この力を、どう使うか考えはじめた
フェルム先生の家を出たあとも、
先生の言葉は、しばらく頭の中に
残っていた。
むやみに人前で試すな。
珍しい力は、価値が分かる者には
すぐ分かる。
慎重になれ。
肩の上では、ポコが小さく
丸くなっている。
さっきまでより少し元気を
取り戻しているみたいだけど、
やっぱり昨日よりは静かだった。
「……大丈夫?」
「ぷきゅ」
今度の返事は、さっきより
しっかりしていた。
僕は少しだけ安心して、
帳面を抱え直す。
村へ戻る道は、昨日までと
同じはずなのに、今日は少しだけ
違って見えた。
灯り石。
火石板。
簡易刻印。
鍛冶屋の炉の術式。
今までは、ただそこにあるもの
だったのに、今日はどれも
気になって仕方がない。
もしポコが、こういうものにも
反応するなら。
もし中を見て、整えられるなら。
そう考えるだけで、胸の奥が
熱くなる。
でも同時に、先生の声が
その熱を少しだけ静かにする。
急ぐな。
全部を一度に見せるな。
僕は歩きながら、
何度もその言葉をくり返した。
「リクー!」
後ろから声がして、
僕ははっと振り返る。
ミオだった。
肩には風詠み小鳥が止まっていて、
羽先が細かく震えている。
ふわりと浮いたかと思うと、
僕のまわりを一度だけ小さく
回って、またミオの肩へ戻った。
「やっぱりいた。
先生のところに行ってたんでしょ?」
「う、うん」
「どうだった?」
ミオはまっすぐ僕の顔を見る。
悪気なんて、もちろんない。
ただ純粋に気になっているだけだ。
それは分かる。
でも、僕は一瞬だけ
返事に迷ってしまった。
どこまで言っていいんだろう。
石のこと。
薬草のこと。
釘のこと。
火石のこと。
あれを全部、そのまま
話してしまっていいのか。
肩の上で、ポコが
小さく体を揺らした。
「……少しだけ、分かったよ」
僕はゆっくり答える。
「素材に触れると、反応するみたい。
石とか、薬草とか」
「へえ……!」
ミオの目がきらりとする。
「やっぱり、ただの
珍しい能力じゃなかったんだ」
「うん。まだ全部は分からないけど」
それは本当だ。
嘘じゃない。
でも、全部でもない。
胸の奥が、ちくりとした。
ミオに隠しごとをしている
みたいで、少しだけ苦しい。
けれど風詠み小鳥が、
不意に羽をぴくりと震わせた。
ミオが空を見上げる。
「……どうしたんだろ」
「え?」
「ううん。ちょっと風が
乱れただけかも」
小鳥は首をかしげてから、
また静かに羽をたたんだ。
その様子を見たとき、
僕は少しだけほっとした。
ミオの召喚獣は、空気の違いを
読むことができる。
だったらきっと、ポコのことも
僕より早く気づくことがある。
だからこそ、今はまだ、
全部を話さないほうがいいのかも
しれない。
「また何か分かったら教えてね」
ミオは笑って言う。
「私も、この子のこと、
もっと知りたいから」
「……うん」
僕はうなずいた。
今は全部は言えない。
でも、ずっと黙っていたい
わけでもない。
ちゃんと分かるまでは、
ちゃんと自分の手の中に
置いておきたいだけだ。
それは、隠すのとは
少し違う気がした。
ミオと別れて、
僕はまた家のほうへ歩き出す。
その途中、道ばたの古い灯り石の前で、
ポコがふいに動きを止めた。
「……ポコ?」
白い丸い体が、
僕の肩の上でぴたりと固まる。
視線の先にあるのは、
村はずれの曲がり角に立つ、
少し古びた灯り石だった。
昼だから光っていない。
でも、根元の金具は少し錆びていて、
石の表面には細いひびが入っている。
ポコは、それをじっと見ている。
ほんの一瞬だけ、
白い体の内側に青い線が
走りかけた。
「……っ」
僕は思わず息をのむ。
でも、次の瞬間には
フェルム先生の声が頭をよぎった。
人前で試すな。
全部を一度に見せるな。
僕はぎゅっと手を握る。
ここで試したら、
たしかに続きが見えるかもしれない。
灯り石の中に何があるのか。
ポコが何を感じているのか。
気になる。
すごく気になる。
けれど。
「……だめだよ、ポコ」
僕は小さくつぶやいた。
「今は、やめよう」
ポコはその声を聞いて、
青い光を引っこめるみたいに
体を小さく揺らした。
「ぷきゅ」
少しだけ残念そうにも、
でも分かったよと言っている
ようにも聞こえた。
僕はそっと、その頭を撫でる。
「ごめん。でも、
ちゃんと分かる場所でやろうね」
「ぷきゅ」
今度の返事は、さっきより
やわらかかった。
そのまま家へ帰ると、
僕は靴を脱ぐより先に
机のところへ向かった。
帳面を開く。
昨日と今日の記録の続きに、
新しい一行を書き足す。
『村はずれの古い灯り石に
ポコが反応しかけた。
でも、人前だったので
試さなかった』
そこまで書いてから、
少し迷う。
それから、もう一行だけ足した。
『これからは、
試す場所も考える』
字にしてみると、
先生の警告が少しだけ
自分のものになった気がした。
ポコは机の上へぴょこんと乗って、
その文字をのぞきこむ。
「今日のこれは、
失敗じゃないからね」
「ぷきゅ?」
「我慢できたってこと。
たぶん、それも大事なんだと思う」
そう言うと、ポコは
少し考えるみたいに止まってから、
小さく鳴いた。
「ぷきゅ」
その声は、
それならいいよ、みたいに
聞こえた。
僕は帳面を閉じて、
その表紙をそっと撫でる。
石。
薬草。
釘。
火石。
そして、試さなかった灯り石。
できたことだけじゃなくて、
まだしていないことも、
たぶん大事なんだ。
ポコの力を知ることと、
ポコを守ること。
その二つは、
きっと同じ線の上にある。
窓の外では、夕方の風が
庭の布を少し揺らしていた。
明日、試せることは
まだたくさんある。
でも今の僕は、
昨日までとは少し違っていた。
この力を、ただすごいと
思うだけじゃない。
どう扱うかまで考え始めている。
そのことが、
自分でも少しだけ
うれしかった。




