第六十九話「残敵の掃討」
前半がザック視点の一人称、後半がベアトリス視点の一人称です。
三月二十八日午後六時過ぎ。
魔将アシュタルとの死闘に幕が下りた。
激戦ではあったが、思った以上に短時間で決着した。しかし、その勝利は多くの犠牲によって得られたものだった。
アシュタルに斬られた従士のブレットとリッキーはリディの治療が間に合わず、二人とも命を落とした。あの状況で俺が下がることは無理と分かっているが、俺が治療に当たれば助かった可能性があり悔やまれる。
左腕を肘の先から斬り落とされたニコラスだが、命を取り留めた。アシュタルの斬撃が鋭かったためか、思っていた以上に身体への影響は小さかった。しかし斬り落とされた腕を回収できなかったことから、俺の治癒魔法をもってしても再生させることは叶わず、今後は右腕一本で生きていかなければならない。
兄ロドリックはアシュタルの魔法で精神にダメージを負ったものの、リディの魔法で回復している。俺が受けた魔法もそうだったが、即席で作った闇の矢の効果はバイロンたちが受けた巨大な闇の球体の魔法より小さかったためだ。
そして、現状で一番心配なのはメルとダンの状況だ。
メルは右肩を深く斬られたものの、ドワーフの名工、ゲールノートのミスリル製のチェインメイルのお陰で即死となる傷にはならなかった。それでも動脈を傷つけられ、出血多量で意識不明のままだ。
治療は終えているものの血色は悪く、呼吸も浅い。
ダンは更に深刻だった。
腹部を深く刺されたことから、内臓が大きく傷つけられていた。俺の魔力が万全なら完全に回復させられたのだが、内臓や血管などの修復で手一杯で浄化を掛ける余裕がなかった。今は意識を失ったまま高熱を発しており、予断を許さない状況だ。
最後にアシュタルを押し込んだウォルトとガイのことだが、当初、二人の生存は絶望的だと思われた。俺が最後に確認したのはこの部屋に入ってきたところまでで、障壁の魔道具を簡単に粉砕した爆風に耐えられるとは思えなかった。
しかし、二人は生きていた。
部屋に飛び込んだ直後に壁際に身を投げ出し、頭部と腹部を守るような体勢で爆風をやり過ごしたのだ。
そのため、足や腕に大きな裂傷を負い、鼓膜が破れたものの、致命傷には至っていなかったのだ。
後付けの考えになるが、二人の行動のお陰で俺たちが助かった可能性が高い。
アシュタルが自爆した際、もし部屋の入口のままであったなら、爆発のエネルギーのほとんどがこの部屋に向かっただろう。これは通路の形状がL字型であり、かつ、部屋に比べて狭いため、エネルギーが向かいやすい部屋の奥に集中するためだ。
曲がり角の先にアシュタルの身体を運んでくれたお陰で、爆発のエネルギーが最初に造った拠点用の地下室と外に通じる通路に抜け、洞窟全体が崩壊する事態にはならなかったのだろう。
考えれば簡単なことだ。
液体や気体は抵抗の少ない方に流れる。
通路の形状だが、決戦用の地下室行きは妖魔たちの動きを封じるため、あえて狭くしてあった。
また、最初の拠点は居住性を考えて広く作られており、更に暖炉を設置し、空気の汚れを抑えるため、換気口が多く作ってある。それに加え、外と繋いでいる通路は出入りしやすいよう適度な大きさとなっている。
逆に俺たちのいた場所は閉鎖空間だ。
そのため、大砲や銃と同じで、爆発エネルギーはより広い空間に向かって噴き出していった。
この効果のお陰で大魔の自爆を想定したよりも、被害が少なくなったと考えられる。
ウォルトとガイはドワーフの名工が作った鎧を装着していたため、飛んできた岩の破片に襲われたものの、鎧が防ぎ切った。
それらの要因が重なり、二人は生き残った。そして、リディの治療により、今ではある程度行動できるまでに回復している。
俺の状況だが、魔力はほぼゼロの状態で横になって魔力の回復に努めている。リディも魔力を消耗しており、俺の横で同じように身体を休めている。
恐ろしい敵である魔将に勝利したが、祖父たちは気を緩めることはなかった。まだ、最大の敵、漆黒の魔族が残っており、いつここに現れてもおかしくないためだ。
祖父は拠点に使っていた部屋と脱出用の出口に見張りを置き、重傷者以外に即座に対応できるよう準備しておくことを命じている。
また、兄とシャロンを交え、今後のことを話し合っていた。俺は魔力を回復させることを優先して参加していないが、聞き耳だけは立てている。
