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ハズレ召喚だと笑われた白いまんじゅう、実は《錬金釜》持ちの最強相棒でした  作者: ヨグー
第二章 肩の上の白い相棒は、今日も笑われる

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15/30

火石の中に、消えきらない火があった

 次の日の朝、僕は昨日より少しだけ

 早く目を覚ました。


 窓の外は、まだやわらかい光だ。

 鳥の声が遠くで聞こえて、

 朝の空気は少しひんやりしている。


 机の上には、昨日書いた帳面が

 置いたままだった。


 開いたページには、

 石、薬草、釘の記録が残っている。


 字はきれいじゃない。

 でも、見返すとちゃんと

 昨日のことが浮かんできた。


 石に触れたときの青い線。

 薬草に走ったやわらかな光。

 釘の中をなぞるみたいに揺れた、

 細くて鋭い青。


 ポコは、僕の枕元で丸くなっていた。

 白い体が、朝の光の中で

 うっすらと金色に見える。


「おはよう、ポコ」


「ぷきゅ」


 眠そうな声で返事をしてから、

 ポコはのびをするみたいに

 小さく体を揺らした。


 昨日よりは元気そうだ。


 その様子を見て、僕は

 少しだけ安心する。


「今日は、昨日の続きだよ」


「ぷきゅ」


 今度の返事は、ちゃんと

 やる気があるみたいに聞こえた。


 朝ごはんの席で、父さんは

 昨日の帳面を一度だけ見てから、

 小さな布袋を机の上へ置いた。


「持っていけ」


「え?」


 布袋の口を開けると、

 中には小さな赤い欠片が

 二つ入っていた。


 火石だった。


 昨日、鍋の下に使っていた

 火石板に入っていたものより、

 ずっと小さい。

 でも、近くで見ると

 欠片の奥に赤い光が

 かすかに残っている。


「これ……」


「もう火力が落ちて、

 家では使いにくくなった欠片だ。

 捨てるほどではないが、

 そのままじゃ心もとない」


 父さんは味噌色のスープを

 ひと口飲んでから続ける。


「昨日の話が本当なら、

 試してみる価値はある」


 母さんが、ああ、という顔をした。


「火石なら、反応が分かりやすいかも

 しれないわね」


「うん」


 僕は布袋をそっと握る。


 石や薬草や釘と違って、

 火石は魔力を帯びた素材だ。


 昨日の続きだとしても、

 少しだけ緊張した。


「無理はさせるなよ」


 父さんが言う。


「はい」


「反応が強すぎるなら、

 途中でやめろ。

 昨日と同じとは限らん」


「分かった」


 その返事を聞いて、

 父さんは短くうなずいた。


 母さんはポコを見て、

 やわらかく笑う。


「でも、ポコちゃんなら

 ちゃんと教えてくれそうね」


「ぷきゅ」


 ポコは少し得意そうに

 胸を張った。


 その姿がおかしくて、

 僕はちょっとだけ笑ってしまう。


 朝ごはんを食べ終えると、

 僕は帳面と炭筆、

 それから布袋を持って家を出た。


 肩の上では、ポコが

 いつもより少しだけ前のめりに

 なっている。


 気になっているのかもしれない。


 村の道は、昨日と同じようでいて

 少し違って見えた。


 昨日までは、ただ目に入っていた

 ものが、今日は気になって仕方ない。


 鍛冶屋の前の火床。

 パン屋のかまど。

 家々の灯り石。

 道の端の小さな刻印板。


 魔法も、魔道具も、

 この村の中に当たり前みたいに

 溶けこんでいる。


 そして、もしポコが

 そういうものにも関われるなら。


 それはきっと、

 石や薬草や釘とはまた違う意味を

 持つことになる。


 フェルム先生の家に着くと、

 今日は昨日よりも早いせいか、

 庭の見習いたちはまだ少なかった。


 木剣を振っている子が二人。

 土の上で簡単な魔法陣を描いている

 子がひとり。


 その中のひとりが僕を見る。


「あ、昨日の」


「また来たんだ」


 昨日みたいなからかいは、

 今日は少し薄かった。


 たぶん、先生の庭で起きたことが

 もうみんなに伝わっている。


 僕は軽く会釈をして、

 先生の家の扉を叩いた。


「失礼します」


「入れ」


 低い声がすぐ返ってくる。


 中へ入ると、フェルム先生は

 もう机の前に立っていた。


 昨日の古い記録帳の横には、

 小さな練習用の魔力灯が

 置かれている。


 先生は僕の手元の布袋に

 目を向けた。


「持ってきたか」


「はい。父さんが、試すならって」


 僕が布袋を差し出すと、

 先生は中身を確かめて

 ふむ、と短く言った。


「使いかけの火石だな。

 ちょうどいい」


 先生は布袋を机の上へ置き、

 その横に昨日の小箱も並べた。


「帳面は持ってきたか」


「はい」


「なら、今日は昨日の続きだ」


 その言い方に、

 僕は少しだけ背筋をのばした。


 昨日の続き。


 そう言われると、

 記録してきたことにも

 ちゃんと意味がある気がする。


 先生は昨日と同じように

 庭の片隅へ出るよううながした。


 外へ出ると、朝の光は

 まだやさしかった。

 土の匂いも、木の匂いも、

 昨日より少しだけ濃い気がする。


 先生は丸太台の上に、

 火石の欠片をひとつ置いた。


「昨日は普通の素材だった。

 今日は魔力を帯びたものを試す」


 その言葉に、

 僕の胸が少しだけ緊張する。


「石や草や金属と同じようには

 いかないかもしれん」


「はい」


「だから、無理はさせるな。

 反応が強いと思ったら止めろ」


「分かりました」


 先生はうなずいてから、

