第二十八話「世界地図」
前半がザックの一人称、後半が三人称です。
十月九日。
アクィラ山脈での遺跡調査を終えた。
野営地に戻る途中、キトリー・エルバイン教授から遺跡が崩壊したことについて聞いた。
「遺跡の崩壊って普通にあることなんですか?」
「普通はほとんどないわ。それに古代文明の遺跡は数千年の時を経ても形が残っているほど頑丈にできているから。ただ、全くないかというとそうでもないのよ。今回のように亡霊が取り付いている場合は別。どうやるのかはまだ分かっていないのだけど、彼らが崩壊させることがあるのよ。実際私も経験したことがあるわ」
「そういうことは先に言ってほしいわ」とリディが抗議する。
「ごめんなさい。でも、今回のように状態がいい遺跡で起きたという記録を今まで見たことはなかったから」
「ということは今回が異常なケースということですか?」
「そうなるわね。いくつも遺跡を見てきたけど、今回の遺跡は今までとは随分違うわ」
「どこが違うんですか?」とシャロンが質問する。
「まず、あれほど状態がいい遺跡はほとんど残っていないの。ごく稀に奥の方の部屋が完全な状態で見つかるとか、そんな感じだったのよ。特に紙の本が普通に開くことができるというのは本当に珍しいの。大抵の場合はインクが劣化してページがめくれなかったり、紙自体がボロボロになったりしているの。今回の本はまるで数年前に作られたみたいに色もくすんでいなかったわ……」
キトリーさんの話では今回の遺跡からは数千年の時を経た感じを受けることはなく、何らかの理由で元の状態のまま保管されていたらしい。
そして、ゴーストに襲われるのは廃墟のようなボロボロの遺跡が多く、ゴーストたちは入口で待ち構えていることが多いらしい。だから、今回のように入った直後に襲われなかったからゴーストがいないと勘違いしたそうだ。
更に出口に迷わず行けたことも聞いている。
「……途中で学校みたいという話になったでしょ。以前、昔の文献に同じような構造の建物の図があったのよ。だから、あの遺跡も同じだろうって思っただけ」
「ということは、確信はなかったのかい?」とベアトリスが呆れる。
「ええ、でもあの状況で迷いを見せたら、もっと危険になるから」
キトリーさんの言うことは正しい。一刻を争う状況で迷いを見せるくらいなら、間違っていても即断した方がいい結果になることが多い。
その後、野営地まで戻ったが、遺跡の崩壊で魔物が活性化されたのか、朝まで何度も魔物が襲ってきた。満足な睡眠を取ることはできなかったが、夜明けとともに出発し、その日の午後に無事村に戻ることができた。
「遺跡の調査はどうされるんですか」とキトリーさんに聞くと、
「もう一度現地を見に行くかもしれないけど、掘り返すのは難しいと思うわ」
「百mくらいのトンネルなら二時間もあれば掘れますが?」
「あんな感じで崩壊した遺跡は怨念が残っていて掘るそばから襲ってくるの。だから、怨念が消えるのを待つしかないわ」
古代文明の亡霊は通常のゴーストより強力だ。
これは古代人たちが魔法の才能を持っていることが関係しているらしく、何十年、何百年と怨念が残ったままになるらしい。
「いずれにしても早く今回手に入れた本を調べたいわ」
手に入れた本はキトリーさんの部屋に運び込んだ。数えると千二百冊を超えていた。
「これもあなたのおかげね。これだけの書籍を一度に回収できたのは史上初よ。発表したらどうやって運んだのかって聞かれそうね。もちろん、方法は言わないつもりだけど」
山積みになった本を見ながら機嫌良く話している。
翌日からキトリーさんは本の整理に没頭する。俺も時々手伝ったが、図や写真を見るのは楽しいものの、無意味な文字の羅列の本を整理するのは苦痛な作業だった。
十日後の十月二十日、キトリーさんは俺たちザックセクステットを呼びだした。
「ようやく本の整理が終わったわ。それで分かったことを伝えようと思って」
この短期間で千二百冊の本の整理を終えただけでなく、分かったことがあったらしい。
「分かったと言ってもまだ確信がある情報じゃないけど。みんなも見たと思うけど、昔の地図がたくさん見つかったわ。その中に今まで見つけられなかった世界地図のようなものもあったのよ」
そういって一冊の本を取り出した。そして、しおりを挟んであったページを開き、
「この大陸が恐らく私たちのいる“トリア大陸”よ。ソーレ半島やウェール半島が何となく分かるから。それより大事なことは他にも二つの大陸があるということ。これは以前、あなたが古代文明の生き残りから聞いた話と一致するわ……」
地図は地球のユーラシア大陸とアフリカ大陸に似た形の大陸と、更にその東にも大陸があった。何となく伝説のアトランティス大陸のようにも見える感じだ。
「もっと気になることがあるの。ジルソール島だけは今の形とほぼ同じなのよ。そして、この場所を見て」
そういって島の中央部を指差す。
