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ハズレ召喚だと笑われた白いまんじゅう、実は《錬金釜》持ちの最強相棒でした  作者: ヨグー
第二章 肩の上の白い相棒は、今日も笑われる

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10/30

父は、役に立つ力を笑わなかった

 玄関の戸が開く音がして、

 低く落ち着いた声が家の中に響く。


「ただいま」


 父さんだった。


 外仕事から戻ったばかりらしく、

 上着の肩にはうっすら土ぼこりが

 ついている。手には道具袋。

 靴の底には、畑の端の赤茶けた土が

 まだ少し残っていた。


「おかえりなさい」


 母さんが鍋の火加減を見ながら

 声を返す。


 僕は椅子の横に立ったまま、

 少しだけ背筋をのばした。


「おかえり、父さん」


 父さんは短くうなずいてから、

 僕の顔を見て、それからゆっくりと

 視線を下げた。


 椅子の上には、白く丸いポコが

 ちょこんと座っている。


 父さんの目が、そこで止まった。


「……その子か」


 それだけだった。


 驚いたように声を上げるでもなく、

 笑うでもなく、ただ静かに

 確かめるみたいな言い方だった。


「うん。今日、召喚されたんだ」


「そうか」


 父さんは道具袋を壁際に置いて、

 手を洗うために流しのほうへ向かう。

 その途中でも、一度だけ

 ポコのほうを見た。


 じろじろ眺めるんじゃない。

 でも、ちゃんと見ている目だった。


 水場には小さな浄水具がついていて、

 蛇口の根元の術式が淡く光っている。

 父さんが手を洗うと、澄んだ水が

 静かに流れ落ちた。


 そのあいだ、ポコは椅子の上で

 じっと父さんを見ていた。


 逃げるわけでもなく、

 身を縮めるわけでもなく、

 ただ様子をうかがっている。


 父さんは手を拭いてから、

 ようやく食卓のほうへ戻ってきた。


「名前はあるのか」


「ポコ」


「そうか」


 もう一度、父さんは短く言った。


 その返事だけだと、

 どう思っているのか分からない。


 僕は少しだけ迷ってから、

 思いきって口を開いた。


「父さん、あの……」


「なんだ」


「その、今日の召喚、僕だけ

 ちょっと珍しかったみたいで」


 言いながら、自分でも回りくどいと

 思った。でも、ハズレと言われた、

 とは、そのまま口にしたくなかった。


 父さんは椅子を引きながら、

 僕の言葉の続きを待っている。


「能力が、《錬金釜》なんだって」


「錬金釜」


 父さんはその名前を、

 一度口の中で転がすみたいに

 繰り返した。


「聞いたことはある」


「えっ」


 思わず顔を上げる。


 母さんも驚いたみたいに

 父さんのほうを見た。


「知ってるの?」


「詳しくはない。ただ、昔、

 古い農具の修理を頼んだ職人が、

 似たような言葉を使っていた」


 父さんはそう言って、

 ポコへ視線を向けた。


「素材を見て、性質を選る力だと。

 そんな話だった気がする」


 僕の胸が、少しだけ強く鳴る。


「じゃあ、やっぱり何か作ったり、

 直したりする力なのかな」


「かもしれん」


 父さんはそこで言葉を切って、

 椅子の上のポコをじっと見た。


「でも、名前だけで決めるのは早い。

 実際に何へ反応するかを見ないと

 分からん」


「それはね、さっき少しだけ

 反応したのよ」


 母さんがうれしそうに口を挟む。


「この子、火石板を見て

 光ったの。術式の線まで、

 ちょっと明るくなったのよ」


 父さんの眉が、ほんの少しだけ

 上がった。


「火石板に?」


「うん。僕も見た」


「偶然、ではなさそうか」


「たぶん」


 僕が答えると、父さんは

 鍋の横の火石板を見る。

 それから、今度はポコを見る。


 比べるみたいな視線だった。


「……なるほどな」


 低くつぶやいてから、

 父さんは腰を落として、

 ポコと目線を近づけた。


 それでも手はまだ伸ばさない。

 いきなり触れずに、

 まず相手の反応を見るところが

 父さんらしかった。


 ポコもじっと見返している。


 しばらく、そのままの時間が流れた。


「怖がってはいないな」


 父さんが言う。


「うん。母さんにはもう触らせたよ」


「そうか」


 父さんはそこで初めて、

 ゆっくりと手を差し出した。


「……触ってもいいか」


 ポコは、ぴくりと体を揺らしたあと、

 小さく「ぷきゅ」と鳴いた。


 たぶん、それが返事だった。


 父さんの指先が、

 ポコの頭にそっと触れる。


 白い体が、ふに、と

 やわらかくへこむ。


「……やわらかいな」


「でしょ?」


 母さんが、なぜか少し

 得意そうに言った。


 父さんはもう一度だけ、

 今度は確かめるみたいに

 そっと撫でた。


 ポコは嫌がらない。

 むしろ、落ち着いた顔で

 じっとしている。


「人を見るのは苦手じゃなさそうだ」


「それ、僕も思った」


「気配を読んでいるんだろう。

 不用意に近づく相手には、

 もっと身を固くするはずだ」