「ザックとリディアの魔力が戻るまでは何もできぬが、その先について話をしたい」
「それはあの敵と戦うかということでしょうか?」と兄が聞く。
「そうじゃ。アシュタルという魔将でさえ、これほど苦戦した。あの敵が相手では苦戦どころではすまぬ。傷一つ付けられぬまま全滅するかもしれん」
祖父にしては弱気な発言だが、その分析は俺の考えと同じだった。
そこでシャロンが発言を求めた。祖父がそれを認めると、強い意志を込めた感じで話し始めた。
「これ以上の戦闘は不可能だと考えます。これほどの準備をしても敵の配下にすぎない魔将にすら苦戦しました。今、敵がいる洞窟に向かうことは自殺以外の何ものでもありません」
その意見に兄が疑問を呈する。
「確かにそうだが、放置しておくわけにはいかないだろう。神々の敵が牙を剥いたら、村にいても同じ結果なんだから」
「いいえ。それは違います」ときっぱりと否定する。
「どう違うのじゃ?」
「私たちは神々の敵の戦力を削ることに成功しました。あの漆黒の魔族が動かない理由は分かりませんが、自由に動ける魔将たちを倒したのです。これは敵にとっても大きなダメージだと思います。今回の戦いの結果によって敵の行動が遅れるなら、充分な成果といえるのではないでしょうか」
その説明に祖父は「確かにそうじゃな」と大きく頷くが、それでもまだ迷いがあるようだ
「それでも神々の敵を放置していいということにならんのではないか?」
「そうは考えません。そもそもザック様に託された使命はルナさんを守ることと導くことです。神々の敵を倒すのは“神に遣わされた者”、すなわちルナさんであるべきなんです」
「そうは言うが、ルナにあの敵は倒せない。どれほど力を付けようとも、あの子では無理だ」
兄の言葉に祖父が頷く。
「ロッドの言う通りじゃ。ルナは心が弱い。神々の遣わした者とはいえ、あれほどの敵に立ち向かえるとは思えん」
その点はシャロンも同じ考えなのか、「その点は私も同じ考えですが……」と言い、僅かに口篭る。
しかし、すぐに決然とした口調で主張を続けていく。
「ですが、私たちには神々が何を考えているのか知る術はありません。知らない何かがルナさんにはあるはずです」
「そう言われれば、そうかもしれないが……」と兄が呟く。
「うむ」といって祖父が考え込む。そして、徐に話し始めた。
「シャロンの言う通り、神々も不可能なことを要求することはなかろう。ただ、このまま放置するわけにはいかぬ。奴を倒すこととルナを守ることは別の話じゃ。動けるようになり次第、ペリクリトルに行き、ルナを村に連れて帰る」
「あの敵に挑まないということには同意しますが、放置してもいいのでしょうか? せめて動向だけでも探っておくべきではありませんか?」
兄の提案にシャロンが反対する。
「動向を探るといっても五百mも離れた場所から探知できる能力を持っています。それもどのような方法で探っているのかすら分かりません。ヘクターさんや父であっても近づく前に殺されてしまうのではありませんか?」
「確かにそうかもしれないが、このまま放っておくわけにもいかないだろう。それにこの場所が見つかっていることは明白なんだ。撤退するにしても敵の動向を探ることは必要なんじゃないか?」
兄とシャロンの論戦を聞いていた祖父が裁定を下す。
「一度敵の隠れ家に偵察を出す。但し、最初は望遠鏡を使って確認するだけに留める。状況を見ながら隠れ家を探るか判断する。いずれにせよ、重傷者が動かせるようになってからじゃ。ザック、聞こえておるな」
「はい」
「いつ頃出発できそうじゃ?」
「ダンとメルの状況次第です。一時間ほど経ちましたら、もう一度治癒魔法を掛けるつもりですが、上手くいっても明日一杯は難しいと思います」
「分かった。休んでおるところ、すまなかった」といい、再び兄たちと協議を始めた。
「明日一杯はこのままここに立て篭もる。明後日の朝に動けるようなら、リッカデールに向かいつつ、敵の拠点を偵察する。向かうのはザックとガイじゃ。他の者は次の拠点に向けて移動する」
シャロンが反対の声を上げようとしたが、それより前に兄が反対した。
「ザックは本隊に必要です。偵察には私がでます」
「本隊に必要という点は同意するが、偵察はザックでなければならん」
「それはなぜでしょうか?」
「まずもっとも生還できる可能性が高い。次に魔法的な何かがあった場合にお前では判断がつかぬ。だが、ザックなら的確に判断できる……」
