第七話 鉄砲の調達とお見の方の医者探し
稲葉山城から戻って数日。
俺は明智城の書物庫を調べていた。
目当ては――鉄砲だった。
この時代、鉄砲はまだ珍しい。
だが、いずれ戦の形そのものを変える。
俺は歴史を知っている。
鉄砲が大量に使われるようになれば、戦国の勢力図すら変わることを。
「十兵衛様」
傍らの家臣が尋ねる。
「本当に鉄砲を?」
「ああ。数丁でいい」
「しかし、かなり高価な品ですよ」
「分かっている」
「それに、鉄砲を買うとなれば、硝石や弾薬も必要になります」
「それも含めて調達する」
問題は金だった。
明智家だけで用意するには負担が大きい。
ならば――。
「斎藤家に出してもらう」
家臣が目を丸くした。
「山城守様にですか?」
「ああ」
*
翌日。
俺は再び稲葉山城へ向かった。
向かう先は、斎藤道三のもと。
広間へ通される。
「また来たか、十兵衛」
「はい」
「今度は何を企んでおる?」
道三が笑う。
相変わらず、人の腹の中まで見透かすような目だ。
「山城守様にお願いがございます」
「ほう」
道三は顎を撫でる。
「申してみよ」
「鉄砲を調達したいのです」
「鉄砲?」
「はい」
「何丁だ?」
「まずは十丁ほど」
道三の眉が動く。
「十丁?」
「はい」
「明智家にそれほどの金があるのか?」
「ありません」
即答すると、道三が笑った。
「正直だな」
「ですから、お願いに参りました」
「儂に金を出せと?」
「はい」
道三の笑みが消えた。
広間の空気が変わる。
「理由を聞こう」
「鉄砲は、これから戦の形を変えます」
「それは分かっておる」
「ならば、今のうちに扱える者を育てたいと存じす」
「明智家のためか?」
「美濃のためです」
道三の目が細くなった。
「続けろ」
「明智家が鉄砲を運用できれば、斎藤家にとっても戦力になります」
「……なるほど」
「ただし、私どもだけで揃えるには金がかかりすぎます。」
「だから儂に出せと?」
「はい」
俺は頭を下げた。
「支度金のお願いに参りました。」
しばらく沈黙が続いた。
道三は俺をじっと見ている。
「十兵衛」
「はい」
「そなた、儂に何を返すつもりだ?」
来た。
俺は答える。
「鉄砲を手に入れた後、斎藤家の兵にも扱い方を教えます」
「ほう」
「明智家だけのものには致しません」
道三の目が鋭くなる。
「それでは、儂が金を出して、そなたが技術を得るだけではないか」
「いいえ」
俺は首を横に振った。
「斎藤家が必要とした時、いつでも鉄砲を運用できるようにします」
「つまり?」
「鉄砲隊を育てます」
道三は黙った。
そして――。
「面白い」
口元に笑みが浮かんだ。
「そなた、本当に変わったな」
「そうでしょうか」
「以前の十兵衛なら、こんな話を儂に持ち込む度胸はなかったであろう」
俺は苦笑する。
「必要だと思ったので」
「必要ならば、儂から金を取るか」
「取るのではありません」
俺は道三を見る。
「美濃のための投資をお願いしているのです」
一瞬。
道三の目が見開かれた。
そして、大きく笑った。
「ははははっ!」
広間に道三の笑い声が響く。
「よい!」
道三は膝を叩いた。
「気に入ったぞ、十兵衛!」
「では――」
「支度金を出そう」
「ありがとうございます」
「ただし」
道三の声が低くなる。
「成果を見せよ」
「承知しております」
「鉄砲を十丁揃えたなら、そのうち数丁は稲葉山へ持ってこい」
「承知致しました」
「そして、扱える兵を育てろ」
「はい」
これで資金の問題は解決した。
だが、まだ一つ問題がある。
お見の方だ。
*
「もう一つ、お願いがあります」
道三がこちらを見る。
「今度は何だ?」
「医者を探す許可をいただきたいのです。」
「お見のことか」
「はい」
道三の表情が変わった。
「今のあやつの病状は良くない」
「承知しています」
「美濃の医者では、どうにもならぬ」
「ならば京へ行き私が探して参ります」
「京?」
「はい。腕の良い医師を探します」
道三はしばらく黙った。
「医者を探すにも金が要るぞ」
「分かっています」
俺は続けた。
「ですから、鉄砲の調達と合わせて、旅費と医者を招くための費用もお願いしたい」
道三が苦笑する。
「……そなた、儂の懐を何だと思っておる?」
「美濃を守るために使うものだと思っております」
「よく言う」
道三は笑った。
しかし、その目には怒りはなかった。
「よい」
「では――」
「必要な金は出す」
「ありがとうございます」
「ただし、医者探しもそなたに任せる」
「承知しました」
「妻を救えるなら、何でも試せ」
「承知致しました。」
その言葉だけは、武将のものではなかった。
一人の夫の言葉だった。
俺は深く頭を下げた。
「必ず、できる限りのことをしてまいります」
*
稲葉山城を出る。
俺は馬上で考えていた。
鉄砲。
医者。
薬師。
そして、そのための資金。
道三から金を引き出すことには成功した。
だが、これは単なる金銭のやり取りではない。
俺は斎藤家に一つの貸しを作った。
そして斎藤道三もまた、俺に期待をかけた。
「……これで、後には引けないな」
鉄砲を手に入れる。
医者を探す。
そして、その成果を道三に見せる。
それが俺の新しい役目になった。
しかし、俺にはもう一つ考えていることがあった。
鉄砲を買うために向かう場所。
――堺。
商人が集まり、鉄砲が流通する町。
そしてそこには、俺がこれから築いていく人脈の始まりがある。
さらに京へ向かえば、医者を探すこともできる。
美濃だけではなく、外の世界を見る。
それも必要だった。
「まずは堺だ」
俺は馬の歩みを速めた。
この旅が、後に明智家の運命を変えることになるとは――。
この時の俺は、まだ知らなかった。




