↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明智十兵衛、天下を統べる  作者: 岡崎 隆幸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/39

第八話 堺入り(前編)


天文十一年九月 堺


 美濃を出て、幾日か。

 俺たちは、ようやく堺へ入った。

 美濃の城下とは、何もかもが違う。

 道には商人が行き交い、荷車が絶え間なく走っている。

 米、布、茶、香辛料。

 そして、武器。

 海から運ばれてきた品々が、この町を通じて各地へ流れていく。

「ここが……堺か」

 俺は思わず呟いた。

 歴史の教科書で見た名前。

 それが今、目の前にある。

 堺は商人の町だ。

 武士だけが力を持つわけではない。

 金を持つ商人。

 情報を持つ商人。

 そして、海外との繋がりを持つ商人。

 これからの時代を生きるなら、彼らとの繋がりは必要になる。

「十兵衛様、こちらです」

 同行してきた家臣が声をかけた。

「ああ」

 俺たちは、堺でも名の知れた商人の屋敷へ向かった。

 ――今井宗久。

 後の時代、織田信長とも深く関わる大商人。

 そんな男が、この時代の堺にいる。

 

*


「これはこれは、明智様。

お初にお目にかかります。」

「遠いところを、ようお越しくださいました」

「こちらこそ、お会い出来て光栄に存じます。」

 屋敷に通されると、今井宗久が出迎えた。

「鉄砲の件ですな?」

「はい」

 宗久は笑った。

「何丁、ご入用ですかな」

「はい。十丁ほど。それと火薬、弾薬も」

「十丁ですか、かなりの金が必要ですがよろしいので?」

「はい。それは重々承知しております。」

 宗久は商人らしい穏やかな笑みを浮かべている。

 だが、その目は鋭い。

 俺は宗久と商談を始めた。

 鉄砲の価格。

 火薬。

 硝石。

 鉛。

 そして今後の取引について。

 斎藤家から預かった支度金を無駄にはできない。

 できる限り条件を詰めていく。

「今後も鉄砲を増やされるおつもりで?」

 宗久が尋ねる。

「必要ならば」

「なるほど」

 宗久は少し笑った。

「明智様は、先を見ておられる」

「先を見なければ、この戦国の世では生き残れませんので」

「これはまた……」

 宗久が楽しそうに笑う。

 その時だった。

 廊下から人の声が聞こえてきた。

「今井殿、お話がある」

「これはこれは」

 宗久が立ち上がる。

「失礼いたします」

 襖が開いた。

 入ってきた男を見て、俺は息を止めた。

 ――松永久秀。

「……!」

 思わず声が出そうになった。

 歴史上、数々の逸話を残す戦国武将。

 織田信長に仕え、後に信長と敵対する男。

 そして、三好家の重臣。

 この時代に、実際に生きている。

「おや?」

 松永が俺を見る。

「こちらは?」

「美濃の明智家よりお越しの、明智十兵衛殿です」

「ほう」

 松永は俺をじっと見る。

 穏やかな笑み。

 しかし、その目の奥には油断ならない光がある。

「明智……」

 松永はその名を口の中で転がした。

「美濃の山城守様のご家来の明智殿か」

「はい」

「これはまた珍しい客人ですな」

 俺は頭を下げた。

「お初にお目にかかります」

「明智十兵衛と申します。以後、お見知りおきを」

「こちらこそ、某は三好家家臣、松永弾正少忠と申す」

 やはり。

 間違いない。

 俺が歴史を知っているからこそ分かる。

 この男は危険だ。

 だが――。

 敵とは限らない。

 まだ。

「失礼」

 松永の後ろから、別の男が入ってきた。

 落ち着いた表情。

 武将としての風格を持っている。

「こちらは三淵大和守殿です」

 宗久が紹介する。

「幕府奉公衆三淵弾正左衛門尉と申す」

「明智十兵衛にございます」

 俺は頭を下げた。

 後の三淵大和守藤英。

 足利義輝に仕える武将。

 後に足利義昭を支える人物。

 ここで会うとは思わなかった。

「明智殿は鉄砲をお求めで?」

 三淵が尋ねる。

「はい」

「美濃でも鉄砲がご入用になってきましたか」

「これから必要になると考えています」

 三淵は俺を見る。

「これから?」

「はい」

 しまった。

 少し先のことを言いすぎた。

「鉄砲はまだ珍しい武器です」

「ですが、いずれ増えるでしょう」

「ほう」

 三淵は興味深そうに俺を見る。

「随分と先を見ておられるのですね」

「備えは早い方がよいかと」

「確かに」

 松久も口を挟んだ。

「面白いですな」

「何がでしょう?」

「鉄砲を買いに来た美濃の若武者が、先の戦を語るとは」

 松永の目が細くなる。

「明智十兵衛殿」

「はい」

「そなたは、何を知っている?」

 心臓が跳ねた。

「……何も」

「ほう」

 松永は笑った。

「ならばよい」

 それ以上は聞かなかった。

 だが。

 俺は確信した。

 この男には、下手な嘘は通じない。


 *


 しばらくして、宗久が茶を用意してくれた。

 三人で同じ席につく。

 奇妙な組み合わせだった。

 美濃、斎藤家の家臣の明智。

 三好家家臣の松永。

 幕府方の三淵。

 そして商人の今井宗久。

 歴史を知る俺からすれば、とんでもない顔ぶれだ。

 だが、ここで一つ気づいた。

 こうして人が繋がっていく。

 国も立場も違う人間が、商人の屋敷で同じ茶を飲んでいる。

 戦国の世とは、戦だけではない。

 人脈。

 取引。

 情報。

 それらが、表に見えないところで歴史を動かしている。

「明智殿」

 三淵が声をかける。

「はい」

「美濃では、斎藤山城守殿に仕えておられるのですか?」

「明智家は斎藤家と縁がありますので」

「なるほど」

 松永が笑う。

「では、山城守殿も鉄砲を?」

「はい」

 松永は興味深そうに頷く。

「ほう。それは面白い」

「何がでしょう?」

「美濃のマムシといわれる山城守様が、鉄砲を欲しがるとは」

 松永は茶を口にする。

「世の中が変わり始めている証拠でしょうな」

 その言葉に、俺は黙った。

 俺には分かる。

 これから、本当に世の中は変わる。

 織田信長。

 足利義昭。

 三好家。

 松永久秀。

 そして――。

 明智光秀。

 歴史の中で、彼らの道は交差していく。

 俺はその中心に立つことになる。

 だが。

 それはまだ先の話だ。

 今はただ。

 一本の鉄砲を手に入れるために、堺へ来ただけだった。

 *


 夕刻。

 宗久の屋敷を出る。

 松永久秀と三淵藤英も、それぞれ別の道へ向かった。

 俺は二人の背中を見送った。

「……とんでもない人たちに会ったな」

 思わず呟く。

 だが。

 この出会いは、きっと無駄ではない。

 いつか。

 この人脈が、俺の未来を支えることになる。

 そして――。

 本能寺の日。

 俺は、この時に得た人脈を使うことになる。

 そんな未来を思いながら、俺は堺の町を歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。