表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/4

第3回 / 天才は賢く、貪り喰う



「――計測完了。結論から言うわね。カイト、あなたは人類史上もっとも『コスパ』の良い暖房器具兼、充電器よ」


 眼鏡の奥で、知性の象徴である青い瞳が冷徹に光った。

 王立魔導学院始まって以来の天才、テッサ・オリ理導師は、俺の鼻先に分厚い魔導書を突きつけた。

 

 ここは、勇者アリスが「最高のブラック合宿所」と定めた俺のユニークスキル『愛の密室』の中である。

 だが、今の光景は合宿所というよりは、怪しげな研究所に近い。

 

「暖房器具……。テッサさん、一応確認ですけど、俺、人間なんです。あと今の行為は、世間一般では『秘め事』とか『情事』とか呼ばれる、もっとこう、情緒溢れるものだったはずなんですけど」

 

「情緒? そんな非論理的な変数は計算式ロジックを狂わせるだけよ。私が求めているのは、純粋な魔力供給の出力スループットの向上、ただ一点のみ」

 

 テッサはベッドの上で、はだけたローブも気にせず、羽ペンを猛烈な勢いで走らせている。

 魔導書のページが、見る間に数式と魔法陣で埋まっていく。

 

 アリスが俺を「トレーニングの合間のリフレッシュ作業」として扱ったのに対し、この天才魔導師はさらにひどかった。

 彼女にとって、俺との行為は「高純度な魔力触媒を効率よく摂取するための化学実験」なのだ。

 

「カイト、先ほどの三セット目、四分十二秒付近でのピストン運動の加速度、あれは良かったわ。私の魔力回路に流入するエネルギーの密度が、平時の1.4倍に跳ね上がった。次からはあのリズムを基本単位デフォルトにしてちょうだい」

 

「基本単位って……。俺の腰はメトロノームじゃないんですよ」

 

「なら、今日からメトロノームになりなさい。いい? 魔王軍の結界を破るための禁忌魔法『虚無の閃光』。これを完成させるには、通常なら三十年の歳月と、一国を滅ぼすほどの魔力が必要なの。でも、この部屋なら――」

 

 テッサが眼鏡をクイと押し上げ、不敵に笑う。

 

「外の時間でたった一分。そしてカイト、あなたの『お代(魔力供給)』さえあれば、私は一週間でそれを書き換え、最適化できる」

 

 彼女はベッドから飛び起きると、部屋の壁一面を黒板代わりに使い、びっしりと数式を書き込み始めた。

 

 アリスが剣を振り、テッサが数式を書く。

 俺の夢見ていた「秘密の愛の巣」は、今や「体育館」兼「研究所」へと完全変貌を遂げていた。

 

「……あの、テッサさん。アリス様はどうしたんですか?」

 

「彼女なら今、隣のブースで仮眠中よ。彼女の睡眠時間が終わったら、次は彼女が修行し、その間に私が寝る。そして私たちが起きている間、あなたは交互に『清算』を行う……。名付けて『24時間フル稼働・勇者パーティ育成サイクル』よ。合理的でしょう?」

 

「ブラック企業でももうちょっと休みがありますよ! 俺の身体、一つしかないんですけど!」

 

「大丈夫よ、カイト。計算によれば、あなたの回復力なら一日に二十回までは供給可能だわ。……さあ、交渉コントラクトの時間ね」

 

 テッサは不気味なほど整った顔で俺に歩み寄り、俺の胸元に指を這わせた。

 

「あなたの機能性を数値化してあげたわ。あなたの射精一回あたりの魔力還元率は、上級魔力ポーション五百本分に相当する。今の市場価格で言えば、一回につき金貨三万枚といったところかしら。つまり、あなたは存在するだけで歩く国家予算なのよ。もっと誇りなさい」

 

「金貨換算しないでください! 俺のプライドが、どんどん小銭に変わっていく音がする!」

 

「あら、小銭どころか大金よ? ……でも、今のあなたはまだ『素材』の状態。私がもっと効率よく、あなたの潜在能力を引き出してあげる。例えば……そうね。結合中の私の呼吸を術式に合わせて調整すれば、あなたの快楽物質の分泌を人為的に操作し、供給量をさらに15%上乗せできるわ。試してみる?」

