先生にもよく分からない能力 3
そのとき、ポコの視線が
最後のひとつへ向く。
錆びついた、古い釘だ。
土の上に置かれたそれは、
もともとの色も分からないくらい
赤茶けていて、先のほうは少しだけ
曲がっている。
ポコは釘の前で立ち止まると、
いつもより少し長く、
じっとそれを見つめた。
石のときみたいにすぐ触れない。
薬草のときみたいな
やわらかな迷いとも違う。
まるで、慎重に相手を
見定めているみたいだった。
「……金属は、もっと難しいのかな」
僕が小さくつぶやくと、
フェルム先生が腕を組んだまま
うなずく。
「石や草とは性質が違う。
錆びも、ただの汚れじゃないからな」
ポコはそれを聞いていたみたいに、
小さく「ぷきゅ」と鳴いた。
それから、前足をそっと
錆びついた釘に触れる。
その瞬間。
白い体の内側を走った青い線が、
今まででいちばん細く、
鋭く見えた。
「……っ」
僕は思わず、声を飲みこんだ。
石のときは、青い光が
流れこむように見えた。
薬草のときは、水のように
やわらかく広がっていた。
でも今は違う。
青い光は釘の表面に触れたまま、
ごく細い糸みたいに、
金属の線に沿って走っていく。
まるで、釘の中を通る
見えない筋をなぞっているみたいに。
ぽう、と。
ポコのお腹の中心にともった光も、
今までより少しだけ強い。
淡い青の中に、
白い火花みたいなものが
小さく瞬いていた。
「金属の流れを見てるのか……?」
先生が低くつぶやく。
釘の表面が、かすかに震えた。
次の瞬間、赤茶けた錆びが、
ぱらり、と細かく崩れ落ちる。
「わっ」
僕は思わず身を引いた。
でも、それだけじゃ終わらない。
釘の表面を覆っていた錆びは、
削れるというより、
いらない殻が剥がれていくみたいに
少しずつ落ちていった。
下から現れたのは、
鈍いながらも、ちゃんと金属の色を
残した芯の部分だった。
しかも、少しだけ曲がっていた先が、
じわり、と戻っていく。
「え……」
僕は目を見開く。
力任せに押したんじゃない。
熱で溶かしたわけでもない。
なのに、歪んでいた釘が、
ゆっくり元の形へ近づいていく。
ぎし、とも、きい、とも違う、
ごく小さな音がした。
それは、無理やり直す音じゃなくて、
ずれていたものが正しい場所へ
戻っていくような音だった。
ポコは前足を離さないまま、
じっとしている。
白い丸い体の中心で、
小さな灯りだけが静かに揺れていた。
やがて。
最後の錆びが、さらりと落ちた。
ポコが前足を離すと、
青い光はすうっと消えていく。
土の上に残ったのは、
さっきまでの古びた釘とは
まるで別物に見える一本だった。
新品みたいにぴかぴか、
というほどじゃない。
でも、錆びて使いものにならない
古釘では、もうなかった。
赤茶けた表面は薄くなり、
芯の金属はしっかり残っている。
先の歪みもだいぶ整っていた。
「……これ、使える」
僕がそう言うと、
フェルム先生が静かにしゃがみこみ、
釘を拾い上げた。
指先で表面をなぞり、
光にかざして、まっすぐさを確かめる。
「完全に新品へ戻したわけじゃない。
だが、錆びで死んでいた外側を落として、
中のまだ生きている部分を
整えたんだろうな」
「金属でも、そんなことが……」
「普通なら、ここまで錆びた釘は
捨てるか、炉に入れ直す」
先生の声には、隠しきれない
驚きがあった。
「だがこの子は、
火も槌も使わずに、
使える部分だけを選び直した」
見習いたちのざわめきが、
さっきよりもはっきり聞こえる。
「石だけじゃないのかよ」
「薬草も釘もって、どうなってるんだ」
「《錬金釜》って、そんなことまで
できるのか……?」
その声を聞いて、
僕の胸がどくどく鳴る。
広場で聞いたのは、
珍しい、分からない、
今どき聞かない、という声だった。
でも今は違う。
みんな、ちゃんと驚いている。
ポコは「ぷきゅ」とひとつ鳴いて、
釘のそばから僕のほうへ
とことこ戻ってきた。
その足取りは、少しだけゆっくりだ。
「……疲れたのかな」
僕がしゃがんで迎えると、
ポコはぴょこんと僕の膝に乗った。
さっきより、ほんの少しだけ
体があたたかい。
でも苦しそうじゃない。
むしろ、ちゃんとできたよ、と
報告しにきたみたいだった。
「すごいよ、ポコ」
「ぷきゅ」
その返事は、
どこか誇らしげだった。