「魔法のことなら私がいけばいいのではありませんか」とシャロンが祖父の言葉を遮って反対する。
「お前ではガイの足手纏いになる。それに理由は他にもある」
「他の理由ですか?」と兄が聞く。
「そうじゃ。あの者が神々の敵なら、ザックであれば神々から何らかの助力が期待できる。ここでザックを失うわけにはいかぬだろうからな。しかし、他の者なら神々も手を貸さぬ可能性が高い」
祖父の言葉に兄もシャロンも反論できない。
「明日の夜に最終的な決定をするが、その前にすることがある」
「外にいる妖魔たちのことですか?」
「そうじゃ。まだ多頭蛇竜も残っておる」
「残りも排除して敵の戦力を少しでも奪っておくということでしょうか?」とシャロンが確認する。
「それもあるが、あの者がアンデッドを使役できるとすれば、死体を処分せねば倒したことにならん」
祖父はヴラドのことを思い出したようだ。俺もその考えに賛成だ。
「先代様のお考えに賛成です。妖魔が三体なら私だけでも何とかできます。ヒドラが一体だけなら先代様とロッド様、ベアトリスさんがいらっしゃれば問題なく倒せると思います」
シャロンは冷静に戦力を分析している。ヒドラだけなら祖父と兄だけでも問題ないし、妖魔三体もシャロンとヘクターたち弓術士がいれば逃がすことはあってもこちらに損害が出ることはないだろう。
一点気になることがある。それを言おうとしたところでシャロンがすぐにでも打って出るべきだと主張した。
「今ならまだ日も落ちきっていません。戦うなら今すぐ出るべきです」
兄がそう言うと、祖父も大きく頷く。
「では、敵の残党を処理する! 負傷者とザックとリディア以外で一気に片をつける。剣術士は儂、槍術士はベアトリス、弓術士はヘクターが指揮官じゃ。シャロンはザックに代わって全体の指揮を執れ! ではいくぞ!」
その声に全員が「「オオ!!」」と応える。
「私もご一緒させてください!」と負傷者枠に入っているバイロンが訴えるが、祖父は余裕の笑みを浮かべながら、
「今は休んでおれ。儂らで充分じゃ。お前が出るほどのことはない」
バイロンは「承知しました」といって引き下がった。ヒドラと三体の妖魔だけなら過剰ともいえる戦力だから納得したのだろう。
ここで念のため懸念を伝えておく。
「油断しないでください。魔将がサイクロプスと四手熊を治療している可能性がありますから」
「分かっておる。だが、魔術師が妖魔だけならサイクロプスがおろうが問題ない」
そう言って片手を上げると祖父たちは部屋を出ていった。
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あたしは今機嫌が悪い。
アシュタルっていう魔将に大事な家族のメルが傷つけられ、大切な仲間のダンも失いかけた。
それに一緒に旅をしたブレットとリッキーが殺され、ニコラス殿が腕を失った。それなのにあたしは何もできなかった。
それでも先代様があの漆黒の魔族との対決をやめるとおっしゃった時、正直ホッとした。もし戦うことになれば、あたしのすべてであるザックを失うことになっただろうから。
でも、そのせいで怒りの行き先がなくなってしまった。
そうしたら残った敵を片付けるということになった。
ただ、あたしが相手にできる敵はヒドラ一匹しかおらず、恐らく先代様が倒してしまう。そうなると結局この怒りの行き場がなくなってしまう。
そんなことを考えていると、先代様があたしに入口を見てくるよう命じられた。
「入口までいって外の様子を確認してくれんか」
あたしは大きく頷くと、偵察に向かった。
入口に近くなると、夕日で赤く染まった谷が見えてきた。気配を探ると、まだ敵が残っていることが分かった。
慎重に入口に近づき、外を確認すると、ザックが言った通りだった。サイクロプスと四手熊は治療を受けて回復していた。更にヒドラもおり、その上に妖魔が二体飛んでいるのが見えた。
更に気配を探るが、他の気配はない。
地下室まで戻り、先代様にそのことを報告する。
「見える範囲には妖魔二体とヒドラ一体、あとサイクロプスと四手熊もいました。見る限りでは完全に回復しているようです」
「漆黒の魔族はおらぬのだな」
「気配は感じませんでしたね。巧妙に隠れていたのなら分かりませんが」
「お前が感じぬのであればおらぬのであろう。それに奴ほどの力を持った者が外で待ち伏せる必要はないしの」