「この場所は創造神神殿がある場所なのだけど、ここに何かのマークが付けられているの。他の場所にも同じようなマークはあるのだけど、今ではアクィラの山の中だったり、海の中だったりするわ。ジルソールだけは昔と変わらずに存在している。影響を受けなかっただけという可能性もあるけど、あの島に何かあると考えるのが自然ね」
彼女の言うとおり、ジルソール島は今の地図とほぼ同じ形で存在しているが、トリア大陸らしき地図ではアクィラ山脈もサエウム山脈もなく、フォルティスがあるポルタ山地とテスタ山地の間は大きな湖になっているし、ラクス王国やサルトゥース王国の地形も大きく変わっている。
何となく形状が似ているからトリア大陸に見えるだけで、本当に同じなのか自信がなくなるほどだ。
そのことを指摘すると、
「私もジルソールがあるからトリア大陸と認識できた感じよ。他の地図もジルソールを目印にして位置関係を確認したくらいだから」
「クレアトール神殿には何があるんですか?」
「よく分からないのよ」と答え、更に説明を続ける。
「あの神殿は閉鎖的で研究者でも中に入れないという話しか聞かないから。私も一度行こうと考えたのだけど、何ヶ月も掛けて行って神殿にすら入れないということになったら時間の無駄だから。何かきっかけがほしいなと思っていたの」
「そのきっかけがこの地図ですか?」
「そうよ。今までも地図らしきものはいくつか見つかっているわ。でも、地図自体が風化していたし、縮尺が分からないから、どこの地図かも分からなかったの。でも、状態がいい地図をたくさん見つけられたから、ようやくどこを示している地図か分かるようになったというわけ。そして、ジルソールだけが古代文明時代から何も変わっていないということが分かったの」
キトリーさんの話を聞き、俺もジルソールという場所に興味を持った。
(以前聞いた話にあった宗教施設の可能性もあるな。まあ、今の地図がどの程度正確かはよく分からないが、昔の帝国の測量技術は割と優秀だから、少なくとも帝国の版図の地形は正確なはず……)
二千年くらい前の帝国では魔法による土木技術が発達していた。街道の整備や城塞都市の建設など、精度のいい測量技術がなければ難しい。それに飛竜に乗る竜騎士が存在する。数百メートルの高さから地形を確認すれば、地図の精度は上がるはずだ。
「この後はどうされるんですか? アクィラで再調査されますか?」
「今のところ考えていないわ。今はこの書籍をドクトゥスに持ち帰って研究したいというのが正直なところ。ジルソールももっと情報を集めてから行こうと思っているし、早くても三、四年は掛かりそうね」
キトリーさんは一刻も早く研究を進めたいとドクトゥスに帰るつもりだ。
「これだけの本を運ぶのは大変そうですね」とメルが言った。
木箱に入れると荷馬車一台分くらいの荷物になることは間違いなく、護衛のことを考えるとその費用だけでも大変だ。
「あなたに運んでもらえれば一番いいのだけど」と言って俺を見るが、俺もここを離れるわけにはいかない。
「残念ですけど」と断るしかない。
「やっぱり傭兵ギルドに依頼するしかないわね。今年の研究費がほとんどなくなってしまうわ」
彼女だけならどこかの商隊に紛れ込めば、護衛を雇う必要はない。高位の魔術師で治癒魔法が使えるなら、商隊に入ること自体は簡単だ。実際、ここに来る際も商隊に雇われながらだったそうだ。
しかし荷馬車ごととなるとそうはいかない。主要街道であっても小さな村では荷物の管理は自分で行わなければならず、夜も不寝番に立たなければならないためだ。
そうなるとどこかの商隊に入るとしても、専属の護衛をつける必要が出てくる。ここからドクトゥスまでは三百七十キロメートル。順調にいっても二十日以上掛かる。
最低限の護衛を雇うとしても少なくとも数千クローナ、日本円で数百万円は飛んでいくだろう。
「その件なら何とかなるかもしれません」と俺が言うと、キトリーさんは「本当に!」と目を輝かせる。
「明後日の戦勝記念祭に合わせて、アウレラのドワーフが来るんですよ。帰りにスコッチを運びますから、たった二輌の馬車に二十人もの凄腕の傭兵が付くんです。だから、そこに入れてもらえないか交渉してみますが、問題ないと思います」
三月のドワーフフェスティバルと十月の戦勝記念祭に合わせて数名のドワーフがやってくる。
二輌の馬車だが、一輌はドワーフたちが乗り、もう一輌はアウレラ支部の割り当てのスコッチを運ぶ荷馬車だ。
今年も明後日の十月二十二日に戦勝記念祭があり、明日には村に到着するはずだ。
翌日、責任者の商人と交渉すると、俺の予想通り、快諾してくれた。また、ドワーフたちにも話を通しており、彼らも俺の恩師と聞き、問題ないと言ってくれた。
リスクが増えるが、商人としてはドワーフたちの手前、俺からの依頼は断りにくかったのだろう。俺も悪いなという気がしたので、五年間熟成させたシーウェルワインを一ダース譲っている。
ただ、最初は無料で譲るといったのだが、
「これは受け取れません! 代金を払わせてください!」
