第7回 / 狙われた充電器
「――補給、完了。カイト、次のセッションは六時間後よ。それまでに私の魔導演算ユニットの熱を逃がしておいて。……あ、ついでに私の背中の凝りもほぐしておいてくれるかしら?」
眼鏡を指先でクイと押し上げながら、テッサが淡々と告げる。
俺――カイトは、豪華な絨毯の上でボロ雑巾のように倒れ込みながら、力なく指を一本だけ立てた。
「……テッサさん。俺の、俺の『熱』も、もう限界を超えてオーバーヒートしてるんですけど。これ、冷却水とか飲んでも、物理的に腰のライフが戻らないやつですよ……」
「あら、贅沢を言わないで。あなたの魔力供給効率(H効率)は、以前に比べて三パーセント向上しているわ。これはあなたの身体が私の魔力に『馴染んで』きた証拠。……誇りに思いなさい。あなたは今や、世界で唯一、勇者パーティをフル稼働させるための高性能チャージャーなんだから」
「誇りたくない……。俺、もっとこう、普通の恋をして、普通に女の子をデートに誘って、フラれたりして泣いたりしたかった……。今の俺、ただの『備品』じゃないですか……」
ここは『愛の密室』からの帰還直後。
夕闇の訓練場では、アリスが早速「リチャージ」された魔力を使って、音速を超える踏み込みの練習を始めている。
俺は、自分が生み出した最強の女たちが、もはや俺を「人間」として認識していないことに、深い虚無を感じていた。
だが、その虚無の時間は、突如として切り裂かれた。
「――ターゲット、捕捉」
粘りつくような、不吉な声。
次の瞬間、訓練場の四方を囲むように、真っ黒な霧が噴き出した。
ただの霧ではない。魔力を阻害し、感覚を狂わせる「深淵の魔霧」だ。
「っ……!? 敵襲!?」
アリスが瞬時に反応し、剣を抜く。
テッサもまた、即座に空中に防御陣を展開した。
だが、敵の狙いは、彼女たちではなかった。
「なっ……なんだこれ、鎖!? うわっ、引っ張ら――っ!」
俺の足元から、黒い影が這い出してきた。
それは漆黒の鎖となり、俺の四肢を瞬時に絡め取る。
「カイト!? ……くっ、この霧、空間転移を阻害しているわ!?」
テッサが俺の方へ手を伸ばすが、敵の動きの方が一枚上手だった。
「勇者アリス、そして天才テッサ。貴様らと戦う愚は冒さぬ。我らが求めるのは、その『動力源』のみ」
霧の中から現れたのは、仮面をつけた魔族の暗殺者たちだった。
彼らは、鎖に繋がれた俺を強引に影の中へと引きずり込んでいく。
「待て! その男を放せ! カイトがいなければ、私の修行スケジュールが――!」
アリスの叫びが聞こえたが、それが「俺自身を心配している」のか「修行の道具を心配している」のかを判断する暇もなく、俺の視界は真っ暗に塗りつぶされた。
*
「――目が覚めたか、人間」
次に目を覚ました時、俺は石造りの冷たい部屋にいた。
両手足は、魔力を吸い取る特殊な『黒鏡の鎖』で拘束されている。
目の前には、重厚な鎧に身を包んだ、魔王軍の幹部と思われる大男が立っていた。
彼はニヤリと、残酷な笑みを浮かべる。
「お前が勇者たちの急成長を支えている『秘密の鍵』だな。報告は受けているぞ。お前を囲い込んでから、あの女たちはわずか一秒で、数年分の魔力と技術を身につけて現れた。……信じがたいが、事実だ」
「……はは、有名人になっちゃいましたね。でも、あんたたちの期待するようなもんじゃないですよ。俺、ただのしがない転生者で……」
「謙遜はよせ。我ら魔王軍にとって、お前は至高の宝だ。勇者パーティを最強にしたその能力……我が軍の精鋭たちに使えば、人類など一晩で滅ぼせるだろう」
大男は俺に歩み寄り、鎖をジャラジャラと鳴らしながら、俺の顎を強引に持ち上げた。
「お前は、あの女たちに酷使されているのだろう? 奴らの瞳を見たぞ。お前を人間ではなく、ただの便利な『道具』として見ている。……同情するぞ。どうだ、我ら魔王軍に来い。我らならば、お前をより『効率的』に活用してやれる」
魔王軍の誘い。
普通なら恐怖するところだが、今の俺には、その言葉がある種の「真実」として胸に刺さった。
「……活用、ですか。やっぱり、あんたもそうなんだな」
俺は、自嘲気味に笑った。
鎖に繋がれた自分を見下ろす。
「アリス様も、テッサさんも、セシル様も。みんな同じことを言うんです。俺は『バッテリー』で、『チャージャー』で、『鍵』だって。……あんたの言う通りですよ。俺はただの道具だ」
「ほう、理解が早いな」
「ええ。だから、あんたたちが俺をさらったところで、意味なんてないですよ。俺は道具ですから。持ち主が変わるだけだ。……俺が道具なら、意志なんてない。好きにすればいいじゃないですか。殺すなり、使うなり」
俺の言葉に、魔族の男は一瞬、拍子抜けしたような顔をした。
あまりにも抵抗せず、あまりにも自分を投げ出している姿が、逆に不気味に映ったのかもしれない。
「……フン、随分と聞き分けがいいことだ。だが、お前がその気なら話は早い。すぐに魔王様のもとへ運び――」
その時だった。
ドゴォォォォォォォン!!
部屋の壁が、物理法則を無視したレベルの衝撃で粉砕された。
立ち込める砂埃。
その向こうから現れたのは、魔王軍の幹部さえも戦慄させる、圧倒的な「怒気」の塊だった。
次回、ヒロインたちの「損得勘定」が決壊する。
「効率のために必要」という建前を捨てた彼女たちが、カイトに迫る真の理由とは――。