 

「人為的に操作……!? テッサさん、それ、やってることがマッドサイエンティストですよ!」

 

「褒め言葉として受け取っておくわ。さあ、カイト。次の供給まであと三十分。その間にこの計算式を解くから、あなたは私の足元で魔力を練りながら待機していなさい。終わったら、四セット目(実験)を開始するわよ」

 

 テッサは俺の返事も待たず、再び魔導書の世界へと没頭していった。

 

 俺は絨毯の上に座り込み、天井を見上げた。

 

 アリスが「武」の効率厨なら、テッサは「智」の効率厨だ。

 二人に共通しているのは、俺という人間に一ミリの情緒も求めていないこと。

 

 俺はただの鍵だ。

 俺はただの充電器だ。

 俺はただの魔力触媒だ。

 

 そう自分に言い聞かせても、虚しさは募るばかりだった。

 

 テッサの羽ペンが走る音。

 隣のスペースから聞こえるアリスの規則正しい寝息。

 

 本来なら、二人の絶世の美女を独り占めしている、全男垂涎のシチュエーションのはずなのに。

 

(……なんでだろう。涙が止まらないや)

 

 ふと、テッサが書き込んでいる魔導書のページが目に入った。

 そこには、これまで俺が一度も見たことがないほど複雑で、かつ美しい魔法陣が描かれていた。

 

「……テッサさん。それ、すごいですね」

 

「ええ、私の集大成よ。……でも、まだ不完全。カイト、あなたがもっと『やる気』を出してくれないと、この回路に流れる愛の熱量エネルギーが足りないの」

 

「やる気……。言ってることはエロいのに、なんでこんなに目が怖いんだろう」

 

「期待しているわよ、マイ・バッテリー。……あら、アリスが起きたみたいね」

 

 パチリ、とアリスが目を覚まし、寝ぼけ眼のまま剣を掴んで立ち上がる。

 

「……テッサ、交代か。カイト、準備はいいな? 睡眠により肉体のリセットは完了した。これより百二十時間の連続鍛錬に入る。その前に、まずは一発、景気よく注入してくれ」

 

「景気よくって……。アリス様、あなたまでテッサさんに毒されてませんか!?」

 

「毒? いや、これが勝利への最短ルートだと確信しただけだ。さあ、カイト! 世界を救うぞ!」

 

 二人の美女が、俺を左右から挟み込む。

 片方は鋭い剣気を放ち、片方は圧倒的な魔力圧を孕んで。

 

 そして始まる、終わりなき「清算」のループ。

 

 俺のユニークスキルが生み出した密室は、もはや甘い夢の場所ではない。

 人類最強の戦士と、人類最高の頭脳を、限界を超えて磨き上げるための、狂気の工房へと成り果てていた。

 

 ――そして数日後(主観時間)。

 

 俺たちは一度、外の世界へと戻った。

 

 時間はやはり、一秒も経っていない。

 だが、俺の目の前にいる二人は、入る前とは明らかに別人だった。

 

 アリスの剣はもはや肉眼では捉えられず、テッサの周囲には未完成だったはずの古代魔法が、当然のように常時展開されている。

 

 そして俺は――。

 

「……カイト様、顔色が優れませんね。もしや、悪霊にでも憑かれているのでは?」

 

 訓練場の入り口で、透き通るような声が響いた。

 

 そこに立っていたのは、この国の良心。

 祈りによって数多の傷を癒やしてきた、慈愛の聖女セシルだった。

 

 彼女は、魂が抜けかけた俺の顔を覗き込み、悲しげに眉を寄せた。

 

「そんなにやつれて……。よほど過酷な『聖務』に励んでおられたのですね。わたくしが、その汚れを清めて差し上げましょう」

 

 聖女の微笑みは、一見すると救いの女神のように見えた。

 だが、俺は見てしまった。

 彼女が抱えている膨大な「未処理の写本」の束と、その奥に潜む、アリスやテッサと同じ「目的のためには手段を選ばない」狂信者の光を。

 

 カイトの絶望は、まだ始まったばかり。

 聖女セシルが持ち込むのは、癒やしではなく、さらなる「高潔な無理難題」だった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