そうおっしゃると、全員に向けて静かに命令を下された。
「予定通りに敵を殲滅する。儂とロッド、ベアトリスでサイクロプスを倒す。イーノスはルークとシド、エディを率いてヒドラを、シムはウィルとバディと共に四手熊を足止めするんじゃ。妖魔はシャロン、お前に任せる。ヘクターは妖魔を牽制しつつ、適宜敵を攻撃せよ。ではいくぞ」
あたしは内心喜んでいた。一番の大物、サイクロプスを相手にできると。
入口付近で一旦止まり、盾を持ったルーク、バディ、シドの三人が飛び出していく。その後ろに先代様、ロッド様、そしてあたしが続く。
敵は意表を突かれたようで動きが鈍い。
妖魔は慌てて闇の矢を撃ってきたが、ルークたちが盾で簡単に防いでいる。
サイクロプスたちの動きもさっきよりも鈍い。
「敵には指揮官がおらん! 動揺しておる間に一気に倒すんじゃ!」
先代様のおっしゃる通り、指揮官が決められていないらしい。
「先に行かせてもらいます!」と言って、王虎族の身体能力を使い、先代様たちを一気に抜いていく。
サイクロプスはあたしが危険だと思ったのか、大きく吼えて腕を振り回してきた。
あたしの胴体よりでかい拳が振り下ろされる。
ドーンという轟音を立てて地面を抉るが、易々と避ける。
「そんな大振りじゃ、当たらないよ!」
そう叫びながら右膝に槍を突き刺す。
サイクロプスは痛みに悲鳴を上げるように大きく吼える。
膝を突いたまま、無茶苦茶に腕を振り回し始めた。当たればただじゃすまないが、駄々っ子が暴れているようなもので当たる気がしない。
先代様たちが追いついてきた。
「先を越されたわい」とおっしゃりながら、振り回される腕を掻い潜って太ももを斬りつける。
太さ二m以上ある太ももを一気に断ち切ることはできなかったが、それでも大きく切り裂かれ、血が大量に噴き出している。
その横ではロッド様が同じように逆の足の脛を斬りつけており、サイクロプスはなすすべもなく倒れていく。
「止めだよ!」と叫びながら、その後頭部に槍を突き入れた。
何の抵抗もなく槍は入り、サイクロプスはそのまま動かなくなった。
時間にして一分ほど。二級相当の魔物をたった三人で倒したのだが、あまりに短い時間に驚きを隠せない。
「何を呆けておる。次はヒドラじゃ!」
先代様の叱責で我に返り、ヒドラに向かう。しかし、そこも戦いは終わりかけていた。
五つ首のヒドラだったが、既に三本の首は力なく垂れ、残りの二本も大きく傷ついている。先代様が向かったので出番はないと思い、四手熊に視線を向けるが、こちらも既に倒されていた。
ヒドラも先代様とロッド様が止めを刺し、地上での戦いはあっという間に終わった。
空を見上げたが、妖魔の姿はなかった。
視線を下げると、一体は崖に引っ掛かり、もう一体は地上に転がっていた。どちらの死体にも矢が三本ずつ刺さっており、シャロンとヘクター殿たちで落としたようだ。
勝利の雄叫びを上げようかと思った時、「周囲を警戒せよ!」という先代様の声が聞こえた。
確かにまだ最大の敵が残っていた。
全員が周囲を警戒するが、敵の姿はなく、危険な気配もない。
「ヘクターたちは周囲の警戒を続けよ! 他の者は倒した魔物の魔晶石を回収! 回収が終わり次第、地下に戻る!」
飛び出してから五分も経っていなかった。
あたしだけじゃなく、みんな今回のことで怒りが溜まっていたようで、その怒りを一気にぶつけたようだ。
全体の指揮を執っていたシャロンとも話したが、
「先代様たちが凄すぎて指示を出す必要はありませんでした」と半ば呆れながら苦笑していた。
そういう彼女もあたしの予想通り、魔法で一体の妖魔を倒し、更にもう一体にもダメージを与えていたそうだ。
魔晶石を回収した後、ヘクター殿たちを入口に残し、ザックたちのところに戻っていった。
「敵がいなかったのか」とザックが不思議そうな顔で聞いてきた。
そりゃそうだろう。あたしらが出ていってから二十分と経っていない。敵がいないか確認するにしてももう少し時間は掛かる。
「あんたの言う通り、サイクロプスと四手熊もいたよ。まあ、あっという間に倒したがね」
「この短時間で……」
その顔は驚くというより呆れた感じだった。
「指揮官がいない敵なんてこんなもんさ。おしゃべりは終わりだ。あんたは魔力を回復させなきゃいけないんだからね」
「ああ」と言うが、まだ釈然としないと顔に書いてあった。




