第二十九話「闇の蠢動」
前話から半年経ちました。
前半は主人公視点、中盤はルナ視点、最後は第三者視点です。
トリア歴三〇二二年三月二十五日。
今日、俺とメル、シャロンの結婚式が行われる。
ドワーフフェスティバルが行われる日でもあり、多くのドワーフたちがラスモア村を訪れていた。
ドワーフフェスティバルだが、一昨年は鍛冶技能評定会と酒類品評会が行われたが、昨年は酒類品評会だけしか行っていない。これは主要な支部が熟練者コースを受講し終えて腕を披露したためで、腕を競うほどの参加者が集まらなかったからだ。
そんなこともあり、技能評定会は五年に一度行われることが総会で決まったが、一部の支部からはもっと頻繁にやるべきだという意見が出たそうだ。
これは自分たちの割り当てに納得できなかった支部から出たのだが、あまり頻繁にやってもアルスの総本部の優位は揺るがないので、ウェルバーン支部のような画期的な手法を編み出さないと意味がないという気がしている。
酒類品評会も五年に一回か、秋に行われる戦勝記念祭に合わせたらいいのではないかとウルリッヒ・ドレクスラーらドワーフたちに提案したが、圧倒的な反対をもって却下された。
「それでは秋しかここに来れぬではないか」
彼らの意見はこれに集約される。
特に遠方のドワーフは長期間仕事を離れることになるため、数名ずつしか参加できず、「何とか回数を維持してくれ」と泣き付かれてしまったほどだ。
俺としては準備が大変なので勘弁してほしいところだが、これほど楽しみにされると強くは言えない。
肝心の結婚式の方だが、リディとベアトリスの時と同じく、屋外での大規模なものになってしまった。
それはいいのだが、思った以上に大物が集まったことに困惑が隠せない。
大物の筆頭は前回と同じくカウム王国のカトリーナ王妃だ。
この王妃様は酒があれば必ずといっていいほど現れるので意外ではない。今回も印刷技術の向上と金属性魔術師のスカウトのために学術都市ドクトゥスを訪問するという理由をつけて村に来ている。
理由がなくなったらどうするのだろうと考えてしまうが、そんなことにはならないだろうとも思っている。仮に理由がなくても無理に作り出すのだろうから。
そうなると、若手官僚であるオットー・エルウェス卿を筆頭に迷惑を被る人物が多数出る。彼らの顔が浮かぶが、俺にできることはない。
帝国の大物といえばクレメント・シーウェル侯爵とイグネイシャス・ラドフォード子爵だ。ラドフォード子爵はシーウェルワインとともに毎年参加しているので違和感はないが、侯爵本人が来ると聞いた時には驚きを隠せなかった。
中立派に属する人物であり、酒絡みとはいえ、ロックハート家との関係を重視しているように見える行動は慎むと思っていたからだ。
但し、今回の結婚の許可が下りたように、ロックハート家とエザリントン公を筆頭とする中立派との関係の改善が進んでいるように見えているので、問題にならないと判断したようだ。
ラドフォード子爵からの事前の情報ではシーウェルワインの品質向上と、昨年の五月から蒸留が始まったシーウェルブランデーの販売戦略について話し合うためということだったが、シーウェルのワイン祭を成功させるためにドワーフフェスティバルを体験しに来たらしい。
シーウェルワイン祭は来年の二月に行われる。ちょうど新酒ができる時期であることとブランデーの生産が安定する頃を見計らって行うと教えてもらった。
「ブランデーの生産自体は順調なのだが、いかんせん知名度が低い。再来年の五月から販売を始める予定だが、それまでに少しでも知名度を上げておこうと思ったのだよ」
知名度が低いといっても消費者であるドワーフたちの方が圧倒的に多いから売り上げが不安ということは全くない。ただ、今後出てくるであろう後発の蒸留酒との販売競争に向け、ブランド化を図りたいというだけだ。
現在、シーウェルブランデーは三年熟成のものと長期熟成のものを作っている。但し、長期熟成については温暖な気候ということで最初は少量だけ作り、十五年ほど様子を見てから本格的な生産に入るということだった。
この他にも国家元首級の大物として、フォルティスから傭兵ギルド長のクライド・ホルボーンがギデオン・ダイアーらと一緒にやってきた。もちろん、ギデオンの下で修行している弟たちも一緒だ。
クライドが来た理由だが、冒険者ギルドがあるペリクリトルに行く途中で寄ったということになっている。フォルティスからペリクリトルに抜ける街道の整備を共同で行う提案をしにいくらしいが、後付けの理由に思えて仕方がない。
そのことを聞いてみると、
