この力は、まだ僕たちだけの秘密
その小さな光を見つめたまま、
フェルム先生はしばらく黙っていた。
僕も何も言えなかった。
錬金術、という言葉の余韻が、
まだ胸の中に残っていたからだ。
消えた技術。
でも、ポコの中には、
その欠片がまだ残っているかも
しれない。
そう思うと、うれしいのに、
少しだけ落ち着かない気持ちにも
なった。
「……だからこそだ」
ぽつりと、先生が言った。
「えっ」
顔を上げると、
フェルム先生は机の上の火石を
指先で軽く押さえながら、
まっすぐ僕を見ていた。
「だからこそ、むやみに
人前で試すな」
低い声だった。
さっきまでの説明よりも、
ずっと重い響きがあった。
僕は思わず背筋を伸ばす。
「はい」
「石や薬草くらいなら、
見てもただ珍しいで済ませる者も
いるだろう」
先生はそこで、
整えられた釘へ目を向けた。
「だが、金属や火石となると
話は変わる。
鍛冶師、薬師、魔道具師、
素材を扱う商人――
そういう連中なら、
価値に気づく」
価値。
その言葉が、
さっきよりずっと重く聞こえた。
ポコは僕の膝の上で、
きょとんとした顔のまま
こっちを見上げている。
白くて、丸くて、
小さくて、かわいい。
でも今は、その小ささの中に
簡単には見せちゃいけない何かが
詰まっている気がした。
「広場の真ん中で試すな。
店先で軽々しく見せるな。
誰が見ているか分からん場所で、
何度も力を使うな」
先生はひとつずつ、
念を押すように言った。
「隠し通せ、という意味じゃない。
そんなことはいずれ無理になる」
「……ですよね」
「役に立つ力なら、
手伝いでも依頼でも、
いつか使うことになるからな」
僕は小さくうなずいた。
村の中でも、外でも、
役に立つなら使う場面は出てくる。
たぶん、それは避けられない。
「じゃあ、どうしたら
いいんでしょう」
「見せ方を選べ」
先生の返事は早かった。
「誰に見せるか。
どこで見せるか。
どこまで見せるか。
それを考えろ」
その言葉は、
帳面をつける意味にも
つながっている気がした。
「まだ分からないことが多いなら、
なおさらだ。
分からんまま全部さらせば、
必要以上に見せることになる」
「必要以上に……」
「そうだ。
逆に言えば、
分かっていれば加減できる」
フェルム先生は
僕の帳面を軽く指さした。
「だから記録を続けろ。
何に触れたか。
どう光ったか。
何が変わったか。
変わらなかったものは何か。
それを残せ」
「はい」
「記録は、力を知るためだけじゃない。
力を守るためにも必要だ」
その言葉に、
胸の奥が少しだけ熱くなった。
力を守る。
今まで帳面は、
忘れないためのものだと
思っていた。
でも、それだけじゃない。
書き残していけば、
使っていい場所と、
まだ見せないほうがいい場所を
選べるようになる。
ポコの力を、
ちゃんと守りながら
育てていける。
「……分かりました」
そう答えると、
ポコが小さく鳴いた。
「ぷきゅ」
先生はその声に、
少しだけ口もとをゆるめた。
「お前も分かったならいい」
「ぷきゅ」
ポコは胸を張るみたいに
座り直した。
その様子が少しだけおかしくて、
僕は緊張したままでも
ちょっと笑ってしまう。
「まあ、怖がりすぎる必要はない」
フェルム先生は腕を組み直した。
「慎重であることと、
怯えることは違う。
お前がやるべきなのは、
見ないふりでも焦ることでもない。
ちゃんと知ることだ」
「ちゃんと知ること……」
「そうだ。
積み上げれば、
見えてくるものも増える。
この力がどこまで行けるかもな」
遠くまで。
さっき聞いたその言葉が、
もう一度胸の中で響いた。
何ができるのかは、
まだ全部分からない。
でも、分からないまま
終わらせるつもりもなかった。
先生の家を出るころには、
日がだいぶ傾いていた。
帰り道、ポコは僕の肩の上で
いつもより静かだった。
疲れているのかもしれないし、
僕と同じで考えているのかも
しれなかった。
家に戻ると、夕方の光が
机の上を長く照らしていた。
僕は椅子に座り、
帳面を開く。
石。
薬草。
釘。
火石。
それぞれの反応を、
見たまま、思い出せるまま、
ひとつずつ書き足していく。
ポコは机の端に座って、
僕の手元をじっと見ていた。
「これからも、ちゃんと書くよ」
「ぷきゅ」
「分かることを増やしていこう。
でも、急ぎすぎないように」
そう言うと、ポコは
満足そうに小さく鳴いた。
窓の外では、夕暮れの風が
草を揺らしている。
村の中では、召喚獣も、
魔法も、魔道具も、
きっと今日と同じように
誰かの役に立っている。
ポコもいつか、
ああして自然に、
誰かの役に立てるようになるのかな。
そんなことを思いながら、
僕は最後の一行を書き足した。
ポコの力を知るための記録は、
きっとそのまま、
ポコを守るための記録にもなる。
この力は、まだ僕たちだけの秘密だ。
焦らず、隠しすぎず、
ひとつずつ知っていけばいい。
そう決めて、僕は帳面を閉じた。




