第六十八話「決着」
今回も前半がザック視点の一人称、後半がアシュタル視点の三人称です。
魔将アシュタルとの死闘が続いている。
ロックハート家側は考えうる限りの戦力を叩きつけ、勝利を目指していた。
前衛にいるのは祖父ゴーヴァン、兄ロドリック、ニコラス・ガーラントの三人。中衛にウォルト・ヴァッセルとベアトリスの槍術士コンビだ。
更に後方の射撃台からヘクター・マーロンが二人の従士と共にミスリルの鏃の矢を放ち続けている。
しかし、敵の技量は高く、更に魔法を防ぐ謎の障壁があるため、切り札と言える俺の魔法が無効化され、勝利の糸口さえ見つけられずにいる。
相手にダメージを与えられないばかりか、逆に従士二人が致命傷を負っていた。
既に祖父とウォルトは五分以上戦い続けており、疲れが見え始めた。更にニコラスも盾で敵の攻撃を受け続けており、ダメージが蓄積されている。
俺とメル、ガイとダンも近くに控えているが、入り込む余地がない。
「おじい様とニコラス、ウォルトはタイミングを見て下がってください! 俺とメルが穴を埋めます!」
そう指示を出すが、激しい攻防を続けているため、なかなか動けない。
最初に敵に捉えられたのは正面で戦うニコラスだった。
ミスリル製の魔法剣とミスリルで補強されたカイトシールドを巧みに操り、無難に敵の攻撃を捌いていたが、カイトシールドが敵の攻撃に耐え切れなかった。
強烈な斬撃を受け止めたものの、その衝撃でシールドはバラバラに砕け、左の肘を切断されてしまう。
「ニコラス!」と叫び、彼と代わろうとするが、アシュタルは左腕を失ったニコラスに追い打ちを掛け、それを妨害する。
ニコラスは片手一本で何とか凌ぐものの、本来の動きではなく、徐々に追い詰められていく。祖父と兄がその隙を突いて攻撃を加えるが、一本しかないはずの剣が同時に斬り掛かる二人の攻撃を易々と弾く。その動きは残像と相まって何本もの剣が存在するかのようだった。
「ウォルト! 下がれ!」と命じ、メルに目配せを送る。
ウォルトは俺に作戦があると気付いたのか、即座に後退する。その隙間にメルが入る。中衛の位置であり、攻撃は難しい。しかし、ウォルトとメルでは体格に大きな差があった。
俺の視界にアシュタルの顔が完全に入る。
そこで、「光を司りし光の神よ!……」といって呪文を唱え始めた。
アシュタルは俺の呪文が気になったのか僅かに視線を向けた。
その瞬間を狙って黒龍の鎧に装備されている閃光の魔道具を起動する。
眩い光が地下室を強く照らす。
アシュタルは「何!」といって一瞬だけ動きを止めた。
祖父たちは俺の作戦に気付いており、隙を見せた瞬間を捉え、畳み掛けるように攻撃を加えていく。
祖父の剣が奴の右脇腹を斬り裂き、兄の剣が左の二の腕を傷つける。しかし、いずれも軽傷であり、決定的な攻撃にはならなかった。
幸いなことに、その僅かな隙を突いてニコラスが後方に下がることに成功した。
ニコラスがいた場所にメルが飛び込む。そして、今までのうっ憤を晴らすかのように、ブルーの光を纏わせたアダマンタイトの剣を叩き付けた。
しかし、その攻撃は巨大な剣で簡単に受け止められてしまう。
メルのいた場所が空いた。そう思って向かおうとしたが、ダンに先に入られてしまう。
「ザック様は全体の指揮を執ってください!」
更に俺の横にはガイが控えており、同じように俺を引き止める。
「息子の言う通りです。ザック様は前に出るより、ここで指揮を執られるべきです。空いた穴は私と息子で埋めます」
議論する暇などないため、「了解!」とだけ答え、
「ニコラスを後方へ! リディは応急処置を頼む!」
リディは既に射撃台から降りており、ブレットとリッキーの治療を行っていた。
「おじい様は一旦下がってください! シャロン! 例の手を使うぞ!」
今まで魔力を温存していたシャロンに指示を出す。
その間に一番元気なメルが果敢に攻め続けていた。メルの剣術士レベルは六十六だが、それでも技量差が大きいのか、すべて弾かれていく。
「遊びはこれまでとするか」とアシュタルは煩わしげな表情を浮かべて呟くと、無造作に左手から闇の矢を撃ち出した。
俺の時と同じように無詠唱であったため、左側から攻撃を加えていた兄がその矢を受けてしまう。
兄の身体がビクンと跳ね、後方に弾かれるように倒れていく。その抜けた穴にダンが入るが、その直後、アシュタルの強烈な斬撃が前衛に襲いかかる。