「ギデオンばかり楽しんでいるのは不公平だからな。俺も酒は好きだし、奴が天国だというこの村を見てみたかったんだ……」
その正直な答えに苦笑しか出てこなかった。
弟たちだが、五人とも見違えるほど成長していた。今年十五歳になるということで、二年半前に村を出ていった頃の子供らしさは消えている。
セオとセラは剣術士レベル三十七とベテランと呼ばれる五級傭兵と同じレベルになっていた。剣術だけでなく馬術の腕も上げており、北部総督府軍で小隊長をしていた兄ロドリックが驚くほどの腕前になっていた。
この他には魔術師ギルドと商業ギルド、冒険者ギルドから祝福のメッセージが届いている。
もちろん、ウルリッヒたち鍛冶師ギルドの重鎮たちはほぼ全員来ている。
つまり、五大ギルドのすべてから祝福されたことになるのだ。
結婚式は前回と同じく簡単な挨拶と神官による祝福で始まり、馬車でのパレードが行われた。メルとシャロンは純白のウェディングドレスに身を包み、幸せそうに俺に腕を絡めていた。
シャロンは式の途中、自分が延期の原因となったことから感極まって泣き崩れた。普段の冷静な姿からは想像できないほどで、メルが慰めていたのが印象的だった。
パレードが終わるとパーティを兼ねた酒類品評会になる。
会場には酒類品評会に来た観光客と近隣の住民で溢れ、少なくとも三千人はいる感じだ。
俺たちも礼服から着替え、祭の輪に加わった。
■■■
私はロックハート家のブースでコロッケやメンチカツを揚げていた。ドワーフの皆さんが美味しいと言ってくれてうれしいけど、心の中は寂しさで一杯だった。
私のその気持ちが顔に出たのか、奥方様が「どうしたの、ルナ」と声を掛けてくださった。
「何でもありません。この後、何を揚げようか考えていただけです」
心配されないよう笑顔を無理やり作った。
「ならいいけど……疲れたのだったら休みなさい。私やモリーもいるんだから」
その言葉に「ありがとうございます。でも大丈夫です」といってコロッケを揚げていく。今は何かに集中していた方が気が紛れるから。
それでも時々目に入るザックさんとメルさん、シャロンさんの幸せそうな姿が気になってしまう。
私にとって姉のような二人だけど、今は心から祝福することができない。
(どうしてもっと早く出会わなかったんだろう……)
そんなことが頭を過ぎる。
メルさんとシャロンさんは生まれた時からザックさんと一緒だ。つまりもう二十年近く一緒にいて、ずっと愛し続けている。
私はまだ四年半しか一緒に暮らしていない。いいえ、最初の一年半くらいは引き篭もっていたからもっと短い。
もし、同じ期間だったとしても私のことを見てくれるとは思えない。それは分かっている。
こんなことは考えるだけでもいけないことだと分かっている。でも、あの人に振り返ってもらいたい。私だけを見てほしい。そう思わずにはいられない。
そして、そんなことを考える自分が嫌になる。
考えが負のスパイラルに入る気がしたので、別のことを考えることにした。
私は今年の十月に十五歳になる。冒険者ギルドや傭兵ギルドに自由に登録できるようになるなど、この世界では十五歳で成人の扱いになることが多い。
十五歳になったら、ロックハート家の養女となるか、それとも“ただのルナ”として生きていくかを決めなくてはいけない。
といっても、私のことを娘のように思ってくれている奥方様やロックハート家の皆さんに、一人で生きていきますとは言えない。私自身も生母より、奥方様の方が本当のお母さんという思いが強いということもあるけど。
ただどうしても踏ん切りがつかない理由がある。それはザックさんのこと。
養女になるということはザックさんの妹になるということ。つまり永遠にザックさんとは結ばれることはない。それを自ら決めるということ。
もちろん、妹にならなくても結果は同じ。あの人が振り返ってくれることはありえないから。
それでも可能性が全くなくなることを素直に受け入れられずにいる。
そんなことを考えていると、セラちゃんが声を掛けてきた。
「ちょっと元気がないみたいだけど大丈夫?」
二年半ぶりに会ったセラちゃんは見違えるほどきれいになっていた。背も私より十センチくらい高くてモデルのようにスラリとしている。
美しい金色のショートヘアとサファイアのような瞳、鼻筋も通っているし、女優といってもいいくらい。これで普通のドレスを着て、日焼けしていなければ公爵家のご令嬢といっても誰も疑わないと思う。
それに比べ、私は二年半であまり変わっていない。