 父さんはそう言って、

 手を離した。


「少なくとも、臆病すぎる子では

 ないみたいだな」


 それは褒めているのに近い気がして、

 僕は少しだけうれしくなる。


「父さんは……その、

 変だと思わないの?」


 聞いた瞬間、自分でも

 変な聞き方だと思った。


 でも気になってしまったのだ。


 白い。小さい。丸い。

 見たことがない。

 しかも《錬金釜》。


 どう見ても、分かりやすい

 当たり枠には見えない。


 父さんは僕の顔を見て、

 それから短く息をついた。


「見た目が珍しいのは事実だろうな」


「うん」


「だが、珍しいことと、

 役に立たないことは同じじゃない」


 その言葉は、思っていたより

 まっすぐ胸に入ってきた。


 父さんは、鍋の横に置かれた

 火石板へあごを向ける。


「実際に、さっき反応したんだろう」


「したよ」


「なら、少なくとも何かは見えてる」


 父さんの言い方は、いつも

 余計な飾りがない。


 すごいとか、珍しいとか、

 そんなふうには言わない。


 でも、だからこそ、

 本当に見たままを言ってくれている

 感じがした。


「明日、少し試してみるといい」


「試す?」


「石、薬草、金属片、火石、

 壊れかけた道具。反応するものと

 しないものを見ていけばいい」


 僕はぱちりと瞬いた。


「そんなので分かるかな」


「分かるところからやるんだ」


 父さんは、ごく当たり前みたいに

 そう言った。


「何でも最初から全部は分からん。

 畑だってそうだ。土を見て、

 水を見て、季節を見て、

 少しずつ覚える」


 父さんの手は、土を触る人の手だ。

 大きくて、少し荒れていて、

 でも無駄な力が入っていない。


 その手が、さっきポコの頭を

 撫でていたことを思い出す。


「力だって同じだ。

 使い道が分からないなら、

 まず何に向いているかを探せばいい」


「……うん」


「笑うやつはいるだろう」


 父さんが静かに言った。


 僕は思わず顔を上げる。


 父さんは、もう鍋の湯気の向こうを

 見ているみたいな顔をしていた。


「珍しいものは目立つ。

 目立つものは、分からないうちは

 軽く見られやすい」


 広場での声が、少しだけ

 頭の中によみがえる。


 小さい。

 おもちみたい。

 何ができるんだろう。


 悪気のない声も、

 面白がる声もあった。


 父さんは続ける。


「だが、役に立つかどうかは、

 結局、使ってみないと分からん」


 そして、僕を見た。


「お前――」


 そこで父さんは一度だけ言葉を切り、

 ほんの少しだけ言い直した。


「リクが、ちゃんと見てやればいい」


 その言い直しが、

 なぜだか少しだけおかしくて、

 でもうれしかった。


「……うん」


「この子も、お前を――いや、

 リクを見てる」


 父さんはもう一度、ポコに

 目を向けた。


「そういう相手なら、

 大きく外れることは少ない」


 ポコはその言葉の意味が

 分かったのか分からないのか、

 でも少しだけ胸を張るように

 体を持ち上げた。


「ぷきゅ」


 母さんが笑う。


「ほら。褒められたって

 分かってる顔してる」


「そうかもしれんな」


 父さんの口もとが、

 ほんの少しだけやわらいだ。


 それは大げさな笑顔じゃない。

 でも、たしかに

 笑ったのだと分かるくらいには

 やわらかかった。


 その表情を見た瞬間、

 胸の奥に固く残っていたものが

 少しずつほどけていく。


 ああ、よかった、と思った。


 父さんは笑っていない。

 困った顔もしていない。

 ちゃんと見て、

 ちゃんと考えてくれている。


 それだけで、こんなに

 安心するなんて思わなかった。


「とりあえず飯にしよう」


 父さんが椅子を引く。


「腹が減ってると、

 考えもまとまらん」


「それはいつもの父さんの理屈だね」


 母さんがくすくす笑う。


「間違ってはいないだろう」


「うん。たぶん正しい」


 僕もそう言って座った。


 食卓の灯りはまだいらない時間

 だったけれど、窓から差す光の中で

 火石板の術式がかすかに赤く光って

 見えた。


 そのすぐそばの椅子の上で、

 ポコがちょこんと座っている。


 白くて、小さくて、

 まだ何ができるのかも

 全部は分からない相棒。


 でももう、広場で聞いた

 ハズレという言葉だけでは

 見られなくなっていた。


 父さんが匙を手に取りながら、

 何気ない口調で言う。


「明日、先生のところへ行くといい。

 古い資料くらいはあるかもしれん」


「フェルム先生の?」


「村でああいう記録に

 いちばん近いのはあの人だろう」


「……うん。行ってみる」


 そう答えると、

 ポコがこちらを見て鳴いた。


「ぷきゅ」


 まるで、それでいいよと

 言ってくれているみたいだった。


 そして僕は、その小さな声を聞きながら、

 明日こそ少しだけ、

 ポコのことが分かるかもしれないと

 思った。


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