アシュタルは右側に立つ祖父を鋭い剣速で横薙ぎにし、その勢いのまま、中央から攻撃を加えているメルを斬り付ける。
祖父はギリギリで回避した。しかし、メルは剣で受け止めたものの、その強力な膂力に剣ごと押し込まれ、右肩から斬り裂かれてしまう。
メルの悲鳴が地下室に響く。
倒れることはなかったものの、その場で膝を突いてしまった。
アシュタルはメルに止めを刺すべく、振り抜いた後の剣を強引に引き戻し、彼女に突き立てようとした。
ベアトリスが慌てて槍を繰り出すが、僅かに軌道を変えることしかできない。
「メル!」と思わず叫んでいた。
シャロンの時と同じように時間が引き延ばされる。
しかし、メルに剣が突き立つことはなかった。ダンが渾身の体当たりを掛け、軌道を逸らしたのだ。
彼はラグビーのタックルのようにアシュタルに抱きつき、動きを止めたのだ。
その代償は大きかった。
アシュタルは「邪魔だ!」といい、左手一本でダンを引き剥がすと、彼の腹部に剣を突き立てた。
「ダン!」と叫び、俺は剣を構えて突っ込んでいた。
無我夢中で何も考えておらず、魔闘術すら掛けていない。怒りに我を忘れて闇雲に突っ込んだだけだ。
「愚かな」というアシュタルの嘲笑が聞こえたが、奴の身体に剣を突き刺すことしか考えていなかった。
祖父やウォルトたちが成功しなかったことを俺にできるはずはない。しかし、そんなことは全く頭になかった。ただひたすら剣に魔法を纏わせ、ぶつかるように突っ込むだけだ。
本来なら当たるはずもない攻撃だった。
しかし、それ以前に指示した作戦が功を奏した。狙ったわけではないが、絶妙なタイミングで奇襲に成功したのだ。
周囲に強いアルコールの匂いが立ち込める。
それと同時にアシュタルが「うっ!」と呻き、動きを止めた。
視界の端にはシャロンが放った燕翼の刃が見えていた。
俺の作戦は魔法制御の天才であるシャロンの魔法を使い、刺激物であるほぼ百パーセントのアルコールが入ったビンを奴の顔に叩き付けさせたのだ。
アシュタルは自らの顔を掻き毟る。
その絶好のチャンスに俺は渾身の力を込めて剣を突き出した。
アシュタルの鳩尾に剣が吸い込まれていく。頑丈な革鎧を貫くような硬い感触が伝わってくるが、剣は俺の体重を受けて根元まで刺さっていた。
アシュタルは目の痛みを忘れ、鳩尾に突き刺さった剣を見つめる。
次の瞬間、「貴様!」といって俺に掴み掛かってきた。しかし、その腕は祖父の剛剣に二本とも斬り飛ばされ、更にガイの剣が首を傷つける。
「おのれ……」と呟くが、更にベアトリスの槍が胸を貫き、盛大に血を吐き、その呟きも途切れた。
「負傷者を後方に運べ!」と祖父が大声で命じた。
俺はその言葉に即座に反応できなかった。
メルが斬られ、ダンが腹部を刺し貫かれている。その非現実的ともいえる光景に頭が付いていけない。
「しっかりおし!」というベアトリスの叱責で我に返る。
「奴が自爆したらみんな死んじまうんだよ!」
そこで目が覚めた。確かにその通りだと気づき、すぐに指示を出す。
「おじい様とベアトリスの班は一番! 兄上とウォルトの班は二番! 後衛はヘクターの指示通りに動け! ベアトリスはダンを頼む! 俺はメルを運ぶ!」
前衛にいる怪我人はメルとダンのみだ。
兄とニコラスは既に後方に運ばれており、従士たちは急ぎながらも混乱することなく、訓練と同様に後方の退避場所に素早く動いていく。
俺はそれを見届けると、魔闘術を使ってメルを抱え、飛ぶように進む。
俺の命令に従わない者がいた。
それはウォルトとガイだった。
「奴を通路に押し込みます!」とガイが叫び、ウォルトがそれに加勢する。
「下がれ! すぐに自爆するぞ!」と叫ぶが、俺はメルを運ばねばならず、止めにいけない。
更に祖父も「奥に押し込んでも無駄じゃ! 戻れ!」と命じるが、二人はそれに応えることなく、アシュタルの巨体を押し込んでいった。
アシュタルは顔を紅潮させ、精霊の力を体内に溜め込んでいくが、両腕の先を切り落とされており、ガイたちを引き剥がせない。
その間に俺たちは退避場所に逃げ込むことができた。
祖父は苦渋の選択をした。
「魔道具を起動せよ!」という祖父の声が響く。
その決断に対し、俺は何も言えなかった。頭では唯一の選択であることは分かっている。しかし、心がそれを拒否するのだ。
「全員、姿勢を低くして耳を塞ぎ、口を開けろ!」
