第三話「ダンのウェルバーン訪問:中篇」
今回もダン視点です。
四月二十五日。
僕たちは冒険者の街ペリクリトルに到着した。
ここでは二つやることがある。
一つはルナさんの様子をそれとなく探ることだ。
そしてもう一つは鍛冶師のギーゼルヘールさんにザックコレクションを渡すという仕事だ。ただ、こっちの仕事は放っておいても全然問題ない。
なぜならドワーフなら既にザックコレクションが街に入ったことは知っているはずだから。
予想通り、僕たちが宿に入ったところで、ギーゼルヘールさんが顔を出した。
「ロックハート家の者が来たと聞いてな」
まだ宿に入って五分も経っていない。南地区の真ん中にあるギーゼルヘールさんの工房に情報が届くには早すぎるが、当たり前のことだと気にならなかった。
「お久しぶりです。後ほど工房に伺おうと思っていました」
そう言って、自警団員のビルに「例のタンクを一つ持ってきてくれ」とステンレスタンクを取ってくるよう命じた。
その一言でギーゼルヘールさんの表情が一気に明るくなる。
「ちょっとお願いがあるんですが」と切り出すが、ギーゼルヘールさんは上の空だ。
こういう時はお酒が来るまで何を言っても無駄だと学習しているので、静かに待つことにした。
すぐにステンレスタンクが運ばれてくる。
「八年物だそうです」と言って手渡し、更にザック様から聞いている説明を加える。
「ザック様のお話ではスコットさんのラスモア蒸留所のフレッシュなオーク樽のものに、ブランドンさんのフィンサイド蒸留所のワイン樽のフィニッシュを混ぜ合わせたものだそうです。僕にはよく分かりませんが、ザック様もスコットさんも美味しいとおっしゃっていました」
「そ、そうか! では、早速皆と楽しませてもらう……そういえば、頼みがあると言っておったが?」
聞こえていたことに驚くが、顔に出さないよう努力する。
「カルシュ峠で盗賊に襲われまして……」
「何!」と声を上げるが、それを無視して話を進める。
「大した敵じゃなくて怪我もしていないんですが、装備が血糊で台無しになって……それで手入れをお願いしたいと思ったんです」
「それならみんな一緒に来い。ザックコレクションを飲みに来る連中に頼んでやる」
僕たちはギルド支部に行くことになった。ルナさんに会うかもしれないと思ったものの、こうなったら行くしかない。
当然のことながら、ギルド支部に入った途端、宴会に突入する。
注意しないといけないのはザック様もリディアさんもいないことだ。つまり解毒の魔法に期待できず、ドワーフのペースに乗ってしまうと命に関わる。これはザック様から何度も言われていることだ。
注意しながら飲んでいたが、やはり次の日は酷い二日酔いに悩まされることになった。
記憶はあやふやだが、それでも一応装備の手入れの話はしていたようで、僕たちが出発する二十七日の朝までに届けてくれることになっていた。
二日酔いで頭がガンガンする中、もう一つの仕事であるルナさんの様子を探りにいく。といっても、以前泊まったことがある“荒鷲の巣”の主人ヨアンさんに話を聞きに行くだけだ。
ヨアンさんのところには僕一人で行くつもりだったが、エレナが一緒に行きたいというので二人で向かっている。
ジェイルたちは二日酔いで完全にダウンしているので、宿で寝ているように言ってある。最初は僕たちの護衛だからと付いてくると言ったのだが、護衛どころか動けるような状況ではなかったのだ。
一応、二日酔いに効く薬を与えているので、夜には復活しているだろう。
装備がないので、村で過ごしている時の普段着に予備の剣だけだ。エレナも普段着であるシンプルな生成りのワンピース姿で、一緒に並んでいると田舎から出てきたカップルのようだ。実際、田舎から出てきているから間違いじゃない。
遅くまで宴会に付き合っていたので起きたのは午前九時過ぎだった。予定より遅くなったが、荒鷲の巣には十一時前に到着した。
昼食の仕込みをしている時間だったが、ヨアンさんは快く僕の話を聞いてくれた。
「ルナのことはザックに頼まれているから一応気にしている……」
ヨアンさんの話では、パーティの仲間たちと楽しくやっているらしく、笑顔で歩いている姿を何度も見ているということだった。ただ、級の方は上がっていない感じで、未だに安い宿に泊まり続けている。
「……まあ、腕の方は順調に上がっているから、そろそろ宿を変えるとヘーゼルは言っていたそうだ。以前、うちを定宿にしたいと言っていたから、ザックには手紙か何かで状況を伝えるようにするよ」
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
そう言って頭を下げる。
思ったより用事が早く済んだので、エレナに「どこか見て回ろうか」と言って誘ってみた。
そうすると、うれしそうに「はい」と大きく頷いてくれた。