 僕の肩の上のポコを見る。


「お前も、できるところまででいい」


「ぷきゅ」


 ポコは小さく鳴いて、

 でも昨日より真剣な顔で

 火石を見つめていた。


 僕はそっとしゃがんで、

 ポコを地面へ下ろす。


「無理しないでね」


 そう声をかけると、

 ポコは一度だけ僕を見上げた。


 それから、火石のほうへ

 とことこと歩いていく。


 火石の欠片は、

 朝の光を受けて鈍く赤い。


 中に火が残っているのは分かる。

 でも、昨日見た石や薬草みたいに

 表面だけでは何も分からない。


 ポコは火石の前で止まり、

 じっと見つめた。


 長い。


 昨日の石よりも、

 薬草よりも、釘よりも、

 見つめている時間が長かった。


 その白い体の内側で、

 まだ何も起きていない。


 ただ、丸い目だけが

 火石の中をのぞきこんでいる

 みたいだった。


「……大丈夫かな」


 僕が小さくつぶやくと、

 先生が低い声で返す。


「焦るな。

 見ているのかもしれん」


 見ている。


 その言い方に、昨日のことが

 また頭をよぎる。


 ポコはいつも、

 触る前に見ていた。


 ちゃんと見て、

 それから触れていた。


 だから僕は、口を閉じて待つ。


 やがて。


 ポコが、そっと前足を伸ばした。


 火石に触れた、その瞬間だった。


 白い体の内側に、

 今までよりも深い青が走る。


「……っ」


 僕は息をのんだ。


 青い線は、石のときみたいに

 流れこむ感じじゃない。

 薬草みたいに葉脈をなぞる感じでも、

 釘みたいに細く鋭い線でもない。


 もっとゆっくり、

 もっと深く。


 火石の中に残っていた赤い光を

 たしかめるみたいに、

 青と赤が前足の先で

 一度だけ重なった。


 ぽう、と。


 ポコのお腹の中心に灯った光も、

 昨日より強い。


 青い光の奥で、

 小さな火が揺れているみたいだった。


「先生……」


「まだだ。見ていろ」


 低い声に、僕はうなずく。


 火石の表面に、

 ごく細いひびみたいな線が

 浮かび上がった。


 割れたわけじゃない。

 でも、中を通る何かが

 見えるようになったみたいだった。


 くすんでいた赤い光が、

 その線に沿って少しずつ

 澄んでいく。


 黒ずんでいた外側の濁りが、

 薄い膜みたいに剥がれて

 落ちていった。


「え……」


 僕は目を見開く。


 火石の赤が、

 さっきよりはっきりしている。


 燃え上がるわけじゃない。

 でも、芯の通った灯りみたいに

 ちゃんと落ち着いていた。


 ポコは前足を離さない。

 じっと、火石の中の何かを

 整えているみたいだった。


 やがて。


 青い光が静かに引いていく。


 ポコが前足を離すと、

 白い体も元の色へ戻った。


 でも、火石は違う。


 さっきまで弱々しく残っていた赤が、

 今は小さいながらも

 しっかり息づいている。


 先生がそれを拾い上げ、

 小さな練習用の魔力灯へ

 はめこんだ。


「見ていろ」


 先生がわずかに魔力を流す。


 次の瞬間、

 灯具の先に小さな火が灯った。


「……!」


 僕は思わず前へ出る。


 火は細い。

 でも安定していた。

 ちらつかない。

 暴れない。

 ちゃんと灯りとして使える火だ。


「ついた……」


「ただついただけじゃない」


 先生は炎を見つめたまま言う。


「出力が整っている。

 濁りが抜けて、芯が通ったんだろう」


 その言葉に、

 胸がどくんと鳴る。


 石では不純物。

 薬草では傷み。

 釘では錆と歪み。


 そして火石では、

 火の力をにごらせていた何か。


 ポコはそれを見て、

 使える形に整えたのだ。


「《錬金釜》って……」


 口に出した僕の声は、

 思っていたよりずっと小さかった。


 先生は火を消しながら、

 静かに言う。


「魔力を帯びた素材にも

 手が届くなら、話が変わってくる」


 その言い方は重かった。


 でも、こわい感じだけじゃない。


 村の中ではまだ分からない、

 もっと大きな何かへ

 つながる言い方だった。


 ポコは僕の足元まで戻ってくると、

 少しだけふらついた。


「ポコ!」


 僕はあわててしゃがんで、

 両手で受け止める。


 白い体は、

 昨日より少しだけあたたかい。


「大丈夫?」


「……ぷきゅ」


 少し弱い声だったけれど、

 ちゃんと返事はあった。


 苦しそうではない。

 でも、昨日より消耗は大きい

 みたいだった。


「今日はここまでだな」


 先生がきっぱりと言う。


「魔力を帯びた素材は、

 普通の素材より負担が大きい」


 僕はポコを抱えたまま、

 その丸い背中をそっと撫でた。


「すごかったよ」


「ぷきゅ」


 その返事は小さいけれど、

 ちゃんと誇らしげだった。


 先生は机から帳面を持ってきて、

 僕に差し出した。


「書け」


「はい」


「昨日の続きとして残しておけ。

 普通の素材との違いも、

 忘れるな」


 僕はうなずいて、

 帳面を開く。


 昨日の石、薬草、釘の下に、

 新しい行を作った。


『四つ目 使いかけの火石』


 そう書いた瞬間、

 昨日までとは違う実感が胸に満ちる。


 ポコの力は、

 ただ珍しいだけじゃない。


 僕が記録して、

 見つけて、

 積み重ねていくべき力なんだ。


 炭筆を持つ手に、

 少しだけ力が入る。


 そして僕は、

 火石に触れたときの青と赤の重なりを、

 忘れないうちに書き残し始めた。


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