その商人はそう言って固辞しようとした。商人がただで高級ワインをもらえるのを断ることに疑問を持ち、話を聞くと、小声で事情を説明する。
「ザカライアス様からご依頼を無料で受けたと鍛冶師方に伝える方が私どもにとってメリットがございます。もし、帝国の皇帝ですら手に入れるのに苦労するといわれるザカライアス様のワインをいただいたとあっては、過剰な報酬を受けたと思われてしまいます」
アウレラの鍛冶師たちもこのワインを飲んでおり、その価値を知っている。確かにアウレラで売れば一本千クローナ、百万円ではきかないだろう。恐らくアウレラから帝都に持ち込み、数千クローナで売ることすら考えられる。それが一ダースもあるなら、その金で護衛を雇うことは充分に可能だ。
結局、一本五百クローナで売ることにした。俺の感覚からしたら、高く見積もっても精々二万円程度の価値であり、明らかに高すぎるのだが、これでも安いと言われている。
もっとも市場価値から言えば上級貴族が目の色を変えるものであり、分からなくはない。
一応の仕分けを終えたキトリーさんは戦勝記念祭を楽しんだ後、十月二十五日にアウレラのドワーフたちとともに村を去った。
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ザカライアスたちが調査した遺跡は古代文明の生き残りが逃げ込んだ施設だった。以前、サエウム山脈で見つけた研究所と同様に“位相変移理論”と呼ばれる技術で異空間に移されたものだった。
その施設は大学のような研究施設を兼ね備えた学校で、学生や研究者だけでなく、近くの住宅地に住む人々も逃げ込んだ。避難所のような機能を持っていたため、エネルギー源である“マナ”や食糧は充分に蓄えられていたが、汚染を恐れた神々によって封印され、脱出することが不可能となった。
閉じ込められた人々は何度も脱出を試みたが、すべて徒労に終わった。そして、マナが尽きる前に備蓄してあった食料が尽き全滅した。
その怨念が亡霊となって取り憑いたのだが、本来であれば通常空間に出てくることはなく、マナの消失と共に異空間に消える運命にあった。
きっかけは三年前のトリア歴三〇一八年に、アンデッドの王ヴラド・ヴァロノスが近くを通ったことだった。
その場所は奇しくも二千年前の魔族と帝国軍の戦いの場でもあった。多くの死者がその場所に眠っていたが、ヴラドはそれらの死者を自らの兵力とするべく、アンデッドとして強引に召喚した。
その時の影響で空間に歪みが生じ、異空間から通常空間に接続された。
つまり、もしキトリーが三年以上前に調査を行ったとしたら、扉の先には何もなく、徒労に終わったことだろう。
最初に入った洞窟は魔族たちが険しいアクィラ山脈を越えるべく作ったトンネルで、山脈の最も険しい部分を貫通していた。長さは五十kmにも及び、虚無神にその存在を教えられたヴラドが通ってきたルートでもあった。
ザカライアスたちが最初に降りた裂け目は通常空間に繋がった際にできたものだった。
遺跡を掘り返した形のヴラドだったが、彼は洞窟の外に出た後に古戦場を発見し、召喚の儀式を行ったため、トンネルの中の裂け目に気づくことはなかった。
通常空間に繋がったことから、古代文明の亡霊たちは外に出ようと入口に殺到したが、神々の施した封印は古代人に対しては有効なままだった。そのため、入口のエントランス部分に集まり、それが次第に融合していった。
ゴーストたちは自分たちが作った施設の最上階に裂け目があるとは思っておらず、唯一の出入口と信じていたエントランスから入ってくる者を待ち構えた。開いた瞬間にその者を殺して外の世界に出ていくつもりだったのだ。
施設が崩壊したのは亡霊たちの最後の足掻きだ。憎むべき存在である生きた人間を逃がすくらいならとマナを暴走させ、施設を崩壊させたのだ。これは八属性すべての魔法を使える古代人ならではの罠で、他の遺跡でも近くから集めた“マナ”、つまり“精霊の力”を使って遺跡を崩壊させる罠を作ることが多かった。
書籍の状態がよかった理由は単純なことだった。
古代文明の印刷技術が優れていたこと、僅か三年前に通常空間に戻ったこと、施設の環境を維持する設備が生きていたことなどの要因が重なった結果だ。
キトリーら研究者が見つける施設では環境を維持する設備が死んでいることがほとんどであり、四千年以上の環境の変化にさらされた書籍は朽ち果てていることが多かった。
キトリーはゴーストたちが消えるまで時間が掛かると考えたが、実際にはマナの暴走によってほとんどのゴーストは消え去っており、再調査は可能だった。但し、ほとんど施設は崩壊しており、有用なものを発掘できる可能性は低かっただろう。
そしてもう一つ、ザカライアスたちが気付いていない事実があった。
それは最後に拾った魔晶石に極々小さな怨念が取り付いていたのだ。その怨念はいつの間にか消えていたため、ザカライアスたちはその事実に気付かなかった。