身長は百五十センチを超えたくらいだし、スタイルだってよくない。シャロンさんは「私も遅かったけど大丈夫だったわ。成長期はこれからよ」と励ましてくれる。そのシャロンさんは元々物凄い美人だったから慰められると余計に落ち込んでしまう。
「大丈夫よ。でも、ちょっと油に当たったのかも。少し休ませてもらうわ」
「なら、何か持ってきてあげるわ。お酒はザック兄様に駄目って言われているから別の飲み物を探してくるわね」
「ありがとう。じゃあ、ここで待っているわ」
私がそう答えると、ユニスちゃんやロビーナちゃんと一緒に屋台の方に歩いていった。
「ザックさんは妙なところが細かいから」と思わず独り言を言ってしまう。
この世界には未成年がお酒を飲んではいけないという法律はない。そんな法律があったら、ドワーフの皆さんが廃止させてしまうだろうけど。
でも、ザックさんは「お酒は二十歳になってから」といってほとんど飲ませてくれない。本当に美味しいワインやビールができた時だけ味見をさせてくれるけど、すぐに解毒の魔法でアルコールを消してしまう。確かに自分が飲む時もすぐに魔法で消しているけど、時々飲む方に夢中になって忘れている気がする。
飲んではいけない理由はもちろん知っている。身体の成長に悪影響を及ぼすからだけど、この世界の人を見る限り、地球人の常識は当てはまらないのではないかと思っている。
そんなことを考えていると、セラちゃんが料理と飲み物が入った木製のジョッキを持ってきてくれた。
「フォルティスの名物マトンパイよ。羊の挽肉がたっぷり入っていて美味しいの。飲み物はバートさんのところのレモンのシロップ漬けに、ザック兄様が作った炭酸水を混ぜたレモネードよ」
直径三十センチくらいありそうなパイが六等分されていた。その一つを手に取り、ジョッキも一緒に受け取る。
「ザック兄様のレモネードは久しぶり。フォルティスだとこれが飲めないのが残念なのよね」
そう言ってセラちゃんは無骨なジョッキに口を付け、大きなマトンパイを頬張った。
確かにザックさんと一緒にいると忘れてしまうけど、この世界ではビール以外の炭酸飲料はほとんどないらしい。帝国だと炭酸水が湧き出る泉があってその近くでは飲めるらしいけど。
私もレモネードに口を付け、マトンパイをフォークで崩して食べる。
「美味しい」と思わず声が出た。
マトンと聞いて匂いがあるのかなと思ったら、香辛料の香りとよく焼けたパイの小麦粉とバターの香りがマトンの匂いを香りに変えていた。
「そうでしょ! ザック兄様が驚いたくらいだから、美味しいに決まっているんだけど、見つけたのは私なのよ」
セラちゃんがそう言って胸を張る。
何でもフォルティスの街でこの店を見つけて、今回のドワーフフェスティバルに出店してはと誘ったらしい。
美味しいものを食べて、暗くなった気持ちも少しよくなった気がする。
「そいつは美味かったな。特に赤ワインには最高のつまみだよ」と言いながらザックさんが話に加わってきた。
いつも通りの黒一色の服に着替えていて、その横にはメルさんとシャロンさんが幸せそうな表情で腕を組んでいる。二人もドレスからいつもより少しおしゃれな感じの服に着替えており、さっきまで結婚式を挙げていた人とは思えないほど自然体だった。
その姿を見て胸がちくりと痛んだ。
私はあの場所にいられないと思ってしまったから。
その時、胸の中にどす黒い思いが湧き上がったことを感じた。あの人たちがいなければ、私があそこにいられたのにという思いが。
今までそんなことを考えたことはなかった。羨ましいとは思ったけど、いなくなればなんて思ったことはない。
自分がそんなことを考えたことが本当に嫌だった。だから、私はその場から立ち去るしかなかった。
「セラちゃん、ありがとう。元気になったから揚物をしに戻るわ」
「もう少しいいんじゃないの。折角なんだから」と不満そうにするが、私はその場にいたくなかったから、無理に笑顔を作ってフライヤーの方に向かう。
「ドワーフの皆さんを待たせるわけにはいかないからね。それに私が揚げたのが一番って言ってもらえるから楽しいのよ」
そう言って手をひらひらとさせてその場を離れていった。
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ルナは気づいていなかったが、その時彼女の心の奥底に小さな闇の塊が生まれていた。それは破壊衝動に満ちた存在で、以前の彼女にはなかった。
それは半年前、ザカライアスがキトリー・エルバイン教授と共に入った古代遺跡から運ばれてきたものだった。
闇の塊は不気味な笑いのような思念を発したが、あまりに小さく彼女がそれに気づくことはなかった。