南地区はルナさんと出会う可能性があるので、北の商業地区を歩いていく。この街は交通の要衝であり、商業も盛んなので活気が凄い。帝都やエザリントンも凄いと思ったが、ここの方が勢いがある感じだ。
二人で雑貨屋や食料品店を見て回る。
「帝都で皆さんと見て回ったときみたいですね」
「そうだね。ここでも面白そうな物があればいいんだけど」
そんな会話をしながら街を歩いていた。
その頃には二日酔いも完全に醒め、彼女と腕を組んで歩いていた。時々、春の風に乗ってくる彼女の甘いような香りを感じながら、こんな生活も捨てたものではないと思っていた。
四月二十七日。
装備の手入れも終わり、ペリクリトルを出発する。次の目的地は懐かしいドクトゥスだ。
ペリクリトルの西に向かうアウレラ街道に入る。
アウレラ街道は西の方は危険だが、ドクトゥスまでは道も整備されており、治安もいい。春というには少し暑いが、ファータス河を横に見ながら街道を進んでいった。
五月一日。
特にトラブルもなく、昨日ドクトゥスの新市街に入った。今日はザック様に頼まれた仕事をするため、旧市街に向かう。
頼まれた仕事はリオネル・ラスペード教授に資料と手紙を渡すことと、キトリー・エルバイン教授に手紙を渡し、神々のことを調べてもらうことだ。
帝国の標準的な城塞都市である旧市街に入る。
今回も僕とエレナだけだ。ジェイルたちも誘ったが、装備の手入れをしたいということで断られている。
想像だが、安全な街なので二人きりにさせてくれたのだと思う。これはザック様が密かに指示しているような気がするけど聞いていない。
ドクトゥスはウェルバーンからの帰りにエレナも一緒に通っているが、旧市街には来たことがないらしく、魔道具屋や本屋を見て、「こんなにお店があるんですね」と驚いていた。
「本屋はともかく、魔道具屋は偽物が多いそうだよ。ザック様がいくと店主が慌てて本物を前に出してくるって妹が言っていたんだ……」
そんな話をしながらティリア魔術学院に向かう。
武器を預けて門をくぐると、昔と変わらず多くの学生がいた。そろそろ期末の実技試験が近いから、校庭で魔法の練習をしている学生も多い。
「たくさんいるんですね」とエレナは驚くが、一人の学生の魔法を見て、
「あれでは実戦で使えませんね。もっと凄い人がいるんですか」と聞いてきた。
「あれくらいが普通みたいだよ。というより、ザック様たちが凄すぎるだけだから」
エレナは帝国北部の大都市ウェルバーンに長くいたが、間近で魔術師の戦いを見たのはザック様たちが初めてだったそうだ。そのため、普通の魔術師でももう少し戦えると思っていたらしい。
そんな話をしながらラスペード先生の部屋に向かう。
ザック様のお供で何度か来ただけだが、研究室の場所は変わっておらず、迷うことなく目的地に着いた。
人の気配がありノックをするが、返事がない。
「失礼します」といってドアを開ける。
本来ならマナー違反だが、先生に限ってはこれが正解だとザック様に教えてもらっている。
部屋の中は薄暗かった。木窓を閉め切った状態で灯りの魔道具が机を照らしている。
先生は机に向かっており、一心不乱にペンを動かしていた。
「ロックハート家の家臣ダン・ジェークスです。ザカライアス・ロックハート様から魔法陣に関する情報をお渡しするようにと言われてきました」
それまで僕たちに全く気づいていなかったのに、ザック様の名前を出した途端、ガバッという感じで顔を上げ、
「ミスター・ロックハートからの魔法陣の情報と聞こえたが、本当かね?」
「はい。私はロックハート家の家臣、ダン・ジェークスと申します」
「うむ。以前会ったことがある気がする。ミス・ジェークスの縁者かね?」
先生は何となく苦手であまり会っていないが、僕のことはシャロンとの関係でうっすらだが覚えていたようだ。
「はい。シャロン・ジェークスは私の妹です。今はザカライアス様の妻となり、シャロン・ロックハートですが……」
「そうか……で、その情報はどこにあるのかね」
僕は覚えていてくれたことに驚き、資料を出すのを忘れていた。慌てて資料を取り出す。
「こちらが鍛冶師ギルドから得た魔法陣の情報をまとめた資料です」
五十枚ほどの書類を手渡す。先生はそれを奪い取るようにして手に取ると、脇目も振らずに読み始めた。
こうなることはザック様が予想していたので、「後ほど、ザカライアス様の手紙をお届けします」といって研究室を出た。
「あれで大丈夫なのですか?」とエレナが聞いてきた。
常識的には彼女の心配は当然のことだが、先生に常識は通じない。
「大丈夫というか、話しかけても聞いてもらえないから、先にキトリーさんのところの用事を済ませた方が効率的なんだ」
彼女は納得し難いという表情を浮かべるものの、研究者というものに初めて接したのでこんなものかと思うことにしたらしい。