そう命じると、俺は通路の方に視線を送った。
ガイとウォルトは渾身の力でアシュタルを押し込んでいた。既に曲がり角まで行っており、更に右に押し込んでいく。
大魔より精霊の力を必要とするのか、三十秒ほど経ったが、爆発する感じはない。
「ウォルト! ガイ! もういい! 下がれ!」と叫ぶ。
この声が彼らの耳に届かないことは分かっている。障壁にしている魔道具は元々遮音の魔道具だからだ。
しかし、叫ばずにはいられなかった。
その声が聞こえたのか、二人が通路に姿を見せた。そして、全力で走ってくる。
部屋に入ったところで突然、視界が白く光った。
咄嗟に目を閉じ、頭を下げる。
その直後、地響きのような轟音と共に地下室が揺れた。そして、爆風が頭上を吹き抜けていく。
風はすぐに収まった。
しかし、細かい砂埃で視界はけむり、周囲の状況はよく分からない。
「無事か……」という祖父の声が聞こえた。
まだ耳がキーンとなっており、はっきりとは聞こえない。
周囲を見回すと、魔道具による遮蔽は爆風で吹き飛んだものの、岩の防壁自体は健在だった。
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アシュタルはこの状況を理解できなかった。
致命傷になった鳩尾に刺さっている剣と先がなくなった両腕を見つめている。
(なぜだ……魔将たる我が人間如きに敗れるはずがない……なぜだ……)
しかし、敵の指揮官の「負傷者を後方に送れ!」という声を聞き、怒りが込み上げてきた。
(逃がしはせぬ!……この場で魔力を暴走させれば全滅させることができる! ならばやることは一つ……)
すぐに精霊の力を体内に送り込み始めた。
二人の男が身を挺して自分の身体を外に運び出そうとしている。
「曲がり角の先まで運びます! ウォルト殿は左側の腕を持ってください!」
「分かった!」
二人の声が聞こえるが、「無駄だ……」と咳き込みながらいうことしかできない。
運ばれながらも、精霊の力を無理やり心臓辺りに送り込んでいく。
(魔力容量が大きすぎるのも良し悪しだな。大魔程度であれば既に暴走しているのだが……)
自らの魔力容量の大きさに自嘲する。
(だが、我が暴走して爆発すれば、この程度の洞窟など粉々にできる。奴らは主の計画の障害となる。ならば奴らを排除することに意味はある……)
その間に曲がり角までたどり着いていた。
「もう少し押し込んだら戻りましょう! 私もこんなところで死にたくはありませんから」
陽気とも言える口調でガイがいうと、
「そうだな。命令を無視して死ねば、ザック様が悲しまれる」
その言葉を聞き、アシュタルは嘲りの表情を浮かべた。
「どこにいようと全滅するのだ。無駄なことを……」
彼の言葉が聞こえたのか、
「この程度のことを予想していなかったと思うのか? お前たちの自爆対策など既にしてあるのだ」
ガイがそう言うとアシュタルは更に嘲る。
「負け惜しみを……この程度の洞窟など粉々にしてくれるわ」
「死に行くお前に言っても無駄だが、我らは全滅せんよ」
それだけ言うと、「ここで充分です。戻りましょう」と言って、アシュタルの身体を放り出すと、踵を返して駆け出した。
アシュタルはその後姿を見送った後、
(予想していただと? ありえん……だが、これまでの戦いを見る限り……いや、そんなことはない! 魔将たる我の力であれば……そろそろ時間か……)
その直後、彼の身体は大きく膨らみ、真っ白な光と共に爆散した。
通路の壁や天井は大きく抉れ、バラバラと破片が落ちてくる。
彼の考えでは洞窟ごと吹き飛ぶはずだった。しかし、形状こそ崩れたものの崩壊する兆候は見られない。
これはウォルトとガイの献身的な行動の結果だった。
元々爆発の影響を緩和することを考えて設計されたわけではない。しかし、L字型の通路の先に運んだことで、より大きな空間である入口側に爆風が抜けた。
これはザカライアスたちがいる空間が魔道具によって閉鎖されていたことに加え、奥側の通路が狭かったことから、爆風が流れやすい方に流れた結果だった。
このため、爆発のエネルギーの大部分が最初の地下室と入口側に向かい、ザカライアスたちがいる地下室へは、爆発時の圧力で魔道具の障壁が破壊されるまでは爆風が流れなかったのだ。
そのことをアシュタルは知ることはなかった。




