一度だけ小さく息を吸った。
「手を前へ」
神官の言葉に従って、
ミオがそっと手を差し出す。
その瞬間だった。
ふわり、と。
召喚殿の中に、
やわらかな風が吹いた。
吊るされた布がかすかに揺れ、
僕の前髪も
そっと撫でられる。
「風……?」
思わずつぶやくと、
隣のガルドも
少し驚いたように目を見開いた。
「おい、今の……」
次の瞬間、
召喚陣が淡い緑色の光に包まれる。
ガルドのときみたいな
力強いまぶしさじゃない。
朝の木漏れ日みたいな、
やさしくてきれいな光だった。
その中心から、
小さな影がふわりと浮かび上がる。
現れたのは、
一羽の小鳥だった。
淡い緑を帯びた羽。
丸くてつぶらな目。
細く整ったくちばし。
軽やかな翼を震わせながら、
その小鳥は
一度だけ召喚陣の上をくるりと舞う。
それから、
ためらうこともなく
まっすぐミオの肩へ止まった。
ぴい、と
澄んだ声が召喚殿に響く。
「わあ……」
今度は子どもたちから、
感嘆の声がもれた。
「きれい……」
「すごくミオっぽい」
「かわいい!」
そんな声があちこちから上がる。
ミオ自身も少し驚いたように
肩の上を見て、
それからふっと
やさしく笑った。
「よろしくね」
小鳥は嬉しそうに
羽を震わせる。
記録係のベルナが、
手元の札を確かめて
読み上げた。
「種別、風詠み小鳥型」
「固有能力、《風見の瞳》」
ざわり、と
会場に好意的なざわめきが広がる。
「やっぱり探索向きだ」
「ミオの家らしいな」
「案内役や採集で強そうだ」
「風を読む力か。便利そうだな」
ミオは肩の上の小鳥を
見つめたまま、
少しだけ照れたように笑っていた。
その表情を見て、
僕まで少しほっとする。
フェルム先生が
満足そうにうなずいた。
「《風見の瞳》は、
風と気配を読む力だ。
索敵、探索、
危険の察知にも向いている。
鍛えれば、かなり頼れる能力になるだろう」
「はい」
ミオはいつも通りの
落ち着いた声で答えた。
けれど、
その返事の中に
うれしさが混じっているのが分かった。
肩の上の小鳥が、
もう一度ぴい、と鳴く。
するとミオは、
小さく笑って言った。
「……ルゥ」
その名前を口にした瞬間、
小鳥はぴくっと反応した。
「ルゥっていうのは、
どうかな」
小鳥はぱたっと翼を震わせて、
さっきより少し高い声で鳴いた。
「ぴいっ」
「ふふ。よかった」
ミオがそう言うと、
ルゥはすっかり安心したように
肩の上で丸くなる。
その姿は小さいのに、
不思議とそこが
最初から自分の場所だったみたいに
しっくり見えた。
「すごいな、ミオ」
気づけば、
僕は素直にそう言っていた。
ミオは僕の方を見て、
少しだけ照れくさそうに笑う。
「ありがとう。
でも、まだ何ができるかは
これからだよ」
「それでも、
すごくきれいだった」
僕がそう言うと、
ミオはちょっとだけ
困ったように笑った。
「リクはそういうの、
まっすぐ言うよね」
そのやり取りを聞いていた
ガルドが鼻を鳴らす。
「でも、たしかにすごかったな。
俺のグランは強そうで、
ミオのルゥは便利そうだ」
「便利そうって言い方は
どうなんだろう」
ミオが苦笑する。
「いや、でも大事だろ。
強いだけじゃなくて、
使いやすそうってことだし」
そう言ってから、
ガルドはふっと笑った。
「まあ、俺の方が
かっこいいけどな」
「すぐそうなるんだから」
ミオがあきれたように言う。
そのやり取りが、
いつも通りで。
僕は少しだけ安心した。
ガルドにはグラン。
ミオにはルゥ。
二人とも、
ちゃんとその子らしい相棒を
手に入れたように見える。
その事実はうれしいのに、
同時に胸の奥が
少しずつ重くなっていった。
次はいよいよ、
僕の番だからだ。
もし、
二人みたいに
分かりやすく立派な相棒が
来なかったらどうしよう。
もし、
誰も知らないような
変な召喚獣だったら。
もし、
能力を聞いた瞬間に
みんなが困った顔をしたら。
考えたくないのに、
そんな想像ばかりが
浮かんでしまう。
ミオがそっと
僕の顔をのぞきこんだ。
「リク、大丈夫?」
「え」
「さっきから、
ちょっと顔がこわばってる」
気づかれていたらしい。
僕は慌てて首を振った。
「だ、大丈夫。
ちょっと緊張してるだけ」
「そっか」
ミオはそれ以上は言わず、
ただ小さくうなずいた。
肩の上のルゥが、
そんな僕を見つめるように
小さく首をかしげる。
グランも、
ガルドの足元で
静かにこちらを見ていた。
二人とも自分の相棒がいる。
そのことが、
急に現実味を持って迫ってくる。
次に呼ばれたら、
僕にも何かが現れる。
それがどんな相棒なのかは、
まだ誰にも分からない。
召喚殿の空気が
また静まり返る。
神官が視線を落とし、
次の名を確認した。
その一瞬が、
やけに長く感じられる。
僕は無意識に
ごくりとつばを飲みこんだ。
そして――
「リク・アルス」
ついに、
僕の名前が呼ばれた。