キトリーさんの研究室を訪問すると、運がいいことに在室していた。
僕の顔を見た瞬間、「久しぶりね、ダン君」といって笑顔で出迎えてくれる。
エレナと結婚することを話すと祝福の言葉を掛けてくれた。
軽く雑談をした後、「ザック様からの手紙です」といって預かっていた手紙を渡す。
「ザック様からキトリーさんにお願いがあるそうです」
キトリーさんは手紙を読みながら、「神々のことを知りたいのね」と呟く。手紙を読みきった後、僕の方に目を向け、
「ザック君の手紙だと、この先神々に関することで、大きなことが起きるかもしれないとしか書いていないわ。詳しく教えてもらえるかしら」
「僕も詳しくは聞いていません。ですが、アクィラの奥地で魔将と戦った時、魔将を召喚した魔族らしい人物がいたことは分かっています。魔族なら闇の神が関係しますし、その他にも光神教が活発に動いているという話も聞いていますので」
「そうね……」とキトリーさんは僕の拙い説明を受け入れる。
「私が古代遺跡で得た情報を分析しているのは覚えているわね」
僕たちと一緒に古代遺跡を調査したことを言っているのだろう。僕は大きく頷く。
「あの情報から分かったことはジルソールが関係していること、もっと言えばジルソールにある創造神神殿に秘密があることよ……」
この話は以前聞いているので、何も言わずに頷く。
「……そのヒントから大図書館でいろいろと文献を漁ってみたの。それで分かったことは神々が誰かと戦っているらしいということ。具体的には虚無神じゃないかと思っているわ」
ザック様も同じようなことをおっしゃっていたので、僕は思わず目を見開いてしまった。
「ザック君も同じ結論だったのかしら?」
「はい。ただ、ザック様は推論にすぎないから、このことはお伝えしないようにとおっしゃっていました……」
「相変わらず慎重なのね」とキトリーさんはくすっと笑う。
「それで知りたいことはヴァニタスのことでいいのかしら?」
僕はどう答えていいのか迷う。
ザック様は十一の神々とクレアトール、そしてヴァニタスの関係を知りたいということだった。
僕はそのことを正直に伝えた。
「そう……まだ何か考えているということね。分かったわ」
キトリーさんはそう言って大きく頷くと、
「あなたたちはもう一度ここを通るのよね。それはいつ頃かしら?」
「今の予定では六月に入ってからだと思いますが?」
「それまでに資料にまとめておくわ。それをザック君に渡して、興味があったら来てほしいと伝えてもらえれば助かるわ」
キトリーさんはザック様と研究をやりたいと思っているようだ。
キトリーさんと三十分ほど雑談した後にラスペード先生の研究室に戻る。
先生は資料を見ながら、メモを取っていた。
「ザカライアス様からの手紙です。魔道具についてのご相談があるとのことです」
「……相談? 彼がかね?」
そう言って手紙を読み始める。
手紙を一分ほどで読み終えると、
「なるほど。実にユニークな考えだ。私も興味があるから資料を漁っておくことにしよう」
先生に一ヶ月後に来ると約束し、研究室を後にした。
「凄いですね。時々お話に出てくるラスペード先生に初めてお会いしましたけど、驚くことばかりでした」
「僕も初めて会った時はビックリしたよ。まあ、ザック様も驚いていたって妹が言っていたから、誰でも驚くみたいなんだけどね」
「ザック様もなんですか! 想像できません」
ザック様は村で魔道具の研究をしており、城にもたくさん使われている。他にもお酒造りや村の整備なんかでいろいろと変わったことをやっているから、ラスペード先生と同じだと思ったと言っていた。
そんな話をしながら旧市街を散策し、新市街に戻る。城門を出たところで、
「昔住んでいたところを見たいんですが」と上目遣いで言ってきた。
「別に構わないよ。元々あいさつに行くつもりだったから」
ご近所だったノヴェロさんやリトルフさんの顔を見にいくつもりだった。
宿にお土産を取りにいった後、住んでいた家に向かう。
町はほとんど変わっていなかった。井戸の周りでは主婦たちが井戸端会議をしながら野菜を洗い、訓練でも使っていた広場では子供たちが走り回っている。
「いいところですね」とエレナが周囲を見回しながらいってきた。
「いいところだよ。僕にとっては思い出が一杯詰まった場所なんだ……」
十年以上前に初めてここに来た時のことを思い出していた。
あの頃、ザック様、リディアさん、ベアトリスさん、妹がいた。そして、メルも。
甘酸っぱいような思い出がたくさんある場所だ。
「また一緒に来ましょう。今度は私たちの子供を連れて……」
彼女は自分の言葉に顔を赤くする。
「そうだね。そういうのも楽しいかもしれない……」
そんなことを話しながら、昔住んでいた家に向かった。




